転生して型月版・沖田総司になったけど、労咳を克服したら明神弥彦の母になっていた件 〜るろ剣世界で最強のママやってます〜 作:だいたい大丈夫
警視庁の密偵・三島英一郎は、弟を守るために命を落とす。
一方その村では、十本刀となった沖田総司――明神琴が、自らの罪を塗り潰すように刃を振るっていた。
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【東海道 山中】
鬱蒼と茂る樹木の合間を縫うように進む六つの影。足元には湿った土と朽ちた葉の匂いが立ち込めている。
先頭を行く緋心の背には、布で厳重に巻かれた逆刃刀が揺れている。宿場町で浴びせられた廃刀令違反という咎め声が、未だ彼の耳奥でくすぶっているのだ。かつての時代ならば一顧だにしない声も、今の彼には微かな棘として突き刺さっている
。
その隣で歩を刻む蒼紫の足取りには、一切の淀みがない。涼やかな横顔の裏で、彼の思考は沖田総司という一人の女の幻影に隙間なく支配されている。静謐な面差しの奥で燃え盛る執着は、同行する者たちの肌に突き刺さるほどに明白だった。
芹は、黒い洋装の裾を忌々しげに払う。国家の暗部を束ねる時守筆頭でありながら、羽音を立てて寄る虫への嫌悪は隠しきれない。眉を顰めた直後、彼女の手にある黒いサーベルが音もなく閃き、虫は虚空で両断されて地に落ちる。
部瀬の背には、身の丈を超える漆黒の長槍がそびえる。獣道すら定かでない山中において、その刃は一本の枝葉にすら触れようとしない。彼の常軌を逸した空間把握能力が、長大な獲物の存在を完全に掌握しているのだ。
黒鉄は無精髭を撫でる指先を、虚空で微かに弾く。彼の指先から伸びる不可視の鋼線が、行く手を阻む蔓草を幾重にも切断していく。鉈で拓くべき獣道を己の指一本で切り裂いていくその姿は、人の形をした刃そのものだった。
そして巻町操は、ただ一人、握飯を頬張りながら軽快に跳ねるように進んでいる。
「ねえ蒼紫様、般若君は本当に元気なんですよね。葵屋で会えるんですよね。あと、ひょっとこと式尉さんと癋見は」
蒼紫の視線は前方から動かない。
「般若は一足先に京都へ入っている。翁と連絡を取り、葵屋で情報を集める手はずだ。式尉たちは東京だ」
「東京で何してるんですか。御庭番衆再結成。それとも蒼紫様の別宅」
剣心の瞳に微かな戸惑いがよぎる。
「武術を教える、総合道場の手伝いでござるよ」
嘘ではない。だが真実の欠片に過ぎない。神谷要塞の内部では、射撃から重火器、阿片流通に至るまで、到底道場という言葉では括りきれない事態が進行しているのだ。
「沖田さんを取り戻し、いずれ日本の裏を制するための組織だ。強力な足場になる」
「それ、道場って言います?」
「言わないでござるな」
芹が柔らかな声で割って入る。
「ちなみに私たち時守は、その新興組織とは別よ。平安の昔からこの国の裏に根を張り、政府を監視し、不要な命を刈り取ってきた秘密結社。御庭番衆とは歴史の厚みが違うわね」
黒鉄の肩が落ちる。
「阿久津さん、無関係な娘に国家機密をさらっと話すの、そろそろやめませんか」
芹の口元に笑みが咲く。
「大丈夫よ。言いふらしても誰も信じないし、本気で広めるようなら消去するだけだから」
操の足取りが止まる。
「今、消去って言いましたよね。人を片付ける言い方でしたよね」
「怖がらなくていいわ。今のところ操ちゃんは対象外」
「今のところ」
「阿久津は優しい。対象外と言われている間は本当に斬らない」
「その優しさ、基準が地獄なんですけど」
剣心の口元に笑みが浮かぶが、言葉は続かない。要塞での日々に毒されたのか、時守の異常な倫理観にも妙な納得を覚え始めている自分がいる。
