転生して型月版・沖田総司になったけど、労咳を克服したら明神弥彦の母になっていた件 〜るろ剣世界で最強のママやってます〜   作:だいたい大丈夫

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今回は、志々雄一派が「神」の正体を探る回です。
ただし、読者だけは最初からだいたい察しています。


神、戦艦を買う

「ごめんくださーい」

 

 のんびりとした、場違いに控えめな声。だが、当番だった我介の反応は過剰だった。表の門の土を乱暴に蹴立てる足音が響き、夜気を震わせる怒鳴り声が飛ぶ。

 

「こんな夜更けに誰だ!?カチコミか!?警官ならハチの巣にして肥料にするぞ!」

 

 その物騒な宣言、せめて閂を外す前に言うのはやめなさいよ。最初から交渉の余地をドブに捨てる気なのかしら。

 

 私は寝間着の上に羽織だけを引っ掛け、込み上げる欠伸を奥歯で噛み殺しながら奥から出た。夜中に叩き起こされるのは、本当に不愉快だ。

 門が開く鈍い音に続き、我介の裏返った声が夜気を震わせた。

 

「せ、瀬田の兄貴!!?」

 

「兄貴だなんて、よしてくださいよー。今日は僕の個人的な用じゃなくて、特別なお客さんをお連れしたんです」

 

 その言い方をする時点で、だいたい後ろに控えているのよね。とびきり碌でもない大物が。

 案の定、濃い闇の中から、全身を禍々しい包帯で覆い尽くした男と、神経質そうに眼鏡を直す男が姿を現した。

 

「おう。邪魔するぜ、我介」

 

「し、志々雄の叔父貴ぃ!!」

 

「……俺はいつから極道の『叔父貴』になったんだ?」

 

 うん、そこは気になるわよね。凄くわかる。

 でも我介は、自分より強くて偉い男を見たら、脊髄反射で『兄貴』や『叔父貴』と呼びたがる生き物なのよ。いかんせん語彙が極道に寄りすぎている。

 

「佐渡島さん。志々雄くんもようこそ。……それにしても、どうせ来るならお天道様が高い時間に来ればいいのに」

 

 私がため息混じりにそう言うと、志々雄くんは包帯の奥で鼻を鳴らした。

 

「フッ。流石に俺のこのナリで真昼間から出歩いたら、警官やら何やらに囲まれて面倒だろうが。夜の闇の方が性に合ってる」

 

「まあ、それもそうね。上がって」

 

 短く促し、彼らを奥座敷へと通した。深夜のお茶会なんて私の趣味ではないけれど、相手が相手だもの。寝ぼけ眼で追い返せるような温い連中ではない。

 

「で?わざわざ京都から足を運んで、何の用??」

 

 志々雄くんは、口元の不敵な笑みをわずかに拭い去り、ほんの少しだけ眼光を鋭くした。

 

「いや、他でもねえんだがな。最近、俺たちの『国盗り』のための組織拡大が、少し足踏みしていてな」

 

「えー。アタシはアンタの器に賭けて『十本刀』に名を連ねたのに。まさか、もう諦める気?」

 

「違うわ!!」

 

 だが、その後に続いた言葉が、私の煙管を持つ指先を氷のように硬直させることになった。

 

「……どうも、ある強大な『麻薬シンジケート兼・巨大軍事組織』が最近日本に上陸したらしくてな。そいつらが、異常な資金力と武力で、急激に東日本を中心に勢力を拡大しているみたいなんだよ。俺たちのシノギと完全に食い合ってやがる」

 

え。

 

 麻薬シンジケート兼巨大軍事組織?

 東日本?

 異常な資金力?

 武力?

 シノギを食う?

 

――絶対にウチじゃない。

 いや、絶対にウチだわ。

 

 「神」でしょ、それ。

 っていうか、いつの間にそんな東日本を牛耳るレベルの怪物に育ち上がっているの!?

