転生して型月版・沖田総司になったけど、労咳を克服したら明神弥彦の母になっていた件 〜るろ剣世界で最強のママやってます〜 作:だいたい大丈夫
「てめえはここで!!確実に息の根を止める!!」
連続する轟音。太郎の銃口から吐き出される鉛玉は、常人の認識を超越していた。火薬の燃える匂いが充満し、硝煙が視界を白く染める。発射音の間隔が短すぎて、連射というより一つの長い破壊音として耳をつんざく。六連発のシリンダーが回転する摩擦音すら、爆音の中に完全に溶け込んでいた。銃口から連続して噴き出すマズルフラッシュが、長閑な昼下がりの居間を毒々しい橙色に明滅させる。
だが、宗次郎は微塵も焦燥を見せない。顔面を掠める狂気的な弾幕を前にしても、その表情筋はピクリとも動かなかった。
「おっと」
短く呟いた次の瞬間。
宗次郎の姿が、完全に視界から消失した。
縮地。
弥彦の目には、空間そのものが削り取られたように映った。残されたのは、踏み込みによって生じた突風と、畳の表面が抉れるような軋みのみ。直線ではない。斜めに、不規則に、壁を蹴り、柱を掠め、空間の死角を縫うようにして間合いを削り取ってくる。人が畳の上で発揮していい速度を根本から逸脱している。
「うわっ!?消えた!?」
太郎は一切の迷いなく銃口を振るった。
狙うのは宗次郎の姿ではない。何もない虚空へ向けて弾丸を撃ち込む。その直後、自ら弾道へ飛び込むように、宗次郎が現れた。
火花が散る。
菊一文字の鞘が、正確無比な角度で鉛玉を弾き飛ばしていた。見切っているのではない。最初からそこに弾が来ると知っていたかのような動きだ。弾かれた鉛玉が天井の板に深々と食い込み、乾いた木屑を散らす。
しかし、恐るべきは太郎の演算能力だった。彼は宗次郎の消えた先を撃っているのではない。縮地による次の出現座標を先読みし、あらかじめそこへ弾丸を置いているのだ。鍛え抜かれた動体視力と空間把握能力、そして幾多の死線を越えてきた経験値が、宗次郎の軌道を完全に暴き出している。
宗次郎が右へ踏み込むより早く、その右側の空間へ鉛玉が直進する。左へ逸れれば、既にそこには次の一発が到達している。障子も柱もあり、何より琴や弥彦がいる狭い居間で、数ミリの狂いも許されない精密射撃。太郎の網膜は、宗次郎の残像ではなく「未来の位置」だけを捉えていた。外さないという冷酷なまでの確信があるからこそ、引き金を引き続けられるのだ。
「うーん……これじゃあ近づけないなあ。困った困った」
宗次郎の声に焦りはない。言葉とは裏腹に、その足運びはさらに速度を増していく。壁を蹴り上げる反動を利用し、天井付近から落下するように間合いを詰める三次元的な機動。
太郎の眼差しは凍てついている。手首を跳ね上げ、空中の軌道すらも正確に撃ち抜く。
「全く困ったようには見えないぜ?国賊め」
左之助は、己の汗が冷たくなっていくのを感じていた。
修羅場を潜り抜けてきた彼でさえ、目の前で繰り広げられる死闘の次元には戦慄を覚える。大鎌や斬馬刀で正面から叩き合う世界ではない。足運び、視線の誘導、殺意の制御。その全てが異常な高水準で拮抗している。ほんのわずかな瞬きが、そのまま死に直結する絶対領域。
「おい……何だよこれ……。人間が居間でやるスピードじゃねえぞ……」
剣心は沈黙を貫いていた。瞳の奥底で、二人の軌道を正確に追っている。だからこそ動けない。極限まで研ぎ澄まされた間合いに異物が介入すれば、その瞬間に死が連鎖する。銃弾の軌道と、それを躱す体捌き。両者の間に存在する数ミリの隙間を、剣心だけが冷徹に見極めていた。
