転生して型月版・沖田総司になったけど、労咳を克服したら明神弥彦の母になっていた件 〜るろ剣世界で最強のママやってます〜   作:だいたい大丈夫

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阿片、軍需、海軍ルート、二連装ガトリング。
神谷道場は今日も順調に悪の巨大組織として成長していた。
そして同じ頃、石動雷十太はその地獄を見事に別方向へ誤読し、勝手に最大級の期待を寄せ始める。
面倒な衝突の幕開けです。


雷十太編
交わってはいけない二つの狂気


東京の街並みを一望できる高台。

風が吹き抜ける木陰に、編笠を深く被った巨漢が岩の如く鎮座していた。

 

石動雷十太。

真古流という独自の剣術を掲げ、竹刀の打ち合いに堕落した現代剣術を唾棄し、命を奪い合う古流の殺人剣にのみ真実を見出している男だ。

 

胡座をかくその姿勢一つからさえも息苦しいほどの威圧感が滲み出ている。

本人は一切の計算なしにこの覇気を垂れ流しているため、対峙する者にとっては理不尽極まりない。

 

高台から帝都を見下ろす横顔だけを切り取れば、乱世の幕開けを告げる覇王の風格すら漂っていた。

 

しかし、彼が現在進行形で行っている作戦は、弟子を町へ放ち、東京の道場情報を徹底的に嗅ぎ回らせ、与しやすい標的から順次物理的に粉砕していくという、非常に地道かつ陰湿なものであった。

 

そこへ、石段を駆け上がる慌ただしい足音が響く。

息を荒げながら姿を現したのは塚山由太郎である。

裕福な商家の子息らしい上質な絹の着物を纏っているが、敬愛する師の前ではそんな出自など忘れ去ったかのように瞳を輝かせている。

 

強者への絶対的な畏怖と、自分を導いてくれる存在への熱烈な憧憬。

相反する感情が入り混じった紅潮した顔で、由太郎は深く頭を下げた。

 

「先生!戻りました!」

 

「うむ」

 

雷十太は微かに顎を引き、冷徹な視線を下界に向けたまま地を這うような声で応じた。

 

「どうだった、由太郎。この町に、我ら真古流の圧倒的な力を誇示するに足る、あるいは即座に蹂躙し滅ぼすべき軟弱な竹刀道場は存在したか?」

 

由太郎は乱れた呼吸を必死に整え、師の機嫌を損ねぬよう、そして自らの調査成果を正確に伝えるべく言葉を選ぶ。

 

「はい。この界隈の剣術道場は総計四箇所。その中でも最も門下生を抱え、隆盛を誇っていたのが中越流の『前川道場』……だったのですが」

 

「だった?」

 

雷十太の太い眉が、僅かに跳ね上がる。

 

「過去形とはどういう意味だ」

 

「それが……」

 

足で稼いだ情報の筈なのに、彼自身がその事象を未だ脳内で処理しきれていないのだ。

 

「ここ数週間の間に、前川道場の門下生たちが次々と原因不明の体調不良に襲われているらしいのです。抑えきれない焦燥感、指先の痙攣、そして異常なまでの発汗……」

 

「ほう」

 

「それで、彼らが藁にも縋る思いで『神谷活心流道場』という場所に併設された『高荷診療所』へ駆け込むと、治療を終えた全員が、何故か至福の表情を浮かべて出てくるんです」

 

雷十太の呼吸が微かに止まる。

由太郎は唾を飲み込み、報告を続けた。

 

「しかも、その後は全員が魂を抜き取られたように、『あそこには世界の全てがある!』『もう前川道場での単調な素振りなど無意味だ!』と虚空に向かって叫び、そのまま神谷道場の門下生として鞍替えしているという有様でして」

 

「……ん??」

 

雷十太の太い首が、軋むような音を立ててゆっくりと傾く。

その動作一つ一つが、周囲の空気を重く沈み込ませる。

 

「どういう理屈だ?辻斬りや闇討ちで物理的に門下生を減らす手段なら理解の範疇だが、診療所だと?病を癒して恩を売り、その義理立てで門下生を引き抜いているというのか?」

