転生して型月版・沖田総司になったけど、労咳を克服したら明神弥彦の母になっていた件 〜るろ剣世界で最強のママやってます〜 作:だいたい大丈夫
だが、その混沌の中で、お彦が求めるものははっきりしていた。
沖田総司を殺さず止めるため、彼女は新井赤空の遺した刃へと近づいていく。
【葵屋】
心網列は、神谷陣営へと鞍替えして以来、己の常識人としての立ち位置を確立しつつあった。規格外の騒動が日常茶飯事となる中、日々の精神的摩耗は隠しようもない。明神弥彦への朝稽古という責務を果たすべく、足裏に擦れる畳の感触を頼りに客間への歩みを進める。
「弥彦君、起きますよ。朝稽古の刻限です」
指先が障子の木枠に触れ、室内に細い光が差し込む。
だが、網膜に焼き付いた光景は、数多の死線を潜り抜けてきた男の理解を完全に拒絶していた。
部屋の中央では、弥彦が平然といびきをかいて熟睡している。
異常なのは、その両脇を固める二つの影の存在であった。
右側では、寝間着をはだけさせたお彦が、弥彦の頭部を自らの胸の谷間へと抱え込んでいる。向けられた慈愛の笑みは、明らかに常軌を逸していた。
左側では燕が、獲物を捕縛する執念深さで少年の腰へ手足を絡ませ、微かな寝息を立てている。
脳髄を鋭い警鐘が打ち据える。
『悪夢だ。どんな修羅場でも冷静さを保ってきた自尊心が崩壊していく。右を見れば嫁を自称する女が少年の顔を埋没させており、呼吸の有無すら疑わしい。左を見れば極妻予備軍による完全なる拘束。この閨の中心で熟睡する弥彦君の図太さに戦慄を覚える。これ以上踏み込めば消し炭にされるのは自明の理だ』
生存本能に従い、無音のまま木枠を戻そうと後退を試みた刹那。
「あら。太郎さん、どうしたの?弥彦を起こすんじゃなかったの?」
背後からの無邪気な声。神谷薫が、不思議そうに小首を傾げて視線を送ってきていた。
額に冷たい汗が滲む感覚を堪え、必死の制止が口を突く。
「首領!おはようございます!しかし……部屋の中には踏み入らぬ方がよろしいかと。禍々しい気配が漂っておりまして……」
「弥彦ったら……またねぼすけかしら?太郎さんも大袈裟ね。もう、仕方ないわね。私がお姉さんとしてビシッと起こしてあげるわ。弥彦ー、起きなさーい!」
制止の言葉は、無慈悲に滑る木枠の音によって断ち切られた。
沈黙が場を支配する。
朗らかだった女帝の威容が、風紀の乱れを絶対に許さぬ修羅のそれへと変貌していく。極度の緊張感が、暴力的なまでの重圧となってのしかかった。
「……お彦さん。燕ちゃん、起きなさい」
凄絶な気配にあてられたのか、左右の影がゆっくりと身じろぎを始めた。
「うーん……あら、朝ね……」
「ふわあああ……よく眠れました……」
「薫ちゃん、おはよう。今朝も一段と可愛らしいわね」
居住まいを正すもう一人の顔にも、微かな寝ぼけ眼が残ったままである。
「あ!首領!おはようございます。本日はお日柄も良く……」
「……昨日の夜は、どうだったの?」
絶対的な零度を伴った詰問。
『首領、それ聞いちゃうんだ!答えによってはこの葵屋が火の海になるぞ!』
こめかみの奥で脈打つ痛みに耐えかね、列は内心で悲鳴を上げる。
「えーと。弥彦ちゃんを極上の抱き枕にして寝ただけだから、ノープロブレムよ。ふふっ、この歳でこんな立派なハーレムを築き上げるなんて、弥彦ちゃんは本当に将来有望な男ね」
現代知識に由来する奇妙な言葉遣いが、その凶行を正当化する口実として紡がれる。
「ええ!いかがわしい事など全くしておりません!私はただ、弥彦君の温もりを直に感じ、その寝息を全身で浴びることで、己の忠誠心と愛情を深めていただけにございます!決して、寝込みを襲って既成事実を作ろうなどという浅ましい考えは抱いておりません!」
「うん、それで良いわよ。子供なんだから」
『許すのか!子供だからという一言で片付けてしまう大雑把さには恐れ入る!』
驚愕の念を置き去りにするように、色っぽい吐息と共に次なる言葉が落とされる。
