さて、今回は1章エピローグということで色々と一話に纏めたのですが……
その結果、文字数がこの話だけ12000文字を突破しました(白目)
普段はあんまり長いと読みづらいのと体力的にキツイのでそこまで長くは書かないんですが……
エピローグをだらだらと何話もやるのもアレかと思い、この通り一話に纏めました。
これ読み切るには朝の通勤時間どころか昼休憩までかかるんじゃないかしら……?
いやまぁ、一応本作は暇つぶしに読む軽い読み物程度のものなのでそこまで気にすることはないかもですけど。
というわけで、本編をどうぞ
キヴォトス最大の闇市であるアビドス付近のブラックマーケットは、地図に明記されているわけではないがいくつかの区画で分けられている。
主要な区画である表通りは屋台や路上販売を行う一般の闇商人たちがはびこるエリアであり、その表通りや付近にある路地裏地帯から分かれたエリアを人々は外郭エリアと呼んでいる。
その外郭エリアの中でもかなり外れた場所に、一軒の古びたバーのような場所があった。
建物の中にいるのは店主らしき白ネズミの獣人だけであり、客が全く来ないからか自分用のグラスに麦の色をした液体を注いでバーカウンターの椅子に座り込んでいた。
そんな静かな店内に突如、外からバイクのエンジン音が響いてきた。
獣人は誰が来たのかを悟ったかのように中身が残ったグラスをカウンターの奥へと戻し、椅子から飛び降りて店の勝手口の方の扉を開ける。
その向こうにいたのは……
「……今回は随分とひどい怪我だな。
誰にやられた?」
「ぐ……あが………」
「目の充血に赤黒い肌色……なるほど、バッファローを使ったか」
その場でバタリと崩れ落ちた、ズタボロの状態のサンドクロー。
獣人は彼の様子から死に物狂いで逃げてきたのだと悟りつつ、小さな体躯で彼を軽々と抱え上げて店の中へと担ぎ込んだ。
「……先生、あれから一週間経ちました。
現在のアビドスについて、改めて説明させていただきます」
アビドス廃校対策委員会の部室。
資料をまとめたタブレットを先生に渡しつつ、アヤネはアビドスの現状を説明し始めた。
……あの日、ホシノを取り戻そうとカイザーの基地に乗り込んでからこの日で一週間。
その間にアビドスは大きく変わった。
「まず、アビドスが抱えていた借金ですが……
先生もご存知の通り、梔子ユメ先輩が用意していた十億をあの場でカイザー理事に借用書への返済印をつけてもらってまで支払ったので、カイザーローンに全額返済されたということになりました」
そこまで聞いて、先生は相槌を打つように一つ頷く。
ここまでは先生もよく知っている。
ユメがカイザー理事にホシノと共に詰め寄って、半ば押し付けるように借金していた額を丸々返済した光景を、先生は鮮明に覚えていた。
「ここからは後で分かったことなのですが……
どうやらユメ先輩、今まで稼いだ額の一部を金塊とかにしてサンドクローさんに持たせてアビドスに届けて貰うように頼んでいたそうです。
その届ける時の名目があのホシノ先輩との決闘だったみたいで……」
アヤネの説明に対し、先生はまぁさもありなんと渋い顔をしながら頷いた。
先生はよく知っている。
あの少し頑固なところがあるホシノが真実を知っていたとしても素直に受け取るはずも無く、故にあえて負けた時の報酬という形でサンドクローはアビドスへとあの金塊を渡しに行っていたのだろう。
自身より強者だと感じれば立ち向かわずすぐに逃げるサンドクローの性格を元に考えると、負けることもある程度見越しつつホシノへと挑んでいたことが見て取れる。
ホシノ達も彼との決闘で消費した弾薬なども含めて出費は大きく出るために背に腹は代えられず、サンドクローを負かしては金塊を受け取るという行為を繰り返していた。
関係性がアレ故にかなり遠回しではあるものの、支援の手段そのものはよく考えられていた。
「あと、実はサンドクローさんとカイザーは元々かなり折り合いが悪かったみたいでして……