 

「表向きは、そういう形態を取っているのだと推測されます」

 

由太郎は首を捻りながら、集めた黒い噂を口にする。

 

「その道場を束ねる神谷薫という女傑は、関東一円を牛耳る巨大裏組織……集英組と深い結びつきがあり、裏社会のドンとして君臨しているらしく。もしかすると、弱みを握った患者を恫喝し、強制的に移籍させているのではないかという物騒な憶測も飛び交っておりまして」

 

「……嘆かわしいな。やくざ者の威光を借り、権力と医療行為を餌に兵隊を集める剣術とは。剣の誇りを捨て去った、軟弱の極みよ」

 

由太郎が強く頷く。

師が激昂するという予想通りの反応に、少しだけ安堵していた。

 

「我ら真古流が、真っ先に正義の鉄槌を下すべき対象かもしれんな」

 

「ただ、先生」

 

「まだ何か裏があるのか」

 

「はい」

 

「そこに居候している流浪人は、常軌を逸した剣の腕を持つとの噂です。さらに、光の消えた虚ろな瞳をした『刀を帯びたメイド』が周囲を徘徊して不審者を排除しているらしく。極めつけに、道場の地下深くから、凄まじい銃声と爆発音が昼夜を問わず鳴り響いているとか……」

 

雷十太の鋭い眼光が、ゆっくりと由太郎の顔面を射抜く。

 

「…………由太郎」

 

「はい」

 

「吾輩の聴覚が異常をきたしたのだろうか。今、メイドと銃声と発したか?一介の剣術道場からか?」

 

「はい。報告している僕自身、自分の正気を疑い続けています」

 

「……まずは、直接の被害に遭っているという前川道場へ足を運ぼう。当主から事の顛末を直接聞き出せば、その奇怪な神谷道場の真の姿も自ずと見えてこよう」

 

「はい!」

 

由太郎は明るく弾んだ声で応じた。

敬愛する師と共に現場へ赴き、行動を共にできるという事実だけで、彼の胸は高鳴っていた。

ただの無邪気な弟子である。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

一方その頃。

当の神谷道場の地下深くでは、雷十太の想像を遥かに凌駕する、底なしの地獄が口を開けていた。

 

地下作戦会議室。

もはやそう呼称する以外に表現のしようがない異質な空間である。

 

冷たい石壁には関東周辺の精緻な広域地図が張られ、そこに阿片の複雑な流通経路を示す赤い矢印が縦横無尽に書き込まれている。

 

隣の黒板には非合法兵器の在庫数が羅列され、陸軍省との極秘の覚え書きが無造作にピンで留められ、武器庫から射撃場への効率的な導線図までが掲示されていた。

 

どう見ても国家転覆を企む悪の秘密結社の本拠地である。

 

卓上には、生々しい数字が並ぶ裏帳簿、官僚宛の偽造書類、真新しい試作品の弾帯、そして精巧なガトリングガンの小型模型が置かれている。

その傍らに、可愛らしい茶器と季節のお茶菓子が添えられているのが、逆に狂気を際立たせていた。

 

上座に深く腰を掛けているのは、派手な意匠の着物を退廃的に着崩した神谷薫である。

紫煙をくゆらせるパイプを指に挟み、優雅に脚を組むその姿は、完全に裏社会の頂点に君臨する者のそれだった。

 

最初は冗談半分で名乗り始めた『東日本麻薬シンジケートのドン』という肩書が、最近では恐ろしいほどに板に付き、彼女の全身から冷酷なカリスマ性が放たれている。

非常に由々しき事態であった。

 

「……ねえ琴さん」

 

「ちょっと最近、裏市場への『蜘蛛の巣』の流通量が多すぎないかしら。このペースで供給を続けると、禁断症状を発症した患者が診療所に殺到して、再洗脳のサイクルが捌ききれなくなるわ。物理的にベッド数が足りないのよ」

 

