転生して型月版・沖田総司になったけど、労咳を克服したら明神弥彦の母になっていた件 〜るろ剣世界で最強のママやってます〜 作:だいたい大丈夫
道に迷った一行が、山中でとんでもない破戒僧と出会います。
遭難、カエル、そして破壊の奥義です。
【中山道・名もなき山中】
木の根に爪先を持っていかれ、三度目の現実逃避を捨てる。
ここが中山道である可能性は限りなく低い。道も、人の気配すらない。靴底から伝わるのは湿った落ち葉の感触と、誰かが滑落しかけた痕跡だけだ。その誰かである左之助さんは「地面が俺に挑んできやがった」と言い張っていた。
地面は挑まない。訓練で刷り込まれた常識が、俺の脳内で冷静に否定の声を上げる。
「おい、列。顔色悪いぞ。山歩きにビビってんのか?」
「遭難にビビっています。山歩きではありません。遭難です」
「大げさだな。京都は西だろ。西に向かって歩きゃ着く」
「その理屈だと、海に落ちても西に泳げば京都です」
「根性があればな」
「根性で地理をねじ曲げないでください」
左之助さんの手元で斬馬刀が杖代わりに土を穿つ。頼もしい体格と致命的な判断力が同居しているのが神谷要塞の人間だ。能力は高いが、倫理と段取りが欠落している。
視界の端で紙の擦れる音がする。燕師範代の手元にある地図は、さっきからずっと上下が逆だった。指摘をしても「こっちの方が山の気持ちが分かる」と返されるだけだ。山の気持ちなど分かるはずもない。分かるのなら今すぐ正しいルートを教えてほしい。
「左之助さんの勘は信用できません。ここは上を目指すべきです。上に登れば、京都が見えるかもしれません」
「燕師範代。京都は山頂に置かれている城ではありません」
「でも高いところを取るのは戦術の基本です」
「登山と侵攻作戦を混ぜないでください」
宇佐美さんがこめかみを指で揉みほぐす。
「いや、待て。列、方角を見るなら太陽だろ。朝は東から昇る。つまりあっちが東で、こっちが西……いや、山の影で分かりづらいな。水野、お前どう思う」
「俺に振られても困りますよ。俺は大鎌なら扱えますけど、太陽の角度までは斬れません」
「斬ろうとするな」
水野さんは真面目な顔で、間違ったことを力強く断言する。集英組幹部としては有能であり、戦闘もこなす。
だが、山中で現在地を判断する能力はない。俺も偉そうには言えない。暗殺者として街中の尾行や侵入は得意だが、修行に夢中になった超重武器師範とトリガーハッピー少女とガンマンと大鎌使いに囲まれて、見知らぬ山へ押し込まれる訓練は受けていない。
つまり、未経験業務だ。
時守も過酷だったが、少なくとも任務前に地図は支給された。神谷要塞は支給された地図を燕師範代が逆さに持つ。そこが違う。
「そもそも、どうしてこうなったんですか」
俺の問いかけに、全員の視線がわずかに宙を泳ぐ。
数日前までは順調だった。中山道を進み、宿場町で情報を集め、京都へ先入りする。薫首領の指示は明確だった。不要な交戦を避ける。拠点を確保する。情報を持ち帰る。
それがいつの間にか、道中修行という話にすり替わっていた。
最初に火をつけたのは左之助さんだ。
「このまま京都に着いてもよ、琴姐さんと十本刀が待ってるんだろ。なら、歩きながら鍛えりゃいいじゃねえか」
言葉だけなら破綻はない。敵は強い。こちらも強くなる必要がある。それは正しい。問題は、神谷要塞の連中に「修行」という名目を渡すと、即座に殺し合いの一歩手前まで発展することだ。
燕師範代は即座に二挺拳銃を抜いた。
「実戦こそ最大の修行ですね。走りながら撃ちます。列さん、逃げてください」
「なぜ俺を撃つ前提なんですか」
「動く的は貴重です」
「俺は的ではありません」
宇佐美さんはなぜか対抗心を燃やした。
「なら俺は列に早撃ちを教わる。時守仕込みの射撃を盗んでやるぜ」
「盗むと宣言する人に教える側の気持ちを考えてください」
水野さんは大鎌を構えた。
「俺は左之助さんと対集団戦の連携を。鎌で足を刈って、斬馬刀で叩き割る。実戦的です」
「人間で試さないでくださいね」
「木で試しました」
そんな実戦さながらの訓練を、歩きながら始める。銃声を抑えるために山道へ入る。人目を避けてさらに奥へ入る。そこへ左之助さんが「こっちの方が近道っぽい」と口を挟む。燕師範代が「山の気持ちもそう言ってます」と便乗する。水野さんが「姐さんを止めるには近道も大事です」と締める。