 最近、薫ちゃんに現場の運営を任せっきりにして、私は集英組本家と志々雄一派の両方に顔を出し、うまいこと綱渡りで立ち回っていただけなのに。私の見えないところで、道場に何が起きているのよ。

 

「その組織の拡大が始まった震源地が、どうやらこの東京の下町らしいことは掴んだのだが……。防諜が恐ろしく徹底されていて、尻尾が全く掴めないのだ。警察内部にも大量の汚職警官を抱え込んでいるらしい」

 

 やめて。

 当たりすぎている。

 しかも汚職警官の件までたぶん当たりだわ。緋村さんの人の良さそうな顔と、私のばら撒く袖の下と、観柳の札束による物理攻撃で、だいたいの事情が説明ついてしまうのが最悪なんだけど。

 

「沖田殿、何か知らないか??……分かっているのは、その組織名が『神』と言うらしいことだけだ。……ふざけた名前だ」

 

 神。

 ああもう、完全にウチだわ。間違いない。

 あの酔狂な会議のあと、本当にその名前で押し通しているのね。薫ちゃん、仕事が早いのか倫理観が壊れているのかもう分かんないわよ。しかも佐渡島さんに「ふざけた名前」とまで言われているし。そこに関しては私も全面的に同意する。

 

 だが、ここで「知ってるわよ〜十歳の女の子が笑いながらガトリングをぶっ放してる組織でーす」なんて口が裂けても言えるわけがない。

 

「うーん、知らないわねえ。この町のことなら、集英組の耳に入らない裏情報はないはずなんだけど……」

 

「そうですよねえ。なんだ、無駄足ですかー」

 

 宗次郎くんが、世間話でもするような軽さであっさりと言う。

 いや、無駄足じゃないのよ。ここからあと数町も歩けばその本丸のど真ん中なんだけど、それを私からは死んでも言えないだけで。

心の中で叫ぶことはできる。でも、心の中でいくら叫んだところで、突きつけられた現実は一ミリも優しくならないのよ。

 

「うむ……やはり我々を攪乱するための欺瞞情報か……。だが、連中もまさか我々がこの町に『集英組』という強力な下部組織を抱えていることは知るまい。これは有利に立つとっかかりになりますね、志々雄様」

 

 うん、知っているというか、どっぷり組んでいるというか、むしろウチが出資までしているというか。

 ごめんね、佐渡島さん。貴方のその前提、床板から丸ごと腐って落ちてるわ。

 

「ああ。最初は俺自ら動いて、その『神』とやらを根城ごと壊滅させてやろうと思ったんだが……。正体が確定する前に動くなんて、俺らしくなかったな」

 

 うん、その勘はメチャクチャ当たっているわ。

 そして、それを本当にやられたら、私はもちろん東京中が困る。

 うちの兵器庫、弾薬の集積庫でもあるのよ。あそこに火を放たれたら、東京の下町が地図から丸ごと消し飛ぶ。おまけに阿片ラボまで連鎖爆発したら、被害の規模がどこまで膨れ上がるか想像するだけでも吐き気がする。

 

 危ない危ない。今日はほんと、貴方たちが来てくれてよかったわ。情報を取りに来たつもりが、結果的に東京を、いや世界を救っているわよ。

 

「だが、緋村抜刀斎が居候していると言う『神谷道場』はずいぶんとデカい要塞になってるじゃねえか。集英組と組んだんだって?ちょっと宗次郎に探らせたが、剣術に、射撃に、薬物にと、すげえ実戦的な軍隊みてえなことやってるじゃねえか。……あれがそのまま俺の『兵士』になると思うと……ウズウズするぜ」

 

 ならない。絶対にならない。あの子たち、アンタの兵士になる気なんて毛頭ないわよ。むしろアンタの国盗り計画を、単なる「市場の競合」としか見ていない可能性まである。怖いこと言わないで。

 

「え、ええ。皆、腕の立つ強い人が集まっちゃったのよね」

 

「頼もしいな。『煉獄』の砲撃後、東京を制圧するための戦力が増えるに越したことはねえ」

 