今回の一件がきっかけで、今後一切サンドクローさんはカイザーの依頼から手を切って受けない方針でやっていくみたいです」
それについては先生としてはかなり喜ばしい報告だった。
今回はどうやらアビドスとユメのことも考えてあえて受けたみたいだったが、本当ならばカイザーの依頼なんて受けたくはなかったのだろう。
子供にそんな窮屈な思いをさせてしまったことに先生は心が痛んでいたが、今後はそういうことは無いらしいと聞いて一安心した。
「……それで、今回の一件の功績もあったのでユメ先輩は満場一致で生徒会長に復帰することが会議で決まりました。
今日もアビドス市街地のパトロールと新事業の下見を兼ねてホシノ先輩と一緒に出動されています」
どうやら先生がシャーレに戻った後、正式にユメの扱いが決まったらしい。
本人としてはホシノに継いでもらいたかったらしいが、彼女だけではなくその他の後輩たちの声もあって生徒会長の立場に復帰することとなったらしい。
復学そのものは例のあの日に先生が手続きをしたので知ってはいたが、無事にその辺の扱いも決まったようで何よりだと先生は考えていた。
「そして、これも先生もご存知だとは思いますが……
昨日、カイザーコーポレーションからアビドス自治区からの完全撤退の宣言が出されました」
先生はそれを聞き、改めて資料に目を通しながら彼女の話に耳を傾けた。
「この件について、カイザー側からはアビドスの再開発事業の不振が原因と説明がありましたが……
その後、アビドス自治区の土地の権利がどこに売られたのかについてはある程度確認が取れました」
少し借りますとアヤネが確認を取りつつ先生の持つタブレットを操作すると、何羽もの様々な種類の鳥が共に飛ぶ姿が描かれた何らかの団体のロゴマークらしき物が写ったページが現れた。
「産業的扶助連盟「フリーダムバード」。
主にキヴォトス各地の様々な業種の中小企業が参加し、カイザー等の大企業からの影響を受けない独自の経済圏を確立することを目的に打ち立てられた中規模程度の企業団体です」
「"フリーダムバード……自由な鳥、か"」
先生はふと、その名前からあの日遠くに見えたカラスのような衣装の人物を思い出す。
「中規模とは言いましたが、新興企業がほとんどを占めているにもかかわらず業界内での一部の影響力はカイザーにも勝るほどみたいですね。
ただ、カイザーと違って黒い噂も無い代わりにその内部事情や構成企業間の関係性なども含めて大部分が謎に包まれているそうです」
「"……どういうこと?"」
先生はそれを聞き、思わず疑問の声を上げていた。
実際にカイザーとは敵対的関係だが相対したことがあるがゆえに、彼らの企業としての規模やその凄まじいほどのキヴォトスの経済への影響力は先生も把握している。
把握してるが故に、それに打ち勝つほどの影響力を持ちながら謎が多い組織を今まで誰も探ろうとしなかったのかと疑問に思ったのだ。
それを察してか、アヤネはその補足をするようにいくつかの資料をタブレットに表示した。
「そもそもの所在地がつかめてない企業がいくつかあるのもそうですが、明確に所在地が分かっている企業の全部が優良な卸売業者ばかりだったんです。
その間にあるはずの運送会社や生産企業等については一切情報はありませんが、法規制がかかっている製品や品物が無いどころか品質や流通価格もキヴォトスでもかなり高水準だったり安価だったりであまり踏み込んで捜査ができていないみたいなんです」
「"怪しいけど、全体的に掴みどころが無いってこと?"」
「はい。
特にこの団体は食料品関係で強い影響力があるみたいでして、現在のキヴォトスに流通してる飲食物の流通の大体六割程に関わっていると言われています」
「"六割!?"」
先生はアヤネの説明を聞いて仰天した。
食料品限定とはいえ、流通の六割を握っているというのはかなりその影響範囲が大きい。
自身もそうだが、ロボット以外のキヴォトスの人々にとって食料品は当然ながら生活に直結する重要な要素だ。