「そうかしら?試算ではまだキャパシティの許容範囲内だと思うけれど。恵さんが最近施したという『成分の独自改良』で、中毒性がさらに跳ね上がったから、禁断症状の発現サイクルが早まっているのが原因ね。リピーターを確実に取り込む商材としては最高傑作よ」

 

「商材って表現をやめろ」

 

部屋の暗がりから、弥彦の搾り出すような声が響いた。

十歳の少年が発していい疲労度ではない。

最近の彼は、己の年齢を優に三倍は超えるほどの精神的負荷を抱え込んでいる。

 

恵は、血走った眼差しでフラスコの琥珀色の液体を恍惚と見つめていた。

隙あらばそのガラス容器に頬ずりしかねないほどの狂気的な愛情が滲んでいる。

 

「ええ……。鎮痛の効能を極限まで引き上げることには成功したのだけれど、副作用としてどうしても『毒性』の数値も一緒に跳ね上がってしまって。一度でも深く吸い込めば最後、三日後には強烈な幻覚が脳を支配する仕様になっちゃったの。私の持てる技術の結晶よ」

 

「それを世間一般の倫理観では『改悪』っていうんだよ!!」

 

「完全に致死性の毒薬を作ってんじゃねえか!!どこが近代医療の発展なんだ!!」

 

「医療と毒の境界線なんて、投与する量と使い手の意図次第よ」

 

「それにね、患者がラリって見た幻覚の内容を詳細に記録してみると、個人の深層心理が反映されていてすごく学術的に面白いの。『天女が舞い降りてきた』と泣き叫ぶ者もいれば、『死んだ祖父が三味線で踊っていた』と笑い出す者もいて」

 

「マッドサイエンティストの顔で地獄の臨床実験の感想を述べるな!!」

 

薫は喧騒を意に介さず、ひらひらと手を振って会話を打ち切る。

 

「まあいいわ。利益率は右肩上がりだし、些細な犠牲は必要経費よ。……それより、お彦さん。今、横流ししている兵器の販路、陸軍省だけじゃなくて海軍省にもパイプを繋げないかしら?」

 

「私たちが本気で『対外戦争の抑止力』を企図するのなら、島国である日本の防衛の要、海軍にこそ先行投資させて、最新兵器を売りつけるべきじゃない?」

 

「『という高尚な名目を掲げた金儲け』って本音が完全に透けて見えてるぞ」

 

左之助が、乱暴に頭を掻きむしりながら呻く。

最近のこの男のツッコミは、もはや魂の悲鳴に近い。

 

「……今のところ、海軍に確固たるツテは存在しない。でも、その着眼点は素晴らしい慧眼。兵器ビジネスの基本構造を完璧に理解してる。さすがは我らがドン。……問題ない。私が日々の暗殺業務の合間に、海軍高官の致命的な弱みを握って強引にルートを開拓する」

 

「日々の暗殺業務の合間ってどういう生活リズムだよ」

 

「お前の一日の時間割、どういう配分になってんだよ……」

 

剣心は、高く積まれた書類の山に完全に埋没していた。

もはや流浪人ではなく、過労死寸前の有能な秘書である。

 

彼の前には、陸軍卿・山縣有朋宛の慇懃な返書、兵器の納期調整に関する膨大な控え、銃火器部品の精緻な見積もり書、さらには陸軍内部の派閥を網羅した名簿までが山積みになっている。

 

「……現在の海軍卿は、川村純義殿でござるな。背に腹は代えられぬ……ダメ元で拙者が一筆書いてみるでござるよ。ただ、川村殿は薩摩閥の重鎮ゆえ、長州出身の拙者の顔がどこまで通用するか、甚だ疑問が残るのでござるが……」

 

「よろしく頼むわね、我がシンジケートのトップセールスマン」

 

「あと、燕ちゃん!どう?地下工廠で組み上げた『神谷式・新型ガトリングガン』の試射の結果は?」

 

可愛らしい頬には黒い油汚れがこびりつき、衣服の袖は熱で焦げている。

だが、その顔つきだけは異様なほどに凪いでいた。

 

瞳の奥から一切の光が消え失せ、冷酷なマシーンのような危険な波動を放っている。

燕は自身の背丈ほどもある重厚なガトリングガンに寄りかかり、虚空を見つめながら淡々と報告を始める。

 

