転生して型月版・沖田総司になったけど、労咳を克服したら明神弥彦の母になっていた件 〜るろ剣世界で最強のママやってます〜 作:だいたい大丈夫
尊皇攘夷の志士たち、有名人たち、新選組。
すべてを計算に入れているつもりだった彼女が、たった一つの見落としによって破滅へ向かっていく話です。
【鴨川】
鴨川のせせらぎが耳に心地よく響いてくる。私と宮部先生は京の中心である鴨川沿いを並んで歩いている。
すれ違う町娘たちが男装した私の姿を盗み見ては頬を染めて歩き去っていく。ふふ、ごめんなさいね。私は中身は立派な女だし、あなたたちみたいなモブには興味がないのよ。
『ここが京!前世の修学旅行で見た建造物が新品の状態で建ってる!木材の色も違ってて新鮮でテンション上がるわね!』
心の中のお祭り騒ぎを宮部先生に悟られないよう、あくまで涼しげな憂いを帯びた美少年の表情をキープする。
「彦斎殿。どうです、ここが京の都。我ら尊皇の志士が集う美しき伝統の地です」
先生の目にはこの景色が神聖なものに映っているらしい。先生は本当にこういう精神論というか国学的なロマンチシズムに弱い人だ。
「ええ、先生。素晴らしいわ」
完璧な優等生の笑みを浮かべて先生の言葉に同調する。先生は私の正体を知っているから二人きりの時は無理に男言葉を作る必要もなくて楽だ。
『でも、ぶっちゃけ思ったより地味ね』
『観光地化された京都と比べちゃうと、活気はあるんだろうけど現代的なエンタメが圧倒的に足りない。スタバもコンビニもない。歩き疲れてもフラペチーノで休憩できないなんて過酷な時代だわ。それに尊皇攘夷だの息巻いている割には、外国の軍艦に直接挑むような派手なアクションを起こすわけでもない。毎日やってる事といえば料亭に集まって公家を接待したり、連絡会議という名の飲み会を開いたり。あとは朝廷の周りをウロウロして示威活動……要するに迷惑なデモ行進ね。田舎の寄り合いの延長線上よ。こんなおままごとみたいなコスパの悪い政治ごっこで本気で国が動くと思ってるのかしらね』
幕末の志士なんて後世の作品では美化されているけれど、リアルタイムで見ると本当に洗練されていなくて青臭くて無計画で感情的な連中の集まりにしか見えない。
『まあでも、安全圏から歴史の裏側をコントロールする黒幕ポジションって考えればこの状況は私にとって好都合ね。馬鹿ばかりで扱いやすい。私は先の歴史のシナリオを全部知っている。ここで暗躍して彼らを使い倒し、維新が成功した暁には明治政府のVIP席を確保しておくのよ』
頭の中にはこれから起こる幕末の歴史の年表が完璧にインプットされている。誰がいつ死んでどの派閥が勝つのか。どのタイミングで恩を売り誰を排除するか。私の剣術と未来の知識というチートを掛け合わせれば不可能なことなんてない。
◇◇
【高級料亭の奥座敷】
数ヶ月が経過した。
私は部屋の隅に座り冷めたお茶を喉に流し込む。目の前では尊皇攘夷を掲げる各藩の志士たちが顔を朱に染めて激昂している最中だ。
「ぐむむ……到底許せるものではない!あの某藩の重役め、あろうことか幕府の犬どもに寝返って我らの大切な機密情報を売り渡しおったのだ!」
一人の志士が怒りを露わにして畳を打つ。その言葉を受けて隣の志士も血管を浮き立たせる。
「全くその通りです!保身のために志を捨てるなど奴はもはや武士失格だ!腹を切って詫びるべき売国奴め!皆で屋敷に押し入って奴の首を鴨川に晒してやりましょうぞ!」
ああ、本当にうるさい。
毎晩毎晩、裏切りや幕府の横暴に腹を立てては酒の力を借りて威勢のいい言葉を吐き出している。でも具体的な行動計画なんて何一つ立てられないのだ。
新しい組織を運営していくには役職の権限を定義して誰が最終責任を負うのかという体制を構築することが不可欠だ。日々の報告とフィードバックのループを回すシステムが必要なのよ。
それなのに彼らは指揮系統も曖昧なまま感情論だけで生産性のない飲み会を延々と繰り返している。これじゃあ小さな事務所1つ立ち上げられないわ。
