転生して型月版・沖田総司になったけど、労咳を克服したら明神弥彦の母になっていた件 〜るろ剣世界で最強のママやってます〜   作:だいたい大丈夫

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新月村の広場に残された、あまりにも惨い見せしめ。
怒る操、冷たく現実を告げる斎藤、そして村人たちを縛る恐怖。
志々雄の支配が生んだ地獄を前に、それぞれの正義がぶつかり始める。



【挿絵表示】



恐怖に飼われた村

【新月村 広場】

 

私はまだ、正しい息の仕方を思い出せないでいる。

視界の先、夜風に揺れる二つの影。英次のご両親の遺体は、まだ枝から下ろされていない。人があんな風に吊るされていいはずがない。

 

 

英次は、嗚咽を漏らしている。その背中を見ているだけで、私の胸まで押し潰されそうになる。声をかけても届かないのは分かっている。それでも放っておけない。どうしていいか分からない。

 

蒼紫様なら黙って背中を守り、緋村なら静かに寄り添い、芹さんなら状況を整理して動くはずだ。なのに私は、無力に拳を握りしめることしかできない。

 

悔しい。

 

「……三島英一郎を村へ潜入させたのは、奴がこの村の出身で土地勘があるからだが」

 

「馬鹿な男だ。俺の到着を待ってから動けばよかったものを、家族を逃がそうと一人で焦って動いた結果がこれだ。自業自得だな」

 

私は涙を拭うことすら忘れ、斎藤を睨みつけた。

 

「ちょっと、あんた!死んだ人に対して、それはないでしょ!英次のお兄さんは、弟を守ろうとして死んだのよ!?あんまりじゃない!」

 

斎藤は私を見ようともしない。完全に無視して、黒鉄さんの方へ視線を向ける。

 

「それにしても黒鉄警視。時守の三番が現場に出ているとは、そちらも本気で志々雄を潰す気らしいな」

 

「無視すんな、このタバコ野郎!聞こえてるでしょ!」

 

新選組の生き残りだろうが死神だろうが関係ない。人として踏み越えてはいけない一線がある。

 

「なんだ、この騒々しいイタチ娘は。御庭番衆のガキか。大人の話に口を挟むな」

 

「誰がイタチ娘よ!あと私は十六!ガキじゃない!」

 

「十六ならなおさら黙っていろ。大人の修羅場に足を踏み入れるには、泣き声がうるさすぎる」

 

ブチッと、頭の中で理性の糸が切れた。

 

「この……!」

 

私が飛びかかろうとした、まさにその時だ。

 

気配も、足音も、空気の揺れすらない。まるで最初からそこに存在していたかのように、時尾さんが斎藤の背後に立っていた。

 

次の瞬間、上品な着物の裾が夜闇に弧を描き、無音の回し蹴りが斎藤の側頭部を捉える。

鈍く重い音が響いた。

 

「ぬぐおおおおお!」

 

死神のような男が、泥の中を真横に吹き飛んでいく。あまりにも綺麗な軌道に、私は一瞬だけ自分の怒りを忘れてしまった。

 

「あなた。いくらなんでも、若くて可愛らしい娘さんに、そのような心無い暴言を吐いてはいけませんよ。主の教えにも、武家の礼にも反します」

 

「あの……時尾さん、今の蹴り、何ですか」

 

「ただの夫婦間の注意です」

 

「注意の威力じゃないです!家屋の柱でも折れますよ!」

 

芹さんが目を輝かせて手を叩いた。

 

「あらまぁ、素晴らしいわ。あの斎藤一がまったく反応できないなんて。奥様、前から只者ではないと思っていたけれど、やっぱり素敵ね」

 

「お恥ずかしい限りです。元・監察方として、隠密歩法には少々自信がございまして。阿久津さんこそ、先ほどの間合いの外から斬撃を飛ばす技、とても見事でした。一体どういう理屈なのですか」

 

「それ!私も気になってた!真空を作って刃を飛ばすとか、理屈だけなら分かるけど、芹さんのは変よ。剣の形のまま見えない斬撃が走ってるみたいだった」

 