「はい、ドン。給弾ハンドルの回転軸は前のモデルより格段に滑らかに改良されましたが、その反動で薬室への給弾の確実性が著しく低下しています。連続射撃の最中にジャムが頻発するのは、実戦における制圧火器としては致命的な欠陥ですね。早急な再改良を要求します」

 

「おお……!」

 

観柳が、感動に打ち震えながら身を乗り出した。

 

「うーむ、やはり町工場のあり合わせの部品では、海外製の純正品の精度には遠く及びませんか……。まあ、兵器開発はこれからですよ!地道なトライ&エラーの積み重ねです!」

 

「エラーで命が飛ぶ代物を作ってんじゃねえだろ」

 

燕は周囲の倫理的なツッコミなど一切気にする素振りを見せない。

冷たい金属音を響かせて重い弾帯をセットし直し、虚ろでありながら、ひどく好戦的な笑みを口元に浮かべた。

 

「まあ、細かい機構の話は後回しでいいです。それより薫さん……。私、もう地下の射撃場での動かない的撃ちには完全に飽きちゃったんで、早く『生きている誰か』を撃ちたいです。うちのシマを荒らす敵対組織とか、いませんか?三十間先から眉間を綺麗にぶち抜きたいです」

 

「…………ヤバい。あの健気で優しかった燕ちゃんが、完全に殺戮機構としてイカれちまった。息を吐くように、命の略奪を渇望してやがる」

 

「その代わり、トリガーを引く際の照準は恐ろしいほど安定しているわよ」

 

「昨日の訓練でも、二百歩先に置いたガラス瓶を五本連続で粉砕したし。しかも最後の一本は、あえて一番細い首の部分だけを正確に狙い撃ちしてね」

 

「補足する角度が完全に狂ってんだよ!!」

 

「なんで俺の初恋の相手が『木端の試射に飽きたから次は生身の人間をミンチにしたいです』とか真顔で懇願する殺人鬼になってんだよ!!少し前まで、赤べこで楽しそうに皿洗いをしてた普通の女の子だっただろ!!」

 

「人間の成長って、時に残酷なほど早いわね」

 

薫が、遠い目をして感慨深げに頷いた。

 

「違う!それは真っ当な成長じゃなくて、取り返しのつかない闇堕ちだ!!」

 

剣心は、川村純義宛の高級な和紙へ震える筆を走らせながら、底知れぬ疲労感を顔に滲ませた。

 

「……海軍のトップへの高度な政治的営業文を推敲している傍らで、『生身の人間を撃ちたい』という無邪気な殺意が響き渡る会議室。ここは現世の地獄でござるか」

 

「文句を言わずに手を動かせ」

 

琴が容赦のない命令を下す。

 

「お前の長州閥という唯一の取り柄は、こういう盤面をひっくり返すために存在しているのよ」

 

「拙者の顔と過去を、都合のいい万能の紹介状みたいに使い潰すのはやめていただきたいでござる……」

 

薫は意に介さず、さらに分厚い帳簿のページをめくる。

 

「あとね、前川道場からの引き抜きだけじゃなくて、最近は町外れの賭場に通い詰めている連中まで『高荷先生のところで特別な咳止めを処方してもらうと、負けの鬱憤が晴れて無敵になれる』って噂を聞きつけて、こぞって通い始めているのよ。これ、裏路地にも診療所のダミー看板を増設して、導線を強化するべきかしら?」

 

「そのヤバすぎる粉を『咳止め』という可愛らしい隠語で呼ぶのをやめるでござる!!」

 

剣心の悲鳴は、もはやこの地下室における定例行事と化していた。

恵は机の上へ、色とりどりの怪しげな液体が入った小瓶を丁寧に並べていく。

 

「ターゲットの用途別にラベルと色を変えているだけよ。風邪用の咳止め、関節の鎮痛剤、夜の滋養強壮薬、どうしても眠れない夜の粉末、朝の目覚めを強制的にしゃっきりさせる劇薬。全部、配合している成分の比率は少しずつ違うけれど、どれを摂取しても、最終的には強烈な依存性を発揮して私の診療所に這いつくばって戻ってくる美しい導線が完成しているわ」