「私としては、すっかり濡れてはいるんだけど、弥彦ちゃんがね……まだ少し、早かったみたい。でも、いつでも受け入れる準備はできているわ。この胸に、身も心も委ねてくれればいいのよ」
「はいはい!私もです!私もすっかり準備は整っているのですが、弥彦君のお目覚めを待つばかりで!その気になれば、今すぐにでも跡継ぎを産む覚悟は完了しております!」
対抗心を燃やした宣戦布告だ。
『待て待て!何が濡れているんだ!寝汗か!?跡継ぎって何だ!あの少女は、完全に極道の妻としての腹を括っている!そしてこの修羅場の中、未だに目を覚まさない弥彦君の図太さよ!』
「うーん……ん?おわっ!?なんだなんだ!?お前ら揃って何の用だ!!俺の寝床を囲んで何をやってるんだよ!!」
「朝っぱらから俺の布団でハーレム展開してんじゃねえよ!暑っ苦しいな!」
「何でもないわ。弥彦ちゃんの可愛い寝顔を、特等席で堪能していただけよ」
少年の髪を梳く指先から、甘やかな笑い声が零れ落ちる。
「うん、弥彦君を起こしに来たんだよ。今日も一日、右腕として、いや、未来の伴侶としてお供をさせていただきますね」
未来の伴侶を自称する無邪気な声と共に、少年の腕への密着が図られる。
「良いわねぇ。嫁候補がこぞって起こしに来るなんて。弥彦も隅に置けないわね」
交差された両腕と、ニヤニヤとした視線による包囲網。
しかし、その隙は絶対に見逃されなかった。
「あら、薫ちゃんも立派な嫁候補でしょ?弥彦ちゃんは将来有望な大物よ。今のうちに唾をつけておくのも良い選択なんじゃない?それに、薫ちゃんだって本当は、こんな風に殿方に朝を起こしてもらったり、甘えたりしたいお年頃なんじゃないの?」
耳の先まで朱に染め上げた顔面から、矢継ぎ早の弁明が放たれる。
「だ、だから私は剣心一筋で……っ!やだ!何言わせるのよ!!そもそも私は首領としての重責を担っている身であって、恋愛だの結婚だのといった浮ついた浪漫に現を抜かしている暇なんて一秒たりともないのよ!それに剣心だって、私から将来の約束なんて迫れるわけがないじゃない!温かい家庭を築けたらいいな、なんて、夢見ることはあるわよ!?でもそれは今じゃないし、ましてや弥彦みたいな鼻垂れ小僧を相手にどうこうなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないんだからね!太郎さんも、そんな目で見ないでよね!私はただ、保護者としてこの寝坊助を叩き起こしに来ただけの、純粋無垢な善意の塊なんだから!」
息継ぎすら忘れたかのような激しいまくしたてに、列はたまらず助け舟を出した。
「首領……で、何か御用で?ただ冷やかしに来たわけではないのでしょう?」
ハッとしたように、わざとらしく大きな咳払いが一つ。
「あ、そうそう。お彦さん、新井青空の居場所がわかったわよ。翁さんからさっき知らせがあったの。洛外の静かな場所に身を隠しているらしいわ」
「……!わかったわ。今すぐ支度をするわ」
決意を秘めた低い声が、その場に静かに落ちた。
◇◇
「で、新井青空って誰なんだ?」
「新井赤空。幕末の頃、維新志士たちの間でその名を轟かせた稀代の刀匠よ。青空はその息子というわけね。赤空の腕は本当に超一流だったわ。けれど、作を重ねるうち『切れる刀』からやがて『殺せる刀』を探求することに没頭していったの」
視線は遠くの空へと向けられ、修羅の時代の凄惨な光景が言葉となって紡がれる。
「あの時代は修羅の時代だったわ。誰もが己の正義を信じ、命を奪い合った。そんな狂気の中で、赤空の打つ刀は群を抜いていたの。最初は純粋な探究心からだったと思うわ。でも、時代が彼を歪ませたのか、次第に作風が変わっていった。いかにして確実に命を奪い、凄惨な死をもたらすか。そんな『殺せる刀』の探求に没頭していったのよ。刀身にえげつない細工を仕込んだり、相手を道連れにするような仕掛けを施したりね。刀匠たちは、死神の鎌を打っているのだと震え上がったわ。異端視され孤立していった赤空。でも、確実な死を求める者からの依頼は後を絶たなかった。抜刀斎の腰にある逆刃刀も、その刀匠が打った作の一つなのよ」
