転生して型月版・沖田総司になったけど、労咳を克服したら明神弥彦の母になっていた件 〜るろ剣世界で最強のママやってます〜 作:だいたい大丈夫
しかし、志々雄は自ら刀を抜かず、沖田総司を蒼紫の前に立たせる。
愛する者を取り戻すため、蒼紫はすべての技を賭けて沖田に挑む。
【新月村】
あたしはただ息を呑んで目の前の光景を見つめている。心臓が早鐘のように鳴り響いて、耳の奥でドクンドクンと嫌な音を立てているの。
あたしの大好きな、誰よりも強くて気高い蒼紫様、静かに小太刀を構えている。
その視線の先には、全身に包帯を巻いた異様な男、志々雄真実と、あたしの恋敵にして十本刀の『閃剣』、沖田総司がいる。
蒼紫様の決闘の申し出を受けて、志々雄がゆっくりと立ち上がる。
けれど、志々雄は自身の刀を抜こうとはしない。
視線が壁へと向かう。
飾られている業物の刀を無造作に手に取ると、沖田のほうへと放り投げる。
「沖田……俺のかわりに、少し遊んでやれ」
退屈しのぎの遊戯でも始めるかのような態度に、胸の奥で激しい怒りが湧き上がる。
ふざけないでよ。
蒼紫様がどれだけの想いでここまで来たと思っているの。
空中に放り投げられた刀を、沖田がしなやかな動きで受け取る。刀身が鞘から滑り出る甲高い音が、静まり返った広間に冷たく響き渡る。その動作の美しさに、悔しいけれど一瞬だけ目を奪われてしまう。
「………わかったわ。構えなさい。蒼紫君、幕末からどれほど強くなったか、私が見てあげるわ」
圧倒的な余裕。
蒼紫様を完全に見下している。
どうして蒼紫様は、あんな女のために命を懸けようとしているの。
志々雄が壁の仕掛けを操作する。
音と共に隠し扉が開き、薄暗い抜け穴が姿を現す。
「じゃあ、俺は先に行くとするわ。京都で待ってるぜ」
背を向けて闇の中へと消えようとする志々雄を逃さじと、時守のトップである芹さんが鋭い踏み込みを見せる。
「逃がすとでも……!! テロリスト!!」
絶対にここで仕留めるという強烈な意志。
トップとしての責任感と覚悟が、迷いのないその姿勢からひしひしと伝わってくる。
いける。
そう確信した直後だった。
「だめですよお。決闘は邪魔しないで、ちゃんと見なきゃ」
間延びした、場違いなほどにのんびりとした少年の声が響く。
目の前の異常な光景に、思考が完全に停止する。
芹さんの目前に、いつの間にか十本刀の『天剣』、瀬田宗次郎が立ち塞がっていた。
縮地。
あまりにも異常な移動術で、音もなく空間を跳躍したように割り込んできたのだ。
抜かれた刃が、すでに芹さんの急所を正確に捉えている。
ニコニコと楽しそうに笑うその姿から放たれるプレッシャーは尋常ではない。
殺意すら感じさせない無の感情が、逆に首筋に直接刃を当てられているような恐怖を引き起こす。
芹さんも、後ろに控えている部瀬さんも、黒鉄さんも、完全に動きを封じられている。
迂闊に動けば間違いなく命を落とす。
絶対的な死の気配を悟り、時守のトップ3がその場に縫い止められていた。
あの強い芹さんたちが、たった一人の少年の前に一歩も動けない。
十本刀という存在の圧倒的な脅威が、脳髄を直接揺さぶってくる。
周囲の異常な状況など全く意に介さないかのように、蒼紫様の静かな吐息が聞こえた。
「沖田さん……行きます」
蒼紫様の姿が、ゆらりとブレる。
水面に映る幻影のようにいくつにも分裂し、あたしの網膜に幾重もの残像が焼き付く。
『流水の動き』
緩急自在の移動で残像を作り出し、視覚を完全に狂わせる御庭番衆の秘伝の歩法。
血を吐くような修行の末に、さらに洗練させた究極の動き。
これなら、あの女の目を誤魔化せるはず。
けれど、沖田は小さく目を細めるだけで、全く動じる様子を見せない。
「『流水の動き』……ね。緩急自在の移動で残像を作り、相手の目を狂わせる御庭番衆の秘伝。……相変わらず器用なこと」
沖田は静かに『平正眼』の構えをとり、研ぎ澄まされた集中力で、無数の残像の中から蒼紫様の『実体』を探り当てようとしている。その迷いのない瞳に、嫌な予感がよぎる。
「そこっ!! はっ!!」
鋭い気合いと共に閃く刃。
ガキンッ!!
