転生して型月版・沖田総司になったけど、労咳を克服したら明神弥彦の母になっていた件 〜るろ剣世界で最強のママやってます〜   作:だいたい大丈夫

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池田屋へ急ぐ河上彦斎の前に、時守の番人が立ちはだかる。

遅れた一歩。
届かなかった手。
そして、守れなかった人。

天才を自称していた彼女は、この夜、初めて自分の愚かさを知る。



池田屋、間に合わず

「うおおおおおおおおお!!!!!!」

 

明神弥太郎と名乗った黒ずくめの男が、裂帛の気合いと共に、異様な存在感を放つ黒い刀を真っ向から振り下ろす。その剣速は、常人の目を完全に置き去りにするほどに速く、そして重い。

 

「はああああああ!!!!!」

 

河上彦斎――お彦もまた、決して負けじと鋭い裂帛の声を上げて、自分よりも大柄な男の放つその重い一撃を、自身の刀の腹で強引に弾き返す。

 

凄まじい衝撃が両者の腕を駆け抜け、剣閃が暗闇の中で鋭く煌めく。何度も、何度も、何度も……二つの刃が空中で交錯し、打ち合うたびに眩しい火花がバチバチと散って、二人の顔を断続的に照らし出す。

 

お彦の心中は、かつてないほどの激しい焦燥と、全く予期せぬ事態への混乱でぐちゃぐちゃに煮えくり返っている。

 

『こいつ……尋常じゃなく強い。いや、強すぎる。一体何なの!? さっき自分で名乗っていた『時守』って何よ!? 私の記憶にある『るろうに剣心』の原作漫画に、こいつらみたいな名前の組織いた!? いや、絶対にいないわよね!! こんなに強くて、無駄に衣装もセリフもキャラが立っている奴が、ただのモブキャラとしてこの世界に存在する理由なんてあるわけないじゃない!!』

 

お彦が放つ神速の剣撃を、弥太郎は驚異的な動体視力で完全に捉え、そして手にした黒い刀で的確に防いでみせる。歴史の知識にも漫画の知識にも存在しない、完全なイレギュラーの存在が、今、お彦の行く手を決定的に、そして絶望的に阻んでいるのだ。

 

「いい加減に……!! どけえええええー!!!!」

 

お彦が怒りに任せて、力任せに剣を振るう。その一撃には、もはや洗練された技術などなく、ただ前へ進みたいという執念だけが込められている。

 

「いかせんと言っている!!!! お前たちは歴史の破壊者! この国の正しい時を守るため、我々『時の番人』がここで確実にお前たちを排除する!!」

 

弥太郎は一歩も引かない。その目は、自身の背負う使命に対する絶対の確信と、揺るぎない覚悟に満ちている。

 

お彦の背後で、望月が、ふらつく足取りで息を荒くして立ち上がる。彼の体はすでに限界を超えているが、その目にはまだ戦う意志が残っている。

 

「望月さん!!! ここは私がこいつを引き受けるから、あなたは先に行って!!! 私もこいつを片付けたらすぐに池田屋に向かうから!!!」

 

お彦が背越しに叫び、弥太郎の気を引くようにさらに激しく刀を打ち合わせる。

 

「あ……ああ!! 分かった、頼むぞ彦斎!! 俺はなんとしても時間を稼ぐ、中にいる宮部先生たちを助け出してくれ……!! ぐべっ!!!」

 

望月の悲痛な叫び声は、全く予期せぬ、あまりにも無惨で暴力的な音によって唐突に途切れる。

背後へ走ろうとした望月の頭上に、突如として空から『巨大な鉄の塊』が物凄い速度で落下してくる。

 

それは、常識では考えられないほど巨大な金槌だ。その圧倒的な質量と落下のエネルギーが、望月の体をまるで熟れたスイカのように、頭のてっぺんから足先まで完全に、そして物理的に押し潰す。

 