 ――今ウチの地下にあるガトリングと大砲と麻薬の総量があれば、政府なんて三日あればひっくり返せる。

 そこまで冷徹に考えてしまう自分もどうかと思うけれど、悲しいかな、事実としてたぶんできてしまう。

 

 志々雄くん。アタシは貴方の野望に賭けているの。新選組がこれ以上「敗者」の歴史を歩まないために。だから、頼むから神谷道場とは敵対しないでちょうだい。あそこ、冗談抜きでアンタの組織より資金の回りが異常にいいのよ。帳簿の数字を思い出しただけで偏頭痛がする。

 

「それにしても、まずはその『神』という組織を潰すことが肝要。……どうやらその組織、上海のルートを使って、我が軍の甲鉄艦『煉獄』クラスの最新鋭戦艦を、なんと【五隻】も一括購入したとの知らせも来ている」

 

――その瞬間、私の頭の中で何かの導火線が完全に弾け飛んだ。

 

なにーーーーー!!!?

 

いや、待って。

 待ちなさいよ薫ちゃん!!

 アンタ何してるの!?この間「海軍にツテを〜」とか世間話みたいに言っていたけれど、本当に戦艦を買ったの!?しかも五隻!?一隻だけでも十分に国家反逆罪で首が飛ぶ匂いが充満しているのに、五隻って何事!?自分で独立国家でも建国する気なの!?ドンとして羽ばたくにも高度が高すぎでしょ!!

 

「そ、それは………本当に一介の裏組織なのかしら?もう国家規模の軍事力じゃないの……?」

 

「それだ!!」

 

「なるほど……!ただのマフィアではなく、清国や諸外国勢力の『尖兵』ということも考えられる!さすがは沖田殿、素晴らしい着眼点だ!」

 

 いや違うの。全部うちの道場の備品なの。

 清国じゃなくて、しがない下町の道場なの。

 上海マフィアと商談しているのは事実かもしれないけれど、それを主導しているのはうら若き十七歳の女の子なの。

 でも、ここでそれを親切に訂正してあげることなんてできるわけがない。

 

「ははは……」

 

 笑うしかない。

 現実があまりにもひどすぎると、人間って乾いた笑いをこぼすしかなくなるのよね。

 志々雄くんは、私の強張った顔を面白そうに眺めてから、畳を擦って少し身体を寄せてきた。

 

「フッ。流石は俺が見込んだ女だ。……今夜どうだ?」

 

「ええ……。今日はたっぷりと、可愛がってもらおうかしら……」

 

 現実逃避したい。

 ほんと、ただそれだけ。

 

「珍しく素直だな。よし。……沖田、俺の『子』を産んでみるか?」

 

「バカ……」

 

 

 

 

 

翌朝、志々雄くんたちは早々に京都へ向けて発つことになった。

 できれば、私の昨夜の狂気的な混乱ごと全部冷やして水に流してほしい。

 

「さて、長居は無用だ。……人斬りの先輩に挨拶……ってのも、野暮だよな」

 

「牙を抜かれた『殺さず』の流浪人には、我々の壮大な計画において用はありますまい」

 

 いや、その牙を抜かれた抜刀斎が、いまウチの道場で対外営業の統括やってるんだけど。海軍のお偉方に媚びを売るための慇懃な文面を徹夜で考えてるんだけど。そういう意味では、ものすごく実務的に役に立っているんだけど。

 

「あ、僕はちょっと道場の方へ挨拶していこうかな。黒笠事件の時以来、久しぶりだし」

 

 やめて。

 絶対にやめて。

 お願いだから、今日だけはやめて。

 

 頭の裏側で、地下兵器庫の重たい鉄扉が開く光景がありありと浮かぶ。うず高く積み上げられた弾薬箱。油紙に厳重に包まれた無数の銃器。壁一面に貼り出された兵器の図面。試作段階の真新しいガトリングガン。そして、それらを前にして「動く的ですか?」とハイライトの消えた瞳で首を傾げる燕ちゃんの姿。

 うん、駄目。東京が火の海になる最悪の未来しか見えない。

 