燕は呼吸を忘れていた。
射撃の練度において自信を持つ彼女の目にも、太郎の技術は神業を通り越して不気味に映った。標的の未来を撃ち抜く先読み。連続射撃の強烈な反動を、腕の筋肉だけで完全に殺し切る制動技術。味方を絶対に巻き込まない射角の構築。恐怖を完全に切除した心肺。純粋な殺戮機構と化した背中を見つめながら、燕は銃を持つ者が行き着く究極の姿に静かな畏怖を抱く。
「ば、化物です……。太郎さん、あんなに強かったんですか?」
しかし、宗次郎の動きもまた常軌を逸している。
床を蹴る力のベクトルを僅かにずらし、体幹を捻り、弾道の隙間を縫うように滑り込んでくる。視覚の死角を利用し、無駄のない動きで太郎の先読みをさらに上回っていく。銃弾が頬を掠め、数本の後れ髪を宙に散らしても、その顔には変わらず笑みが貼り付いている。
「そうですよ」
「彼は政府の秘密結社『時守』の最高戦力。本来12人しかいない『時の番人』の中でも、最強を誇る男ですから」
「は!?最強!?お使いの兄ちゃんじゃなかったのかよ!!」
「お使いの兄ちゃんでもあるんだろ。味噌と大根買ってきてたし」
「そこ両立するなよ!!」
その時。
カチャッ、という僅かな金属の摩擦音が鳴った。太郎の銃が弾を撃ち尽くした、空撃ちの音。
そのコンマ数秒にも満たない空白。宗次郎の身体が、一気に沈み込んだ。勝敗を決する絶対的な隙。音を置き去りにした究極の一歩が、太郎の懐を完全に捉える。
「とったかな?」
微笑む宗次郎の切っ先が、太郎の喉元へ迫る。
だが、死の淵に立たされたはずの太郎の顔は動かない。
「いや……お前がな」
宗次郎の直感が警鐘を鳴らし、踏み込みが僅かに鈍る。
太郎の手元では、手品のような速度で新たな操作が完了していた。撃ち尽くしたはずのシリンダーは既に振り出され、空の薬莢が畳に落ちるより早く、六発の凶弾が一度に装填されている。先程の弾切れの音すら、宗次郎を至近距離へ引きずり込むための撒き餌だったのだ。
縮地の予備動作へ入るより早く、冷たい銃口が宗次郎の胸倉へ突き立てられる。
轟音。
ゼロ距離からの発砲。宗次郎の羽織が吹き飛び、焦げ臭い匂いが鼻を突く。
しかし、肉を穿つ音はしなかった。銃口が火を噴くその一瞬前、宗次郎は紙一重の捻りで上半身を逸らしていたのだ。致死の鉛玉は布地だけを噛みちぎり、背後の虚空へ消えていく。
タタッ、と軽い足取りで後方へ跳躍し、致命傷を外して距離を取り直した宗次郎の表情から、初めて笑みが消えかける。
「うん……やっぱり、すごいですね」
「『だった』、だ」
「俺はもう、時守は抜けた。あんな腐った組織には未練はねえ!だがな、天剣の宗次郎!お前には、仇をうってやらなきゃならない同胞たちがごまんといるんだ!」
宗次郎は再び、柔らかい笑みの仮面を被る。
「それを言ったら、僕だって同じですよ。貴方にはたくさん殺されましたし」
穏やかな声の裏側に張り付く、純粋な狂気。
「でも、僕のほうが有利かな?」
宗次郎の視線が、太郎の銃へと注がれる。
「その銃じゃあ、貴方の早撃ちに耐えられないでしょう?機構が悲鳴を上げてる。もう壊れてるよ。貴方の専用武器だった『時堕』じゃないとね」
燕の肩が微かに跳ねる。銃を扱う者として、その指摘の正確さを瞬時に理解した。太郎の異次元の速度と反動制御は、凡庸な銃の耐久限界を完全に凌駕している。現に、太郎の手にあるリボルバーのシリンダー軸は、先程の異常な連射によって微かに歪みを生じていた。
