転生して型月版・沖田総司になったけど、労咳を克服したら明神弥彦の母になっていた件 〜るろ剣世界で最強のママやってます〜 作:だいたい大丈夫
しかし、その言葉を聞いた剣心は、ついに自分自身の答えを口にする。
飛天御剣流奥義の継承を前に、それぞれの正義がぶつかり合う。
世のため、人のため。
そうよ。私たちは、そのために戦っている。
考えが絡まって、何が正しいのか分からなくなりそうなとき、お彦さんが教えてくれた言葉だ。
私は正義。だから大丈夫。
そう思えば、胸を締めつけていたものがすっと消えて、また前を向ける。
目の前の人は、まだそれを知らないだけなのね。
だったら、教えてあげればいいわ。
「比古さん。剣心は幕末の動乱から十年間、逆刃刀を携えて流浪人をしながら、名もなき人々を守り続けていました。私たちも彼に何度救われたか分かりません」
剣心が何か言いかけた気配がしたけれど、そちらは見なかった。
これは剣心のお師匠様と、剣心を預かっている私の話だもの。
「……だが、今のあいつは阿片と兵器を売り捌く死の商人の片棒を担いでいるのだろう?」
また、その言い方。
死の商人だなんて、わざと一番悪く聞こえる言葉を選んでいるとしか思えないわ。
「その信念は微塵も変わっていません! ではお聞きしますが――『剣は凶器、剣術は殺人術。どんな綺麗事やお題目を並べ立ててもそれが真実』……その言葉を剣心に教えたのは誰ですか?」
「………俺だ」
やっぱり。
自分でそう教えたのなら、分かるはずでしょう?
剣は放っておけば、人を傷つける。使う者がどれほど優しくても、力が足りなければ守りたいものを守れない。
だから、剣を振るうより先に、相手が振るえないようにしてしまえばいいのよ。
「これからの剣術は変わります! 強さではなく道を説くこと。斬ることではなく制すること。圧倒的な力で相手を無力化し、誰も死なせないこと……それが私の神谷活心流です!」
ここまで言えば、きっと伝わる。
剣心のお師匠様なら、そこらの分からず屋とは違うはずだわ。
けれど比古さんの口元に浮かんだのは、納得の笑みではなかった。
「……ふん。活人剣のお題目と、阿片や兵器の密売がどう繋がるというのだ」
どうして、まだ分からないの?
「いいえ、繋がります! この明治の世の中は、未だに弱肉強食……その呪いのような言葉が蔓延っています。この狂った世界を変えるためには、私たちは圧倒的な力をつけるしかない。ですが――人を殺さずに全てを従わせるためには、相手より遥かに格上になるしかないことは、貴方だってご存知でしょう!!」
気づけば、拳を握り締めていた。
弱いまま正しさを訴えて、誰が聞いてくれるというの?
父の遺した神谷活心流だって、私一人では守れなかった。
剣心が来なければ、道場も、私自身だって、どうなっていたか分からない。
正しいだけでは足りないのよ。
正しさを守り抜けるだけの強さがなくては、結局、悪い人間に何もかも奪われてしまう。私はもう、そんな目には遭いたくない。私の大切な人たちにも、遭わせたくないわ。
その目を見返していると、喉の奥がひどく乾いた。
「それはただの『強者の理屈』だ。力で従わされる側は本当に幸せか? 命を奪われさえしなければ、人は本当に救われたと言えるのか?」
何を馬鹿なことを言っているのかしら。
私を試しているの?
命があれば、明日もある。怪我は治せるし、間違いだってやり直せる。
死んでしまったら、何ひとつ残らないじゃない。
こちらへ逆らわなければ、痛い目に遭うこともない。決められたとおりに働いて、正しく生きれば、食べるものにも困らない。それでも不幸だと言うのなら、何が不満なの?
助けてもらっておいて、その手に噛みつくことが許されるとでも思っているのかしら。
「正義なき力はただの暴力です。だからこそ私たちは……私は絶対に正しい! 今、この軍産複合体『神』が日本全土を揺るがすほど巨大になったのも、私たちが正しい証拠です!」
言葉にするほど、胸の中が澄んでいく。
そうよ。
間違っていたなら、こんなに多くの人が従うはずがない。工場も、薬も、武器も、人も、すべてが私の正義を中心に動いている。それは、私たちのしてきたことが認められたということでしょう?
