転生して型月版・沖田総司になったけど、労咳を克服したら明神弥彦の母になっていた件 〜るろ剣世界で最強のママやってます〜 作:だいたい大丈夫
怒り、復讐、そして不殺の信念。
地獄と化した村で、時守の正義が牙を剥く。
時守の正義
【新月村】
英次の中には怒りと憎しみが渦巻いているはずだ。だが、その奥底にこびりついた恐怖が彼の両膝を縛り付け、足を前に進めさせない。
その小さな背中の強張りを、芹は見逃さなかった。
「英次君、あなたの家はどこ? まずはご両親を保護して、安全な場所へ移しましょう。今なら、まだ間に合うかもしれないわ」
穏やかに紡がれた声。しかし、彼女の瞳に笑みは微塵もない。時守の筆頭としてではなく、一人の母として、無力な子供にこんな夜道を歩かせている現状そのものが、彼女の腑を煮えくり返らせていた。
「あの先……広場を抜けて、左の家だ。親父とお袋は、たぶん……まだ……」
言葉は最後まで続かない。最悪の想像が、少年の喉を塞ぐ。
剣心は沈黙を貫いて歩みを進める。普段であれば「大丈夫でござる」と励ますところだが、兄の死を知ったばかりの今の彼に、安易な慰めは紡げない。
黒鉄の視線が鋭く周囲を這う。家の配置、敵兵の気配、逃走経路、そして微かに風に混じる鉄錆の匂いの出処。顔の中で、その双眸だけが異様な冴えを見せている。
「妙だな。兵の数はある。なのに、村を巡回する足音が雑だ。完全に油断してやがる。支配が長すぎて、自分たちが殺される側になる想像を失くしてる」
操はきつく唇を噛み締めていた。いつもの軽口は出ない。手にしたトンファーの柄を握る指は、怒りのあまり白く変色している。
派手で玩具のように見えるその武器が、今はひどく冷たい光を放っていた。
◇◇
広場へ足を踏み入れた瞬間、全員の動きが唐突に止まる。
鼻を突く鉄の匂い。
月明かりの下、大樹の枝から二つの影が力なくぶら下がっていた。人だ。いや、かつて人だったものだ。執拗に刃を入れられ、苦痛を極限まで長引かせるように刻まれた無数の傷痕。急所を避け、ただ心を折り、見せしめとするためだけに施された残酷な細工。
英次の思考は、目の前の現実を即座には処理できない。
視界が空回りする。
やがて、その顔を認識した。
「親父……?」
掠れた小さな声。
直後、喉を切り裂くような絶叫が夜闇を劈く。
「親父!! お袋!! うわあああああああああああっ!!」
少年は泥濘の中に崩れ落ち、両手で地面を打ち据えた。爪の間に泥が食い込む痛みなど、今の彼には届かない。怒り、悲しみ、絶望。名付けようのない感情の濁流が、小さな胸を無残に引き裂いていく。
直視に堪えず、操は視線を逸らした。
「ひどい……。なんで……こんな……」
芹は英次の肩に伸ばしかけた手を、空中で止める。今安易に触れれば、少年を辛うじて繋ぎ止めている悲しみごと、すべてを粉々に壊してしまいそうな危うさを感じ取ったのだ。
「琴殿……」
「ここまで……修羅に堕ちたでござるか」
蒼紫は静かに英次の傍らに立つ。守る。少年が我を忘れて駆け出せば制止し、敵兵が迫れば斬り捨てる。極度に複雑な感情が渦巻く場において、彼は最も単純で確実な行動を選択した。
周囲の暗がりから、次々と松明の明かりが浮かび上がる。
志々雄の兵たちだ。
下劣な嘲笑が、怯えきった村の静寂を無惨に踏みにじる。
「お前ら、よそ者だな。こんな時間に村へ入ってくるとは、命知らずだ」
兵の一人が、吊るされた惨状を見上げて下卑た笑いを漏らす。
「どうだ、いい飾りだろう。裏切り者の家族には相応しい末路だ。政府に情報を流した密偵の家族なんざ、こうして見せしめにしてやるのが一番効く」
英次の目に、どす黒い憎悪が宿る。
「てめえ……」
剣心が一歩、前へ出た。
「この者たちが、何をしたと言うでござるか。子を案じ、村を案じただけの者を、なぜここまで刻む必要がある」