「……じゃあ私がサクッと斬ってきましょうか?」
「彦斎殿……!?今なんと……」
「ですから私がその裏切り者を物理的に排除してくるって言っているんです。現場に向かってターゲットを確認して三秒で『処理』してきます。明日の朝には問題解決です。大丈夫、私に任せてください」
口では威勢のいいことを言うけれど実際に手を下す覚悟なんて持ち合わせていないのだ。本当に使えない男たちばかり。
◇◇
【路地裏】
冷たい夜風が吹き抜ける暗闇の中を私は一人で歩いている。
真冬の朝に玄関前に積もった雪をスコップで掻き出して道を作る孤独な労働に似ている。ただ私が今握っているのは布で包まれた日本刀で、掻き出しているのは冷たい雪ではなくこれからの歴史の邪魔になる不燃ゴミのおじさんたちだ。
提灯の明かりを頼りに千鳥足で夜道を歩いてくる武士の姿が見える。あいつが今日のターゲットだ。
「もし……そこのお侍様?」
ターゲットが足を止めて私を見る。暗がりでも私の美しさに気を取られているのがわかる。馬鹿な男だ。
「ん?どうされたこんな夜更けに。おなごの身でしかもそのような荷物を抱えて……夜道は物騒だぞ。私が送ってやろうか?」
「ああ、この荷物ですか?ご心配ありがとうございます。これはですね……」
私は微笑みながら腕に抱えていた長い包みの紐を解く。中から現れるのは異様に長い抜き身の大太刀だ。
「あなた様のその首と胴体を今ここで『物理的に別居』させるための特別な大太刀ですわ」
武士の顔から血の気が引いていく。彼が腰の刀に手をかけようとするその瞬間。
「……薙ぎ」
空気を破裂させるような音が路地裏に響き渡る。
踏み込みで一瞬にして彼の間合いの内側へと潜り込んでいる。
ターゲットが状況を理解するよりも早く私の手の中で白刃が閃く。何の抵抗もなく豆腐でも切るような軽い感触だけが手に残る。
「さて、それじゃあサクッと斬ろうか……なっ!」
「な、なに……を……?」
ターゲットが虚ろな目で私を見たまま言葉を発する。しかしその声は途中でごぼごぼという嫌な音に変わる。
数秒の遅れ。
ズレていた視界が元に戻るようにターゲットの首から上の部分が滑り落ちて地面に転がる。直後、切断面から間欠泉のように真っ赤な血柱が夜空に向かって噴き上がる。
「あ、すいません。私ったらちょっと気が早くて。斬るって宣言する前に体が勝手に動いて斬った後でしたね」
地面に転がった首を見下ろし小さく舌を出した。
「これじゃあ事後交渉も何もできないじゃないの。それにしてもどいつもこいつも反応が遅すぎるのよ。私の神速の踏み込みについてこれない不感症のマグロのおじさんたちばっかりで私のこの『剣』は完全に欲求不満だわ」
行灯の明かりの下で懐紙を使って大太刀の刀身にこびりついた血糊を拭い取っている。
「彦斎殿、今夜も……お見事ですが……」
「なんですか?先生が情報漏洩を心配していたあの男、綺麗に『資源回収』してきましたよ。これで機密は守られましたね」
「それは確かにそうですが……。最近、彦斎殿は少し人を斬りすぎではありませんか?この一月だけで十二人目ですぞ……。いくら何でも早すぎる。これでは京の町が血の海になってしまう」
「邪魔な人が多すぎると前から言っているではありませんか。大丈夫ですよ、これも一種のスクラップ・アンド・ビルドです。古い建物を壊して更地にしなければ最新設備の整ったタワーマンションは建たないでしょう?」
「タワ……?なんのことだかさっぱり分からんが、しかしそれではただの人斬りだ。貴女が歩んでいるのは修羅の道だぞ」
悲痛な顔でたしなめようとする宮部先生を見据え私はわざとらしく真剣な表情を作る。
「……先生。『あえて狂うことも厭わないほどに極めた正義』それこそが我々の目指す真の尊皇攘夷の姿ではないのですか?」
「狂うことを厭わない正義……?」
「ええ。あの偉大な吉田松陰先生も生前は確かにそうおっしゃっていたはずです。狂を以て道を成す。正気を保ったままではこの狂った時代を変えることなんてできないのですよ」
