転生して型月版・沖田総司になったけど、労咳を克服したら明神弥彦の母になっていた件 〜るろ剣世界で最強のママやってます〜   作:だいたい大丈夫

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志々雄を追って京都へ向かう剣心たち。
その道中、宿場町で出会ったのは、蒼紫を追って飛び出してきた御庭番衆の少女・巻町操だった。
恋と根性とデコ・トンファーを抱え、操もまた危険な旅に加わることになる。


デコ・トンファー娘、参戦

【静岡沼津宿近郊 新月村】

 

 

志々雄真実の支配下にあるこの地では、微細な衣擦れの音すら夜の静寂に呑まれる。刃向かう者の名は朝陽と共に記憶から消え失せ、幼子の泣き声すら親の手で強引に塞がれていた。

 

集落の奥、外界から隔絶された一室。

浅葱色の羽織を纏う琴の鼻腔に、拭い去れない鉄の匂いが纏わりつく。大久保利通、そして河上彦斎。水で洗い流したはずの赤黒い記憶が、繊維の奥深くから琴の芯を侵食していた。

 

上座に陣取る異形の男、志々雄真実の放つ熱が、肌をジリジリと焦がす。包帯の隙間から覗く双眸には、支配者の愉悦が爛々と灯っていた。

 

「沖田、ご苦労だったな。大久保の暗殺、見事だ。これで政府の奴らは足元を気にして走れなくなる。国盗りは一気に動くぜ」

 

差し出された盃を前に、琴の指先が強張る。ここで少しでも綻びを見せれば、紀尾井坂で断ち切った命の重みが砂のように崩れ去ってしまう。

 

「どういたしまして、志々雄くん。国家の柱を一本折るのは、なかなか骨が折れたわ。お彦まで出てくるなんて聞いてなかったし」

 

「出てきたから斬ったんだろう」

 

「ええ。斬ったわ」

 

琴の喉仏が微かに上下する。少しでも気を抜けば、弥彦の面影や彦斎の最期の響きが、彼女を底なしの泥水へと引きずり込む。湧き上がる一切合切を、苦い酒と共に胃の腑へ流し込んだ。

 

「琴さん、本当に良かったんですか。神谷の皆さんのこと。彦斎さんも、たぶん琴さんを殺す気はなかったと思いますよ」

 

「何も言わないで、宗次郎君」

 

琴の喉の奥から這い出た声は、自分でも驚くほど低く沈んでいた。

 

「私はもう十本刀よ。言い訳も未練も、いらないの」

 

「十本刀って、そういう覚悟の集まりでしたっけ」

 

「少なくとも、俺はどちらでもいい。弱けりゃ炎の中で焼け死ぬだけだからな」

 

炎に焼かれ、敗北の底を這ったはずの異形。それでもなお、彼の眼差しに敗者の濁りはない。だからこそ、琴は焦がれるほどに惹きつけられる。

 

「ねえ、志々雄くん」

 

「何だ」

 

「大仕事のご褒美、もらってもいい?」

 

包帯の奥の視線が、値踏みするように鋭利さを増した。

 

「金か。刀か。部下か。それとも神谷要塞への嫌がらせの許可か」

 

「今日は抱いて」

 

「久しぶりに本気で人を斬って、鉄の匂いで昂ぶったか」

 

「そうね。昂ぶっているのかも」

 

偽りの享楽の奥底で、琴の胸中に別の感情が渦巻く。

お彦、ごめんね。

後戻りはできない。刃を交えてまでこちら側へ足を踏み入れた以上、この男の覇道に全てを投じる。敗北のままでは終われない。自分が勝てば、新選組の誇りはまだ潰えていないと証明できる。

 

荒々しい熱が琴の顎を拘束する。そこにあるのは慈愛などではなく、絶対的な所有の意志。しかし、今の琴にはその強引さだけが心の隙間を埋める唯一の熱だった。

 

「てめえの中に残っている神谷への迷いも、新選組の亡霊も、俺の炎で焼いてやる」

 

「うん。私、貴方のことが……」

 

「甘い言葉はいらねえ。ただ俺の力に従え」

 

「本当にひどい男ね」

 

「今さらだろ」

 

