転生して型月版・沖田総司になったけど、労咳を克服したら明神弥彦の母になっていた件 〜るろ剣世界で最強のママやってます〜 作:だいたい大丈夫
今回は志々雄を巡って、政府と『神』が真正面からぶつかる会談回です。
【神谷要塞 応接室】
上座には、明治政府の顔が三つ並んでいる。
内務卿の大久保利通。陸軍卿の山縣有朋。海軍卿の川村純義。
背後には斎藤一、そして秘密結社『時守』の筆頭である阿久津芹が、鋭利な刃のように控えていた。
対する下座側には、『神』の幹部陣が陣取っている。
首領の薫を中心に、剣心、彦斎、蒼紫、恵、左之助、宇佐美、水野、燕、列、雷十太、由太郎、弥彦。
この面子から放たれる異様な気配は、もはや応接室の光景ではない。国家転覆前夜の悪の首脳会談そのものだった。
だが、当の本人たちの心境は、その物々しさとは程遠い。
葉巻から立ち昇る紫煙の向こう側で、薫は自身に降りかかる重圧をねじ伏せるように身を委ねていた。
「それで……内務卿直々の御用とは?」
挑発にも似た薫の一言が、室内の緊張感をさらに一段階引き上げる。
大久保は疲労を堪えるように視線を動かし、かつての人斬りへと意識を向けた。
「緋村……。志々雄が、京都で暗躍している」
その名が響いた瞬間、剣心から居候としての柔らかな気配が消え失せる。過去の血塗られた記憶が、その双眸に鋭い光を宿させていた。
「……志々雄……真実」
薫の心に波立ちはない。蒼紫たちの報告により、既に盤面は把握済みだった。
「私たちの組織のシノギと、現在末端で小競り合いをしているテロ組織の長ですね。その男が京都にいることは調査で掴んでいますし、この間幹部がウチに挨拶にも来ました。……それで?それが国と何の関係が?」
政府高官たちの間に、隠しきれない動揺が走る。『挨拶に来た』という事実が、目の前の少女の率いる組織の異常性を雄弁に物語っていた。
「志々雄真実は、緋村が表舞台に出たあとの『影の人斬り』の役を引き継いだ。……いわば、人斬り抜刀斎の後継者だ」
あまりの事態に、弥彦や由太郎から思考の余裕が奪われていく。左之助の胸中には厄介事への忌避感が渦巻き、蒼紫は静寂の中でただ事態を推し量っていた。
剣心は、拭い去れない過去の重みを受け止めるように意識を沈める。
「志々雄は、戊辰戦争の混乱で死んだと聞いたでござるが……。やはり、同志に抹殺されたのでござるな。あまりに知りすぎた故に」
「あの時代……珍しい話ではない。用済みになれば消される。それが人斬りの宿命。トカゲのしっぽ切り」
淡々とした彦斎の言葉が、ひどく冷たく響く。その平坦さの裏にある死の気配に、弥彦はたまらず意識を向けた。
「お彦……まさか、お前も……」
「私も、維新後に新政府に捕らえられて首を刎ねられた。……まあ、首がもう一度生えてこなかったら、死んでたけど。大丈夫」
どこからツッコミを入れれば正解なのか、もはや誰にも分からない迷宮だった。
「いや普通は首が生えてこねえ方が本筋だろ」
「でも、生えてきてもおかしくない」
「なんでだよ」
「私だから」
「そこで納得しろってのが無理だわ」
大久保の精神は、彼らの異常なやり取りを認識することを放棄した。まともに受け止めていては、国の命運を語る前に己の理性が擦り切れてしまうという防衛本能の表れだった。
「あの時は……ああするしかなかったのだ」
「志々雄は、剣の腕も頭の回転の速さも、お前とほとんど同等の有能な実力者だった。だが……常人には理解できないほどの、異常な功名心と支配欲を抱えた危険人物でもあった。奴が影の人斬り役を引き受けたのも、全ては自分の実力と存在を維新志士の幹部に知らしめ、のし上がるためだ。……お前のように、仲間や弱い民のためという気持ちは一辺もなかった」
剣心の真っ直ぐな瞳が、大久保の真意を問いただしている。
大久保は、その重圧から逃げることを自らに禁じ、さらに踏み込んだ。
「暗殺の仕事の中には、決して表に出してはならない、明治政府が根底から覆されるほどの重大な汚職や謀略もある。志々雄が生きたまま新時代を迎えれば、そういった弱みにつけ込んで必ず増長し、日本は志々雄一人の手のひらで弄ばれることになりかねなかった」
「だから……戊辰戦争の混乱に乗じて、後ろから斬り捨てたでござるか……」
「確かに斬り捨てた。そして、証拠隠滅のために死体に火までつけさせた……。しかし、それでもあの男は……地獄の業火の中から生還していたのだ」