「拙者も同意見でござる。雷十太殿の飛飯綱は真空の刃に近い。しかし阿久津殿のものは、剣の延長そのものが見えない形で伸びているように見える。速度、気圧、斬撃の伝達、どれも当てはまるとは思えぬ」

 

「内緒。女の秘密と暗殺者の奥義は、簡単に明かすと値が下がるのよ」

 

「ずるい!」

 

「操ちゃんも御庭番衆でしょう。隠し技の一つや二つあるのではなくて?」

 

「あるけど、私のはデコ・トンファーで正面から殴るやつだから、見ればだいたい分かるの!」

 

「分かっても避けられなきゃ同じだ。さっきの頭蓋割り、なかなか良かったぞ、イタチ娘」

 

「黒鉄さんまでイタチって言わない!」

 

「小柄で素早く、気が強い。戦闘分類としては、確かにイタチ系だ」

 

「分類しないでよ!」

 

斎藤が泥を払いながら戻ってくる。頬が汚れているというのに、表情には微塵の変化もない。煙草を拾い直し、火が消えているのを見て舌打ちをするだけだ。

 

「時尾。敵の前で夫を蹴るな」

 

「敵に聞かれて困るような暴言を吐く方が悪いのです」

 

「俺は事実を言ったまでだ」

 

「そこがいけません」

 

時尾さんがにっこりと微笑むと、斎藤は押し黙った。

 

妻には敵わないらしい。世の中の理不尽と奥深さを同時に教えられた気分だ。

 

だが、英次の震える嗚咽が耳に届いた瞬間、私は冷たい現実に引き戻された。

笑っている場合ではない。

 

「……彼らを下ろして、弔いましょう。英次君のためにも」

 

「英次。少し離れていろ。落ちるところは見なくていい」

 

英次は返事をしない。ただ泥にまみれて震え続けている。

 

部瀬さんが槍の穂先で縄を切ろうとした、その時だった。

 

家々の影から、村人たちが湧き出すように集まってきた。老人、女、痩せた男、子ども。全員の顔が青ざめ、瞳からは光が失われている。怯えと諦めだけが深くこびりついた瞳だ。

 

「待て!それを下ろしてはならん!」

 

「何だと」

 

「それは見せしめだ!尖角様と沖田様がお決めになったことだ!勝手に下ろせば、村全体が罰を受ける!お前ら余所者は去ればいい。だが、儂らはここで生きていかねばならんのだ!」

 

「何言ってるのよ……。同じ村の人なんでしょ?英次のお父さんとお母さんなのよ?あんな姿のまま吊るしておけっていうの?」

 

「助けたいに決まっている。でも無理なんだよ。尖角様に逆らえば、家ごと潰される。沖田様がまた来たら、今度こそ子どもまで刻まれる。頼むから、余計なことをしないでおくれ」

 

怒りをぶつけたい。けれど、彼らの顔を見れば、それが単なる保身ではないとすぐに分かる。恐怖が彼らの心から人間らしさすら奪い去ってしまったのだ。

 

それでも。

それでも、こんな現実は絶対に間違っている。

 

芹さんは村人たちを一瞥することもなく、無造作にサーベルを振るった。

縄が切断され、部瀬さんと黒鉄さんが無言で遺体を受け止める。

 

「何をする!村が滅ぶぞ!」

 

「疫病神め!」

 

「尖角様に殺される!」

 

「怒るな、小娘」

 

「こいつらを責めても意味はない。己の命を捨ててまで誇りや尊厳を守ろうとする人間など、そう多くはない。ただ生きるだけなら、誇りも尊厳もいらん。餌を食い、鞭を避け、明日まで息をする。それだけなら家畜と同じだ」

 

村人たちの顔が苦痛に歪む。

 

「こいつらは、志々雄に恐怖で飼い慣らされた家畜だ。家畜に人間の怒りを求めるな」

 

「言葉を選ぶことくらいできるでしょ!」

 

「怖くて動けない人を、そんな風に言わなくたっていいじゃない!」

 

「慰めたところで現実は変わらん」

 

「でも言葉で余計に傷つける必要もない!」

「痛みを誤魔化して生きるなら、また飼われるだけだ」

 

酷く腹が立つ。

けれど、その言葉のすべてを否定できない自分自身に、さらに腹が立った。

 