この食料品の六割の流通を握る企業団体……
それはつまり、この団体はキヴォトス人の大部分の生活インフラを握っているのも同然なのである。
「私も調べていくうちに色々と初めて知ったのですが……
どうやら、その食料品の流通網の延長で最近は他の業種にも少しづつ影響を及ぼしてるみたいです」
アヤネがそう言いつつ差し出してきた資料を読み、先生は思わず舌を巻いた。
建設業、土木事業、その他様々な製造業……
いずれもまだまだ小規模かつ、それぞれの業界内でのシェアはまだ大きく獲得できてないらしいが……
しかし、その影響力は堅実かつ確実に広がっているようだった。
「……しかし、やはり腑に落ちないところが多いですね。
この流通網の整備にかかった資金の出どころとかもそうですけど、この連盟の代表者についても実は裏に本当の盟主がいるんじゃないかとネットの中では噂になっています」
「"……本当に、謎が多いね"」
聞けば聞くほど謎が多い。
その正体も、様々なものや資金の出どころも、何もかもが不透明ながらも信頼だけは勝ち取っている。
不気味ではあるものの、下手に藪をつつくような真似もできない。
真っ当に正体を掴もうとしても、その度に高いところまで逃げていく。
まさに、"自由な鳥"を体現したような組織だった。
「まだ公式な取引の最中なので確定はされていませんが……
そう遠くない内に、あちらからも接触はあると思います」
「"それは……確かに、そうだね"」
アヤネの言葉に先生は疑問符が浮かびかけたが、すぐに思い直して彼女の言葉を肯定していた。
それもそうだろう。
その件のフリーダムバードという組織はカイザーからアビドスの土地の権利を買い取った。
ならば、何かしらこちらに接触をかけてくるはずだ。
目的は不明だが、辺り一帯が砂まみれのこのアビドスを買い取ったのには何か理由がある。
少なくとも、ただ所有しているだけのつもりでこんな不良物件とも言えてしまうような土地を買うはずがない。
……その理由には、皆目見当がつかないのだが。
しかし、アヤネは何かこの件について思うところがあるらしい。
「先生、ここからは証拠もないただの憶測なのですが……
このフリーダムバードという組織、もしかしたらサンドクローさんが何か関わっているのかもしれません」
「"……奇遇だね。私もそれは少し思ったよ"」
どうやらアヤネの考えと先生の考えは同じだったらしい。
あまりにも状況的に都合が良すぎる。
偶然が重なってこうなったとは思いづらく、何者かの意図的な介入の気配を感じる。
そしてそんな事が出来そうな人物に、二人の頭にはただ一人しか思い浮かばない。
証拠は全くない上に、そもそも彼は賞金狩りの傭兵だ。
普通に考えれば関係性もないために、まずそんな可能性自体ありえないとしか言いようがないはずなのだ。
しかし二人は……アビドス生と、ついでにその場にいた便利屋68とゲヘナ風紀委員会のヒナは知っている。
彼が秘密裏にだが農場を運営しており、しかもユメの様子からしてかなり経営が軌道に乗っているらしいということを。
それを知っているがゆえに、そんな可能性が容易に想像ができるのだ。
知らなければただの馬鹿げた憶測と笑えたのだろうが……
だからこそ、先生たちは頭を抱える。
サンドクローはただでさえ彼にとって重要な事に対しては秘密主義なところが大きく、何を考えて行動しているのかを読みづらい。
もしかしたらユメは何かを知ってるのかもしれないが、普段があの調子でも彼女もまた必要な事であれば口が固い。
彼女が何も教えないということは、まだ自分たちは知る必要がないのか知らないほうが良いのだろう。
手出しもできず、ただ自分たちは流れに任せるしかないというのはあまりにも歯痒い。
しかし、そうしなければ何もかもが水の泡となりえる。
迂闊なことができないゆえに、そのジレンマに二人は苦しめられていた。
〈時は二日前にさかのぼる〉
「ま、待て!止まれ!」
――ズダァァァァァァンッ!!