だが、燕の意識だけは完全に明後日の方向へと飛んでいた。
「全身火傷で生きてるんですか。燃えた後の耐久値が高いですね」
「感心するところそこじゃねえだろ……」
的外れな感心に、弥彦から咄嗟に呆れの声が漏れる。
◇◇
「そして今、奴は全身に火傷を負いながらも、弱肉強食を掲げ、平和を忌み嫌っている武器商人を大勢手の内に引き込み、一大兵団を形成し、京都の暗黒街に拠点を置いている」
「自分が手を下した過去の暗殺の秘密を切り札に、この国を二つに割る『復讐戦争』を起こそうと画策している。……我々も幾度となく討伐隊を差し向けたが、ことごとく全滅させられた。もはや、頼みの綱はお前たちしかいない。……頼む、この国のために京都へ行って、志々雄を止めてくれ!」
ここで真っ当な剣術道場であれば、正義感に胸を打たれ、熱を帯びた展開へと繋がる。
だが、ここは神谷要塞だ。阿片工場と兵器工廠が一体化した、国家予算に片足を突っ込む魔窟である。
薫の胸中に湧き上がったのは、正義感ではなく純粋な打算だけだった。
「……要するに、それは私たち『神』の武力を使って、政府の尻拭いである『志々雄の暗殺』を無料でやれ……と言うことですか?」
大久保は即座に反論できない。あまりにも正確に核心を突かれ、言葉に詰まってしまう。
「……そうなる」
少女の姿をした首領から、裏社会を統べる者の容赦のなさが溢れ出す。
「まあ待て!その言い方はないだろう!君たちの掲げる『活人剣』、そのなかの一殺多生だと思ってくれればいい!正義のための戦いだ!名誉なことだぞ!」
「その名誉で戦艦の燃料は買えません」
薫は、その程度の建前で動くつもりなど毛頭ない。
「砲弾も、葉巻も、兵士の給金も、全部現金なのよ。理念は大事。でも弾薬庫は理想論じゃ埋まらないわ」
海軍の威信をかけて、川村も必死に懐柔を図ろうとする。
「そ、それにだ!国への奉仕だぞ!海軍も陸軍も、君たちの働きは高く評価――」
「高く評価しているなら最初から金額を提示してください。褒め言葉だけで人が動くのは、十歳までよ」
その騒動の脇で、蒼紫の冷徹な思考が一つの疑念に行き着く。
「……ならば、なぜ背後にその女がいる?」
列の心にも、かつての上司への警戒心と、今の居場所を守ろうとする意志が強くせめぎ合っていた。
「そうですね。歴史の裏で暗躍する『時守』が本気で動くなら、志々雄とも十分に渡り合えるはずだ。それをしない理由は一つ。……俺たち『神』と『志々雄』をぶつけて共倒れさせ、『漁夫の利』を得ようとしているからでは?」
目論見を見透かされながらも、芹の心境に焦りは一切ない。むしろ、その優秀さを楽しむような優越感が漂っていた。
「ふふふふ……流石は私の列。優秀な暗殺者は察しが良いですね」
「君の、じゃない」
所有物扱いされた列の自尊心が、反発を示す。
「細かいわね」
「細かくない」
内情を暴露された川村の心臓が、早鐘のように打ち始めた。
「き、君は我々のただの護衛だ!余計なことを言うな!……まさか、『神』の中に元・時の番人が潜り込んでおるとは……!」
「潜り込んでいた、ではなく、今はここにいる。俺はもう『神』の人間です」
列の明確な帰属意識の宣言に、薫の胸に確かな安堵と感謝が広がる。打算のない信頼がそこにあった。
「……太郎さん。ありがとう。貴方が本当の身内になってくれていて、助かったわ」
「えっ!?あ、はい!!ドンのためなら!!」
「福利厚生って怖えな……」
「昼飯があったかい組織は強いんですよ」
「そこなんだ……」
薫は再び大久保へと意識を戻す。
「……というわけです、大久保卿。そのようなセコい企みに乗るのはナンセンスです。私達は、私達の理想と莫大な利益のためにしか、この強大な力を使いません。慈善事業じゃないのよ」
国家が裏組織を従えるという幻想が、完全に崩れ去る。もはや彼らは対等ですらなく、神谷要塞が国家を品定めする立場にあった。
山縣や川村の屈辱をよそに、斎藤だけは予想通りだと言わんばかりの諦念を抱いている。
大久保の胸中では、国家の威信と現実の脅威が激しくぶつかり合っていた。やがて、苦渋の決断が下される。
「…………わかった。政府の威信など、ここでは通用せんようだな。ならば、ビジネスの話をしようか」
「あ?ビジネスだと?政府のトップが、マフィアである俺達と取引かよ」