耳を塞ぎたくなるような破裂音と共に、地面に赤黒い血と肉片が放射状に飛び散る。

 

「…………は?」

 

目の前で起きた現実を、脳が処理しきれていない。

 

『望月さんが、あんな漫画みたいなふざけた巨大な金槌で、トマトみたいにぐちゃぐちゃに潰された……? マジですか? ここにきてさらに新手が登場するなんて……冗談じゃないわよ』

 

暗闇の奥から、ドスン、ドスンと地面を揺らすような重い足音を響かせて、一人の人物がゆっくりと姿を現す。

その巨大な金槌を、まるで軽い木の枝でも扱うかのようにひょいと肩に担いでいるのは、真っ白な髪を振り乱した、異常なほど筋骨隆々の老人だ。

 

「せっかくこの儂が黙って通してやったというのに、自ら死地に赴こうとはのう。本当に度し難い奴じゃ。どうしてもその命がいらんなら、こうして儂が叩き潰すのも仕方あるまい」

 

神原彦左衛門と名乗るその老人は、血まみれの金槌を肩に乗せたまま、お彦を面白そうに見下ろして低く笑う。

 

「神原の爺さん! ちょうどいいところに来てくれた、手伝ってくれ! こいつ、見た目に反してとんでもなく強すぎるんだよ!! 俺一人じゃとても抑えきれねえ!!」

 

弥太郎が、助け舟の到着に心底安堵の声を上げる。

 

「おお? 明神の小倅か。八十を超えたこの老体に、そんな無茶な力仕事をさせようというのか。全く、最近の若者は目上の者を敬う敬老精神というものが決定的に欠けておるのう」

 

神原は呆れたように大袈裟に首を振ってみせる。

 

「八十の爺さんは、普通はそんなふざけたデカさの金槌を持てねえんだよ!! 絶対に物理法則がバグってんだろ!!」

 

弥太郎がもっともなツッコミを大声で入れる。

 

「何をバカなことを言うか。これはたったの180斤(108kg)しかないというのにか? 全く、今時の若いもんは軟弱でいかんわ……。まあよい。小倅、そこのおなごはもう行かせてやれ」

 

神原が、突然興味を失ったように金槌をどすんと地面に下ろす。その衝撃で、足元の地面が小さく陥没する。

 

「……ん? 行かせてやれって、どういうことだよ爺さん。こいつらをここで排除するのが俺たちの任務だろ」

 

「排除は、一旦延期じゃ。……中で、事情が大きく変わった。我々がわざわざ手を下すまでもない結末に、どうやら向かっておるようじゃ」

 

神原の意味深な言葉に、弥太郎は数秒だけ沈黙し、何かを察したように深く頷く。

 

「…………承知した」

 

弥太郎がスッと、一切の迷いなく黒い刀を鞘に納める。殺気が嘘のように霧散する。

だが、お彦の頭は、彼らのその勝手すぎる態度と謎の会話によって、完全に怒りで沸騰している。

 

「お前ら、さっきから勝手に何言ってるのよ!! 望月さんをあんな風に殺しておいて、事情が変わったから帰る!? ふざけるな!! ……いや!! 構っている時間がない!! 覚えておきなさい!! 宮部先生を助け出したら、必ずお前たち二人を私が真っ二つに斬る!!!」

 

お彦は血走った目で二人を力一杯睨みつけると、刀を握り直し、再び池田屋を目指して、夜の闇の中へ猛然と駆け出していく。背後から老人の笑い声が聞こえるが、もはや気にする余裕はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

息が切れる。肺が熱くて破裂しそう。でも足は絶対に止めない。

池田屋の入り口に辿り着き、固く閉ざされた敷居を力任せに思い切り蹴り破る。

 

屋内に飛び込んだ瞬間、私の鼻腔を強烈に、そして容赦なく突き刺したのは、むせ返るような濃密な血の匂いと、人間の臓物が放つ生臭い悪臭だ。

 

