転生して型月版・沖田総司になったけど、労咳を克服したら明神弥彦の母になっていた件 〜るろ剣世界で最強のママやってます〜 作:だいたい大丈夫
【箱根の山道】
箱根の山道は険しい。
それでも、足は止まらない。前方には緋村抜刀斎。隣には時守の筆頭、阿久津芹。少し遅れて気配を殺した時守の者たちが続く。険しい斜面を駆け上がっているはずなのに、周囲に落ちる足音は皆無に等しかった。事情を知らぬ旅人が見れば、魑魅魍魎の百鬼夜行と錯覚するだろう。
もっとも、今さら妖怪呼ばわりされても構わない。
神谷要塞に身を置く者は、全員どこか壊れている。俺も例外ではない。沖田さんを志々雄の手から奪い返すためならば、この箱根の山を何度越えようが労には感じない。この先に時守の化け物や十本刀が立ち塞がろうと、斬り伏せるだけだ。
あの人は俺のものだ。
いや、正確には、まだ俺のものではない。だから取り戻し、閉じ込め、俺のものにする。そこだけは間違えない。順序は重要だ。
「……蒼紫。弥彦のことは本当に大丈夫でござるか」
前方を駆ける抜刀斎が、視線を向けずに問いかけてくる。流浪人を名乗っていても、あの男の足運びには一切の無駄がない。足場の悪い山道でありながら、いつでも抜刀できる間合いと重心を保ち続けている。
「あの子の心はかなり傷ついているはずでござる。拙者、そこが気がかりでならぬ」
「弥彦は強い子だ。神谷薫がそばにいる。そう簡単には折れん」
だが、本心だ。あの子は弱くない。泣き、怒り、母親を憎み、恋しがり、己を責め苛むかもしれない。それでも、弥彦の芯は折れない。
俺の息子かもしれないのだから。
「今は沖田さんを一日でも早く連れ戻すことを優先する。あの子には、まだ母親が必要だ」
そして俺にも必要だ。
胸の奥底で燻るその本音は、舌の上に留めた。言葉にすれば、抜刀斎にいらぬ詮索をされる。いや、隠し立てするようなことでもないか。
横を走る洋装が、夜風を裂いて翻る。山道を走る装いではないにもかかわらず、その呼吸に乱れはない。時守筆頭という肩書きは飾りではない。彼女の口元には、微かな弧が描かれていた。
「母親、ね。国家を揺るがす戦に向かっているのに、随分と個人的で甘い話をするのね」
「個人的な理由で強くなる者は多い。お前たち時守も、国家だの秩序だのと大義名分を並べているだけで、個人の情に縛られている者はいるだろう」
「言うわね、御庭番衆の御頭。嫌いじゃないわ」
芹の横顔には色香と殺気が同居している。だが、沖田さんとは全く違う。
沖田さんの存在感は、もっと厄介だ。人を斬る直前でも、鍋の味見をする時でも、弥彦の頭を撫でる時でも、根本に流れる熱量は変わらない。あの人は血と生活を分けない。だからこそ、俺は囚われた。
「甘さは時に命取りになるわ。河上彦斎も、それで敗れたのでしょう?」
芹の一言で、抜刀斎から立ち上る空気が微かに変質した。俺も無意識に小太刀の柄へ指を這わせる。
「それ以上、軽く口にするな」
「怖い顔。分かったわ。今は味方同士だものね」
味方。都合のいい言葉だ。時守と神谷要塞が手を組んでいる時点で、世の秩序はとうに破綻している。だが、志々雄と沖田さんが大久保を斬った以上、もはや綺麗な線引きなど意味を成さない。
不意に、前方の木々が不自然にざわめいた。
俺は即座に足を止める。抜刀斎も同調する。芹だけが涼しい顔で一歩前に出た。月明かりの落ちる道の中央へ、二つの影が音もなく降り立つ。
片方は見覚えがある。紀尾井坂で大久保の護衛を務めていた槍使い、部瀬守人。
そしてもう一人。
闇に溶けるような黒ずくめの男だ。無精髭の顎を撫で、気だるげに首の骨を鳴らしている。帯刀もせず、武器の類は見当たらない。それなのに、男の輪郭の周囲には見えない刃が張り巡らされているような異様な圧迫感があった。
「阿久津。合流したぞ。言われた通り、もう一人連れてきた」
地の底から響くような部瀬の声には、任務を失敗したどす黒い怒りが沈殿している。
抜刀斎が静かに間を詰めた。
「部瀬殿。無事でござったか」
「ああ。無様に任務を失敗した借りを返すまでは、俺も同行する。宗次郎と沖田総司は、次こそ俺の槍で仕留める」
「沖田さんは殺させない」
反射的に出た俺の言葉は、自分でも驚くほど冷え切っていた。