「そうだ。君たちは、これを巨大な『商売』だと思えばいい。志々雄の首と、京都の平定……その見返りとして、言い値を国庫から払おう」
大久保に迷いはない。プライドを捨ててでも、国を守るための実利を選ぶ覚悟だった。
「もちろん、金だけではない!今後の兵器販売における、政府公認の『特権』も与える!我が陸軍が正式に後ろ盾となろう!」
「海軍も同様だ!航路、港湾、倉庫、必要な便宜は図る!我々と手を組めば、海も陸も自由だ!」
その必死な姿を前に、薫の頭脳は最大限の利益を貪るための条件を冷徹に弾き出していた。
「……悪くない提案ね。では、私たちから条件を四つ出します」
「一つ。具体的な報酬金額は、この抗争が終わったあとで『私たちが言い値で』提示すること。青天井よ」
「二つ。私達『神』のこれまでの活動と、今後の作戦行動を、一切罪に問わず黙認すること。完全な治外法権と免責ね」
「三つ。政府だけでなく、『時守』も全戦力を志々雄討伐に前線で協力させること」
「そして四つ。志々雄一派の者を私たちが捕らえ、ウチの組織に吸収合併した場合……その者たちも『無罪放免』とすること」
薫の笑みには、一切の妥協が含まれていない。
「……これが飲めるなら、私たちは国のビジネスパートナーとして戦いましょう」
山縣の愛国心が、その横暴な要求に耐えきれず限界を迎えた。
「何を馬鹿なことを!!罪の完全黙認に、国家転覆を狙うテロリストの無罪放免だと!?そんな国を舐めきった条件が飲めるか!!我々を何だと思っている!!」
「お得意様」
薫の悪びれない認識に、味方であるはずの弥彦たちすら頭を抱える。
「……良いだろう。その条件、飲もう」
絶対に通るはずのない要求が呑まれたことで、神側の幹部たちに未曾有の衝撃が走る。
国家の底なしの譲歩に、雷十太すら揺らいでいた。恵だけが免責という言葉の響きにうっとりと酔いしれている。
だが、大久保の瞳には、まだ国家としての意地が残っている。
「だが、そこまで国家に対して強気な要求をするからには、君達にはそれに見合うだけの『力』を、この目で見せてもらいたい。ハッタリだけでは国は動かせん」
「どのように?」
「我々も、国家の命運を裏組織に託すのだ。それなりの確証が欲しい。……緋村、君の腕は、不殺を誓ってからだいぶ鈍っていると聞いているしな。昨日も斎藤と互角に打ち合ったのは、そこのメイド殿だったそうじゃないか」
大久保の言葉が、剣心の痛いところを正確に抉り出す。不殺の誓いが生んだ事実上の弱体化を突きつけられ、剣心の心に重い自責がのしかかる。
「そう。抜刀斎、確かになまってる。私より遅い。弱い。雑魚。給料泥棒。……だから、ウチのトップ営業マン。剣より口が達者。大丈夫」
剣心の精神的ダメージは計り知れない。
「おいお彦……今それ身内に言うことじゃねえだろ!」
「……お彦殿、流石にそこまでハッキリ言われると、傷つくでござるよ……」
「事実だから仕方ない」
「優しさという概念が欲しいでござる……」
「でも営業成績は神ですよ?」
「そこは嬉しいけど複雑でござる」
営業成績という謎のフォローも、剣心の複雑な心境を癒やすには至らなかった。
◇◇
大久保の腹は既に決まっている。これ以上の押し問答は無意味だと悟っていた。
「斎藤くん。君の目で、一つ緋村の実力を試してやってくれ」
名指しされた斎藤の心中には、面倒事への嫌悪感しか残っていない。昨日の彦斎との戦闘によるダメージが、彼の思考をひどく鈍らせていた。
「……やれやれ……わかりました。しかし、今からですか?俺は昨日、そこの化け物メイドとやり合って、腹に穴が空いてるんですがね」
「化け物は余計。でも強いのは認める。大丈夫」
「褒められてる気がしないな」
「いや、今日はもう時間も遅いし、流血沙汰は避けたい。……一週間後。五月十四日に、もう一度ここに来る。そこで、緋村が斎藤くんに勝つなり、善戦できるのであれば……君たちの実力を完全に認め、全ての条件を飲もう」
薫が準備期間の算段を立てる中、芹の嗜虐心が場をかき乱しにかかった。
「せっかくですから、もっと盛り上げましょうよ、大久保卿。政府の犬と剣心だけでなく、我々『時守』の時の番人も何人か連れてくるわ。剣道の試合みたいに、お互いの精鋭を出して『団体戦』としましょうか。……いや、実に良い余興だわ」
国の危機を単なる遊びと見なすその感性に、弥彦や左之助は心底からの軽蔑を抱く。
「芹……!遊びで人殺しをする気か!」