そこには、浅葱色のダンダラ羽織を着た新選組の隊士たちと、床に無惨に転がる無数の長州や肥後の志士たちの死体が散乱している。畳はすでに血を吸って赤黒く変色し、踏み出すたびにぐちゃりという嫌な音が鳴る。

 

「お前……何者だ!!」

 

私の乱入に気づいた隊士が、血濡れの刀をこちらに向けて怒鳴り込んでくる。

鉢金には「藤堂」の文字。藤堂平助か。

 

「一人!! とりあえずそこの邪魔なモブの首を落とす!!」

 

藤堂の言葉に答える代わりに、床すれすれまで極端に姿勢を低く沈め、超低空からの抜刀術を全力で炸裂させる。

 

シュンッ!!

 

藤堂の横に立っていた名もなき隊士の一人が、私の刃に全く反応できず、一瞬にしてその首を宙に飛ばされる。

 

鮮血が噴水のように天井に向かって吹き上がる。

 

「お前! なんだその速さは! 強いですね!!」

 

藤堂平助が驚愕に目を見開きながらも、素早く刀を上段に構え直す。

 

『こいつ……さすがは新選組の幹部級……! さっきのモブ隊士とは比べ物にならないくらい動きが良いし、構えにも隙がない……! でも、今の私の前には絶対に立ち塞がらせない!』

 

「宮部先生!!! 宮部先生はどこ!!? 薙ぎ!! からの、返し薙ぎ!!」

 

下から上への強烈な薙ぎ払いを放ち、藤堂がそれを刀で防いだ瞬間に手首を返し、さらに上から下への鋭い返し薙ぎを叩き込む。

 

「くっ!! 重い……!!」

 

ガキィィィン!!

 

連撃が、藤堂の額を守る鉢金を完全に叩き割る。

刃の先端が鉢金を貫通し、その下にある彼の額の肉を深く切り裂く。

 

「ぐああっ!! 目が……!!」

 

額から大量に噴き出した鮮血が、藤堂の両目を完全に覆い隠す。彼は顔を押さえてその場にうずくまり、戦闘不能に陥る。

 

「額が綺麗に割れたわね。はい、次!!」

 

血まみれの藤堂を無視して、さらに奥へと進もうとする。

 

「平助!! よくもやりやがったな、この野郎っ!!」

 

背後から、永倉新八が猛烈な怒気を孕んで突っ込んでくる。

その手には、強烈な突きが込められた刀が真っ直ぐに私に向かって伸びてくる。新選組屈指の剣客の、本気の一撃だ。

 

「甘い!! 怒りに任せた突きなんて、動きが単調すぎるのよ!!」

 

永倉の突きを、首をわずかに横に傾けるだけの紙一重で躱す。

そして、そのままの体勢で刀を下から上に斬り上げ、永倉の剣を握っている右の手のひらを、刀の柄もろとも無慈悲に斬り裂く。

 

「ぐあああっ!! 手が……! 俺の手が!」

 

永倉が刀を取り落とし、血まみれになった自分の手のひらを押さえて苦悶の声を上げる。私の剣術の前では、新選組の猛者たちも赤子同然だ。

 

「次!! どいつもこいつも、私の邪魔をするな!! 私は……私は!!」

 

宮部先生を探さなきゃ。彼を助け出して、私の完璧な計画を立て直すのよ。

二階から、ドタドタという激しい足音と、誰かの悲鳴が聞こえてくる。

階段を三段飛ばしで駆け上がる。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

部屋の奥へ進もうと、血の海と化した畳の上に足を踏み出す。

草履と足袋が嫌な音を立てて血糊を吸い込んでいるのがわかる。焦る気持ちとは裏腹に、足元がぬるぬると滑ってうまく進めない。

その時、唐突に足先にぐにゃりとした重たい感触がぶつかる。

 

「あっ」

 