「吉田松陰先生の教えか……。分かりました。私の方こそ根本的な覚悟が足りなかったようです。彦斎殿、貴女のその海よりも深き憂国の情、そしてその業を背負う覚悟……私が見誤っておりました。どうかこれからも我らを導いていただきたい。よろしくお願いします」
よし、見事に丸め込んだわ。この人は思想家の名前を出して精神論でコーティングしてあげれば簡単に操縦できる。チョロいものね。
『でもおかしいわね。こうしてヒットマン業務を順調にこなしているのに歴史が早まる気配が全くない。邪魔な保守派は消去したし人脈作りも順調に進んでいるというのに。何かが私の計算とズレている気がする……』
◇◇
京の町にいれば私の立ち回りの成果として歴史上の大物たちと遭遇する機会が格段に増えている。
ある日の夕暮れ時。路地裏で土佐の岡田以蔵と話した。
彼は野犬のような目をしているけれどその奥底には知性のカケラも感じられない。
「わしは難しいことはよう分からんき。だが勝先生を守れと言われたから命にかけて守る。武市先生に斬れと言われれば誰であろうと斬る。わしにできるのはただそれだけじゃ」
『なるほどね、純粋で忠実なワンちゃんね。でも自分の頭で考えられない思考停止した鉄砲玉なんて組織運営において一番使えない不良債権なのよ。史実通り飼い主に都合よく利用されて捨てられる運命ね。関わるだけ時間の無駄だわ』
私は心の中で彼を切り捨て通り過ぎる。
またある日は幕臣である勝麟太郎と会った。
「彦斎さんよ。お前さん、もう少し柔軟に物事を考えなきゃいかんな。お前さんの言う海外の情勢や開国論は、理屈としては正しい。おそらく日本の未来はそうなるんだろう。しかしな、世の中には理屈だけでそれに納得できる者ばかりじゃないんだ。人の心ってもんを蔑ろににしちゃ、国はまとまらねえぞ」
『そんなこと百も承知だわよ。だから理屈で納得できない頭の悪い連中を私が物理的に『間引き』してあげてるんじゃないの。インテリの説教ほど聞いていて煩わしいものはないわね。無血開城の時まで大人しく黙っててほしいわ』
表面上は「肝に銘じます」なんて神妙な顔をして頭を下げながら、腹の中では盛大に中指を立てている。
そして街中で出くわしたのが土佐の脱藩浪士、坂本龍馬だ。
彼は私の男装なんて無視してだらしない笑顔を浮かべて近づいてきた。
「ホントに何度見てもお前さんはえらい別嬪さんじゃのう!男の格好なんかしててもその色気は隠しきれんぜよ。どうじゃ?いっそのこと京の町なんか捨ててわしと一緒に海に出てみないか?誰も見たことのないもっと広い世界を一緒に……」
「興味はあるけど絶対にダメね」
「私がいなくなったらうちの宮部先生が一人で何もできずに死んじゃうし。私は今ここでやらなきゃいけないプロジェクトがあるの。あんたもいずれ近江屋あたりで暗殺されそうになった時は気が向いたら助けてあげるかもしれないから、それまで今のうちに頑張って海運業でも立ち上げなさいな」
私が撥ね付けると龍馬はポカンとしている。私は彼を置いて歩き出す。
一方で、薩摩の西郷吉之助――西郷隆盛は、少し違う。
彼は大きな体を揺らしながら、私を深く見据えて静かに言った。
「彦斎どんは女だてらにと言われるのがよっぽど嫌いでごわすか。そん身でようこの日本の重い国を背負っておられる。おはんのその覚悟おいにはよう分かりもす」
その言葉には本物の敬意がこもっていた。
『そうよ。その通り。私は時代を超越した天才。私のプロジェクトは何もかもうまくいくに決まっている。歴史のVIPたちもみんな私の実力と知性に一目置いているじゃない。このままいけば維新の立役者は間違いなくこの私、河上彦斎よ』
◇◇
【八月十八日の政変】
文久三年、八月十八日。
歴史の教科書では一行で終わる『八月十八日の政変』の真っ只中に私は立っている。
一言で言えばこれは完全な経営の失敗だ。薩摩藩と会津藩という強力なライバル企業が業務提携を結び、私たち長州・肥後の急進派閥を朝廷という親会社の取締役会から締め出し京都から追放したのだ。事前の根回しも情報共有も甘かったと言わざるを得ない。組織のトップたちが危機管理能力を欠いていたせいで私たちはこの泥水の中で敗北を味わっている。