激しい金属音が鼓膜を打つ。
信じられない。
沖田の放った一撃が、見事に蒼紫様の実体を捉え、小太刀と激しく打ち合っている。
無数の残像の中から、たった一瞬で本物を見抜くなんて。
「攻撃に移る一瞬、どうしても殺気が膨らむ!! そこを狙えば……って、うまくなったわね!!」
刃を交えたまま、沖田の唇が余裕の弧を描く。
その言葉が終わるより早く、蒼紫様の次なる動きが連動する。
沖田の刃を受け止めた右手の小太刀を盾にし、左手の小太刀を十字に交差させる。
必殺の構え。
「御庭番式・小太刀二刀流……。『陰陽交叉』!!」
上の太刀で相手の武器を強打し、そのまま下の太刀で相手の肉体を斬り裂く。防御ごと相手を粉砕する、恐るべき必殺の連撃。
蒼紫様の全身から放たれる気迫が、見ているあたしの肌をヒリヒリと刺す。いける。これで決まる。
「……はっ!!」
沖田の表情が一瞬だけ引き締まる。
そのまま受ければ刀が折られると判断したのか、咄嗟に後方へと跳躍し、陰陽交叉の間合いから間一髪で逃れる。
しかし、それだけでは終わらない。
着地した瞬間、爆発的な力で床を蹴り込む音が響く。
「一歩音超え……!! まずは小手調べ。『三段突き』!!!」
神速という言葉すら生ぬるい。
恐るべき速度の三連続の刺突が、蒼紫様の胸元へと迫る。
速すぎる。
人間の反応できる限界をはるかに超えている。
蒼紫様が危ない。
悲鳴が喉の奥まで込み上げる。
極限の状況の中、蒼紫様の瞳孔が限界まで収縮するのが見えた。
「『翻歩』……!!」
必殺の刺突の軌道上から、紙一重の差で身を捻る。
舞い散る木の葉が風を受け流すかのように、攻撃を躱していく。
流れるような動作のまま、完全に死角である背後へと回り込む。
「なっ!」
沖田の顔に、初めて驚きの色が浮かぶ。
蒼紫様の速度が、彼女の予想を上回ったのだ。
絶望の中に見えたひとすじの希望に、胸が高鳴る。
背後からの必殺の連撃。
「『回転剣舞』」
シュバババッ!!!
空気を切り裂く音が響く。
三連撃が逃げ場のない背後から襲いかかる。
致命傷。
誰もがそう確信する完璧な一撃だった。
けれど、そこから彼女はさらに信じられない動きを見せる。
超人的な反射神経で咄嗟に身を捩り、軌道から強引に身体をずらす。
浅葱色の羽織が鮮やかに裂け、しなやかな腕に三本の傷が刻まれる。
赤い血が視界に飛び込んでくる。
完全に決まったはず、だけど浅手で凌がれている。
あの女は、一体どれだけ強いというの。
「………強くなったわね、蒼紫君。幕末の頃とは比べ物にならないわ」
怒りも焦りもない。
ただ純粋な賞賛だけ。
対する蒼紫様の手に握られた小太刀がきしむ。
「貴女を超えるために……。貴女を俺のものにするために、死に物狂いで修練を積んだ」
その言葉が、あたしの心を鋭い刃物で抉り取る。
どうして。
どうして蒼紫様の心には、あたしではなく、あの女しかいないの。
激しい修羅の道を進む理由が、あの女への歪んだ執着だなんて。
胸が張り裂けそうで、瞳から零れ落ちそうになる涙をただ必死に堪えるしかなかった。
◇◇
沖田の目が、ほんの少しだけ哀しそうな色を帯びる。
蒼紫様に対する同情なのか、かつての自分たちを重ね合わせているのか、真意は分からない。
でも、その哀しそうな揺らぎは本当に一瞬のこと。
「良いわ……。なら、次は真髄……私の『無明三段突き』を見せてあげる……」
刀を平正眼に構え直す。
空間全体が重圧に支配されていくのを感じる。
ただ構えただけなのに、目に見えない圧倒的な剣気がすべてを飲み込んでいく。
息をするのさえ苦しくなり、首元に直接刃を突きつけられているかのような錯覚に陥る。
これが、十本刀の『閃剣』としての本気。
でも、蒼紫様は一歩も引かない。
凛とした姿勢を少しも崩さない。
両手に握りしめた二本の小太刀を、滑らかな動作で『逆手』へと持ち替える。
心臓が、大きく跳ねる。
あの構えは、知っている。
御庭番式・小太刀二刀流の、奥義を放つための構え。
「一歩音超え……二歩無間……三歩、絶刀!! 奥義・『無明三段突き』!!!」
澄んだ、けれど凍りつくような殺意を伴った声。
音を超える神速の踏み込み。
空間そのものを削り取るかのような、目にも留まらない三連続の刺突。
それに対する蒼紫様も、全身のバネを極限まで解放して迎え撃つ。
「御庭番式・小太刀二刀流…奥義!!! 『回転剣舞・六蓮』!!!」
左右両手の小太刀による、超高速の六連斬撃。
防御の壁すらも粉砕し、相手の命を確実に刈り取る無敵の連撃。
神速の三連刺突と、超高速の六連斬撃。
二つの絶対的な奥義が、広間の中央で正面から激突する。
ガギィィィィィィィンッ!!!!!!!