 

「それを世間の警察機構は『悪質な依存商法』って呼んで引っ張るんだよ!!」

 

「でも、患者さんたちも最初は誰に強制されたわけでもなく、自分の足と意志で診療所の扉を叩いているんだから、半分は彼らの自由意志の産物よ」

 

恵がさらりと恐ろしい自己正当化を口にする。

 

「その残りの半分に潜んでる意図が底なしに怖えんだよ」

 

「巨大な市場を育て上げるには、入口のハードルを極限まで低く広くして、出口となる脱却ルートを完全に塞ぐのがビジネスの鉄則だものね」

 

「一体お前は、どこの暗黒街でそんなえげつない経営学を学んできたんだよ」

 

「観柳さんが書き溜めていた裏帳簿と顧客リストの運用法を眺めていたら、何となく直感で」

 

「絶対に直感で吸収しちゃいけない方向性の知識だろ!!」

 

元凶である観柳は、むしろ我が意を得たりと満足げに胸を張っている。

 

「いやあ、薫さんは実に筋が良い。私が十年の歳月と多額の資金を投じて血肉とした悪徳実務の神髄を、わずか一月でここまで完璧にトレースし、応用するとは……」

 

「元凶が手放しで褒めるな!!」

 

弥彦の声は、もはや掠れて音になっていなかった。

その狂騒の横で、お彦は広域地図の上へ冷たい指先を滑らせる。

 

「海軍ルートの件。陸軍は山縣有朋、海軍は川村純義。薩長の派閥が根底から違うから、同じ政治的アプローチでは決して通らない。……でも、海軍のトップは巨大な軍艦と全国の主要な港湾施設を完全に掌握している。海外からの非合法な密輸にも極めて有利に働く。大丈夫。欲しい」

 

「欲しい、という物欲の一言で国家機関を語るな」

 

「帝国海軍を、近所の便利な仕入れ先みたいに扱うな」

 

「単なる仕入れ先で終わらせるつもりはないわ。巨大な販路よ」

 

「もっとタチが悪いわ!!」

 

「拙者、今まさにその『恐ろしい販路拡大のための慇懃なご挨拶』を泣きながら書かされている真っ最中でござるが?」

 

「そうよ。だから、川村殿に対しては、国防の危機感を徹底的に煽って。『欧米列強の脅威に晒された今、沿岸防備を強固にするための新型連射兵器の導入は、帝国海軍にとっての一刻を争う急務である』みたいな論調で攻めなさい」

 

「相手を絡め取るための文章の骨子まで、完璧に用意されているでござる……」

 

「有能な秘書が脳死で作業できるように、上司として最大限の配慮をしているのよ」

 

「その配慮の向かう先が、国家反逆罪スレスレなのでござる!」

 

会議卓の反対側では、燕が油布でガトリングガンの鈍く光る銃身を愛おしそうに磨きながら、まるで今夜の夕食の献立でも語るかのように平然と口を開いた。

 

「あと、この前の耐久テストで使用した試作品ですが、発射時の反動が大きすぎて、固定台ごと床を三寸ほど削りながら後退しました。もし屋内の閉鎖空間で運用するなら、床材に直接強固なアンカーを打ち込んで固定するべきです。できれば火力を倍増させるために二連装仕様にして、片方の銃身が熱で焼き付きそうになったら、即座にもう片方へ切り替えて弾幕を維持したいです」

 

「待つでござる」

 

「今、さらりと『二連装』という恐ろしい単語を口にしなかったでござるか?」

 

「はい」

 

燕は、ハイライトの消え失せた漆黒の瞳のまま、純真な子供のように小首を傾げた。

 

「十字砲火のように、左右の死角に一門ずつ配置して同時に乱射すれば、標的の逃げ場が完全に無くなるでしょう?」

 

「一体全体、どういう凄惨な殺戮戦を想定しているんだよ!?」

 