「必要? 必要に決まってるだろ。村を治めるには恐怖が一番だ。尖角様と志々雄様に逆らえばどうなるか、誰の目にも分かるようにしなきゃな。それに、処刑なさったのは沖田様だ。あのお方は凄いぜ。急所を外して、悲鳴だけを長く引き出す。さすが十本刀よ」
その饒舌が終わるより早く、芹の存在感がふっとブレる。
次の瞬間、兵の視界が不自然に反転した。
彼は自身の胴体を、下から見上げていた。首を失った肉の塊が、松明を握りしめたまま直立している。
それが、男の脳が処理した最後の映像だった。
芹は血濡れたサーベルを優雅に一振りする。
「見せしめ、ね」
声はひどく優しい。その奥にある怒りの底がまったく見えない。
「なるほど。よく分かりました。あなたたちは、人の死を飾りにできる獣なのね。なら、こちらも遠慮はいらないわ」
彼女の視線が、時守の番人たちへと静かに流れる。
「時の番人達よ。我らが時守の正義をここに示します。一匹残らず、殺しなさい」
部瀬の槍の石突が、地面を重く擦る。
「普段なら警告する。下がれ、命が惜しければ逃げろ、と。だが、今回は言わん。お前たちは英次に見せた地獄の分だけ、ここで死ね」
黒鉄の手元で、かすかな摩擦音が鳴る。
「阿久津があそこまで怒るのは珍しい。運が悪かったな。いや、違うか。お前らが悪い」
圧倒的な殺気を受け、兵たちは一瞬怯んだ。
だが、数の優位が彼らに無謀な勇気を錯覚させる。
「たった数人で何ができる! 殺せ!」
殺到する兵の群れ。
最初に崩落したのは、真正面から突撃した三人だ。
部瀬の槍が突き出される。一本の槍。視覚が捉えるのは一本の直線だけだ。にもかかわらず、三方向から同時に胸部を貫通された兵たちが、大量の血を吐き出して昏倒する。
「な……なんで……」
「お前が見た槍と、実際の槍の位置が同じだと、誰が決めた」
空間の認識そのものが歪む。兵たちは回避行動をとったつもりで、自ら致命の間合いへと踏み込んでいる。安全圏と信じた虚空から凶刃が顕現し、防御の死角から内臓を抉る。人間の知覚が前提とする距離の絶対性を、部瀬の槍は軽々と凌駕していた。
黒鉄へ向かった者たちは、さらに理不尽な死を迎える。
彼はほとんど定位置から動かない。気怠げに肩を回し、指先をわずかに開くのみ。
「武器も持たねえのかよ!」
斬りかかった兵の刀が、頭上でピタリと静止する。
いや、止められたのだ。目に見えない何かに絡め取られ、完全に拘束されている。
次の刹那、鋼の刃ごと兵の右腕が細切れの肉片と化す。
「え」
疑問の声を上げる間もない。空間を支配する極細の斬鋼線が、肉体と骨格の硬度差を無視して通り抜けたのだ。
「安心しろ。痛みを感じる前に終わる。……まあ、お前らが村人に同じ慈悲をかけたかは知らねえがな」
その声に熱はない。
広場の中央では、芹の舞踏が展開されている。
流麗なサーベルの軌跡と、羽のように軽い足運び。おびただしい血溜まりの上にあってなお、その挙動は貴族の夜会のようだった。
しかし、切っ先が空を薙ぐたびに、遠く離れた兵たちの肉体が次々と切り裂かれていく。
「阿久津流――新月」
刃が届くはずのない絶対的な距離。
だが、放たれた刃は距離を無効化する。
兵は、己が斬られた事実を理解する前に絶命していく。
「何だよ……今の……」
「月は遠くにあっても、人の心を狂わせるでしょう? 私の刃も似たようなものよ。届かないと思った時点で、あなたは死んでいるの」
操は怒りに任せて敵陣を駆け抜ける。
「この人でなしども!!」
放たれる苦無。眼球、頸動脈、手首。狙いは恐ろしいほどに正確だ。少女らしい出で立ちとは裏腹に、容赦のない実務を遂行していく。
「ガキが調子に乗るな!」
「十六って言ってるでしょ!! あと、そういう目で見るな!!」
装飾過多なトンファーが唸りを上げる。愛らしい意匠のせいで祭りの玩具に見えるが、それが骨肉を砕く衝撃音は、およそ可愛らしいものではない。
頭蓋を叩き割る鈍音。
膝蓋骨を粉砕する響き。
顎骨を跳ね飛ばす一撃。