「彦斎殿。無念だが今の我々の力ではどうにもならない。一度京を退くしか道はないようだ」
濡れた宮部先生が私を見て言う。
その表情には深い悔しさが刻み込まれている。いつもは隙のない先生の髪が今は雨に濡れて顔にへばりついている。
「京都のことは貴女に託します。この厳しい状況下で一人で残らせるのは忍びないが……」
「ええ、宮部先生。私のことは心配いりません。ここは私が責任を持って京都の拠点の管理をしておきますから。どうかお体に気をつけて」
私がこの場に残るのは自己犠牲じゃない。田舎に引っ込んでいては最前線の情報が手に入らないからだ。現場のデータを収集し続けるのは当然の業務だ。
「もちろん。私はこの国を海の向こうの化け物どもから救わねばならない。この腐りきった体制を根本から変えねばならないのだ!それを成し遂げるまでは私は決して決して死ねません!」
宮部先生が雨だれを滴らせながら吠える。
両手は固く握りしめられ瞳の奥には雨なんかでは消せない熱い炎が燃えたぎっている。
『これよ……この熱は……本物だわ』
これまでは自分の現代知識と剣の才能だけを頼りにこの時代の人たちをNPCかチェスの駒くらいにしか思っていなかった。彼らがどうなろうと私の計画さえ達成できればそれでいいと本気で思っていた。
でも目の前で魂を削るように叫ぶ宮部先生を見ていると‥‥そうね。
この人を死なせたくない。
歴史通りに池田屋で無惨に切り捨てられる結末なんて迎えさせたくない。
これが恋?
私が三十代のおじさんに恋をしている?
いや違うわ。断じて違う。
これこそが私の信念だ。
倒幕、開国、維新。この国を作り替える巨大なプロジェクト。全部私が裏からプロデュースしてあげる。宮部先生の名前を新しく立ち上げる明治政府のトップの座に刻み込んであげるのだ。彼をこの国の最高の管理責任者に据える。
それが私の抱く本物の赤心よ。
「先生。必ず生きてまたお会いしましょう」
深く頭を下げる私に宮部先生は力強く頷き雨の向こうの闇へと消えていく。その背中を見送りながら私は決意を新たに固める。
◇
政変から数日後のひどく蒸し暑い夜。
長州と肥後の勢力が一掃されて静まり返った京の町を私は一人で巡回している。敵対組織の動向を把握するための見回り業務だ。
細い路地を曲がった瞬間、前方から微かな殺気が漂ってくる。
現れたのは浅葱色に白の山形模様を染め抜いた羽織を着た男たちの集団だ。
新選組。
幕府という親会社に雇われた下請けの暴力装置。現場のリーダー格の男が先頭に立って私の行く手を塞ぐ。
三白眼、長身、そして死神のような気配。
新選組三番隊組長、斎藤一だ。
「肥後の河上彦斎だな」
「お前のような見境なく人を斬る狂犬はこれ以上の面倒を起こす前にここで始末する」
そう言うが早いか斎藤は左足を踏み出し腰を極端に低く沈める。
左手一本で刀の柄を握り刀身を地面と平行になるように真っ直ぐに構える。右手は刀の峰に軽く添えられている。
『は?何その構え。剣術の基本から完全に逸脱してるじゃない』
私が心の中で疑問を抱いた次の瞬間。
「……『牙突・壱式』!」
大砲でもぶっ放したかのような爆音が路地裏の空気を引き裂く。
斎藤の体が弾丸のように一直線に私に向かって飛んでくる。
あまりのスピードに私は反射的に首を右に逸らす。
風を裂く音とともに斎藤の刀の切先が私の頬をかすめ背後にある石壁に激突する。
刀による突きの衝撃だけで強固な石壁が粉々に粉砕され周囲に土煙が舞い上がる。
私は頬に一筋の熱い痛みを感じながら冷や汗を流してその惨状を振り返る。
『……は?ちょっと待って。え、何事?』
私は自分の目を疑う。
『今の物理法則一体どうなってるの?ただの刀の突きで石壁が粉砕されたわよ!?質量と速度の計算が完全に狂ってるじゃない!え……もしかしてここって単なる幕末の史実の世界じゃなくて『るろうに剣心』の世界線!?マジで言ってるの!?』