琴の視界が暗転する。肌を焦がすような志々雄の熱が迫る。

その密室の空気を断ち切るように、宗次郎の無機質な声が割り込んだ。

 

「僕、ここにいていい流れですか?」

 

「出ていきなさいよ!空気読みなさい!」

 

せっかくの決意と陶酔を削がれた苛立ちが、琴の喉を突いて出た。

 

「いや、斥候の報告を持ってきたので、いつ切り出せばいいのかなって」

 

「宗次郎、お前は本当に面白えな。報告は方治に回せ。今は出てろ」

 

「はいはい。では琴さん、志々雄さん、ほどほどに。由美さんに見つかるとまた大変ですから」

 

外界との接点が断たれ、夜の帳がさらに深く沈み込む。

再び対峙した覇王の気配に、甘美な慕情や救済など微塵もない。

 

それでも、今の琴を立たせているのは、互いの傷をなぞり合うだけの修羅の交わりだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【東海道 宿場町】

 

 

東へ向かう道中。国家の命運を握るはずの討伐部隊は、あまりに情けない理由で足を止められていた。

 

「こらあああ!そこの赤髪!廃刀令の布告を何だと思っている!堂々と刀を差して町中を歩くとは何事か!」

 

包囲の網を敷く三人の巡査の中心には、東海道の往来で咎めを受ける志々雄討伐の要、緋村剣心の姿があった。

 

「おろ。いや、これは逆刃刀でござって、人を斬るためのものでは……」

 

「刀は刀だ!署まで同行願おう!」

 

芹の額の奥で、ズキズキとした痛みが脈打つ。時守を束ねる筆頭暗殺者としての威厳は消え失せ、問題児を抱えた引率者の疲労感が彼女の全身を蝕んでいた。

 

「また目を離すとこれですか、抜刀斎。あなた、自分の外見が目立つという自覚はあります?赤髪、十字傷、刀。役満ですよ」

 

「拙者、普通に歩いていただけでござる」

 

剣心の暢気な声に、芹の胸中で苛立ちが渦巻く。

 

「普通の人は腰に刀を差して歩きません」

 

芹は己の気配を切り替え、か弱い女性の声音を紡ぎ出す。

 

「すみません。この人、ちょっと時代に置いていかれているだけなんです。危ない人ではないんです。たぶん」

 

「たぶんとは何だ!それに貴様も腰にサーベルを帯びているではないか!貴様ら全員、廃刀令違反で逮捕だ!」

 

「いやあ、乱暴しないでください。私、こう見えてか弱い一般女性なので」

 

弁明する芹の横で、漆黒の長槍を背負った部瀬が無言の圧力と共に歩み出た。

 

「待て。話せば分かる。我々は公務に近い事情で移動中で……」

 

「その長槍が一番危ないわ!何をどう話せば分かるんだ!」

 

巡査の怒声に部瀬が言葉を失う。その横で、黒鉄の無精髭を擦る乾いた音が響いた。

 

「騒々しいな。そこの巡査、これを見ろ」

 

黒鉄が突き出した皮革の手帳を見た途端、巡査たちの姿勢が弾かれたように直立に変わる。

 

「け、警視殿!」

 

「この者たちは私の直属の特務部隊だ。特別に帯刀の許可が出ている。公務中につき、見なかったことにしろ」

 

「はっ!大変失礼いたしました!どうぞご通行ください!」

 

道が開け、張り詰めていた空気が緩む。剣心の肺から安堵の息が漏れた。

 

「助かったでござる。黒鉄殿、警察官でござったか」

 

「表向きはな。裏の顔まで名刺に刷るわけにもいかねえだろ」

 

黒鉄の軽口に、芹のさらりとした補足が続く。

 

「時守は表にも裏にも根を張っております。黒鉄は警視庁に、私は別口で陸軍に、部瀬は必要な場所へ貿易商として出入りしています」

 

秘密結社の網の目の広さに、剣心の胸中で複雑な感情が渦を巻く。

 

「秘密結社の根の深さ、恐るべしでござる。斎藤の上司にあたることもあるのでござるか」

 

「あいつは上司だと思ってねえだろうがな。命令するとだいたい嫌な顔をする」

 