「ぐあぁぁぁぁッ!?」
「邪魔だ」
カイザー本社に、一人の男が乗り込んでいた。
片手には相当に大きなジュラルミンケースをぶら下げているが、もう片手にはあまりにも大きすぎる鉄の塊が握られている。
彼を抑えようと駆け寄ってきた警備員たちはことごとく彼の鉄の塊……BIG Ironの火が吹くとともに大きく吹き飛ばされる。
エレベーターに乗ることなく階段を軽い足取りで歩いていき、そのついで感覚で襲い掛かる者たちをあちこちに抜き飛ばしていく。
やがて警備員がより多く配置された上層階へとたどり着き、立ちふさがる警備員たちを鎧袖一触で吹き飛ばした男……
サンドクローはとある部屋の前へとたどり着き、その扉を蹴り飛ばすように開いて入室した。
彼が入ったその部屋には何人かのロボットたちが集まっており、全員が神妙な面持ちで席に腰掛けながら腕を目の前で組んでいた。
「よお、カイザーのお偉方。ずいぶんとご丁寧なお出迎えだったな?」
「……アポイントなしで不法侵入した挙句、警備員を全員伸したうえで会議室に乱入しておいてその態度とはな。
貴様の面の皮はカバの皮程に厚いのか?」
「生憎自分の面の皮を剥がして計ったことがないんでな。
強いていうならそこらの生徒よりかは脆いぞ」
――ズダァァァァァァンッ!
「ギャァッ⁉」バタン
中央に座り、不機嫌さを隠さずにサンドクローへと文句とともに軽めのジョークを投げるのはカイザーコーポレーション社長である「プレジデント」。
しかしそんな彼のジョークを一蹴するようにジョークで返し、サンドクローは後ろから忍び寄ろうとしていた警備員にノールックで銃弾を叩き込みつつついでに蹴りでガタついた扉を閉めた。
「……さて、冗談はさておき本題に入ろうか」
「き、貴様ぁッ……!
我々を誰だと……[――ズダァァァァァァンッ!]……ギャァァアァァッ!?!?
わ、私の腕がァァァッ!?!?」
「おっとすまん、手が滑った」
席に座っていたカイザーの重役の一人が立ち上がってサンドクローへと声をあげようとしたが、その直後に彼のBIG Ironの銃口が再び火を吹いて重役の腕を吹き飛ばした。
どうやら比較的脆い構造になってるらしい関節をピンポイントに狙ったらしく、ものの見事に重役の腕は千切れ飛んで会議室の壁へと衝突していた。
悲鳴をあげる重役を無視しつつ、サンドクローは懐から取り出した一枚の紙をプレジデントの前へと叩き付けるように提出した。
「……アンタらカイザー……正確には理事の奴から受けた依頼についてだ。
そっちから提供された情報には特記戦力の介入がないとあったが……
あの時、護衛対象の基地に攻め込んできた奴らの中にはアビドスの連中だけではなくゲヘナ風紀委員がいた。
それも風紀委員長の空崎ヒナが直々に、だ」
「…………」
「契約上、これは明確にそっちの落ち度だろう?
アンタらの不正確な情報のせいでこっちも相当な損害を食らったんだからな」
詰め寄るサンドクローに対し、プレジデントは重い沈黙を貫いていた。
しかし、やがて契約書を手に取って確認すると鼻を鳴らした。
「……馬鹿馬鹿しい。そもそもだがこれは我々カイザーグループの総意ではなく、あの老いぼれの役立たずが勝手にやったことだ。
請求をするなら元理事にすることだな」
「ほう?アンタらお得意の尻尾切りか?
懐が大きいはずの大企業なカイザー様が随分とまあかわいそうなことをするなぁ?」
「人聞きが悪いな。
我々は会社の不利益になる老害を切り捨てただけだ」
プレジデントはまっすぐにサンドクローの目を見つつ、堂々と彼の要求へとNOで言い返した。
サンドクローはプレジデントの返答に目を細めつつ、彼が突き返してきた契約書を回収した。
「……まぁそれにしても、だ。今回の件でアンタらはもう信用ならん。
いくら金を積まれたところで、もう二度とそっちからの依頼は受けないつもりだ」
「……クク、面白い冗談を言うな?