結果がこれだ。
完全なる遭難。
薫首領に報告書を提出する光景を想像するだけで胃の腑が粟立つ。弥彦に知られれば「俺の母さんを追う前にお前らが迷子になってどうすんだ」と三時間は説教されるだろう。
「列さん」
「何ですか」
「お腹が空きました」
「でしょうね」
「食糧、確認します」
リュックを開ける。弾薬、手拭い、予備の撃鉄、ドス、銃油、包帯、饅頭一個。以上。
俺は静かに目を閉じる。
「なぜ弾薬の方が食糧より多いんですか」
「敵は弾で倒せますが、饅頭では倒せません」
「空腹は饅頭で倒せます」
「なるほど。では食べます」
燕師範代は一切の躊躇なく饅頭を口に放り込む。
宇佐美さんが目元を和らげる。
「いいんだ、燕ちゃん。子供は食え。俺たちは大人だから、水で何とかする」
「ありがとうございます。うへへ、おいしいです」
「遠慮という概念が一瞬で死んだな」
頬を膨らませて、幸せそうに咀嚼している。十歳らしい。とても十歳らしい。腰の拳銃と、さっきまで「速い的を撃ちたい」と口にしていた事実さえなければ。
「いい食いっぷりじゃねえか。腹が減っては喧嘩もできねえ。燕が元気ならそれでいい」
「喧嘩ではなく任務です」
「似たようなもんだろ」
「似ていません」
◇◇
突如、山の奥から凄まじい音が響く。
爆発ではない。火薬の匂いもしない。だが、足元の土が震える。枝葉が擦れ合い、鳥が羽音を立てて空へ逃げる。
「大砲ですか?」
「いや、音が違う。何かを内側から叩き割ったみてえな……」
「行ってみましょう。人がいるなら道も聞ける」
「普通は危険を避ける場面です」
左之助さんが斬馬刀を担ぎ直す。
「面白そうじゃねえか」
「やはり危険に突っ込みますか」
危険を避けるという概念と決定的に相性が悪い。
俺は燕師範代の前に出る。どれだけこの子が危険な武器を扱おうとも、守る対象であることに変わりはない。薫首領からの指示だ。いや、それだけではない。俺自身も、弥彦の大切な人間をこれ以上喪いたくない。
土を踏みしめ、音の震源へ向かう。
木々が途切れた先に、開けた空間があった。そこに一人の僧が立っている。上半身は裸で、鋼のように鍛え抜かれた肉体から、静かな怒りにも似た熱が放たれていた。
普通の僧ではない。
間違いなく強い。こちらに視線を向けていないにも関わらず、一切の隙が感じられない。
僧は合掌し、巨大な岩の前に立つ。
「オン・アビラウンケン・ソワカ……」
低く重い声が、山の冷気に沈み込む。
次の瞬間、僧の拳が岩へ放たれる。
直接触れていないように見えた。
だが、岩が内側から崩壊する。
破片が弾け、突風が顔を叩く。俺は反射的に燕師範代の肩を抱き寄せ、地面に伏せていた。
「すごい……」
燕師範代が、伏せたまま目を輝かせる。
「ガトリングより、一発の威力が高いです」
比較対象が狂っている。
宇佐美さんの顔が引きつる。
「おいおい、拳で岩を吹っ飛ばしたぞ。人間か、あれ」
左之助さんは笑っている。
「へえ。法力ってやつか。徳の高い坊主ってのはすげえな」
僧がこちらを向く。
その双眸には一切の感情がない。
「法力などではない。これは、ただの物理だ」
物理。
今の現象を物理と言い切るなら、時守で習った物理はあまりにも控えめすぎる。教育係に再履修を要求したい。
水野さんが即座に膝をつき、左之助さんの頭を地面に押しつける。
「申し訳ありやせん。うちの左之助が無礼を。迷い込んだだけの愚か者です。命だけは勘弁してください」
「誰が愚か者だ」
「遭難してますから、愚か者で間違いないです」
僧はしばらくこちらを観察し、静かに殺気を霧散させる。
「敵意はないようだな。こんな山奥で何をしている。女子供まで連れて、ただの旅ではあるまい」
俺は一歩前に出る。ここで組織名を出すわけにはいかない。神谷要塞、軍産複合体、阿片、兵器、志々雄一派、時守。どれを出しても血を見る。だが嘘を重ねれば、この僧の眼力には見抜かれる気がした。
「京都へ向かう途中です。道を外れて、方角を見失いました。同行者が修行と称して山に入り、気がつくとこの有様です」
「おい、列。俺だけが悪いみたいに言うなよ」