太郎は短く鼻を鳴らした。
「ふん、時堕は時守を抜けた時に返してやったさ。だが、ドンの理念を成し遂げるためなら、銃はまだある!」
彼の手が懐へ伸びる。次なる凶器が抜かれる寸前だった。
その殺気の手綱を、琴の凛とした声が引きちぎった。
「ええい!やめなさい!!」
空気が振動する。修羅場を知る者の、芯の通った声が場の空気を一変させた。
「ここは神谷道場よ!!外の争いごとをウチの居間に持ち込まないで!!畳の張替え代が馬鹿にならないのよ!!」
「そこで畳の心配なの!?」
「大事でしょ!!今月だけで壁と床にいくら使ったと思ってるのよ!!」
宗次郎は目を瞬かせ、ゆっくりと殺気を収めた。
「うん……『お母さん』の言うことは聞かないといけませんね。僕は辞めておきます」
しかし、太郎の身体は止まらない。過去の呪縛に囚われた狂犬の瞳。
「どけ!沖田総司!!たとえアンタでも、俺をとめるなら死ぬことになるぞ!!俺はこいつを……!!」
「太郎さん、やめなさい」
静謐な、しかし絶対的な支配力を持つ声。
神谷薫だった。その一音だけで、荒れ狂う空間の重心が彼女の元へと引き寄せられる。
「……これ以上は、私の掲げる『活人剣』の理から外れてしまうわ。制するつもりになれないなら、今は抑えて」
刹那。
太郎の肉体を支配していた狂気が、一瞬にして漂白された。目の色が変わり、背筋が硬直する。呼吸のリズムすらも、絶対の服従を示すかのように整えられた。国家最高峰の暗殺者が、たった一言で直立不動の敬礼を見せる。
「はい!薫首領!申し訳ありません、直ちに殺意を抑えます!!」
「いや抑え方が従順すぎるだろ!?」
「へえ……。飼い主を替えたってことですね。随分と従順になったものです」
「なんだと!!この野郎、もういっぺん言ってみろ!!ガルルルル!!」
「さっき抑えるって言ったでしょ!?」
弥彦の抗議を無視し、太郎は喉の奥で獣のような唸り声を上げる。だが、薫が冷ややかな視線を向けただけで、その唸り声すらもピタリと鳴りを潜めた。燕がその忠誠心に感動の眼差しを向けているのがさらに状況を歪めている。
「宗次郎君、とりあえず今日はここまでに……。挨拶は済んだでしょ?」
冷や汗を流しながら、琴は必死に事態の終息を図る。
「そうですね。これ以上いたら、本気で誰か死んじゃいますし」
「でも、太郎さん?面白い偽名ですけど、貴方がここにいるってことは……僕達は『仲間』になるんですから、仲良くしましょうよ?ね?」
◇◇
琴の心臓が早鐘を打つ。傘下の話にだけは踏み込まないでくれという祈り。
太郎は僅かに口元を緩め、銃を下ろす。
「……………そうか。お前も、同じ『旗』の理想に惚れたか。それなら………。わかったよ。いきなり撃って悪かったな」
「いえいえ、僕の方こそひどいことを言いました。これからよろしくね、太郎さん」
二つの手が、しっかりと握り合わされる。
「う〜ん。まあ、そうかな?とりあえず、兄貴もウチの家族になったんだし、仲間なのは確かだよな!良かったぜ!」
「良くないわよ……!何一つ解決してないのに、一番危ないところだけ奇跡的に回避された感じが余計に怖いわよ……!」
「うんうん!神谷活心流の理がこんなに早く浸透して大きくなるなんて、嬉しいわ!!」
「浸透した理の中身が、誰一人一致してないのよ!!」
「じゃあ今日は本当にご挨拶に来ただけなんで、僕は京都に帰りますね。今度は是非、皆さんもこっちに遊びに来てくださいね〜」
「おうよ!京都に行ったときには挨拶に……って、お前、京都のどこに住んでるんだ?」