「お彦さんの仰ることは理解できます。しかし、どうしても納得がいきません。死をもたらすことだけに執着した御仁が、なぜ『殺さず』を体現するような逆刃刀を打たれたのですか?」
鋭い指摘に対し、自嘲気味な笑みがこぼれ落ちる。
「……男の人生は、時として傍からは矛盾したように見えるものよ。一つの道を極めようとすればするほど、その対極にあるものに惹かれたり、恐れたりする。赤空もきっと、殺意の果てに何か別のものを見てしまったのね。人を殺し尽くしたその先に、どうしても守りたかった平和の幻影を見たのかもしれないわ」
『人は矛盾する生き物よ。他ならぬ、私自身がそうであるように。私は、あのお義母さんを殺したくない。彼女を、今度は私が弥彦ちゃんの母親として救い出したい。これほどの矛盾があるかしら。笑止千万、滑稽極まりない喜劇だわ。でも、私は本気なのよ』
◇◇
洛外ののどかな風景の中、新井青空の居留地へと到着した。
「あくす……あくす……」
赤ん坊の伊織である。柔らかな頬を薄紅に染め、手足を元気に動かしながら無垢な瞳で見上げている。
「ふふっ。なんて可愛らしいエンジェルなのかしら。この無防備な笑顔、ぷにぷにのほっぺた、まさに神様からのパーフェクトなギフトね。お姉さんが抱っこしてあげたい衝動に駆られるわ」
小さな手を、両手で優しく包み込む。
「握手ね。よろしく、小さなジェントルマン。貴方のようなピュアな存在に触れると、私の心の中のダークな部分が綺麗にウォッシュアウトされていく気がするわ。見ているだけで、私の母性本能のメーターが振り切れそうよ」
聖母のオーラが全開になる一方、視界の端では全く別のベクトルの情念が暴走を始めていた。
「ああ……!!なんと愛らしい、なんと尊い光景でしょうか!!見てください弥彦君!この健やかなる嬰児の姿を!いずれ私との間に誕生するであろう嫡男も、かくのごとく愛らしく、かつ集英組の未来を背負って立つにふさわしい猛々しさを備えているに違いありません!私の胸の奥底で、母となるための熱き血潮が激しく脈打っております!」
「まずは子宝祈願のために、名立たる神社仏閣を片端から巡礼する手配を整えねばなりません!白無垢に身を包み、身を清め、神仏に永遠の契りを誓うのです!そして見事に身籠った暁には、胎教として極道の仁義と任侠の精神を読み聞かせる所存です!お七夜には組の者を総動員して祝宴を催し、初節句には純金箔押しの立派な兜飾りをご用意いたします!」
重すぎる妄想は留まることを知らない。
「元服の折には、弥彦君から直々に盃を賜り、立派な極道としての大立ち回りを披露させるのです!弥彦君の血を受け継ぐ者として、決して後ろを見せない屈強な男児に育て上げてみせます!さあ弥彦君!日柄も良い本日のうちに、すぐさま子作りの儀式に執りかかりたい所存にございます!」
「怖いこと言うなよ!!気が早いってレベルじゃねえだろ!なんで赤ん坊を見ただけで、子作りの儀式とか言い出すんだよ!俺はまだ十歳だぞ!なのにどうして、俺の人生設計がすでに極道の跡目争いとスパルタ英才教育で固定されてるんだよ!胎教に仁義と任侠って、どんな凶悪な赤ん坊が生まれてくるんだ!」
悲痛な叫びも、情念に燃える少女の耳には届いていない。
「ちょっとちょっと燕ちゃん、いきなりベビーのプランニングだなんてナンセンスだわ。弥彦ちゃんとの甘いロマンスのプロセスを完全にスキップしているじゃないの。まずは極上のデートでムードを高めて、熱いキッスを交わし、二人っきりのスイートルームで濃厚なハネムーンを満喫する。それが大人のレディとしてのセオリーってものよ。私というパーフェクトなパートナーが傍にいるのだから、燕ちゃんは焦らずにウエディングの余興の練習でもしていなさいな。弥彦ちゃんの優秀な遺伝子は、私がしっかりと受け止めてスーパーエリートなマフィアのボスに育て上げるのだから、心配はノーサンキューよ!」