黒鉄の言葉の直後、蒼紫の冷え切った視線が背後から剣心を射抜いた。

 

「そもそも、刀を布で包んで背負えば済む話ではないのか。なぜ堂々と腰に差す。馬鹿なのか」

 

「蒼紫まで言うでござるか」

 

「当然だ。これから京都へ向かうのに、宿場ごとに捕まるつもりか」

 

「ぐぬぬ……返す言葉もないでござる」

 

「確かに、抜刀斎の外見は目立つ。暗殺者なら三秒で標的候補に入れる」

 

「拙者、味方からの評価が刺さるでござる」

 

落ち込む剣心を見て、芹の口元から楽しげな響きがこぼれる。

 

「神谷要塞では周りが派手すぎて目立たなかっただけですね。赤髪の剣客なんて、あそこでは地味な部類です」

 

「それはそれで悲しいでござる」

 

蒼紫の腰元で、小太刀の柄が警告のように鳴った。

 

「我が首領と神を悪く言うな」

 

「悪く言っていないでござる。客観的に見て悪の総本山だと言っているだけでござる」

 

剣心の必死な弁明にも、蒼紫の放つ気迫は鋭い。

 

「それを悪く言うと言う」

 

「じゃあ何と呼べばいいのでござるか」

 

「活人剣を掲げる軍産複合体」

 

横から呟いた黒鉄の声が、夜の街道に落ちる。

 

「悪の総本山よりたちが悪い名前だな」

 

芹の忍び笑いが、夜風に乗って溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【宿場町】

 

宿を取る前の巡回。京都への急ぎ旅とはいえ、志々雄の伏兵が潜む可能性は捨てきれない。

 

先頭を歩く芹の足取りが不意に止まる。

視線の先、商家の裏口から柄の悪い男たちが風呂敷包みを運び出している。気配を殺しているつもりなのだろうが、訓練された彼らの耳にはひどく雑多な音として響いていた。

 

「盗み働きでござるな。取り押さえるでござるか」

 

剣心の問いに、芹から不思議そうな気配が返る。

 

「ええ?末端だけ捕まえてどうするんですか。泳がせましょう。裏に元締めがいるなら、アジトごと潰して金品も回収。これが効率的な治安維持です」

 

「治安維持と資金回収が一緒になっているでござる」

 

「正義は人件費がかかるんです」

 

「志々雄という国家の危機が迫っている。小悪党相手に時間は割けないが、軍資金になるなら話は別だ」

 

「盗まれた物は返す。余罪の金は押収する。ついでに元締めの情報も取る。ほら、社会貢献だ」

 

時守の倫理観に、剣心の思考が遠のく。

 

「最近、薫殿の悪の経営会議に慣れすぎて感覚が麻痺していたでござるが、時守の正義もなかなか黒いでござるな」

 

「失礼ですね。私たちは千年以上この国の秩序を守ってきた、由緒正しい黒さです」

 

「黒さは認めるのでござるな」

 

蒼紫の低い声が場を引き締める。

 

「抜刀斎、無駄口はいい。追うぞ」

 

追跡が始まる。足音も気配もない。一番尾行に向いていないと自覚するほどの、研ぎ澄まされた静謐な身のこなし。男たちは誰の視線にも気づかぬまま、町外れの廃屋へと滑り込んでいく。

 

内部には、深い外套を被った小柄な影が一つ。芹が屋根の隙間から中を窺う。

 

「あの外套の女が元締めかしら。声が若いわね」

 

その若い声に、隣の蒼紫から微かな揺らぎが発せられた。記憶の片隅にこびりついた響きだった。

 

「なんだよ。お前が誘ってきたんだろ」

 

盗賊の不満げな声に対し、外套の影から強気な気配が放たれる。

 

「だから、ちゃんと仕事してきたのかって聞いてるの。お金がない男に用はないわ」

 

「さっきの商家で盗んできた。ほら、この通りたんまりだ」

 

「なら、アンタたちにもう用はないわ!その有り金全部、私に渡しなさい!!」

 

男たちの間に落ちる一瞬の静寂。直後、激昂が弾けた。

 