「………………」

 

 顔には絶対に出さない。ここで動揺を見せたら、宗次郎くんは逆に面白がって確実に嗅ぎ回るもの。

 だから、呼吸を整え、なるべく自然な、少し気怠げな声で返す。

 

「まあ……好きにしたら?ただ、朝早いし、皆まだ寝てるかもしれないわよ」

 

「大丈夫です。起こさないようにしますね」

 

 そこじゃない。

 起こすとか起こさないとか、そういう牧歌的な話じゃないのよ。アンタが地下のドアノブに手をかけるだけで、日本の勢力図が根底から覆る可能性があるのよ。

 

「沖田。東京制圧の準備はしておけよ。……最悪、国盗りの前に、その『神』という巨大組織との戦争になるかもしれん」

 

「しかし、一体どこに根城があるのか……。この町でないとすると、探す手がかりが……」

 

「フッ。それくらい手強いやつのほうが、やりがいはあるってもんだ」

 

 そう言って、三人は朝日を背に帰っていく。

 すぐ足元で口を開けている最大の脅威に、一欠片も気付かないまま。

 まさに灯台下暗しってやつね。私の胃粘膜の犠牲の上に成り立つ平和だから、全然笑えないけれど。

 

「じゃあ僕、ちょっとだけ寄り道していきますね」

 

「ほどほどにしなさいよ?」

 

 私はあくまで軽く、釘を刺すように返す。必死さを滲ませたら逆効果だ。宗次郎くんは、相手の隠したい本気を嗅ぎつけると余計に箱を開けたがる性質だもの。

 

「はい。お茶を一杯飲むくらいで」

 

 彼らが去った後、我介が横からこそこそと声を潜めて聞いてきた。

 

「姐さん、瀬田の兄貴、ほんとに道場へ寄るんですかい?」

 

「寄るでしょうね」

 

「やべえんじゃないですか?」

 

「やべえわよ」

 

「止めなくていいんですか?」

 

「止めたら余計に行くのよ、あの子は」

 

「めんどくせえ性格してんなあ、あのガキは……」

 

「うちの道場のガキも、だいたい似たような面倒さを持ってるわよ」

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

東京湾

 

 

 

 私は偽装商船の冷たい甲板から、静かな海を見下ろしていた。視界の先には、朝靄の中にぼんやりと威圧的な輪郭を浮かべる、五隻の黒い艦影がある。

 大きい。圧倒的な質量だ。海の上に浮かぶ鋼鉄の城みたいだ。

 あれが今日から、私たちの持ち物になる。

 

「……これで、この外に停泊している五隻の戦艦は、私たちのものね」

 

 銀色のケースを無骨なテーブルへ置いた。どすん、と木がきしむ鈍い音が響く。中身は隙間なく詰め込まれた札束だ。国家予算レベルとまでは言わないけれど、普通の人間が一生かけても見ることのない紙幣の暴力。こういう時だけは、自分でも自分のやっていることが少し恐ろしくなる。なんで私が、戦艦五隻を現金一括払いでポンと買っているのかって。

 

 でも、怖いからといって歩みを止める理由にはならない。むしろ、ここまで狂った道を進んできたなら、買わなきゃ損だ。

 対面に座る商人(呉黒星)は、額から滝のような脂汗を流している。

 

 上海マフィアのお抱え武器商人。最初は余裕ぶって大物気取りだったけれど、相手が小娘二人だと思って完全に舐めていたんでしょうね。実際に現物の金の山を眼前に積まれて、ようやく「こいつらは冗談抜きの本物だ」と脳髄で理解した顔をしている。

 

「ま、間違いありません……。しかし、貴方がたは一体何者なんですか?こんな国家予算レベルの大金を、あっさりと一括で支払えるなんて……」

 

「えーと、私たちは『正義の味方』です」

 

 隣で控えるお彦が、感情の抜け落ちた無表情のまま言葉を継いだ。

 

「弱きを助け、強きを挫く。……ついでに、弱きには鎮痛剤をあげて幸せにする。完璧な慈善事業」

 