時尾さんが静かに斎藤の隣へ歩み寄る。斎藤の肩が微かにこわばったのを、私は見逃さなかった。

 

芹さんが一歩前へ踏み出し、村人たちと向き合う。

 

「皆さん、安心してください」

 

「この新月村は、今日この日に私たちが解放します」

 

「女が何を言う!尖角様に勝てるわけがない!あの怪物は弾も弾き返すんだぞ!」

 

芹さんは無言でサーベルを抜き放ち、夜空に向かって軽く一振りした。

遠くにある空き家の屋根が、音もなく真っ二つに割れ、次の瞬間に轟音を立てて崩れ落ちる。

 

「え、今、何を斬ったの?距離、おかしくない?」

 

「やはり、真空刃とは違うでござるな」

 

「私は強いです。そして、ここにいる者たちも皆、強い」

 

「帝国陸軍大佐、阿久津芹の名において約束します。この村は、志々雄の恐怖から解放されます」

 

「陸軍……大佐……?」

 

村人たちの間にどよめきが走る。

 

「ええっ!?芹さん、軍の人だったの!??」

 

芹さんは少しだけこちらに視線を向け、微笑んだ。

 

「時の番人は、それぞれ表の地位を持つ。黒鉄は警視庁の警視。阿久津の軍籍も本物だ。権限を持つ現役の陸軍大佐で間違いない」

 

「軍が……政府が、来てくれたのか」

 

「助かるのか……?」

 

「本当に、尖角様を倒せるのか……?」

 

「家へ戻ってください。子どもたちを外へ出さないで。私たちが道を開きます」

 

村人たちは涙を流し、何度も頭を下げながら、それぞれの家へと戻っていく。

 

その背中を見送る私の胸は、チクチクと痛んだ。

 

彼らは希望を見出した。けれど、それは「別の強大な力」への依存でしかない。志々雄の暴力が、芹さんの肩書きと力に置き換わっただけに過ぎないのではないか。

 

村人たちの姿が完全に見えなくなると、芹さんから笑みが消え去った。

 

「見たでしょう。これがこの村の現実よ」

 

「志々雄が統治する日本の未来の縮図。圧倒的な暴力の前では、人は簡単に尊厳を手放す。誇りより明日の命を選ぶ。それを責めるのは簡単だけど、恐怖で飼われ続けた人間を、すぐに人間へ戻すのは難しい」

 

私には返す言葉が見つからなかった。

 

「この村は、本当に政府に見捨てられたのでござるか」

 

「この村だけじゃない。近隣の十ほどの村が、すでに志々雄の支配下にある。警察は奪還を諦めた。少なくとも通常の警察力では手が出せない」

 

「なぜでござる」

 

「理由は山ほどある。予算、人員、政治判断、情報不足。だが一番大きいのは、西南戦争の後始末だ。国は疲弊している。兵も金も、まだ回復していない」

 

「西南戦争から半年しか経っていない。国庫は空、兵も役人も疲れきっている。ここでまた大規模な内乱鎮圧のために軍を動かせば、日本の弱り目を諸外国に晒す。列強は口実を探している。志々雄はその隙を突いているんだ」

 

「だからって、村を見捨てていい理由にならないでしょ」

 

「理由にはなる。言い訳にもなる。だが正義にはならない。だから三島は潜入した。だから死んだ。だから俺はここにいる」

 

「時守の精鋭が動けば、村の奪還は可能だったはずだ。なぜ今まで放置した」

 

「時守は政府の犬ではない。我々は古くからこの国を影で守る者だ。時の政府の都合だけでは動かん」

芹さんが冷ややかに言葉を継いだ。

「ええ。私たちは、私たちの正義に従って斬る。志々雄の国盗りは目に余る。だから動く。同時に、民を守れず、腐敗し、責任だけを現場に押しつける明治政府を見限るかどうか。それも、今まさに品定めしているところよ」

 

「ほう。国を守るためではなく、自分たちの思想で国を揺らすと言うなら、時守も俺の悪即斬の対象だ」

 

空気が一瞬にして張り詰めた。

私は思わず後ずさりしそうになる。斎藤の殺気も、芹さんの微笑みも、どちらも底知れず恐ろしい。

 