耳をつんざくような激突音が爆発する。
薄暗い空間に、太陽のように眩しい火花が激しく散る。
激突の瞬間に生まれた衝撃波が、竜巻のように周囲へと広がっていく。
広間を仕切っていた障子が粉々に吹き飛び、家具までもが破壊されていく。
嵐のような衝撃が通り過ぎ、耳鳴りだけが残る広間にゆっくりと静寂が戻ってくる。
舞い上がった土埃の向こう側で、二人の影が交差したまま静止している。
カラン……。
床に何かが落ちる乾いた音が響く。
沖田の手から、ボロボロに砕け散った刀の残骸が滑り落ちたのだ。
刀は蒼紫様の六連撃の威力と自身の神速の刺突の衝撃に耐えきれず、完全に破壊されていた。
蒼紫様の両手に握られていたはずの二本の小太刀もまた、根本から無残にへし折れて消失している。
武器が、両者ともに粉々に壊れている。
「武器の損壊。……引き分け……ね」
熱も悔しさも何もない。
ただ事実を淡々と述べているだけ。
対する蒼紫様は、荒い息を肩で繰り返しながら、無言のまま立ち尽くしている。
折れた小太刀の柄を握りしめたまま、微動だにしない。
勝てなかった。
修練を積み、すべてを懸けた奥義を放っても、あの女を倒すことはできなかったのだ。
沖田は着物の乱れを払うと、何事もなかったかのように背を向けた。
「宗次郎君、退くわよ。ここはもう用済み」
抜け穴の前でずっとニコニコと傍観していた宗次郎が、ようやく刀を鞘に納める。
「はーい、お母さん」
あんな化け物みたいな強さを持つ二人が、こんな極限の状況で家族ごっこをしているなんて、理解が追いつかない。
「やめなさい。その呼び方」
本気で嫌がっている様子を見ても、宗次郎は全く気にする素振りを見せずに笑っている。
この連中の精神性は、あたしたちの常識など全く通用しないのだと痛感させられる。
抜け穴の暗闇に足を踏み入れる直前、沖田が一度だけ足を止め、肩越しに蒼紫様の方を振り返る。
瞳には、再びあの得体の知れない熱が宿っている。
「蒼紫君……。京都へ来なさい。私を……取り戻すんでしょう?待っているわ」
甘く、残酷な招待状。
蒼紫様をさらなる修羅の道へと引きずり込むための、悪魔の囁き。
やめて。
これ以上、蒼紫様を苦しめないで。
声にならず、喉の奥で掠れて消えていく。
「…………ええ。必ず。這ってでも」
満足そうに聞き届けると、微かに口角を上げ、宗次郎と共に抜け穴の深い闇の中へと姿を消していく。
「なぜ追わなかったでござるか?お主なら、武器を失っても、御庭番式の『拳法』が使えたでござろう」
あたしも不思議に思っていた。
蒼紫様は小太刀だけじゃない。
素手での戦闘術だって、一撃必殺の技をいくつも持っているはず。
相手も丸腰になったのなら、まだ戦えたはずなのに。
あんなに表情を変えない蒼紫様が、痛みに耐えるように顔を歪ませている。
「………これを見ろ」
ずっと不自然に強く押さえていた脇腹から手が離れる。
蒼紫様の脇腹の肉が、深く抉り取られている。
そこから、堰を切ったように大量の鮮血が溢れ出し、畳を赤く、どす黒く染め上げていく。
あの引き分けに見えた奥義の交差の瞬間。
琴の放った無明三段突きは、蒼紫様の六連をすり抜け、確実に肉体を捉え、破壊していたのだ。
「沖田さんは、まだ本気ではなかった。……あの人自身の愛刀であれば、刃こぼれすることなく、俺の六連を抜けて……俺は命を落としていたかもしれん」
本気じゃなかった。
あんな恐ろしい技を放っておきながら、まだ余力を残していたなんて。
自身の愛刀を使っていれば、死んでいたと、本人がそう認めている。
「ああっ!!蒼紫様!!今すぐ止血を!!だ、誰か布を!!」
思考より先に身体が弾かれていた。
糸が切れたように傾く蒼紫様へ、無我夢中で手を伸ばす。
腕にのしかかるのは、信じられないほど弱々しい命の重さ。
布越しにべたりとした不快な熱が伝わってくる。
いやだ。
どうか嘘だと言って。
奥歯がカチカチと鳴って、視界がぐしゃぐしゃに歪んでいく。
「ああ……頼む、操」
掠れた声と共に、あたしの肩に体重が預けられる。
その弱々しい感触に、歯を食いしばって自分の着物の袖を引き裂き、傷口に強く押し当てる。
惨状と、完全に閉ざされた抜け穴を交互に見つめながら、芹さんが額に汗を滲ませて口を開く。
「蒼紫君が、本気ではない相手にここまでやられるなんてね……。どうやら、本気で相手をしなければいけないようね………。志々雄真実………そして、修羅に堕ちた沖田総司を………」
新月村でのこの戦いは、十本刀という存在の規格外の強さと、志々雄真実の恐ろしい企みの深さを、あたしたちの心に決して消えない深い傷跡として刻みつけることになった。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
今回は蒼紫VS沖田の決闘を描きました。
蒼紫の執念、沖田の強さ、操視点での心情について感想をいただけると嬉しいです。