「港の倉庫街にしろ町中の路地にしろ、無差別に逃げ惑う人間が存在する状況を前提に設計を進めているのが、吐き気がするほど嫌すぎるんだよ!!」

 

宇佐美が壁際で腕を組み、非常に複雑な、そして少し寂しそうな表情を浮かべていた。

 

「発想の根源が、完全に修羅場を潜り抜けた実戦屋のそれなんだよな……。しかも、俺の提案より殺傷効率に関する説明が具体的で論理的だ」

 

「諦めろ、宇佐美」

 

左之助が、同情を込めて宇佐美の肩をポンと叩く。

 

「お前の『組織における銃器の専門家』という唯一の立場、もう半分くらいはこの小さな少女に食い荒らされてるぞ」

 

「半分なんてもんじゃねえ。実質的な発言権は七割方持っていかれてる」

 

「せめて、跳弾を利用した暗殺技術の専売特許だけは死守したい」

 

「そんな狭すぎる領域でアイデンティティを保とうとしている姿が、涙を誘うわね」

 

琴は冷酷な事実を突きつけつつも、少しだけ教育者らしい優しい声色を作った。

 

「でもまあ、燕ちゃんは『とにかく敵を粉砕したい』という純粋な破壊衝動が先走りすぎているから、その辺りのメンタルコントロールは矯正が必要ね。いいこと?銃弾は溢れ出る感情に任せてばら撒くものじゃないわ。冷徹な損得勘定に基づいて、最も利益を生むタイミングで撃ち込むものよ」

 

「情操教育の方針が極悪非道すぎる!!」

 

剣心が限界を迎え、手元の筆をへし折りそうになるが、薫がすかさずその手首を万力のような力で押さえ込んだ。

 

「だめよ、剣心。書簡の途中で筆跡や墨の濃さが変わると、相手に失礼にあたるでしょ」

 

「礼儀作法を重んじるポイントがそこだけなのが、腹立たしいほど嫌でござる!!」

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

その頃。

 

前川道場主から、涙ながらに理不尽な被害状況を聞き終えた雷十太は、門下生たちの熱気を脳内で補完していた。

 

「ふむ……。血気盛んな門下生たちが一斉に去り、主を失った道場の空気というものは、かくも虚ろで軽薄なものに成り下がるのか」

 

「軽いというより、もはやただの抜け殻でごさいますな。昨日まで竹刀を激しく打ち込み、汗を流していた若い者たちが、今日になって突如として皆『高荷先生……ああっ、高荷先生……』と虚ろな瞳で呟きながら、這うようにして神谷の診療所へ通い詰めるばかりでして」

 

由太郎が、想像を絶する光景を思い浮かべて思わず身震いする。

 

「こ、怖すぎる……」

 

「ただの恐怖ではない」

 

雷十太の声は、地鳴りのように重く低く響いた。

 

「未知の劇薬を用いて敵対組織の心身を内部から蝕み、抵抗力を奪い去った後、救済者という偽りの仮面を被って自陣営へと取り込む。これは一介の町道場が考えるような陳腐な経営戦略ではない。立派な軍事侵略であり、高度な情報戦だ」

 

「い、いや……流石にそこまで組織的で大げさな陰謀では……」

 

「大げさではない!」

 

「竹刀剣術のみならず、人心を操る薬学、裏社会の権力、暴力装置としてのやくざ、そして近代兵器たる銃器の運用。神谷活心流とは、もはや時代遅れの一流派という矮小な枠組みを完全に超越した、恐るべき『総合軍事道場』なのだろう」

 

由太郎の瞳に、再び強烈な光が宿る。

 

「先生、それって……もしかして、近代兵器と古流武術が見事に融合し、現代戦に完全適応した『古流の最終完成形』みたいな存在ということですか……!」

 

「その通りだ」

 

雷十太は、口角を歪めて不敵な笑みを浮かべる。

 

「吾輩は、そういう容赦のない合理主義を掲げる相手こそが好ましい。道場内で完結する口先だけの竹刀遊びではなく、血と泥に塗れた真の命のやり取りを理解している者だけが到達できる、冷酷な軍略の発想だ」