「左之助さんだけが悪いとは言いません。全員少しずつ悪いです」
燕師範代が手を上げる。
「私は饅頭を食べただけです」
「地図を逆さに持ちました」
「山の気持ちを読んでいました」
「読めていません」
僧はわずかに目を細める。
「……妙な一行だ」
「否定できません」
「名は」
「列です」
「列。お前は旅人にしては気配が薄い。殺しに慣れているな」
やはり見抜かれる。
俺は視線を外さず答える。
「昔の職場がブラックでして」
宇佐美さんが横から口を挟む。
「政府系の暗殺者だったんだとよ。今はうちの仲間だ」
「宇佐美さん、防諜という概念を思い出してください」
「あ、悪い」
僧の目がわずかに鋭さを帯びる。
「政府の暗殺者か」
「元、です。今は違います」
「では、今は何だ」
俺は言葉を探す。神谷の犬。薫首領の部下。先遣隊。どれもしっくりこない。
「家族を守るために、京都へ向かう者です」
声に出して、少しだけ耳の裏が熱くなる。時守時代の俺が聞けば間違いなく銃口を向けてくる台詞だ。だが、今の俺の輪郭にはこれが一番馴染む。
僧は何も言わない。
やがて、静かに背を向ける。
「来い。腹が減っているだろう。粗末なものしかないが、食わせる」
燕師範代の目が輝く。
「ご飯ですか」
「山菜と、蛇と、カエルだ」
「カエル……」
「好き嫌いありません」
頼もしい。
頼もしいが、方向性が致命的に怖い。
◇◇
【安慈の小屋】
宇佐美さんが小声で耳打ちする。
「あれ、カエルか?」
「見たくないなら見ない方がいいです」
「列、お前は平気なのか」
「時守時代、三日間水と木の根だけで潜伏したことがあります。それに比べれば火が通っているだけ高級です」
「ブラックすぎるだろ」
「なので辞めました」
正確には抜けた。さらに言えば逃げた。退職届は弾丸で提出したようなものだ。
燕師範代はカエルの串焼きを受け取り、一切の躊躇なくかじりつく。
「美味しいです。鶏肉みたいです」
「燕ちゃん、すげえな」
「お彦さんが言ってました。暗殺者は虫でも泥水でも食べて生き残れって」
「彦斎師範、教育が極端ですね」
「大丈夫も教えてくれました」
その一言で、場の空気が重く沈む。
お彦師範は今、病院で生死の境を彷徨っている。
燕師範代の口元は笑っているが、その筋肉は微かに強張っていた。小さな手でカエルを食べている。強くあろうとしているのだ。十歳の少女が、強くないと崩れそうだから必死にカエルを呑み込んでいる。
「強い子だ」
「はい。強すぎてたまに困ります」
「名は」
「三条燕です。射撃師範代です」
「射撃……?」
僧の表情に微かな困惑が浮かぶ。
「銃を撃ちます。あと、ドスも使います。お彦さんにもらいました」
「……そうか」
僧はそれ以上踏み込まない。大人だ。深掘りすれば碌なことにならないと察したのだろう。
左之助さんはカエルを豪快に噛み砕きながら、僧を見る。
「和尚、さっきの技、すげえな。あれ、俺にもできるか?」
「簡単に言うな。あれは破壊の奥義だ」
「破壊は得意だぜ」
「得意不得意の話ではない」
左之助さんは笑う。だが、その瞳の奥は真剣そのものだ。この人は雑に見えて、強さに対する嗅覚が恐ろしく鋭い。あの技が自分に必要なものだと、本能で理解している。
俺も同じだ。
あの破壊は、銃や刃物とは次元が違う。万物を壊す理。もし近接で銃を封じられた時、弾が尽きた時、時守の番人と素手でやり合う羽目になった時。あれがあれば生存率が劇的に上がる。
「俺からもお願いします。原理だけでも教えていただけませんか」
「お前もか」
「はい。俺は元暗殺者です。銃を使いますが、武器を失えば終わりでは困る。守りたい人たちがいます」
「政府の暗殺者が守りたい人、か」
「元、です」
「そこは譲らぬのだな」
「今の職場の方が福利厚生が良いので」
左之助さんが笑う。
「飯は出るし、寝床はあるし、銃も支給される。たまに阿片工場の手伝いさせられるけどな」
「最後が余計です」
僧の眉がピクリと動く。
まずい。俺は急いで言葉を被せる。
「医療用の鎮痛剤です。だいたい。たぶん。少なくとも建前は」
「建前なのか」
「建前は大事です」
僧は深く息を吐き出す。
「妙な連中だ」
「よく言われます」
燕師範代が立ち上がる。
そして、突然地面に額を擦りつけた。