「円殺轟鉤棍!!」
体重を乗せた打撃に兵が吹き飛ぶ。着地した操は、荒い息を吐き出す。
「どうよ! これが爺や仕込みのデコ・トンファーよ! 可愛いと強いは両立するの!」
黒鉄が呆れたような視線を向ける。
「武器に飾りをつける必要あるか?」
「ある! 気分が上がる!」
部瀬は血振りをしながら、至って真剣に分析する。
「戦場で気分を上げるのは重要だ。案外、理にかなっているかもしれん」
剣心は逆刃刀を抜き放っていた。
「殺しはせぬ。だが、許しもせぬ」
一歩で絶対の間合いを消失させる。
柄頭が鳩尾を打ち抜き、鞘の軌跡が顎を粉砕する。逆刃の峰が肋骨を容赦なくへし折る。命を奪うことだけは避けている。だが、受ける側からすれば、死という終着点を与えられないだけの終わらない苦痛だ。
「ぐあっ!」
「がはっ!」
「ば、化け物……!」
剣心は一切の言葉を返さない。この怒りを言語化すれば、奥底に封じた人斬りの本性が完全に目覚めてしまう。己の危うさを知るからこそ、彼はただ黙々と敵を打ち据える。
蒼紫の背後に立つ英次は、目の前で繰り広げられる圧倒的な暴力の推移を見つめていた。
絶対的な悪として村を蹂躙していた者たちが、呆気なく崩れ去っていく。
しかし、両親の命が戻るわけではない。
蒼紫は少年の前に立ち塞がったまま、間合いに入る敵だけを的確に斬り捨てる。英次を護衛するという目的から、一歩たりとも逸脱しない。
「見ておけ、英次」
「……何を」
「悪が滅びる様だ。だが、これを喜びにするな。喜びに変えれば、お前も向こう側へ落ちる」
英次は強く唇を噛み締める。
「じゃあ、俺はどうすりゃいいんだよ……」
「生きろ。今はそれだけでいい」
その時、剣心の打撃を受け這いずっていた兵の一人が、執念で声を絞り出そうとする。
「くそ……尖角様に……知らせ……」
その背中を、刃が深々と貫いた。
男の口から泡が溢れ、絶命する。
「斎藤……!」
闇の中から、煙草の微かな火種が浮かび上がった。
斎藤一が、日常の延長のような無造作な所作で刀を構えている。
「やれやれ。随分と派手な。俺を置いて先に始めるとは、礼儀を知らん連中だ」
剣心の眉間に深い皺が寄る。
「お前、なぜここに」
「大久保卿の弔い合戦だ。志々雄がこの村にいる。沖田もいる。俺が来ない理由がどこにある」
黒鉄が鋭い視線を射る。
「遅い到着だな。自分の部下を見殺しにした借りは高くつくぞ」
斎藤の細い目が、さらに細められる。
「黒鉄警視殿か。時守の三番まで出てくるとは、志々雄も出世したものだ」
「軽口で済むと思うなよ」
「済ませる気はない。だが、今斬る相手はお前じゃない」
斎藤の意識は、すでに広場の奥へと向けられている。
英次はその長身の男が纏う空気に圧倒される。剣心たちとは根本的に異なる、感情や温度の一切を排した、純粋な殺戮器官としての冷たさにだ。
だが、その場にもう一つの、決定的に異質な気配が顕現する。
気配のなさが、逆に異常だった。
剣心が不殺の誓いのもと気絶させた兵の一人が、微かに意識を取り戻しかけ、呻き声を漏らす。
次の刹那、その喉元が音もなく切り裂かれた。
振り返る。
周囲を見渡せば、倒れていたはずの兵たちが、いつの間にか例外なく、確実に息の根を止められている。
「言われたでしょう? 一人も生きては返さない、と。阿久津さんが」
上品で澄んだ声。
着物姿の女性が、血に濡れた短刀の刀身を懐紙で丁寧に拭き取っていた。
殺意も敵意も感じさせない。あまりにも自然で穏やかなその佇まいは、血みどろの凄惨な広場において、酷く不気味なものとして映る。
斎藤が鬱陶しそうに頭を掻いた。
「時尾。前線に来ることはないと言ったはずだ。勉はどうした」
「実家に預けてきました。夫が危ない場所へ向かうのに、家でお茶だけ飲んでいるほど、私はお行儀よくありません」
「余計なことをする」
「あなたが仕留め損ねるよりは良いでしょう?」
「俺が仕留め損ねると思うか」