 

「い、いや、あの、彼らはただ怪しい薬を……」

 

しかし、雷十太の耳にはもう凡人の言葉など届いていない。

彼の脳内において、神谷道場はすでに『最新鋭の銃火器と恐るべき化学兵器を自在に操り、敵対流派を音もなく内部から完全崩壊させる、明治期における最凶の殺人剣集団』へと、勝手に、そして劇的に進化を遂げていた。

 

由太郎もまた、師の語る壮大な解釈に完全に呑み込まれている。

 

「先生!もし彼らが本当にそれほど洗練された実戦部隊であるならば……僕たちが正面から敵対して消耗するよりも、一時的な同盟を締結できたら圧倒的な戦力になりますよね!無敵の剣術、洗脳の薬学、制圧用の銃器、そして裏社会の情報網。その全てが揃っているなんて……」

 

「うむ」

 

雷十太は、愛弟子の軍略眼を深く満足げに肯定した。

 

「我ら真古流の圧倒的な個の武力と、神谷活心流の冷徹な近代戦術……。両者が手を組めば、この腐敗した東京の道場勢力図はおろか、日本の裏社会すら容易く塗り替えられるやもしれん」

 

「先生……!」

 

由太郎は、壮大な野望の広がりにほとんど感動の涙を流さんばかりである。

その感動のベクトルは根本から致命的に間違っているのだが、本人が至上の幸福を感じているのだから、外野が指摘するのはひどく面倒くさい状況だった。

 

 

 

 

 

一方、神谷道場の地下深く、淀んだ空気の立ち込める会議室では、そんな壮絶な勘違いが自分たちに向かって猛スピードで接近していることなど知る由もなく、さらに倫理観の欠如した最低な議題が進行していた。

 

「じゃあ、今後の基本方針はこれで決まりね。海軍ルートの開拓は剣心に一任。陸軍との癒着は現状維持で継続。裏市場へ流す阿片の総供給量はあえて三割減らして枯渇感を煽り、一回あたりの取引単価を釣り上げる。恵さんは、急増するであろう患者を捌ききって診療所の回転率を上げるために、地下室に簡易ベッドを早急に増設。燕ちゃんは、ガトリングの致命的なジャム解消と冷却機構の改良案を、観柳さんと徹夜で詰めてちょうだい」

 

「はい、ドン」

 

燕が、虚ろな瞳で即答する。

 

「あと、備品購入の申請です。新しい標的用の的が欲しいです。ただの薄い木板だと破壊する張り合いが全くないので、せめて人間の肉の弾力に近い、湿らせた藁人形を大量に手配してください」

 

「要求する内容が、戦場寄りになっていくでござる……」

 

「……なあ。この会議の議事録、学校の先生に見せたら、ここにいる全員が特高警察に捕まって極刑になるよな」

 

「先生も、生徒も、父兄も、まとめて全員一網打尽の縛り首だな」

 

左之助が力なく肯定の相槌を打つ。

 

「しかも、一番倫理観がぶっ壊れてるのが、お前んちの『保護者会』の連中だって事実が一番救えねえ」

 

悪の巨大シンジケートとしての道を一切の迷いなく爆走する神谷道場。

 

そして、その実態を「実戦主義の極致に到達した、洗練された殺人総合軍事道場」と盛大かつ致命的に勘違いした道場破り、石動雷十太。

 

決して交わってはいけない、ベクトルの異なる二つの狂気が、今まさに東京の薄暗い空の下で、同じ方向へ向かって猛然と走り始めている。

 

そして誰もまだ、その不幸な邂逅がどれほど面倒な騒ぎを生み出すか、知る由もなかった。




ここまで読んでくださってありがとうございます。
今回は神谷道場側の地下会議と、雷十太側の盛大な勘違いを並行して進める回でした。
好きだった勘違いポイントや、地下会議で一番終わっていた発言があればぜひ教えてください。

神谷道場はどちらにつく?

  • 志々雄一派
  • 明治政府
  • 第三勢力
  • 独自路線
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