頭の中でこれまでの情報が猛スピードで再構築されていく。
私の異常なまでの身体能力、物理法則を無視した超スピードの踏み込み。そして目の前で壁を粉砕したあの必殺技。
なるほど、全部辻褄が合うわ。ここは現実の歴史ではなくあの有名な少年漫画の時空なのだ。
土煙の中からゆっくりと刀を引き抜く斎藤を一瞥する。
『……まあいいわ。どんなチート技を持っていようと私の抜刀術の方が圧倒的に発動速度が速いし確実だわ。漫画の世界だろうが現実だろうが私という天才の前では新選組の三番隊組長なんてただのモブよ』
「ずいぶんと派手な挨拶ね新選組さん」
余裕の笑みを浮かべて腰の刀に手をかける。
しかしこれ以上の無駄な戦闘はスケジュールの遅延を招くだけだ。今日はあくまで情報収集の巡回。私は軽く地面を蹴りその場から一瞬で姿を消す。残された斎藤の忌々しげな舌打ちが夜風に乗って聞こえてくる。
◇◇
そして時は無情に流れ運命の年がやってくる。
一八六四年。元治元年。
私は隠れ家の自室で机の上に広げた暦を見つめている。
いよいよ幕末のクライマックスであり私たちにとっての巨大な分岐点『池田屋事件』の年だ。
この事件で宮部先生を始めとする有能な人材が新選組の急襲によって命を落とし長州と肥後の勢力は決定的な打撃を受ける。それが歴史の既定路線だ。
『でも史実の完璧な知識を持つこの私がここでそんなお粗末なトラップに引っかかるわけがないわ』
最大のポイントはあの日付だ。
『池田屋事件が起きる日付は……『七月八日』。よし絶対に間違いない。七月八日の夜、京都の三条木屋町にある旅館、池田屋。そこに新選組が突入してくる』
『対策は簡単。その七月八日の夜に宮部先生を安全な別施設、例えば薩摩藩邸みたいな強固なセキュリティを持つ場所に隔離して絶対に外に出さなければいいのよ。なんなら私が直接護衛についてスケジュールを完全にブロックしてあげる。新選組が池田屋に踏み込んだところでそこには誰もいないただの空っぽの旅館。あいつらは空振りの責任を問われて組織内の評価を大きく下げることになるわ』
完璧だ。これ以上ないくらい完璧なタイムマネジメントだ。
誰も私を止められない。誰も私の完璧な計画を崩すことはできない。
……だがこの時の私はあまりにも致命的なそして初歩的な事実を完全に失念していた。
幕末のこの日本という国が現代の太陽暦ではなく、
太陰太陽暦を使用しているというその最も重要なシステムの違いを。
私が未来の知識として記憶している一八六四年七月八日という日付は、
あくまで後世の人間が新暦に換算した日付であり、
この時代のリアルタイムの暦で言えば、
それは『六月五日』であるということを。
私はその致命的なカレンダーのズレに一切気づかないまま、
来るはずのない七月八日という幻のデッドラインに向けて、
致命的に間違ったスケジュールのカウントダウンを始めている。
自分がどれほどの絶望の淵に向かって歩いているのかも知らずに。
ただ天才であるという自惚れだけを抱いて。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
今回は、お彦が京で河上彦斎として動き始める話でした。
天才として歴史を操っているつもりの彼女が、少しずつ取り返しのつかない場所へ進んでいく流れが伝わっていたら嬉しいです。
お彦の傲慢さ、ギャグと破滅の落差、斎藤との遭遇あたりの感想をいただけると励みになります。
幕末のお彦さん
【挿絵表示】
弥彦の父親は誰だと思いますか?
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明神弥太郎
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四乃森蒼紫
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志々雄真実