「思いません。けれど、緋村さんは仕留めませんから」
「拙者が気絶させた者を、全部……」
時尾は極めて礼儀正しく、深々と頭を下げる。
「はい。背後から失礼いたしました。ですが、ここは修羅場です。気絶した敵は、目覚めればまた誰かを殺します。緋村さんの信念は尊い。ですから、その尊い信念の後始末は、私のような者が担えばよいのです」
「あら、素敵。信仰心と実務能力が両立している女性、大好きよ」
部瀬が眉間を揉む。
「阿久津が褒めると、だいたい物騒に聞こえるな」
黒鉄は値踏みするように時尾を見た。
「あんたが藤田時尾か。噂は聞いてる。元・新選組監察方。なるほど、音がしねえわけだ」
操は信じられないものを見るように目を丸くする。
「え、奥さんなの!? 奥さんって、こう……家で味噌汁作って待ってる感じじゃないの!?」
「味噌汁も作りますよ。人も斬ります」
「両立しちゃいけないものが両立してる!!」
剣心は時尾の顔を凝視し、過去の記憶の糸をたぐる。
「お主……まさか、池田屋の数日前、拙者の背後から音もなく忍び寄ってきた……あの時の」
「あら、覚えていてくださいましたか。あの時は仕留め損ないました。ずっと悔やんだものです」
「悔やむ方向がおかしいでござる!」
「ですが今は、あの時あなたを殺さなくてよかったと思っています。こうして、共通の敵を討つためにご一緒できるのですから」
剣心は呆れたように斎藤を見る。
「斎藤……お前、結婚していたのか」
「俺はお前と違って、所帯を持つくらいの社会性はある」
「この人、こう見えて家ではそこそこ静かです」
黒鉄の口角がわずかに上がる。
「そこそこ、か」
「笑うな」
芹は歩み寄り、時尾と対峙する。
「藤田時尾さん。私は阿久津芹。時守の筆頭です。あなたのような方が来てくださるなら心強いわ。今は人手が欲しいの」
「こちらこそ。主の導きか、亡き新選組の縁かは分かりませんが、志々雄と沖田総司を止めるためなら、力を尽くします」
沖田総司。
その名が紡がれた瞬間、場の空気が明確に張り詰める。
かつて神谷要塞に身を置き、弥彦の母として振る舞いながら、お彦を刺し、大久保利通
を暗殺し、そして今、この村で英次の両親を惨殺した女。
英次は涙と泥にまみれた顔を上げる。
「沖田総司……あいつが……親父とお袋を……」
「必ず止めるでござる」
「殺してくれるのか」
剣心の口は重く閉ざされた。
その沈黙が、英次のやり場のない怒りに火をつける。
「なんでだよ! あいつは俺の親を殺したんだぞ! あんな殺し方をしたんだぞ!」
「坊主。抜刀斎にそれを期待するな。こいつは殺さない。殺したくないからな」
「じゃあ……!」
時尾は膝を折って英次と目線を合わせる。
「復讐は、刃を握った瞬間からあなたを食べ始めます。食べ尽くされる前に、誰かに預けなさい。今は、この人たちに」
「あなたは……人を殺してるのに……」
「はい。だから言えることもあります。人を殺した者は、その重さを一生持つことになります。子供が急いで背負うものではありません」
英次は奥歯を噛み締めた。
「俺は……何もできないのかよ……」
操がしゃがみ込み、少年の顔を覗き込む。
「今はできなくていいの。悔しいなら、見て覚えなさい。悪い奴を倒すのにも、泣いてる人を支えるのにも、強さっているから」
英次はしゃくり上げながら、何度も首を縦に振った。
血に染まった広場を後にして、彼らは新月村のさらなる深淵へと足を踏み入れる。
悪が滅びる様を見ろ。
ならば見る。
涙で視界が滲もうとも、決して目は逸らさない。
自分の村を地獄に変えた者たちが、今度は地獄の底へ突き落とされる番なのだから。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
今回は新月村での惨劇と、時守・剣心たちの怒りを描きました。
英次や時尾の描写について、感想をいただけると嬉しいです。