比古さんは答えなかった。
反論できないのね。
なら、最後まできちんと教えてあげるわ。
「つまり――正義なき幸せなど悪です。私たちの絶対的正義のもとで命を繋ぎながら、それでも不平不満を漏らして不幸を主張するような命があるならば、それこそが悪。その時点で、秩序のために排除すべき対象なのです!」
誰も何も言わない。
弥彦は口を半分開けたまま、私を見ている。剣心は俯いていて、表情がよく見えなかった。
二人とも、どうしたのかしら。
「……飛天御剣流の理は、時代の苦難から人々を守ることだ」
声を聞いた途端、胸がぱっと明るくなった。
そうなのね!
なら、私たちは手を取り合えるじゃない。
なあんだ。心配して損しちゃったわ。
飛天御剣流も、最初から私の正義と同じところを目指していたのね。
「時代の苦難は、まさに今ここに来ています! 志々雄真実、秘密結社『時守』、そして腐敗した明治政府……全てが弱者を虐げ、強者の理屈だけで進もうとしている! 今こそ、私たち『神』にお力を貸しては頂けませんか!?」
今度こそ、届いたはずだわ。
この人が加わってくれれば、剣心も無理をしなくて済む。
志々雄も時守も、戦う前から勝てないと悟るでしょう。誰も死なず、全部が丸く収まる。
これ以上に正しい答えなんて、あるはずがないもの。
なのに、聞こえてきたのは風の音ばかりだった。
軒先で何かが小さく鳴り、やけに大きく耳へ残る。誰も身じろぎさえしないせいで、自分の呼吸までうるさく感じられた。
比古さんはしばらく私を見ていたけれど、やがて、ゆっくりと首を横に振った。
「………………断る」
「えっ……!?」
どうして?
今の話の、どこに断る理由があったの?
視線が、隣にいる剣心へ移った。つられて横を見ると、剣心はまだ床へ目を落としていた。
「………………剣心」
「はい」
「お前は……この小娘の言う『正義』とやらが、本当に正しいと思っているのか?」
そんなこと、聞くまでもないわ。
剣心はいつだって私の味方だもの。私が危ないときには必ず駆けつけて、私の正義を守ってくれる剣なんだから。
きっと、いつもの優しい声で答えてくれる。
そう信じて剣心の横顔を見つめた。
「……………正直に申し上げれば、薫殿の言う正義とは、多数の幸福のためならば少数の意見や苦痛は一切認めないという……完全なる地獄でござる」
聞こえた言葉が、すぐには意味にならなかった。
薫殿。
正義。
地獄。
知っている言葉ばかりなのに、どうしてそんな順番で並んでいるの?
剣心が私の名前を呼ぶ声は、いつもと同じだった。怒鳴りもしない。
責める響きさえない。
それなのに、最後の一言だけが胸へ深く入り込み、息を吸うたび内側を引っ掻いた。
何か続きがあるはずだと思った。
けれど、と言って笑ってくれる。今のは師匠を説得するための言葉だと、こっそり目配せをしてくれる。
待っても、剣心はこちらを見なかった。
――え?
剣心……?
今、なんて言ったの?
「拙者は一度、この道場を離れようといたしました。己の血塗られた過去が、この者たちを歪めてしまうと恐れたからでござる。……だが、琴殿………いや、沖田総司に背中を蹴飛ばされ、言われたのでござるよ。『勝者の責任から逃げるな』と」
歪めた。
今度の言葉は、さっきよりはっきり分かった。
私たちのことだわ。
私と弥彦を見て、剣心はそんなふうに思っていたの?
道場を離れようとしたあのとき、剣心は私たちを守るためではなく、私たちから逃げようとしていたの?
違うわ。
だって、剣心は戻ってきたじゃない。今も私の隣にいる。それなら、歪んでなんかいないと分かってくれたはずでしょう?