「ああ、そうか……比叡山の『六連ねの祠』のところです。下っ端の人がいるはずなので、皆さんのことは伝えておきますね。顔パスで通れるようにしておきます」
「下っ端って何」
「瀬田殿も、使用人がいるほどの立派な家にお住まいでござったか……。世の中分からないものでござるな」
琴の頬が引き攣る。国家転覆を狙うテロリスト集団だとは口が裂けても言えない。
「え、ええ。彼の……父親代わりはお金持ちだからね……!」
宗次郎は踵を返し、玄関へと向かう。
「じゃあ、また!ああ、そうだ!琴さん!」
「そろそろ、その僕の『父親代わり』と再婚したらどうですか??由美さんはちょっと怒るかもしれないですけど、僕としてはすごくお似合いの夫婦だと思うけどな〜。10年の付き合いですし!」
時が、凍りついた。
琴の顔面へ、一気に血が上る。否定の言葉を紡ごうにも、喉の奥が痙攣して声にならない。
「な…ば…あ……ッ!!」
少し遅れて、弥彦の喉から魂を絞り出すような絶叫が迸る。
「何!!!母さん!!!まだ他に男がいるのかよ!!!」
「弥彦君、心配しなくても、琴さんとは10年の付き合いだから大丈夫だよ。すごく強い人だしね」
「まさか……!俺の『父親候補・三人目』って……そいつじゃねえだろうな!!?10年の付き合いって、完全に幕末の時期じゃねえか!!」
全員の視線が、針のように琴へと突き刺さる。
彼女の顔は熟れた果実のように赤く染まり、沈黙を守ることしかできない。
複雑に絡み合った情と過去のしがらみが、彼女の言葉を物理的に封じ込めていた。その沈黙こそが、最悪の肯定として周囲に伝播していく。
その空気を、彦斎が冷ややかに読み取った。
「……お義母さん、やっぱり淫乱。……大丈夫。弥彦ちゃん、お父さんが何人増えても、弥彦ちゃんは弥彦ちゃん。私が養う」
「そこだけ優しいのが余計に腹立つわ!!」
「違うの!違うって言ってるでしょ!!いや違わない部分も少しあるけど、違うのよ!!」
「どっちなんだよ!!」
「話が複雑なのよ!!」
「毎回それじゃねえか!!」
宗次郎は、その修羅場を背景に朗らかに手を振った。善意で勧めた言葉が引き起こした惨状に気づく様子は一切ない。
「じゃあ、本当にまた今度!」
「待って!今度っていつ!?アンタもうしばらく来ないで!!」
後に残されたのは、奇妙な連帯感に浸る太郎、一族の系譜に絶望する弥彦、羞恥と怒りで身体を震わせる琴、そして「新しい父親候補」という概念に納得を深める周囲だけだった。
「もう嫌だ……。俺の家系図、どうなってんだよ……」
「まあ、生きてりゃいろいろある」
太郎はまだ、少しだけ首を傾げている。
「……姐さん。つまり、さっきの男は俺たちの同盟相手ってことで良いんですよね?」
「違うわよ!!」
琴と剣心と左之助の声が、見事な和音を奏でた。
薫だけが、真剣な面持ちで顎に手を当てている。
「でも、宗次郎さんがこちらの『旗』へ好意的なのは悪くないわね……。いずれ本当に取り込めるかもしれない」
「まだ言ってる!!」
前半は速度と殺意、後半は情報量と地雷原、みたいな回でした。
好きな場面や台詞があれば、ぜひ感想をいただけると嬉しいです。
琴(沖田さん)の新選組時代の話
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やって欲しい
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やらなくて良い