私は派手にバランスを崩して、血溜まりの中へ無様に転がり込んだ。

両手をついた先にあるのは、生暖かい、なんだかよくわからない肉の塊だ。丁度部屋の脇の薄暗い場所に無造作に転がっているそれは――よく見ると、首のない、胴体だけの死体だ。

 

手から伝わってくる体温が、まだこの人が死んだばかりだと教えている。

そして、その着物の柄。見間違えるはずがない。私が何度も見て、何度も横に並んで歩いた、あの深い藍色の着物だ。

 

「え? ………………宮部先生?」

 

返事はない。おかしい。いつもなら、私が声をかければすぐに振り向いて、優しく微笑んでくれるはずなのに。

 

「先生? 起きてくださいよ。こんな所で寝てたら、風邪ひいちゃいますよ」

 

体を揺する。ぐらぐらと胴体が揺れるだけで、やっぱり返事はない。おかしい。どうして返事をしてくれないの。

 

もしかして、私の声が小さくて聞こえていないのかしら。周りではまだ新選組の連中がワーワー騒いでいるから、そのせいで聞こえないんだわ。

 

「宮部先生!! 起きて!! 私ですよ、彦斎です!! 迎えに来ましたよ!!」

 

もう一度、耳元で声を張り上げて呼ぶ。

それでも、返事はない。おかしい。本当におかしい。

 

なぜだ? なぜ?? よし、もう一回だ。もう一度大きな声で呼んでみよう。……いや、返事がない。おかしいわよね

 

仰向けになるようにその体を抱き起こす。

 

間違いない、この体つき、この着物。宮部先生だ。私のこの狂った時代を生きる唯一の理由。私の本物の情熱であり、私の偽りない赤心そのもの。

……あれ? でも、何かが足りない気がする。

 

抱き起こした私の腕の中で、先生の体はだらんと力なく垂れ下がっている。

 

首の付け根から上が、すっぽりと綺麗になくなっている。ぽっかりと空いた断面から、どくどくと黒い血が溢れ出して、私の着物を汚している。

 

ああ、そうか。首がないと、声帯がないんだから返事ができないわよね。なんだ、そういうことか。びっくりさせないでよ。早く先生の首を探してあげないと。そうしないとお話ができないじゃない。

 

納得して立ち上がろうとしたその時、背後から怒号が飛んでくる。

新選組の隊士たちが、私を取り囲むように殺到してくるのだ。

 

「おのれ!! よくもさっき藤堂先生と永倉先生を!! 貴様、ただで済むと思うなよ!!」

 

一人の隊士が刀を上段に振りかぶって、私に向かって突進してくる。

 

体が反射的に動く。

振り返りざま、下から上へすくい上げるような軌道で、私の刀が迫る隊士の胸を瞬時に貫く。

肋骨を砕き、心臓を真っ直ぐに貫通する確かな手応え。隊士の口からゴボッと血の泡が吹き出す。

 

「ねえ。宮部先生の首は………どこにあるの?」

 

刀を突き刺したまま、目の前で絶命していく隊士の顔を覗き込んで尋ねる。

首を傾げると、隊士の体がズルリと刀から抜け落ちて床に崩れ落ちる。

 

周りを取り囲んでいた他の隊士たちが、一斉にヒッと息を呑む。

 

「こいつ………この異常な剣の速さ……間違いない、肥後のヒラクチ、人斬り彦斎だ!!!」

 

その名前を聞いた瞬間、隊士たちが蜘蛛の子を散らすように後ずさり、私から大きく距離を取る。みんな刀を持つ手がガタガタと震えている。

 

その時だ。

緊迫した血溜まりの奥から、この地獄のような惨状に全くそぐわない、ひどく呑気で明るい声が響き渡る。

 

「え〜と、宮部先生っていうのは、これのことですかね? でも、これは私が苦労してゲットした大事な戦果なので、コレクションとして持って帰るから、あげませんよー」

 