彼らの足元に道はない。
街道を進むより直線で突っ切ったほうが早いという、暗殺者の理をただ採用しているためだ。
一団は崖を越え、茨を抜け、沢を飛び、急斜面を駆け下りる。操は最初こそ口を尖らせていたが、鍛え抜かれた足腰で問題なく追従していく。問題は精神の疲弊だ。
「これ、旅じゃないです。山賊でももうちょっと道を選びます」
「忍なら静かに進め」
「忍にも人権があります」
「任務中は薄い」
「薄いんだ」
芹の指先が微かに動く。枝に止まっていた虫が、黒いサーベルに触れたかどうかも分からぬうちに命を散らす。
「きゃあ、虫。嫌だわ。服についたら最悪」
「阿久津さん、嫌がりながら虫を斬る速度が尋常じゃないんだが」
「母親になると、家の中の虫にも強くなるのよ。娘の前で騒げないでしょう」
「芹さん、本当にお母さんなんですね。なんか、全然そんな感じしないのに」
「よく言われるわ。仕事中は人を殺す顔、家では娘の髪を結う顔。女は顔が多いの」
「深いようで怖いです」
軽口が交わされる中、六人の足が同時に縫い留められた。
静寂が山を覆う。
土と草の匂いに混じり、酷く錆びついた鉄の臭気が鼻腔を打つ。
「これ、鉄の錆びたような……」
「行くでござる」
剣心の声音から温もりが消え去る。その一言で一団の空気が変貌した。誰一人として言葉を発さず、異臭の出所へと地を蹴る。
◇◇
木々に囲まれた狭い空間。
そこに男が一人、赤黒く染まった地面の中央で力なく座り込んでいる。全身に刻まれた無数の刃傷。急所を巧妙に避けたそれは、命を奪うためではなく、ただ苦痛を与えるためだけに穿たれた痕だ。
「生きているわ。でも助からない。出血が多すぎるし、傷のつけ方が悪趣味すぎる」
「なぶったのか」
「ええ。尋問か、見せしめか、ただの趣味か。どれにしても下劣ね」
男の腕には小さな少年が抱きすくめられていた。少年は返り血を浴びているものの、外傷は一切ない。男が己の身を盾にしてすべての刃を受けたのだ。
「聞こえるでござるか。言い残すことは」
男の瞳が微かに動く。
「弟を……英次を……村を……志々雄から……」
黒鉄の喉が鳴る。
「三島……英一郎か」
男の視線が黒鉄を捕らえる。そこに安堵の光が宿る。
「黒鉄……警視……」
「しゃべるな。もういい」
「頼みます……。俺じゃ……守れなかった……」
「分かった。お前の弟は俺たちが預かる。村も見る」
三島英一郎の唇が、ほんのわずかに弧を描いた。
そして、彼の命の灯火が消える。
操は両手で口元を覆う。握飯を持っていたはずの掌が小刻みに震えている。
「なんで……こんな……」
部瀬が槍の石突を土に食い込ませる。
「志々雄一派……やり口が汚い」
芹は少年の体を男の腕からそっと引き離す。
「この子は気絶しているだけ。よく守りきったものね」
黒鉄は英一郎の亡骸を見下ろす。
幾多の死線を潜り抜けてきた彼であっても、己の部下が命を散らす光景には決して慣れることができない。
「三島、お前は優秀だった。俺がもっと早く動いていれば、こんなことには……」
「黒鉄、自分を責めるのは後。今はこの子と村よ」
「分かってる」
剣心は英一郎の瞼を静かに閉ざす。
一行は土を掘り返し、名もなき墓標を立てる。部瀬は槍を地に立てて目を伏せ、黒鉄は最後の敬礼を捧げた。
夜の帳が下りる頃、英次が意識を取り戻した。
少年は跳ね起き、周囲に兄の姿を求める。
「兄貴‼兄貴はどこだ!」
誰も言葉を持たない。
英次の視線が、まだ新しい土の盛り上がりに縫い付けられる。
「……嘘だ」
黒鉄が少年の前に身をかがめる。
「俺は警視庁の黒鉄仁だ。お前の兄、三島英一郎は最後までお前を守った。俺たちに、お前と村を頼むと言って死んだ」
英次の顔が苦痛に歪む。
「警察……」