俺は一瞬遅れて息を呑む。
「お願いします」
土に響く声が微かに震えていた。
「私、強くなりたいんです」
左之助さんの顔から笑いが消える。
燕師範代は土の上に手をつき、頭を下げ続ける。
「お彦さんは、私に生き残る方法を教えてくれました。弥彦君は、私を助けてくれました。薫さんは、私を認めてくれました。神谷道場は、怖いけど、変だけど、私の居場所になりました」
怖いけど変。完璧な評価だ。
「でも、お彦さんは今、死にかけています。弥彦君は泣いています。琴さんは、京都へ行ってしまいました。私は……ただ撃つだけじゃ、足りないと思うんです」
燕師範代が顔を上げる。
その瞳には涙が滲んでいた。だが、奥底にある光は銃を握る時とは違う種類の強さを宿している。
「もっと強くなりたいです。誰かを殺すためだけじゃなくて、守るために。お彦さんが目を覚ました時、ちゃんと胸を張って『弥彦君を守りました』って言えるように」
僧の目が変わる。
冷徹な警戒が揺らぎ、何か別の感情が表面に浮かぶ。俺には分からない過去が、この僧にもあるのだろう。守れなかった誰か。喪ったもの。
僧は静かに燕師範代へ歩み寄り、膝を折る。
「幼子が、そう軽々しく頭を下げるものではない」
「軽くないです」
「そうだな。軽くはない」
僧は燕師範代の肩に手を当て、立たせる。
「名をもう一度聞こう」
「三条燕です」
「燕。お前は何を憎む」
燕師範代は少し考える。
「お彦さんを傷つけた人を憎みます。弥彦君を泣かせる人を憎みます。あと、弱い人を脅す人も嫌いです」
「政府は」
「よく分かりません。でも、左之助さんは嫌いだと言っていました。列さんも嫌いだと思います」
全員の視線が俺に突き刺さる。俺は隠さない。
「嫌いです」
「なぜだ」
「政府は、時守を道具として使います。影で人を殺させ、失敗すれば切り捨て、成功しても名前を残さない。報酬は少ない。休暇はない。上司は怖い。労災は出ない。完全なブラック職場です」
「労災って何だ」
「仕事で怪我をした時の補償です」
「暗殺者にそんなもんあるかよ」
「だからブラックなんです」
水野さんがしみじみと同調する。
「集英組の方がまだ面倒見いいですね」
「極道より福利厚生が悪い組織、だいぶ問題だと思います」
「相楽左之助。お前はどうだ」
「俺は赤報隊だ」
「相楽隊長の下で戦った。年貢半減を掲げて、新しい時代を信じた。けど明治政府は、都合が悪くなったら俺たちを偽官軍にした。先生を処刑した。利用するだけ利用して、汚れを全部押しつけやがった」
左之助さんの拳が硬く握り込まれる。
「俺は忘れねえ。政府の看板を掲げた連中が、どんだけ綺麗事を言おうがな。あいつらは平気で人を捨てる。俺の恩師を殺した。だから俺は、明治政府が大嫌いだ」
僧は静かに目を閉じる。
「そうか」
風が小屋の隙間を抜け、乾いた音を立てる。
僧は、ゆっくりと立ち上がった。
「私は悠久山安慈。今は破戒僧だ。私が持つ奥義は、二重の極み。万物を破壊するための技だ」
「本来、軽々しく教えるものではない。だが、お前たちは政府に傷つけられ、それでも守るべきもののために強さを求めている。ならば、一つだけ教えよう」
燕師範代の顔がパッと輝く。
「ありがとうございます」
「ただし、破壊の技は心を蝕む。敵だけでなく、自分の迷いも砕く。だが砕きすぎれば、人でなくなる」
燕師範代が首を傾げる。
「それは、銃を撃ちすぎると楽しくなりすぎるのと同じですか」
「……少し違う」
「でも分かります。ほどほどに壊します」
「ほどほどに使える技ではない」
教わる前から不安しかない。
読んでくださってありがとうございました。
今回は先遣隊の遭難回でした。列のツッコミ、燕の健気さ、安慈との出会いなど、印象に残ったところがあれば教えていただけると嬉しいです。
弥彦の父親は誰だと思いますか?
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明神弥太郎
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四乃森蒼紫
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志々雄真実