声のする方を見上げる。

部屋の奥、提灯の薄暗い明かりの下。

 

浅葱色のダンダラ羽織を着た、鮮やかな桃色の髪を揺らす小柄な少女が立っている。

新選組一番隊組長、沖田総司。

 

その手には、血まみれの生首が一つ、髪の毛を掴まれるような形で無造作にぶら下げられている。

……だが、よく見ればそれは宮部先生じゃない。長州の吉田稔麿の首だ。

 

「……違う。それじゃないわ」

 

「あ、これハズレですか。残念。じゃあ、こっちのこれですかね??」

 

沖田は手に持っていた稔麿の首をゴミでも捨てるように放り捨てると、今度は足元に転がっていた別の首を、まるでサッカーボールのようにゴロンと蹴り出す。

畳の上を転がって、私の目の前でピタリと止まるその首。

 

「!!!! 宮部先生!!!」

 

血の海に這いつくばるようにしてその首に駆け寄る。

 

泥と血に塗れているけれど、間違いない。宮部先生の顔だ。目は見開かれたままで、苦痛と無念に歪んでいる。

 

震える手でその首を抱きしめ、ゆっくりと目を挙げて、目の前の桃色の悪魔を睨みつける。

 

あの特徴的なルックス。完全に桜セイバーじゃないの。ってことは、あいつも私と同じ転生者のお仲間ってわけ? ……でも、そんなこと今はどうでもいい。関係ないわ。

 

「宮部先生を、返せ。沖田総司」

 

恨み言をぶつけると、沖田総司はなぜかパァッと顔を輝かせる。

 

「おお!!! 私が名乗る前に認識されてました!! ちょっと皆さん聞きました?? 沖田さん有名人みたいです!! ブイ!!」

 

血まみれの刀を持ったまま、沖田総司は背後の隊士たちに向かって無邪気にVサインを作ってみせる。その常軌を逸したサイコパスっぷりに、私の頭の芯がグラグラと揺れる。

 

「沖田先生! ふざけてないで真面目にやってください!! そいつは危険です!!」

 

奥から隊士の怒号が飛んでくるが、沖田総司は「はーい」と適当に返事をするだけだ。

 

「まあ良いです。……じゃあ、その首は特別に貸してあげます。ちゃんとお別れ言ってくださいね」

 

次の瞬間、沖田総司の声が、さっきまでの明るい声から一転して、急激にドス黒い、底冷えのする冷たさに変わる。

 

「――その代金は、貴女の首よ」

 

宮部先生の首が、私の腕の中に確かな重みを持って収まっている。

 

「ああ……宮部先生。良かった、ちゃんと首がありましたよ。今、私がすぐに繋げますからね……大丈夫ですよ、安心してください……」

 

這いずって宮部先生の胴体のところまで戻る。

そして、首の断面と胴体の断面をぴったりと合わせようとする。

 

「………あれ? くっつかない。………くっつかないよ……どうして? さっきまで一つだったじゃないですか。どうしよう。宮部先生が………治らない。このままじゃ血がいっぱい出て、宮部先生が……死んじゃうよ………」

 

私が必死に首と胴体を押し当てているのを見て、沖田が心底不思議そうな声を出して首を傾げる。

 

「?? 何をやってるんですか? 一度斬り落とした首はくっつきませんよ。物理的に。当たり前じゃないですか。……なんだ、ただの頭のいかれた狂女でしたか。哀れですねぇ」

 

「沖田先生! 油断しないでください! こいつはただの女じゃない、あの河上彦斎です!!」

 

「彦斎? ああ、あの有名な人斬りですか。じゃあ立派な手柄首ですね!! そこになおりなさいっていうか、もう床に這いつくばって屈んでますね。手間が省けました。あなたも同じように、綺麗に首だけにしてあげます」

 

沖田が、刀を上段に構え、私に向かって容赦なく振り下ろす。

空気を切り裂く凄まじい剣撃。

 