「警察がちゃんとしてれば、兄貴は死ななかった!」
「村は見捨てられなかった!!」
「何が警視だ!!」
「今さら来て、何になるんだよ!!」
少年が黒鉄の胸ぐらを掴む。黒鉄は抵抗の意志を見せず、ただその怒りを受け止める。
「そうだな」
「何だよ……謝れば済むと思ってんのかよ」
「済まない。だから落とし前をつける」
剣心が歩み寄る。
「事情を話してくれぬか」
「余所者に話して何になる」
「私たちは志々雄を倒すために京都へ向かっているの。あなたの村にいるなら、避けては通れないわ」
英次の瞳が揺れる。
「新月村は……政府に見捨てられたんだ。警察も役人も来ない。志々雄の部下が村を支配して、逆らったら殺される。兄貴は警察の密偵として村に入ってた。でも正体がばれて……尖角にやられた」
「尖角」
「村を暴力で支配している男だよ。でかくて、怪物みたいで、何でも力で潰す。兄貴だけじゃない。村の人も何人も……」
「今、村には志々雄本人と、そいつの連れの女がいる。浅葱色の羽織を着た女だ」
蒼紫の眼差しに酷寒が宿る。
「沖田さんか」
英次は懐に忍ばせていた短刀を握りしめる。
「俺が殺す。尖角も、その女も、志々雄も、俺が全部殺す」
剣心の掌が英次の肩を包む。
「仇を討つことを、兄上は望んでいないでござる。君には生きてほしいと願ったから、命を捨てて守ったのでござるよ」
「てめえに何が分かる!!!」
言葉が中途で千切れる。
剣心の瞳が、これまで見せていた温和な光を完全に失っていた。
操は後ずさる。
「緋村……そんな目、できるんだ……」
「伝説の抜刀斎、ね。普段のぼんやりした雰囲気が詐欺に見えるわ」
剣心は英次から手を離す。
「英次を頼むでござる。新月村へは拙者が行く」
「俺も行く。三島は俺の部下だ。警察が見捨てたと言われても、今度は見捨てない」
「私も行く。こんなの許せるわけない。盗賊から金を奪うのとはわけが違うわ。本物の悪党をぶっ飛ばす」
「お前は俺の近くにいろ。俺の槍の間合いにいる限り、簡単には死なせん」
英次は唇を強く噛む。
「村には、親父とお袋がまだいる。逃げられなかったんだ。俺だけ安全な場所にいられるわけないだろ」
芹は静かに頷く。
「連れていきましょう。ここへ置くより私たちの手元のほうが安全。それに、彼がいないと村の地理が分からない」
「ただし、勝手に走るな。君が死ねば、兄上が命を賭けた意味がなくなる」
「……分かった」
◇◇
【新月村】
剣心たちがたどり着く僅か前の出来事。
広場の中央では、英次の両親が泥に塗れ、後ろ手に縛られていた。
周囲を取り囲む村人たちの口は重く閉ざされている。声を上げれば次なる生贄は己であることを、誰もが骨の髄まで理解している。
巨躯の尖角が、浅葱色の羽織を纏う女の前に傅いている。
明神琴。いや、今ここに在るのは十本刀『閃剣』、沖田総司だ。
彼女の手に握られた刃には、未だ生々しい赤色がこびりついている。
「へえ。この村に警察の密偵が紛れ込んでいた、ね」
「も、申し訳ありませぬ、沖田様。密偵本人は逃がしましたが、家族は捕らえております。すぐに見せしめにいたしますので」
「本人を逃がした時点で、仕事としては下の下よ」
「ひっ……」
「まあいいわ」
琴は両親を見下ろす。
父親の顔には無数の打撲痕がある。それでもその眼光は決して地に落ちていない。
「英一郎と英次は……逃げたのか」
母親もまた、身を震わせながら琴を睨みつける。
「アンタ達……わかってるの。志々雄くんの支配するこの村で、政府に情報を流すような真似をして……どうなるか」
琴の唇から澄んだ、だがひどく乾いた音がこぼれ落ちる。
「親って本当に面倒ね。自分の命が惜しくないの」