「ええ……?」

 

 わかる。私でも立場が逆なら、そんな狂気には付き合えずに目が死ぬ。

 でも商売ってそういうものでしょう?相手が底知れず怖いからって売るのを渋ったら、もっと怖い目を見るのがこの裏社会の鉄則だもの。

 

「上海の元締めさんにも、よろしくお伝えくださいね。今後の目標としては、戦艦をもう何隻かと、護衛の巡洋艦や駆逐艦も揃えて『神谷艦隊』を編成するつもりなので。その時はまた発注します」

 

「艦隊……!?」

 

 うん、そうなるわよね。戦艦を五隻も買ったイカれた客が、さらに巡洋艦と駆逐艦のまとめ買いの話を始めたら、そりゃ目玉もこぼれ落ちそうになるわよ。

 でも、こっちとしては大真面目だ。戦艦だけがぽつんとあってもただの的よ。護衛艦も補給船も港湾設備も要るし、弾薬を供給する兵站線だって構築しないといけない。海軍ごっこはお金が湯水のようにかかるの。だからこそ、先を見据えて動くべきなのよ。

 

「あなた方、日本政府を相手に本気で『戦争』でもなさる気ですか?我々は金さえ頂ければ武器は売りますが……あまりに危険だ」

 

 こういう交渉の場では、子供っぽく見える顔の方が案外便利な武器になるのよ。無邪気な顔から急に冷徹な顔へ切り替わると、相手は勝手にそのギャップから深い意味を読み取って怯えてくれるから。

 

「……戦争を『止める』ためです」

 

「……?」

 

「戦争を完全に無くすためには、誰も逆らえない『圧倒的な力』が必要なんです。貴方だって、目の前に一万人の武装した兵士と五隻の戦艦がいたら、自分から戦いを挑もうなんて馬鹿なこと、思わないでしょう?」

 

 黒星は息を呑み、沈黙した。

 黙るということは、その暴力的な意味が正しく伝わったということ。

 そう。戦争を未然に防ぐには、戦争をする気を毛根から削ぐくらいの力が必要なの。徹底的に怖がらせるの。最初から勝負にならないと絶望させるの。そうすれば、誰も逆らわない。誰も刃を向けない。つまり、それが平和。極めてシンプルな理屈じゃない。

 

「だから……私たちは、この国を絶対的な力で守る『護国の英雄』になるんですよ。……なーんて!えへへ、冗談ですよ。政府が私たちに逆らわない限り、戦争なんて起こしませんってば」

 

『ああ、政府が逆らったら本気で戦争を起こす気なんだな』

 

賢い商人だと話が早くて助かるわ。いちいち血生臭い言葉を重ねなくて済むもの。

 

「大丈夫。武器を買うだけじゃない。武器を売れば、金になる。永久機関。大丈夫」

 

「黒星さん。私たちが道場の地下で独自開発した『神谷式・新型ガトリングガン』と、戦艦の主砲にも転用できる『徹甲榴弾』の設計図……ちょっと見ていってもらえますか?裏市場で、絶対に飛ぶように売れますよ」

 

 黒星の目の色が変わった。

 

「………これは!!素晴らしい精度と破壊力だ!!是非、我がマフィアの総力をもって独占契約で買い取らせていただきましょう!!」

 

 うん、そうなるわよね。

 だって、性能が桁違いだもの。これ。

 

 私たちが戦艦を買う。相手に設計図を売る。相手が外貨を稼いで運んでくる。その外貨でまた新たな武器を買う。武力が増える。抑止力が増す。平和が近づく。ついでに私たちの懐も潤う。

 

 完璧なサイクルじゃない?