部瀬の鋭い視線がこちらを射抜く。
「ならば貴様が止めろ。俺は任務の障害を排除するだけだ」
「その任務とやらの前に、俺が彼女を連れ戻す」
「連れ戻せる状態ならな」
一触即発の空気が膨張する。抜刀斎が仲裁に入るよりも早く、芹がひらひらと手を振って遮った。
「はいはい、そこまで。私たちはこれから志々雄の首を狙う同じ船の上よ。船の上で斬り合うなら、せめて京都に着いてからにして」
「物騒な船でござるな」
芹は意に介さない。
黒ずくめの男が一歩、前へ出た。
「よぉ。時の番人の三番、黒鉄仁だ。芹、わざわざ俺たちトップ三人を同じ道に集めるとはな。国家の危機か、相手が化物か。どっちだ?」
「両方よ。大久保卿は殺され、志々雄真実は京都で勢力を固めている。ついでに、神谷要塞からは抜刀斎と四乃森蒼紫が同行中。十分に豪華でしょう?」
遠慮のない視線が、俺と抜刀斎の全身を舐めるように値踏みする。
「御庭番衆の御頭に、伝説の抜刀斎。噂はかねがね聞いてるぜ。いや、噂以上か。近くで見ると、どっちも面倒な目をしてやがる」
「時守はずいぶんとこちらに詳しいでござるな」
「俺の仕事は情報の解体と肉体の解体だ。相手の骨の髄まで調べてから切る。そういう性分でな」
「趣味が悪い」
俺の言葉に、黒鉄は愉快そうに喉を鳴らした。
「御庭番衆に言われたくねえな。人の寝所に忍び込んで情報を抜く連中だろうが」
「必要なら殺す」
「俺もだ。気が合うじゃねえか」
「合わん」
抜刀斎の視線が黒鉄の腰回りを探っている。俺も同じだ。刀も槍もない。手裏剣の類を隠し持っているにしても、武器の気配が薄すぎる。
「黒鉄殿。お主の得物は何でござるか。刀も槍もない。暗器使いでござるか」
「ああ、俺の得物か。見えたら暗器じゃねえだろ」
黒鉄は懐から漆黒の皮手袋を取り出し、両手にはめた。手甲ではない。拳法家の所作とも違う。指先の動かし方が異様に独立している。
芹が面白そうに目を細めた。
「見ていれば分かるわ。黒鉄のこれは、知らない人間ほどよく死ぬの」
「いい紹介だな、芹。じゃあ軽く」
黒鉄が何気ない動作で指を弾く。
空気が一度だけ、微かな摩擦音を立てた。
次の瞬間、崖から突き出ていた大岩が、音もなく斜めに滑り落ちた。切断面は不自然なほどに滑らかだ。刀の斬撃でも、打撃による粉砕でもない。極細の何かが、一切の抵抗を許さずに岩の結合を断ち切ったのだ。
抜刀斎の瞳孔が収縮する。
「斬鋼線……極細の鋼糸を操る暗殺術でござるか」
「ご名答。十本の指にかかれば、人間の首も、建物の柱も、ガトリングガンの銃身も、触れる前に切れる。網みたいに張れば、一歩も動けねえまま細切れだ」
月光を拾い、黒鉄の指先に髪の毛よりも細い鋼線が鈍く瞬く。視認できなければ即死。視認できても回避できるとは限らない。
「面白い武器だな」
「褒め言葉として受け取るぜ。御庭番衆の小太刀二刀流も、噂じゃ相当らしいな」
「試すか」
「今はやめとく。阿久津さんに怒られる」
芹は満足そうに頷いた。
「これで時守のトップ三人、私、部瀬、黒鉄が揃った。そこに抜刀斎と四乃森蒼紫。志々雄真実も、まさかこんな化物の詰め合わせが東海道から京都へ向かっているとは思わないでしょうね。囮にしては過剰戦力だわ」
「囮というより殲滅部隊でござるな」
「ええ。相手が食いついてくれるなら、そのまま噛み砕くわ」
「道具は何でもいい。志々雄の十本刀を一人残らず排除する。俺は沖田さんを連れ戻す。それだけだ」
「私怨が澄み切っているわね」
揶揄に、俺は否定を返さない。私怨で構わない。俺の裡には、その執着しか残っていないのだから。
抜刀斎が前方へ視線を据えた。
「いざ、京都へ。これ以上、悲劇を増やさせはせぬでござる」
時守の三人と抜刀斎、そして俺。交わるはずのない異質な者たちが、同じ夜の道を駆ける。志々雄討伐、報復、秩序の回復、そして奪還。
交錯する理由の終着点は一つ。
あの人が待つ、京都だ。
読んでくださってありがとうございました。
今回は蒼紫視点で、時守トップ3との合流回でした。黒鉄仁の登場や、蒼紫の沖田への執着など、印象に残ったところがあれば教えていただけると嬉しいです。
弥彦の父親は誰だと思いますか?
-
明神弥太郎
-
四乃森蒼紫
-
志々雄真実