「ふざけるな!外套の下はただのガキじゃねえか!」

 

怒声と共に外套が翻る。現れたのは、隠密とは程遠い派手な装束の娘だった。動きやすさを重視した布地から覗く素肌と、勝気な瞳。

 

身を潜めるよりも、正面から叩き伏せることを好む気性が全身から溢れている。

 

「私はこれでも十六よ!ナメるな!」

 

操の体が弾けるように男たちの懐へ飛び込み、的確な打撃を打ち込む。荒削りながらもバネのある動きに、男たちは為す術もなく崩れ落ちていく。

 

「はい、終わり!泥棒からお金を取り上げるのは、たぶん世直し!これで京都までの旅費もばっちり!」

 

「おい、ただの美人局じゃねえか。正義でも何でもねえぞ」

 

屋根の上からの黒鉄の呆れた声に、操の鋭い視線が上を射抜く。

 

「何?まだ仲間がいたの?」

 

「……何をしている、操」

 

蒼紫の声に、操の体が縫い止められたように硬直する。

 

「……あ……あ……」

 

大粒の涙が操の頬を伝い落ちた。

 

「蒼紫様ぁぁぁぁ!」

 

弾かれたように飛びつく操の軌道を、蒼紫は僅かな歩法で躱す。空を切った操の足が盛大にもつれた。

 

「避けないでくださいよ!感動の再会ですよ!」

 

「状況を説明しろ」

 

「愛です!」

 

「説明になっていない」

 

「知り合いでござるか」

 

「御庭番衆、先代御頭の孫娘だ。京都にいるはずだった」

 

蒼紫の淡々とした言葉に、操から力強い気迫が放たれる。

 

「蒼紫様を追ってきました!あと、蒼紫様の心を奪った沖田総司って泥棒猫を倒すために、爺やから鍛えてもらってました!」

 

芹の視線が操の装いを値踏みする。

 

「忍びにしてはずいぶん派手ね。太ももも二の腕も出しすぎじゃないかしら。破廉恥と言われても仕方ないわ」

 

部瀬の冷静な分析が続く。

 

「色香で標的を惑わせる目的なら理にはかなう。さっきの盗賊も引っかかっていた」

 

黒鉄の乾いた声が重なる。

 

「ただ、この幼児体型で惑わされる男は、だいぶ特殊だな」

 

「誰が幼児体型よ!十六歳のレディーに向かって失礼すぎるでしょ!」

 

「操殿、落ち着くでござる。事実を言われて怒るのは子供のすることでござるよ」

 

「アンタの言い方が一番むかつく!」

 

鋭い踏み込み。剣心は軽くいなすつもりで体を開く。子供の意地を受け止める程度の余裕はあったはずの目論見は、次の瞬間に打ち砕かれた。剣心のみぞおちに深く沈み込む。

 

「のぉぉぉぉぉ!」

 

剣心の体が廃屋の壁を突き破り、夜の闇へ消えていく。

 

「あら」

 

「いい威力だ」

 

「抜刀斎が壁を抜いたぞ。すげえな、幼児体型」

 

「まだ言うか!」

 

構え直された操の手にはトンファーが収まっていた。持ち手には、色鮮やかな布と装飾品が結びつけられている。鋼の質量とは裏腹の、過剰なまでの可愛らしさ。

 

「操。それは翁のトンファーか」

 

「はい!」

 

「なぜデコっている」

 

「可愛くない武器だと気分が上がりません!」

 

「戦闘に気分は関係ない」

 

「あります!恋する乙女の戦いには、見た目の可愛さも必要なんです!」

 

芹の喉の奥から、堪えきれない笑みが吹き出す。

 

「蒼紫君、本当にモテるのね。しかも方向性が全部重い」

 

「この根暗な男のどこがいいんだ」

 

操の怒気が部瀬を打つ。

 

「根暗じゃない!蒼紫様は理知的で物静かで、世界で一番かっこいい御頭なの!」

 

黒鉄の呆れた声が部瀬へ向かう。

 

「お前は顔がいいんだから黙ってればモテるだろ。余計なことを言うな」

 

「顔だけで女が寄るなら苦労しない」

 

「その性格だよ」

 

