転生して型月版・沖田総司になったけど、労咳を克服したら明神弥彦の母になっていた件 〜るろ剣世界で最強のママやってます〜   作:だいたい大丈夫

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今回は、宗次郎来訪から始まる神谷道場の居間回です。
だいぶ騒がしいですが、最後はちゃんと物騒です。





薫さん

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昼ドラのあとに銃口を

志々雄たちが帰還して三日。

 

神谷要塞の表の看板はいまだ「神谷活心流道場」を掲げている。庭にそびえる松の青青とした葉擦れ、縁側から立ち上るほうじ茶の香ばしい匂い、そして門下生たちが振るう刀の鋭い風切り音。

 

だが、その足元の床下では重たい弾薬箱が軋みを上げて運ばれ、地下深くでは甘ったるい阿片の匂いと冷たい銃器の油の匂いが混ざり合っている。裏手の倉庫から響くのは、新型ガトリング砲の硬質な金属摩擦音。ここにおける平和とは、「今この瞬間、誰も鉛玉を撃ち込まれていない」という、ただそれだけの薄氷の事実でしかなかった。

 

縁側の陽だまりの中で、琴と弥彦は珍しく肩の力を抜いていた。

やりすぎた、と大人たちがようやく気づいたのだ。弥彦に課せられた地獄の時間割――学習院、剣術、射撃、暗殺、帳簿、ゲリラ戦、薬学、房中術という、一人前の極道というより死人を作り出しかねない狂気のカリキュラムは、一時的な自粛期間を迎えていた。

 

「こうしてると普通の親子みたいだな」

 

拗ねた響きの奥に、安堵の吐息が混ざっている。琴はその横顔を眇め、ふっと唇をほころばせた。

 

「普通の親子はね、昼間から縁側で極道の帳簿を広げたりしないのよ」

 

「広げてるの母さんだけだろ。俺はせんべい食ってるだけだ」

 

「組長候補としての自覚が足りないわね」

 

「十歳に何求めてんだよ」

 

焦がし醤油の香りが鼻をくすぐる。平和だった。少なくとも、その瞬間までは。

急な足音が廊下の板張りを乱暴に叩く。

 

「姐さん!表に瀬田さんという若い衆がお見えです!」

 

「おお!宗次郎の兄ちゃんか。黒笠の事件以来、久しぶりだな!通してくれよ!」

 

無邪気にはしゃぐ少年の隣で、琴の胃の腑が鉛を呑み込んだように重くなる。こめかみの奥で警鐘が鳴り響いていた。

 

『時間差で来たんかーい!!!』

 

なぜ三日も空けたのか。なぜ志々雄や方治を伴わず、単身で乗り込んでくるのか。理由は火を見るより明らかだ。探りである。

 

『ヤバいわー!!胃が痛い!!』

 

琴が冷や汗を拭う間にも、騒ぎを嗅ぎつけた影が次々と集結してくる。左之助、剣心、薫、お彦、さらには雷十太まで。要塞の幹部連中は、肝心な時には散り散りになるくせに、野次馬根性が絡むと虫のように群がってくる。

 

「お?宗次郎か!久しぶりじゃねえか!」

 

「瀬田殿は、神谷道場がまだ大きくなる前に来られたから、今のこの要塞の姿にさぞ驚いているでござろうな」

 

『なんなのよ!ぞろぞろと!アンタ達、悪の幹部なんだからもっと自分の持ち場で仕事しなさいよ!暇人!?』

 

だが、最も頭が痛いのは薫だった。

 

「ふふふ……宗次郎さんって、たしか縮地を使うすごく強い人なんですよね?これは軍産複合体『神』の新たな戦力として、勧誘を……」

 

「だ……だめよ!!ダメダメ!ゼッタイだめよ!!」

 

お彦が小首を傾げる。

 

「なんで?強い人取り込んで、組織をデカくする。極道の当たり前。大丈夫」

 

「大丈夫じゃないって!!あの純真な子を、ウチみたいな麻薬と兵器をバラ撒く極悪殺人集団に加えるなんて、お母さん絶対にできないわ!!情操教育に悪すぎる!!」

 

「お母さん?」

 

左之助が訝しげに眉をひそめたが、今はそんな言葉尻を気にしている余裕はない。

 

「……吾輩をスカウトした時は、そんなこと一言も言わなかったではないか。吾輩なら良かったのか??」

 

「アンタはむさいおっさんでしょ!!汚れ仕事くらいやりなさいよ!」

 

「理不尽では!?」

 

「理不尽よ!!」

 