「私達は……親です。村の皆を苦しめ、そして子供を殺そうとした貴方達を……絶対に許さない!!」
その言葉が、琴の胸の奥底を冷たく貫く。
瞼の裏に、弥彦の面影がちらつく。
泣いているだろうか。怒っているだろうか。お彦は死んだだろうか。生きていたら、弥彦のそばにいるだろうか。
すべては、今の琴には不必要な感傷だ。
切り捨てなければならない呪縛だ。
「へえ……それは……ご立派な親心ね!!!」
琴の刃が母親の脚を正確に穿つ。
「ぎゃあああああ!!!」
「何をする!!妻から離れろ!!ぐええええ!!」
肉を断つ不快な感触と共に刃が引き抜かれる。翻った切っ先が、今度は父親の肩を的確に穿った。
「楽に死ねるとは思わないことね。志々雄くんの秩序を乱す者は、この私が絶対に許さない。……地獄の苦しみを味わって死になさい」
急所を避けた刃が、限界まで苦痛を長引かせるためだけに何度も突き立てられる。
肉が裂け、液体が飛散する光景。
「順番なんてどうでもいいわ。二人とも、志々雄くんの秩序を乱した者の家族よ。密偵を出した家が、どうなるか。村の皆に見てもらわなきゃ」
「お、沖田様、その、もう十分では……」
「何」
琴の視線が向けられ、尖角の巨躯がさらに縮こまる。
「いえ。何でもございません」
琴の胸の奥底で、もう一人の自分が囁く。
まだ足りない。
もっと悪になれ。
私は弥彦を置いてきた。お彦を斬った。今さら親の情に揺れる資格などない。
新選組は負けていない。
志々雄くんに賭けると決めた。
ならば、誰よりも残酷に染まり切らなければならない。
「英次……英一郎……逃げて……」
途切れがちな母親の声が、琴の鼓膜を叩き据える。
見せつけられる無償の情愛。
心の底で厳重に蓋をしていたはずの罪悪感が、弥彦への強烈な執着が、どす黒くかき混ぜられて暴走を始める。
「うるさい!!」
沸騰する感情のままに刃が振るわれる。
「あんたの子供たちなんて、あとで私が全員細切れに殺してやる!!!いい加減に苦しんで死ね!!!」
「妻を……刺すなら……俺を、刺せ……。頼む……」
「この……!!!!ご立派な親が……!!」
刃先が狂ったように虚空を舞う。
「親なら親らしく、子供の身代わりになって……死ね!!!」
次の一閃が、二人の命の糸を断ち切った。
広場に、重く冷たい沈黙が降り積もる。
琴は荒ぶる呼吸を抑え込み、刀身の血を払い落とす。
「吊るしなさい。密偵の家族がどうなるか、村中に見せるの」
「は、はい」
琴は夜空を仰ぐ。
星辰の光すら薄く、ただ深い闇だけが広がっている。
「志々雄くん……また温泉に入ろう。全部、忘れさせて」
その呟きは夜風に溶け、誰の耳にも届かないはずだった。
しかし、尖角は確かに聞き届けていた。
そして、己の生存本能に従い、何も聞かなかったことにした。
この女は恐ろしい。
残虐だからではない。己の魂を壊しながら前へ進んでいるからこそ、恐ろしいのだ。
読んでくださってありがとうございました。
今回は新月村編の導入と、琴が完全に敵側へ踏み込んでいく回でした。三島兄弟、黒鉄の反応、そして琴の壊れ方について、印象に残った場面があれば教えていただけると嬉しいです。
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弥彦の父親は誰だと思いますか?
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明神弥太郎
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四乃森蒼紫
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志々雄真実