「笑止。私は正義よ。政府の犬に裁かれる謂れはないわ」

 

「正義を名乗る奴ほど、悪に堕ちた時に厄介だ」

 

「それはお互い様でしょう、壬生の狼。政府の命令に従って斬る時のあなたは、ただの犬と何が違うのかしら」

 

「俺は政府に仕えているのではない。この国に巣食う悪を斬っているだけだ」

 

「なら、腐った政府そのものが悪になった時、あなたはそれを斬れる?」

 

「無論」

 

「いい答えね。だから貴方は嫌いではないわ」

 

「俺はお前のような女が嫌いだ」

 

「気が合うわね。私も、男に好かれるために生きていないの」

 

 

「阿久津芹。お前が国を乱すなら、その時は斬る」

 

「斉藤一。貴方が民を見捨てる政府の犬に成り下がるなら、私が殺す」

 

「お二人とも、内輪揉めは志々雄さんを片づけてからになさいませ。今ここで斬り合えば、英次君がさらに困ります」

 

「時尾、どけ」

 

「どきません。夫婦間の注意、二発目が必要ですか?」

 

斎藤が再び押し黙る。

時尾さんの強さは底が知れない。悪即斬よりも、妻の蹴りの方が今は有効なようだ。

 

「素敵な奥様ね。私も娘には、将来こういう強い女になってほしいわ」

 

「やめなさい。家庭内で死者が出ます」

 

「ともかく、今は村を救うことが先でござる。志々雄の館へ向かうでござるよ」

 

「そうね」

 

「軍の名で安心させた以上、私はここで勝たなければならない。暗殺者としてではなく、大佐としてもね。もっとも、勝ち方は暗殺者のものになるでしょうけど」

 

「そこ、分けられないんですか」

 

「肩書きは服みたいなものよ。中身はそんなに変わらないわ」

 

「やっぱり怖いです、この人」

 

「ありがとう」

 

「褒めてません!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

村の奥、小高い丘の上にそびえ立つ豪奢な館。

そこに尖角がいる。志々雄がいる。そして、沖田総司がいる。

 

「操」

 

蒼紫様が私の隣に並んだ。

 

「そんな顔をするな。お前らしくない」

 

「だって……」

 

「あんな子が、親のあんな姿を見て、それで大声で泣くこともできなくなってるのよ。おかしいじゃない。こんなの、絶対におかしいじゃない」

 

視界が歪んだ。

私は人を殴る。盗賊を倒す。必要とあらば命を奪う覚悟だってある。御庭番衆として生きる以上、綺麗な道だけを歩いてきたわけではない。

 

でも、だからこそ、この痛みを忘れてはいけないのだと思う。

命が失われることに慣れてしまいたくない。

 

英次のような子どもが声を上げて泣くことすら許されない世界を、「仕方ない」という言葉で終わらせたくない。

 

「村人を家畜みたいにした志々雄も、尖角も、そして英次の両親を殺した沖田総司も、私は絶対に許さない。蒼紫様を奪ったとか、恋敵とか、そういうの抜きにしても、あの女をぶん殴りたい」

 

そして、不意に大きな手が私の頭に置かれた。

温かい掌。張り詰めていた感情が、少しだけ解れていく。

 

「その怒りは間違っていない」

 

「……本当に?」

 

「ああ。ただし、怒りに呑まれるな。刃に乗せろ。俺もそうする」

 

「蒼紫様も怒ってるの?」

 

「怒っている」

 

「沖田さんが、自分を壊すために他人を壊しているなら、俺はそれを止める。弥彦のためにも、彼女自身のためにも」

 

「……それでも好きなの?」

 

口に出してから、少しだけ後悔した。

でも、どうしても聞かずにはいられなかった。

 

蒼紫様は前を見据えたまま、迷いのない声で答えた。

 

「好きだ」

 

「だからこそ、止める。愛しているから見逃すのではない。愛しているから、刃を向けるんだ」

 

 




ここまで読んでくださりありがとうございます。
今回は戦闘後の新月村と、操・斎藤・芹・蒼紫それぞれの正義を描きました。
操視点での感情の流れや、斎藤と芹のやり取りについて感想をいただけると嬉しいです。
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