転生して型月版・沖田総司になったけど、労咳を克服したら明神弥彦の母になっていた件 〜るろ剣世界で最強のママやってます〜   作:だいたい大丈夫

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お彦、大久保護衛中。
でも平穏に終わるはずもなく、懐かしい相手との最悪の再会が待っています。



赤心、浅葱に挑む

【大久保利通邸・縁側】

 

 私は河上彦斎。

 軍産複合体『神』の剣術師範であり、暗殺担当。元メイドで、今はたぶん大久保利通の護衛担当。履歴書の経歴欄には書ききれないほど肩書きが入り乱れている。けれど、問題はない。私は強いからだ。

 

 背後の縁側の奥では、大久保利通が膨大な書類の山と格闘している。

 この国の頂点に立つ男の日常が、終わりの見えない帳簿確認と根回し、そして着実な疲労の蓄積だというのだから感心する。もっと安楽椅子に身を沈めているものとばかり思っていたが、この男は過労で命を落としそうなほどに働いている。いっそ阿片でも燻らせてやれば気も紛れるのだろうが、今日の私は護衛だ。

 

毒見は完璧にこなすものの、勝手に薬物を処方するような越権行為は控える。コンプライアンスは遵守。

 

「……護衛は久しぶり。昔、土佐の岡田以蔵も護衛が好きだった。あいつは犬みたいに懐いてた。大丈夫」

 

 ふいに、背後で紙を繰る音が途切れる。

 大久保が眼鏡の位置を正し、その静かな双眸をこちらへ向けてきたのを感じた。

 

「随分と懐かしい名前を出すものだな。土佐の『人斬り以蔵』か。彼もまた、時代に翻弄された男だった」

 

「うん。翻弄されてた。犬だった。人斬りなのに、たまに可愛かった」

 

「そこに可愛いという形容がつくとは思わなかったな」

 

「つく。犬だから」

 

「お前の人物評はよく分からん」

 

 足音を一切立てずに室内へ滑り込み、大久保の脇へ湯呑みを置く。

 

 今日の茶は私が淹れた。事前の毒見も済ませている。私は護衛として極めて優秀だ。気が利き、剣が立ち、そして何より美人。自画自賛したくなるほどの適性。

 

「はい。お茶。毒見済み。大丈夫」

 

 大久保は黙って湯呑みを手に取り、静かに喉を鳴らす。

 張り詰めていた目元の皺が、ほんのわずかにほどけた。

 

「うん……美味い。お前のような幕末の凄腕が淹れてくれる茶を飲む日が来るとはな」

 

「私はなんでもできる。メイドの基本」

 

「今はもうメイドではないのだろう?」

 

「心はメイド。服は暗殺者。状況対応」

 

 これほどの権力者でありながら、反応に嫌味がない。そういうところは好ましい。少なくとも、今のところ私の刃を向ける予定はない。

 

 ――その時。

 障子も開いていないはずの室内で、部屋の隅の影が不自然な濃度を持った。

 

「……失礼します」

 

 声が鼓膜を揺らした瞬間、私の指はすでに鯉口を切っていた。

 思考より先に殺意が顕現し、肉体が迎撃の姿勢を構築する。褒められた癖ではないが、闇に潜む刺客を相手にするならこれが最適解だ。

 

「何者?刺客なら即座に三枚おろしにして斬る」

 

 影の中から滲み出るように現れたのは、長身の男だった。

 一見して細身だが、騙されてはいけない。縦の筋肉が引き締まり、肩の関節が異常なほど滑らかだ。足音は皆無。そして、目には一切の笑みが浮かんでいない。服の色も纏う気配も、ただひたすらに黒い。趣味の悪さと引き換えに、確かな実力を備えている。

 

 その手には、男の背丈を優に超える漆黒の長槍が握られていた。

 長い。屋内での取り回しを考えれば正気の沙汰ではない。並の使い手ならただの隙だらけの得物だ。だが、この男から漂う空気は、それを単なる長物に留めていない。

 

「待て待て。私は秘密結社『時守』特務部隊、時の番人の二番。今日から一週間、大久保卿をお守りするお前の仕事仲間だよ。河上彦斎」

 

「……時守」

 

 私は抜いた刃を半分だけ鞘へ納める。

 

 だが、警戒の糸は張り詰めたままだ。太郎――今は列か――が所属していたあの組織。歴史の陰にへばりつく粘菌のような連中。陰湿で、しつこく、そして厄介なほどに強い。総じて好かない。