 船室へ戻ると、黒星はまだ何かに取り憑かれたように設計図をめくっていた。目の色がさっきよりも完全に商人のそれへと染まりきっている。恐怖は残っている。でも、それ以上に『儲かる』という欲望が勝っている顔。そういう現金な顔、私は嫌いじゃないわ。話が早いから。

 

「こちらの給弾機構……既存のものより部品点数を減らしている?」

 

「前線の現場での整備性を上げるためです」

 

「弾詰まりで壊れた時に、その場の職人が分解しやすい方がいいでしょう?どんな名銃だって、現場で直せなきゃただの重たい鉄屑よ」

 

「なるほど……」

 

「そしてこっちの砲弾……信管の設計、これを戦艦の主砲へ応用できれば……」

 

「港を一つ、地図から消して黙らせるくらいは簡単じゃないですか?」

 

 その反応、嫌いじゃないわ。言葉の裏にある質量の重みをちゃんと分かってくれる人、好きよ。

 

「敵の港を沈黙させる。敵の船を沈める。敵の心も沈める。平和に必要」

 

「平和の定義が根本から怖いんですよ、あなたたち」

 

「平和って、みんなが手を取り合って仲良くすることじゃないんです。ただ単に、誰も逆らえない状況を作ることなんですよ」

 

「それは恐怖政治です」

 

「でも、血を流すより効果的でしょう?」

 

「……ええ」

 

「だったら結果は同じです」

 

 黒星はそこで押し黙った。

 黙ったということは、理解したか、あるいはこれ以上理解したくないと脳が拒絶したか、そのどっちかだ。でも商人としては前者で十分。高尚な思想なんて要らない。血の判を押した契約さえあればいい。

 

 

「お彦」

 

「なに」

 

「もし本当に艦隊を組めたら、専用の旗も作りたいわね」

 

「うん。必要」

 

「どんなデザインがいいかしら」

 

「神谷の神。黒地に白。見たら直感で怖いの」

 

「いいわね」

 

私は少しだけ、少女らしい無邪気な笑みをこぼす。

 

「海の上であれが見えたら、確かに回れ右して引き返したくなるわ」

 

「それが抑止力」

 

「そういうこと」

 

 たぶん私はもう、だいぶ壊れている。

 普通の十七歳の女の子なら、海賊旗の色より、今度の祭りに着ていくお洒落な帯の柄でも気にして頭を悩ませるお年頃だもの。でも今の私にとっては、帯より戦艦、化粧水より砲弾、恋の駆け引きより港湾設備の確保の方が優先順位が圧倒的に高い。いや、恋は別腹だから置いておくけれど。

 

「黒星さん」

 

「今日の話、上海の元締めさんには丁寧に、くれぐれも誤解のないよう伝えてくださいね。私たちは長い付き合いを望んでます。武器も、薬も、船も、全部。売って終わりじゃなくて、一緒に市場を育てたいんです」

 

「市場……」

 

「ええ。戦争の市場。平和の市場。どっちでもいいですけど、最終的にお金になる方を」

 

「……やはり、ただのテロリストではないな」

 

「失礼ね。正義の味方ですって最初から言ったでしょう?」

 

「その言葉が、今一番信じられないんですよ」

 

契約はもう盤石。よしよし。今日もいい仕事をしたわ。

 

「……商談成立。大丈夫。これでまた、平和に一歩近づいた」

 

 お彦がいつも通り、淡々と結論をまとめる。

 私は海の方を見た。五隻の戦艦が、眩しい朝の光の中でじっと重たげに浮かんでいる。

 

 いつかこの国が、本当に私たちの意に逆らう日が来たら、あの化け物たちを動かすことになるのかもしれない。でも、その時はその時よ。逆らわなければ、私はとても優しい。従うなら全力で守る。歯向かうなら海の藻屑にして沈める。ただそれだけのシンプルな話。

 

「神谷艦隊かあ……」

 

 口に出して転がしてみると、思ったよりしっくりくる。なんだか少し、誇らしい気分にさえなる。

 

「無敵艦隊。いい響き」

 

「うん。かっこいい」

 

今さら退屈な『普通』へ戻る理由なんて、どこにもなかった。




ここまで読んでくださってありがとうございました。
今回は「神」が外からどう見えているかを書いていて楽しかったです。
よろしければ感想をいただけると嬉しいです。

琴(沖田さん)の新選組時代の話

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