「……俺なんか、無理やりこの極悪組織の次期組長に取り込まれて、毎日死にかけてるんだけど……」

 

「弥彦は…………ウチの可愛い一人息子なんだから、良いのよ!!」

 

「俺、宗次郎の兄ちゃんに、母さんの愛情で負けたのか……??」

 

「そ、そんなことないって!!」

 

琴の声は裏返り、何の説得力も持たなかった。

 

琴自身が一番理解している。宗次郎を勧誘できない本当の理由は、彼が志々雄側の最高戦力だからだ。

 

敵対組織の幹部をホイホイと引き入れてどうするのか。その単純な事実を口に出せないがゆえに、言葉は虚しく上滑りしていく。

 

「じゃあ宗次郎の兄ちゃんも誘えよ!やっぱり俺より、あのアッサリした顔の優等生の方が可愛いんだろ!?宗次郎の兄ちゃんは強いんだからいいだろ!どこにも所属してないただの流浪人だし!」

 

『ガッツリ所属してまーす!!』

 

「だめったらだめよ!!宗次郎君の……お、お父さん代わりから、くれぐれも変な道に引きずり込まないようにって、よろしく言われているんだから!!」

 

苦し紛れの言い訳に、剣心が「ふむ」と静かに頷いた。

 

「琴殿がそこまで頑なに言うのであれば、何か深い事情があるでござろう。無理な勧誘は控えるでござる」

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

「皆さん、お久しぶりです!いやぁ、道場がすごく大きくなっちゃって、僕、道を間違えたかと思いましたよ!」

 

満面の笑み。どこからどう見ても、気のいい親戚の少年にしか見えない。柔らかい声音、隙のない美しい所作。

 

『嘘つけー!!志々雄くんに言われて、ここ数日この町の情報収集を入れてたってこの間言っていたじゃない!!白々しいわね!!』

 

「おう、宗次郎!変わりねえみてえだな!」

 

「左之助さんは、なんだかさらに腕を上げたんじゃないですか?筋肉のつき方が違います」

 

「あたぼうよ!!毎日重火器と斬馬刀振り回してっからな!」

 

何を誇らしげに語っているのか。

 

「貴方が瀬田宗次郎さんですね。私はこの神谷要塞の首領……じゃなくて、道場主の神谷薫。よろしくね!」

 

「よろしくお願いします。琴さんは僕の……まあ、お母さんみたいなものですから、その節はお世話になりました」

 

全員の思考が同じ深い穴へと真っ逆さまに落ちていく音が、琴の耳にははっきりと聞こえた。

 

「なにーーーーーーー!!!!」

 

「母さん!!アンタ、夫が3人いるじゃ飽き足らず、外に隠し子までいたのか!!!俺というものがありながら!!!」

 

「ちがーーーう!!!」

 

即座に否定しなければ、すべてが終わる。

 

「旦那は弥太郎さん1人!幕末にちょっと男がたくさんいただけ……!ってそうじゃない!宗次郎君は今年16歳よ!私が16歳の時に産んだ計算になるじゃない!私、16歳の頃はまだ江戸の試衛館で剣術バカやってたわよ!!妊娠してる暇なんてなかったわ!!」

 

焦りが生んだ無用な自白。だが、宗次郎はどこか懐かしげに目を細める。

 

「試衛館……懐かしいですね。楽しかったです」

 

「違うからね!?2年くらい前に、1回連れて行ったことあるだけで……!!思い出を捏造しないで!!」

 

必死の弁明も虚しく、お彦がすべてを悟ったような静かな瞳で頷いた。

 

「お義母さん、やっぱり淫乱。性欲の権化。16歳で未婚の母。……大丈夫。理解する。咎めない。私の方が年上だし」

 

「やめーーー!!!!全然大丈夫じゃないから!!事実無根だから!!」

 

「でも、お義兄さん16歳」

 

「だから違うって言ってるでしょ!!」

 

「計算は合う」

 

「合わないわよ!!」

 

「幕末の混乱期だし」

 

「混乱期を何だと思ってるのよ!!」

 

左之助は腹を抱えて笑いを噛み殺し、剣心は「さすがにそれはないでござる」と言いたげな顔をしながらも、琴の過去の奔放さを知るがゆえに断言しきれずにいる。積み重ねた悪行が、ここぞという時に牙を剥いたのだ。

 

「あはは、皆さん面白いですね。……僕が言ったのは、それくらい琴さんのことを『母親のように慕っている』という意味ですよ……」

 

その笑顔の奥に、ほんのわずかな孤独の影がよぎった。家族の温もりを知らずに育った少年の、切実な渇望が。

 