「阿片も……兵器も……この乱世を力尽くで制するための、必要悪だと」
必要悪。
悪、という音だけが耳に残った。
阿片は人を救うものよ。兵器は人を殺さないために見せるもの。必要ではあっても、悪なんかじゃない。
「……これが、お前の背負う責任だと言うのか?」
「ええ。もしも薫殿の掲げる正義が、この先、必要悪の範疇を超えて罪なき者たちさえも地獄へ叩き落とす暴走を始めるのであれば……拙者は飛天御剣流の理に従い…………止める」
胸が、どくんと鳴った。
止める。
誰を?
何を?
「……『斬る』とは言わないのか?」
「…………拙者はもう、人を斬る抜刀斎には戻らぬと誓ったでござる。だが……殺さず、ただ圧倒的な力でこの巨大な怪物を押し留めるためにこそ……拙者には、師匠の力が必要なのでござる!!」
巨大な怪物。
それも、私たちのことなのね。
指先が冷たい。握っていたはずの拳から力が抜けて、爪の跡だけが掌に残っていた。
剣心は私の正義を守るために奥義を欲しがっていたのではない。
私の正義から、誰かを守るために。
もし私が間違ったら、私を止めるために。
そんなこと、あるはずないわ。私は間違わないもの。だから剣心が私へ刃を向ける日だって、絶対に来ない。
だったら、同じことじゃない。
剣心はこれからも私の隣にいる。私が間違っていないか、ずっと見ていてくれる。何か危ないことがあれば止めてくれると言っているのなら、それはつまり――これからも私を守ってくれるということでしょう?
そうよ。
そういう意味に決まっているわ。
張り詰めていた空気が、わずかに動いた。
比古さんが深く息を吐き、剣心から目を逸らした。
「……………良いだろう………。飛天御剣流の最後の奥義……、お前に伝授してやる」
「本当ですか!?」
思わず剣心より先に声を上げていた。
よく分からない話になってしまったけれど、結果として目的は達成できたわね。
なら、良しとしましょう。
奥義を覚えれば、剣心はもっと強くなる。お彦さんにも、志々雄にも、もう負けない。
剣心が死ぬかもしれないと考えなくて済む。
それだけで、冷えていた指先に少しずつ温かさが戻ってきた。
「だが、剣心。これはお前のけじめのためだ。この軍産複合体『神』という怪物を、いずれお前の手で止めるための……最後の楔(くさび)だと思え」
「はい。……感謝いたします、師匠」
止める必要なんてないのに。
けれど剣心が納得しているなら、今はそれでいいわ。使わずに済む備えを持っておくのも、立派な抑止力だもの。
隣で腕を組んでいた弥彦が、ふう、と大人びた溜息をついた。
「そうだな……。薫が暴走した時、首輪を引っ張れる奴がいねえと組織は破滅する。……抑止力は、絶対に必要だ」
「ちょっと弥彦! 首領に向かって首輪だなんて失礼ね! 私が暴走するわけないじゃない、絶対の正義なんだから!」
「その顔が無自覚の暴走特急なんだよ!! 胃薬持ってきて本当によかったぜ……!」
弥彦が袂から小さな包みを出して振ってみせる。
本当に持ってきたの?
失礼にもほどがあるわ。
言い返そうとしたところで、比古さんの長い溜息が重なった。
剣心は眉を下げ、私と弥彦の間へ入ろうとしている。
いつもの剣心だ。
それを見たら、胸に刺さっていたものが少しだけ浅くなった。
大丈夫よ。
剣心はここにいる。私を置いていかない。奥義を覚えたあとも、きっと変わらず私の隣へ戻ってくる。
◇
こうして、飛天御剣流奥義の継承が始まった。
ただ、剣心の言った「地獄」という一言だけは、どうしてか喉の奥に刺さった小骨のように残っていた。
あとで、ちゃんと聞いてみなくちゃ。
きっと言い方を間違えただけよ。
剣心が私を否定するはずなんて、ないんだから。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
今回は薫の正義と、それに対する比古・剣心の答えを描きました。
薫の考え方や、剣心の「地獄」という言葉について感想をいただけると嬉しいです。