瓦礫を掻き分け、腹部を押さえる剣心が戻ってくる。

 

「いやはや、油断したとはいえ凄まじい威力でござる。内臓の位置が少し変わった気がするでござるよ」

 

操の得意げな気配が膨らむ。

 

「衝突の瞬間に自分から後ろへ飛んだわね。褒めてあげるわ」

 

「それはどうもでござる。ところで操殿、拙者は一応この討伐隊の大将なので、次からはもう少し優しくお願いしたいでござる」

 

「大将ならもっとしっかりしなさいよ」

 

「返す言葉がないでござる」

 

操の意識が再び蒼紫へ向き直る。

 

「それで蒼紫様、この人たちは誰なんですか」

 

「赤髪が緋村抜刀斎、時守の筆頭、阿久津芹。二番、部瀬守人。三番、黒鉄仁。政府の暗部だ。今は志々雄討伐のため同行している」

 

操の思考が巡る。

 

「すみません。名前と肩書きだけだと、怖いことしか分かりません」

 

芹から柔らかな気配が返る。

 

「正しく理解しているわ」

 

部瀬の静かな同意。

 

「だいたい怖い存在で合っている」

 

黒鉄の軽い響きが挟まる。

 

「俺は比較的まともだ」

 

「どこがだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、緋村。アンタたちは京都へ向かってるのよね。志々雄って奴を倒しに」

 

「そうでござる。操殿も京都から来たなら、今戻るのは危険でござるよ。志々雄一派がどこに網を張っているか分からぬ」

 

「戻る気なんてないわ。私は蒼紫様についていく。そして沖田総司を倒す」

 

その名が出た途端、蒼紫の放つ空気が一段と冷たく張り詰める。

 

「操。勘違いするな。沖田さんは俺が連れ戻す」

 

「連れ戻すって何ですか。あの女、敵なんでしょう」

 

「敵だ。だが殺さない」

 

「じゃあ私が代わりに倒します。蒼紫様をたぶらかした罰です」

 

「操」

 

空間を支配する蒼紫の重圧。それでも操の足は一歩も引かない。

 

「俺は、沖田さん以外の女を抱く気は未来永劫ない。諦めろ」

 

決然とした響きに、操の表情が揺らぐ。しかし、折れない。涙を浮かべたまま、その指先が蒼紫の袖をきつく握りしめる。

 

「諦めません!私の方が若くてピチピチです!あんな年増に負けません!」

 

剣心の視線が静かに外れる。

 

「操殿、琴殿にそれを直接言うと、かなり危ないでござるよ」

 

芹から愉快そうな響きが漏れる。

 

「年齢だけで勝てるほど、女の戦は簡単ではないわよ」

 

操の鋭い眼光が芹を射る。

 

「じゃあどうすればいいの」

 

「まず生き残ること。次に強くなること。最後に、相手の男がどれほど狂っているかを理解することね」

 

「蒼紫様は狂ってなんかいません!」

 

「いや、かなり狂っている」

 

「湿度が高い」

 

蒼紫は容赦のない外野の声を黙殺し、ただ目の前の少女を見据える。

 

「操。これは年齢でも見た目でもない。俺の心も身体も魂も、沖田さんに捧げている。あの人が志々雄の隣にいるなら奪い返す。拒まれても連れ戻す。逃げても追う。斬られても立つ。それだけだ」

 

言葉を失う操の横で、剣心の呟きがポツリとこぼれた。

 

「重いでござる」

 

「重いわ」

 

「槍より重い」

 

「鋼線でも切りにくい重さだ」

 

操の腕が乱暴に涙を拭い去る。

 

「でも、私は負けません。蒼紫様がそこまで言うなら、私もそれ以上にしつこくなります」

 

蒼紫の思考に微かな困惑がよぎる。この諦めの悪さこそ、御庭番の血脈。

 

「同行させましょう。戦力としても十分だし、京都との連絡にも使える。何より、旅が退屈しないわ」

 

「阿久津殿、退屈しのぎで人員を増やすのはどうかと思うでござる」

 

剣心の苦言に、黒鉄の声が続く。

 

「でも、一人で帰すよりは安全だな」

 