「(うっ……!)……なんでそんな、しんみりした顔で言うんだ!!反論しづらくなるじゃない!!」

 

そこへ、弥彦が何かを飲み込んだように表情を引き締めた。自らの崩壊しかけたアイデンティティを、強引に立て直したのだ。

 

「ん………ごめん。俺、宗次郎の兄ちゃんを、今日からちゃんと『兄貴』って呼ぶよ。……種違いだろうと、隠し子だろうと、家族は家族だ。一緒に集英組をデカくしようぜ、兄貴」

 

「なに急にいい話風でまとめてんのよ!?」

 

「お義兄さん……。弥彦ちゃんの未来の正妻。よろしく」

 

「そこは乗るなああああ!!」

 

「?????種違い?集英組?正妻?なんだか情報量が多くてよく分からないですね」

 

「安心して。誰も分かってないわ」

 

居間はもはや、昼ドラの撮影現場というより、大事故の跡地だった。

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

だが、真の惨劇はここから幕を開ける。

襖が勢いよく開き、買い物袋を提げた太郎が姿を現した。

 

「薫さん!琴姐さーん!言われていたお使いの味噌と大根、安く買えましたよー!今夜はふろふき大根で……」

 

朗らかな声が、唐突に途切れた。

ぼとり、と。味噌と大根が畳に転がり落ちる。

 

太郎の視線が、笑顔の宗次郎に縫い付けられている。

 

「……………!!瀬田、宗次郎……!!!」

 

人の良い青年の面影が、太郎の顔から完全に削ぎ落とされた。瞳孔が鋭く収縮し、背筋の筋肉が鋼のように張り詰める。その場にいた全員の肌が、泡立つような殺気を感じ取った。

 

宗次郎はこてりと首を傾げる。

 

「………へえ。なんで、秘密結社『時守』が、こんな道場でお使いなんてしてるんですか?」

 

大根が転がる鈍い音だけが、やけに鮮明に響く。

 

太郎の動きに迷いはなかった。流れるような動作でリボルバーを引き抜き、銃口を宗次郎の眉間にピタリと合わせる。

 

「お前は…………!!幾度となく我々『時守』の任務を邪魔し、同胞を斬り捨てた国賊!!ここで会ったが百年目……今度こそ、きっちり殺してやる!!」

 

宗次郎は笑顔のまま、腰の菊一文字にすっと指を這わせた。

素人には自然な立ち姿に見えるが、玄人の目には「すでに首が飛んでいる」死の姿勢だ。

 

「『時守』が、僕の大切な琴さん達に何を企んでいるのか知りませんが……。害をなすというのなら、ここで斬って終わらせますよ」

 

「ちょっと待て待て待て!!」

 

「情緒不安定なジェットコースターかよこの居間は!!」

 

「おろろ……これは色々と、まずいでござるな」

 

「色々どころじゃないわよ!!」

 

琴の悲鳴が轟く。

 

「誰か!せめて大根は拾いなさい!!」

 

その場違いな一言がなければ、空気が張り詰めすぎて窒息しかねない状況だった。

しかし、薫だけは違った。死線の只中で、彼女の瞳は妖しく輝いていた。

 

「なるほど……。時守の最高戦力。……うちの要塞に来る人材、本当に豪華ね」

 

「スカウトするなよ!?」

 

琴と弥彦の声が完璧なユニゾンを奏でる。

 

「……吾輩を勧誘した時との温度差があまりにも酷いのではないか!?なぜ吾輩には『警備主任ね』で済ませたのに、あの笑顔の少年にはそんなに目を輝かせる!?理不尽だ!!」

 

「アンタはむさいおっさんだからでしょ!!」

 

「またそれか!!」

 

宗次郎の親指が鍔を押し上げ、太郎の指が引き金に圧をかける。

味噌と大根を挟んで交差する、国家級の裏組織の殺意。

 

『ああああああもう!!!なんでこうなるのよおおおおお!!!誰かこの情緒不安定なジェットコースター止めてええええ!!!』

 

琴の魂の絶叫も空しく、時は止まらない。

 

「どけ。そいつはここで処理する」

 

太郎の声は氷のように冷たい。

 

「嫌です」

 

宗次郎の笑顔は微塵も揺らがない。

 

「僕、せっかく琴さんに会いに来たんです。味噌と大根のついでみたいに殺されたくないですし」

 

「誰も味噌と大根のついでに死にたくねえよ!!」




神谷道場のいつものドタバタに、少しだけ本筋の火種を混ぜた回でした。
好きな場面や台詞があれば、ぜひ教えてください。

琴(沖田さん)の新選組時代の話

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