 

「名前は?」

 

「部瀬守人」

 

「ぶせ」

 

「そうだ」

 

「変な名前」

 

「初対面でそこを切るな」

 

「で、槍。ここは屋内。取り回しに不利。つまり、お前は雑魚。私一人で十分。帰れ」

 

 部瀬の顔に、微かな笑みが浮かぶ。

 不敵というより、珍しい玩具を見つけた子供のような歪み。ひどく癇に障る。

 

「そうかい。なら、試してみるか?」

 

 言葉の終わりを待たず、男の腕がブレた。

 穂先が、迫る。

 早い。

 

 単純な速度の話ではない。到達までのプロセスが異様にすっ飛ばされている。

 通常、長物の刺突はその長さゆえに軌道が読みやすい。だが、この男の放つ槍は、まるで視界のすぐ手前で突然生成されたかのように現れた。

 

 私は最小限の動作で首を傾け、それを逃がす。穂先が数本の髪を断ち切るのを肌で感じた直後、私は一気に男の懐へ踏み込んでいた。長物相手の絶対の定石。内側にさえ潜り込めば、長い柄はただの鉄の棒に成り下がる。

 

「遅い。懐に入れば長い槍は無力。私が殴って終わり――」

 

 言葉を紡ぎ終える前に、脳髄に警鐘が鳴り響く。

 ――目の前に、穂先がある。

 

「むっ!?」

 

 距離の認識がおかしい。

 確かに懐へ入り込んだはずなのに、男との間合いが外側と同じ距離に錯覚させられている。

 

 私は極端な後傾姿勢をとり、無理やり上体を反らす。

 回避というより、純粋な逃避。冷たい刃の軌跡が胸元を掠め飛ぶ。

 

 布の裂ける、嫌な感触。

 ギリィッ、と繊維が悲鳴を上げる。

 私の着物が、無残に命を散らした音だった。

 

 部瀬は静かに槍を引き戻し、わずかに目を見開く。

 

「……今のを初見で無傷でかわすか。流石は幕末の四大人斬り」

 

 私はすーすーと風を通す胸元をきつく押さえる。

 肌寒い。そして何より、腹立たしい。

 

「……無傷じゃない。着物斬れた。私のおっぱい丸見え。セクハラ。助平。死刑」

 

 部瀬の視線が、隠したはずの胸元へ真っ直ぐに向けられる。

 遠慮がない。本気で喉笛を掻き切ろうかと殺気が膨れ上がる。

 

「だめだな」

 

「何がだめ?私のおっぱい、意外と大きいし形も綺麗。眼福。感謝しろ」

 

「いや、小さい」

 

「……」

 

「絶望的に足らん。俺を満足させたければ、その三倍の質量はもってこい。やり直しだ」

 

 確かな殺意が、私の奥底で臨界点を迎えた。

 女性の胸のサイズを評価軸にする男は、例外なく消去して構わないというのが私の持論だ。ましてやこの男は即座に細切れにされるべきだ。しかし、今は護衛任務の最中。私はプロフェッショナルな大人として、かろうじて刃を抑え込む。

 

「……お前たち、私の命がかかっている前で、一体なんの話をしているんだね?」

 

 呆れ果てたような大久保の低い声が書斎から響く。

 

「おっぱいの話」

 

「聞けば分かるが、その答えを返されると余計に疲れる」

 

 部瀬は事も無げに槍を肩に担ぎ、鼻で笑う。

 

 人間性は底辺に近いが、実力は本物だ。空間認識を狂わせる槍術に、影と同化する隠密性。胸部への執着さえなければ完璧な暗殺者だっただろう。

 

「まあ、互いに仕事はできそうだな。胸は足りんが」

 

「お前は顔が気に入らない。鼻から下を斬ってもいい?」

 

「そういう話になるなら俺は脚が好みじゃない」

 

 大久保の声に、苛立ちよりも深い疲労が滲む。

 

「本当に私の護衛なのかお前たちは」

 

 とはいえ、目的は一致している。

 大久保利通を、この一週間死守する。

 私と部瀬の利害は、ただその一点においてのみ完全に重なっていた。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 それからの数日間は、拍子抜けするほどに平穏かつ機能的に過ぎていった。

 私は屋根伝いや廊下、庭先を音もなく駆け抜け、部瀬は天井裏や塀の影に己を溶け込ませる。

 