――だが、その刀は私の首に届く寸前で、ピタリと止まっている。

私の右腕が握りしめた刀が、下から跳ね上げ、沖田総司の刃を完全に弾き返しているのだ。

 

私の犯した罪は………心からの信頼において……貴方の期待に反してしまったこと。私は愚かで……自分のことを歴史を知る天才だなんて思い上がって……結局、一番肝心な時にお役に立てなかった……。だから………でも…………。

 

「あら? 狂ってる割には、ちゃんと抵抗します??」

 

私はヒラクチ……人斬り彦斎……………。たくさんの人を斬ってきたのに、結局誰も救えていない。歴史なんて何も変わっていない………。でも………! こいつだけは!!

 

私は顔を上げ、前髪の隙間から沖田を睨みつける。

 

「沖田総司…………幕府に飼われた壬生の野良犬…………。どうせお前は、すぐ死ぬ。歴史がそう決めているのよ。だから……私が今ここで貴様を斬る。大丈夫」

 

「へーんだ! 知ったこっちゃないですね! あんたのほうが今ここで真っ二つになって死ぬわよ!」

 

「河上彦斎は、明治の世になるまで絶対に死なない。歴史にそう刻まれている。だから………大丈夫なのよ!!!」

 

私が大声で叫び返した瞬間、沖田総司の表情がピクリと凍りつく。

 

「!! あんた……まさか!! 明治って……」

 

沖田が私の言葉の端々から『転生者』という共通項に気づき、僅かに目を見開いて動揺を見せる。

 

その一瞬の隙。

左手で宮部先生の胴体と首をしっかりと抱え込みながら、残り一本の右腕だけで、全身のバネと怒りと狂気をすべて乗せた抜刀術を放つ。

 

ドゴォォォォン!!!

 

刀と刀が激突したわけではない。踏み込みと剣の風圧が、空気を圧縮して強烈な衝撃波を生み出す。

 

まともに衝撃を食らった沖田の身体が、まるで木の葉のように宙を舞い、背後の太い大黒柱に激しく激突する。

 

「がはっ!! ゴホッ! ……ゴボッ!」

 

床に崩れ落ちた沖田が、口から大量の真っ赤な血をゲロリと吐き出す。

 

「マジで!……ちょっと待ってよ! 私、ちゃんと労咳のフラグはへし折って、今まで超健康体でやってきたはずなのに、沖田総司だからって『激しい戦闘中に突然吐血するノルマ』だけはこうして強制的に回収されるとか……いくらなんでもシステムが理不尽すぎるでしょ……ッ!」

 

彼女が咳き込んで隙だらけになっている今が、唯一のチャンスだ。

宮部先生の身体と首を両腕にしっかりと抱え直す。ずっしりとした重みが、私の罪の重さそのものだ。

 

「どけ……。私に触るな。宮部先生は、私がちゃんと綺麗なお墓に入れてあげるんだから」

 

後ずさりする隊士たちを一瞥し、自分が吹き飛ばしてぽっかりと空いた壁の穴から、真っ暗な夜の闇へと身を躍らせる。

冷たい夜風が、私の熱くなった頬を叩く。

 

私は……天才でもなんでもない。歴史の覇者になんてなれない。ただの、滑稽で役立たずの蛇女だったんだ。

 

腕の中の冷たくなっていく肉塊を抱きしめながら、私は声にならない叫びを上げて、京の闇の中をただひたすらに走り続ける。

 

私の心は、もう二度と元に戻らないほどに、粉々に砕け散っていた。




ここまで読んでくださりありがとうございます。

今回は、お彦にとって決定的な敗北の回でした。
宮部先生を救えなかったこと、沖田総司との邂逅、そして「歴史を知っている」という自信が壊れる瞬間を書いています。

お彦の崩壊や、沖田との対比がどう見えたか、感想をいただけると嬉しいです。




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