「まあ、さっきの一撃なら足手まといにはならん。抜刀斎を吹っ飛ばした実績もある」

 

「その実績は広めないでほしいでござる」

 

操の胸が力強く張られる。

 

「決まりね!私も行くわ!蒼紫様、安心してください。私が沖田総司からあなたを守ります!」

 

「逆だ。お前が勝手に死なないよう俺が見る」

 

「守ってくれるんですね!」

 

「面倒を見ると言った」

 

「同じです!」

 

蒼紫の意思から、もはや訂正する労力すら放棄される。

そのやり取りを眺めていた黒鉄の意識が、不意に芹へ向く。

 

「そういえば阿久津さん、こういう情熱的な話を見ていると、自分も恋愛したくなりません?」

 

「私?私は子供いるから、恋愛ごとはもういいのよね」

 

芹の言葉に、周囲の空気が完全に静止した。

 

「おろぉぉぉ!?阿久津殿、お子があるのでござるか!?」

 

剣心の激しい動揺が場を震わせる。

 

「あら、言っていなかったかしら」

 

「初耳でござる!」

 

「阿久津には娘がいる。時守の託児施設に預けている」

 

部瀬の補足に、剣心の思考は限界を迎える。

 

「秘密結社に託児施設があるのでござるか」

 

「暗殺者も子育てする。福利厚生は大事だ」

 

「神谷要塞と同じ方向の怖さを感じるでござる」

 

芹の目元に、柔らかな光が宿る。

 

「可愛いのよ。女の子でね。任務から戻ると、私の服をつかんで離さないの。だから、志々雄は早く片付けないといけないわ。国のためでもあるけれど、娘を待たせるのは嫌なの」

 

「……お母さんなんだ」

 

操の放つ空気からトゲが消える。

 

「ええ。だから操ちゃん、好きな人を追いかけるのもいいけれど、生きて帰ることを最優先にしなさい。恋は死ぬと続きができないわ」

 

「はい……。でも、蒼紫様が死にそうになったら助けます」

 

「その意気は良し。けれど無謀は駄目」

 

「分かったわ。無謀じゃなく、根性で行く」

 

「それも少し違うわね」

 

強がりの奥にある真っ直ぐな気配に、誰もが微かな安堵を覚える。

 

「強い娘でござるな」

 

蒼紫の視線が操へ移る。

 

「操。京都へ着いたら、翁に顔を見せろ」

 

「はい。怒られるでしょうね」

 

「当然だ」

 

「でも蒼紫様と一緒なら耐えられます」

 

「俺を盾にするな」

 

「御頭は盾にもなるんです」

 

「ならん」

 

操の頬が緩む。涙の跡を残しながらも、その瞳はしっかりと明日を見据えている。

時守の三人の手によって、盗賊は縛り上げられ、金品は事務的に仕分けられていく。清濁を併せ呑む、見事なまでの手際。

 

「この旅、志々雄と戦う前に拙者の常識が削れていくでござる」

 

剣心の疲労感に、芹の軽やかな響きが応える。

 

「安心してください。常識は戦場では荷物になります」

 

「荷物でも持っていたいでござる」

 

黒鉄の肩に、拘束された盗賊の重みが乗る。

 

「じゃあ、こいつら役所の前に転がしてくるか。阿久津さん、書き置きは?」

 

芹の指先から紙片が取り出される。

 

「盗品の所在と余罪の可能性を書いておきます。丁寧でしょう?」

 

「拷問してからでもよかったのでは」

 

「宿場町で悲鳴を上げさせると面倒でしょう」

 

操の声が剣心の耳元を打つ。

 

「政府の暗部って怖いわね」

 

剣心の気配から、一切の剣呑さが抜け落ちる。

 

「操殿、神谷要塞もかなり怖いでござるよ」

 

「どっちがマシなの」

 

「答えに困るでござる」




読んでくださってありがとうございました。
今回は操の合流回でした。デコ・トンファー操や、蒼紫への重い恋心、時守勢との会話など、印象に残ったところがあれば教えていただけると嬉しいです。



【挿絵表示】

弥彦の父親は誰だと思いますか?

  • 明神弥太郎
  • 四乃森蒼紫
  • 志々雄真実
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