 互いの気配が交差する瞬間、視線がぶつかることがある。

 その度に男の視線が私の胸元を舐めるので、幾度となく刃を抜きかけた。

 

 だが、部瀬も仕事中に私情を挟むような真似はしなかった。槍の精度は恐ろしく高く、酒や女に溺れることもない。重度の変態ではあるが、勤勉さだけは評価に値する。

 

 大久保もこの異質な護衛環境に順応したのか、夜の茶を口にしながら自然に声をかけてくるようになった。

 

「……斎藤君が、やたらとお前たち二人を警戒しているのが分かる」

 

「犬だから。警戒は本能」

 

「それに、我々は普通に怖いですからね」

 

「自覚があるなら少しは態度を穏やかにしろ」

 

「無理」

 

 私と部瀬の声が、不気味なほどに同調した。

 奇妙な共同生活は、そうして淡々と進んでいく。

 胸部に関する不毛な議論さえ除けば、概ね平和な任務だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五月十四日、夕刻。

 赤坂・紀尾井坂。

 

 本日は神谷要塞にて御前試合が執り行われる。国家権力と裏社会、そして秘密結社の化け物どもが一堂に会する、吐き気がするほど面倒な一日だ。大久保もまた、その渦中へと向かう。

 

 表向き、彼に随伴する護衛はいない。車輪の音だけを響かせ、一台の馬車が坂道を急ぐ。

 

 だが、その内部と屋根の上には、私と部瀬が潜んでいる。大久保を極上の餌として配置した、完璧な狩りの罠。本人の了承済みとはいえ、あまり気分の良い構図ではない。

 

「遅くなってしまった。神谷での試合は夜になるか……。しかし、ここで私が死ぬわけにはいかん。志々雄を倒さなければ、この国は内乱で滅びる……」

 

 部瀬は頭上の屋根に張り付き、完全に気配を絶ち切っている。私と部瀬の隠密技術を掛け合わせれば、この馬車はもはや動く要塞に等しい。

 

 ――その時、並走する不穏な気配が一つ。

 羽のように軽く。

 矢のように速く。

 

 足音という物理的な痕跡を一切残さずに、それは迫る。

 だが、笑っている。気配そのものが、無邪気に笑い声を上げているのだ。

 

「無用な心配ですよ。これから死ぬ人にはね、大久保卿」

 

 瀬田宗次郎。

 

 音もなく命を刈り取る存在でありながら、その気配には妙な明るさが満ちている。無邪気な子供の笑顔のまま、平然と人の首を刎ね飛ばす精神構造。嫌いではないが、極めて危険な存在だ。

 

 馬車と完全に等速で並走し、窓を覗き込んでくるその顔に、大久保が鋭い視線を向ける。

 

「刺客……か。志々雄の」

 

「ええ。それにしても、落ち着いてますねぇ……。誰も護衛がいないのに。まあいいけ……どッ!?」

 

 直後、馬車の屋根が凄まじい轟音とともに爆ぜた。

 頭上から突き下ろされた漆黒の槍が、宗次郎の脳天を正確に穿ちに行く。

 

 今まで息を潜めていた分際で、登場の仕方がひどく派手だ。あの目立ちたがり屋め。胸のサイズに口出しするだけの自己顕示欲はあるらしい。

 

 宗次郎は間一髪で後方へ跳躍する。

 坂の石畳に、滑るようにして着地した。

 唇にはいつもの笑みを貼り付けたままだが、その目はわずかに細められている。

 

「あれ?屋根には誰もいなかったはずなのに……気配すら全くなかったですよ?」

 

 砕けた屋根の上に、部瀬が悠然と立ち上がる。

 夕闇が迫る空を背に、黒い槍のシルエットが不吉なほど長く伸びていた。

 

「我々は、どこにでもいて、どこにでもいない。……覚悟しろ、テロリスト。ここを通すわけにはいかん」

 

「いや〜、僕のお仕事は暗殺であって、真正面からの戦いじゃないんですよ。……まあ良いか。別に、大久保卿の首を獲るのは僕じゃなくても……」

 

 その軽口を聞いた瞬間、私の脳髄が冷たく粟立った。

 宗次郎は、単なる露払いに過ぎない。

 本命は、別の場所にいる。

 

 私がそれに気づくのと同時に、部瀬が屋根を蹴って跳躍する。

 

「何?ならば貴様は、ここで死ね!!」

 