「遊びじゃないわ。実力証明。あなたたちも、私たちも、どうせ口だけでは信用しないでしょう?」
激昂する列に対し、芹の言葉は残酷なほどの説得力を持っていた。互いに言葉など信じていないという真理。
芹の悪意が形を成す。テーブルを滑ってきた黒いリボルバーが、列の視界を冷たく奪い去った。
「ああ、列。これを返しておきましょう。あなたが組織に置いていった、『時堕』です。あなたの神速の早打ちの反動に耐えられる銃なんて、世界にそれくらいでしょう?……一週間後、無様に死なれるのはつまらないですからね」
「………俺に銃を返したこと、後悔するぞ?」
「させてみて」
燕の常識の欠如した好奇心が、その空気をいとも容易く破壊した。
「綺麗……。あれ、撃たせてもらえませんか?」
「だめだ」
「えー」
「だめなものはだめです」
「じゃあ分解だけでも」
「もっとだめです」
一触即発の事態を避けるため、大久保たちは足早に退室を急ぐ。
しかし、薫が彼らを引き留めた。
「…………待ってください、大久保卿。貴方が自らここに来て、私たちと接触したという事実は、当然、志々雄の耳にも入るでしょう。志々雄は、自分たちの国盗りの最大の障害となる貴方を……確実に、『暗殺』しようと刺客を差し向けるはずです」
「……分かっている。それも覚悟の上だ。私の命でこの国が前進するなら、安いものだ」
「安くないでござるよ。大久保さんみたいな胃の丈夫な人材は貴重でござる」
「誉められているのか分からんな……」
貴重なビジネスパートナーを失うわけにはいかない薫は、手駒を護衛に回す決断を下した。
「……彦斎さん。大久保卿の護衛について。死なれたら、さっきの極悪条件の報酬がパーになるわ」
「……わかった。ドンの命令。まずは一週間、このヒゲのオジサンを護衛する。……雑魚が来たら、肥料にする。大丈夫」
ヒゲのオジサンという呼称に大久保の威厳が削られるが、もはやそれを咎める気力すら彼らには残っていなかった。
「………確かに、護衛は手厚い方がいいですね。大久保卿。私たち『時守』からも、時の番人の『二番』を、追加の護衛に付けましょう。神谷の暗殺者との共同戦線ですね。背中から刺されないように気をつけて」
「刺すなら前から」
「律儀」
「礼儀大事」
「暗殺者の会話とは思えないわ」
芹からの追加護衛の提案も、純粋な善意でないことは明らかだ。それでも、大久保は背に腹は代えられないと受け入れる。
「………………不要だ……とも言えまい。頼む」
「内務卿殿も、ずいぶん物騒な護衛を両脇に抱えることになりましたな」
「お前が言うか」
「俺は比較的まともです」
「比較対象が悪すぎるでござる」
◇◇
「……大久保さん。生きていてくだされ」
国のために命を捨てる覚悟の大久保に、剣心からの切実な願いが向けられる。
「国が許してくれればな」
「ははは!大丈夫でしょう!これだけの護衛がつくのですから!」
「お前がその『大丈夫』を言うと、やたら不安になるな」
「な、なんだと!」
「事実だ」
どう考えても護衛対象より護衛の方が凶悪という異常な編成のまま、大久保の乗る馬車が闇の中へと消えていく。
「……なあ、今の会談、俺たち勝ったのか?」
「交渉としては大勝利」
「人としては?」
「だいぶ負けてる」
「そうだよな……」
薫は交渉の勝利を誇るが、人間としての倫理観の欠如に誰もがうすら寒いものを覚える。
一週間後の団体戦という現実が、弥彦の胃を容赦なく締め付けた。勝たなければ全てを失うという重圧。
「一週間後って……マジで団体戦やんのかよ」
「やる。勝たないと全部ふいになるもの」
「報酬も?」
「もちろん」
「母さんより金かよ」
「両方よ」
「言い切るの怖えよ」
「……一週間で体を戻すしかないでござるな」
ここまで読んでくださってありがとうございました。
今回は戦闘よりも会話と駆け引き重視の回でした。
印象に残ったやり取りなどあれば、感想をいただけると嬉しいです。
弥彦の父親は誰だと思いますか?
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明神弥太郎
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四乃森蒼紫
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志々雄真実