正妻の座は絶対に譲らないという闘争心が火花を散らした。
「なっ……!お彦さん!抜け駆けは許しません!弥彦君の隣に立つのは、この私をおいて他にありません!ロマンスだのハネムーンだの、極道の妻には不要の長物です!必要なのは、命を預ける覚悟と、屈強な世継ぎを産み落とす頑強な肉体のみ!私はすでに、いつ何時でも全てを受け入れる覚悟が完了しております!」
「お前ら、いい加減にしろ!!ここは人んちの庭先だぞ!!なんでどっちが俺の子供を産むかで争いを始めてるんだよ!!」
天を仰ぐ少年の嘆きの中、庭先のカオスを察知したのか、家屋の中から慌ただしい気配が近づく。
「だめよ伊織!勝手にお庭に出ちゃ……!」
姿を現したのは、一般的な家庭的な主婦――青空の妻である梓であった。平穏な日常の許容範囲を遥かに超えた光景に、明確な戸惑いと警戒の色が浮かび上がる。我が子を庇うように背中へと隠した。
「あ、あの……すいません。どちら様でしょうか?うちに何か御用ですか……?」
「突然の訪問で驚かせてしまって、本当にすいません。私、お父様の赤空さんの知り合いでして……。近くまで来たものですから、もしよろしければ、仏壇にお線香を一本、あげさせてもらえませんか?」
丁寧な言葉遣いと故人を偲ぶ慈愛の念。過激な発言は完全に封印されていた。
「あ……はい。お義父さんの……。それでしたら、どうぞ中へ……」
促されるのとほぼ同時に、家の中から新たな気配が現れた。
「梓?誰かお客さんかい?」
木工細工の道具を握った、少し頼りなげなタレ目の男。ごく普通の大工の兄ちゃんといった風情の彼こそが、狂気の刀匠の血を引く息子、新井青空であった。
「アンタが青空?なんだ、なんからしくないなぁ」
遠慮のない直球の感想に、困ったような愛想笑いが返される。
「はあ……よく言われます。父は色々と激しい人でしたから。それで、あの……父の、どういったお知り合いでしょう??」
負の遺産に怯える小動物のような警戒心が全身から滲み出ている。
「警戒なさらないで。取り立てでも恨み言でもないわ。私は、河上彦斎と言います。赤空さんには、幕末の頃、この愛用の刀を何度か磨いてもらいました。彼の打つ刀の恐ろしいほどの切れ味と、その裏にある狂気は、私自身が一番よく知っているつもりよ」
「河上……彦斎……!!」
唇がわななき、その伝説の名前が反芻される。
「……わ、私に、刀を打てというわけでは……?あ、あの、私は父とは違います!私は人を傷つけるような武器は、もう二度と作らないと誓ったんです!だから、どんなに脅されても、あなたのような……恐ろしい方のために刀を打つことだけは、絶対に、絶対にできません!!」
彼をこれ以上脅すつもりは毛頭ない。震えを包み込むように、限りなく優しく、静かな声で紡ぐ。
「貴方は既に、刀を打つのをやめているのでしょう?」
「……はい。私はもう、包丁や農具など、人の生活を豊かにするものしか作っていません」
「それなら、私が貴方にそんな物騒な依頼をすることはありません。安心してくださいな。私は貴方のその平和な暮らしを、平和な信念を、踏みにじるためにここへ来たわけではないのよ」
『だって、私が欲しいのは、誰かの命を奪うための『殺せる刀』ではない。私が求めているのは、『これ以上誰も殺さないための刃』不殺の象徴たる逆刃刀・真打だけなのだから』
ここまで読んでくださりありがとうございます。
今回は葵屋での朝の騒動と、新井青空との対面を描きました。
お彦の変化や、逆刃刀・真打へ向かう流れについて感想をいただけると嬉しいです。
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