 長槍と縮地の激突が始まる。

 宗次郎の歩法は速い。だが、部瀬の槍は空間認識そのものを歪める。縮地で懐へ飛び込んでも、間合いの感覚が致命的にズレるのだ。宗次郎の顔に、珍しく苛立ちのようなものが浮かぶ。良い見世物だ。

 

 しかし、私の意識はすでに頭上の戦いから離れていた。

 坂の脇を、もう一つの気配が音もなく駆け上がってくる。

 

 速い。

 宗次郎のそれよりも、はるかに恐ろしい洗練を感じる。

 

 速度ではない。歩法の完成度が常軌を逸しているのだ。わずか三歩で絶対の間合いを奪い取る、あの足運び。体重移動の気配すらなく、呼吸の音さえ世界から消え失せている。

 

 私の魂の奥底に刻み込まれた、よく知る剣の気配。

 

「一歩、音越え……。二歩、無間……」

 

 声が空気を震わせ、私の確信は現実のものとなる。

 

 私は御者台を蹴り飛ばし、宙を舞う。

 馬車を置き去りにし、正面へと回り込んだ私の視界に、夕暮れの風にはためく浅葱色の羽織が映り込んだ。

 

 あの色を目にするだけで胸の奥がざわめく。血と硝煙、そして滅びゆく者たちの意地の象徴。私は新選組の人間ではないが、あの羽織を纏った彼女を相手にするのは、10年ぶりだ。

 

「三歩――」

 

 来る。

 無明三段突き。

 大久保の喉笛へ向けて放たれる、絶対の死の軌跡。

 私は迷うことなく愛刀を抜き放つ。

 

「させない。ふっ!!」

 

 火花が弾け飛ぶ。

 鋼と鋼が軋みを上げ、耳障りな、それでいてひどく心地よい金属音が紀尾井坂に響き渡った。

 互いの刃が激しく交差し、私と琴の顔が吐息の届く距離で睨み合う。

 

「……こんなに早く会えると思わなかった。不倫女。育児放棄のクソ親」

 

 再会の第一声としては最悪の部類だろう。だが、私たちにはこれくらいが丁度いい。

 琴は浅葱色の羽織を翻し、好戦的な笑みを浮かべた。

 

「私もよ、お彦。……でも、そこをどいて。大久保暗殺は、志々雄くんから頼まれた私の重大な任務なの」

 

「無理。……それに、貴女を見逃すのは一度だけと言った。次は斬ると」

 

「私はもう神谷の人間じゃないわ」

 

 琴の双眸から、温もりが完全に抜け落ちていく。

 そこに残されたのは、幕末の京都を震撼させた一番隊組長・沖田総司の剥き出しの刃だけだった。

 

「……新選組一番隊組長、沖田総司……参る!!」

 

  脳裏をよぎるのは、弥彦ちゃんの顔だ。

 泣き出しそうなのを、必死に堪えていたあの小さな顔。

 それだけで、私の中の迷いは完全に消え失せる。

 

「貴女の過去への執念……私が、この『赤心』にて断ち切る!!弥彦ちゃんのために!!」

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 宗次郎は眼下で繰り広げられる光景を横目にとらえ、珍しく驚きの色を浮かべていた。

 

「おや。琴さんが止められた……?予定外ですね。なら、僕が加勢しに……」

 

 だが、それを許すほど部瀬は甘くない。

 背後から、空間を抉り取るような黒槍の横薙ぎが迫る。軌道の起点すら定かではない一撃に、宗次郎は慌てて身を沈める。

 

「行かせんよ。そっちの化け物同士の嫁姑喧嘩の邪魔はさせん。……受けよ!我が槍を!!」

 

「嫁姑って、誰が姑なんですかね」

 

 宗次郎が余裕の笑みを崩さずに軽口を叩く。

 

「まあいいです。仕方ないですねぇ……!」

 

 坂の上では、空間を歪める槍と神速の縮地が交錯する。

 坂の下では、地を這う抜刀術と絶対の突きがぶつかり合う。

 

 紀尾井坂は今、歴史書のどこにも記されない、名もなき修羅の坩堝と化していた。

 

 




今回は前半は護衛、後半は修羅場、という回でした。
部瀬や宗次郎、そして琴とのやり取りなど、気に入った場面があればぜひ教えてください。

弥彦の父親は誰だと思いますか?

  • 明神弥太郎
  • 四乃森蒼紫
  • 志々雄真実
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