高々下請けの傭兵風情がずいぶんと大きく出る。
我々カイザーの力をもってすれば、貴様を干すことも……」
「できると本気で思っているのか?
確かにお前たちは裏じゃあそれなりに権力を持ってはいるが、その分恨みも多く買っている。
干そうにもアンタらの言う通りにする奴がどれだけいるんだろうな?」
「…………………。」
プレジデントは半ばハッタリ交じりにサンドクローへと仕掛けたが、サンドクローは意にも返さない。
むしろカウンターで自分たちの立場の方が世間的には弱いと返されてしまう。
実際、プレジデントもソレは自覚している。
確かにカイザーは権力や資金力などの数値的に可視化されたわかりやすい力については、強大といえるほどの権威を持っている。
しかし、人心という面については……お世辞にもいいとはいえない。
社会的信用や製品の信頼性がないわけじゃないが、それはそれとして企業の体質や自分たちの過去の行いによって恨みは買いやすいのだ。
しかし、直接的に恨みを向けてくるような者たち……
それこそ、自社のために利用するだけ利用して絞りつくした者たちについてはすべて「処分」している。
故に直接カイザーを潰そうとたくらむ輩はいない。
少なくとも、プレジデントはそう考えていた。
「……まぁいいさ。
アンタらがどれだけ言おうと、俺はアンタらからの仕事は受けん。
それについてはそう経たないうちに噂ぐらいにはなるだろうが……そりゃまぁ、アンタらの人徳があればどうにでもなるだろう?」
「……それで?わざわざそれだけを言いに来るためだけにここに来たと?」
これ以上の追及はこっちにとっての地雷になると考え、プレジデントは話題を切り替えるように改まって話し始めた。
プレジデントからの問いかけに対し、サンドクローはにやりと笑いつついくつかの紙束と手に持ったジュラルミンケースを理事の前に置いた。
「どうせこうして顔を合わせることも最後だ。
手切れ金代わりに、ちょっとばっかしアンタらにも有益な商談をな?」
プレジデントは顔に出さなかったか、内心で彼のその表情に対して一瞬恐怖に震えた。
サンドクローの顔についた不気味にニヤついた顔……
プレジデントのアイカメラに映ったそれはまるで、獲物を見定めて今にも食いつかんとする捕食者の目であった。
アビドス砂漠の一角。
夜闇に包まれたそこに吹く風は、厚手のシャツにコートを羽織っているにも関わらずサンドクローの肌を刺すように肌寒さを覚えさせていた。
通りすがった風が軽く砂を巻き上げ、しばらくすると凪いだように静まり返った。
缶コーヒー片手にトリガーへともたれるように待ちぼうけていると、どこからともなくザクザクと砂を踏みしめる音が聞こえてきた。
サンドクローはその足音に気づくとコーヒーを一気に飲み干し、空き缶をビニール袋に包むように入れてトリガーの荷台のトランクケースへとしまった。
「……あんな死にかけだったのに治るの早くない?
あのままおとなしく病院のベットで寝てればよかったのに」
「やることがあるのにおちおち寝てられるわけがないだろう?
それに、俺があの時点で動いてなけりゃどのみちアビドスに先はない。
それはお前も知ってるだろう?」
「チッ……癪だけど、それは認める。
アンタがいろいろと助けてくれなきゃ、アビドスはあのまま滅ぶしかなかった。
その点については感謝してる」
軽く舌打ちをしつつ、一応の感謝だけを述べたのは髪を後ろにまとめて完全に武装した姿のホシノ。
トランクケースの鍵をかけて振り返ったサンドクローの正面に立ち、盾とショットガンをいったん砂の上に置きつつ彼の目をにらむかのように向き合った。
「……でも、なんでユメ先輩が生きていたことを隠した?
それについては答えてもらう」
「ふむ……まぁ構わんさ。とりあえず、場所を移すとしよう」
サンドクローはそう言いつつ、トリガーを押してどこかに歩き始めた。
ホシノも彼の後ろを追うように歩き出し、二人の間には無言で砂を踏む音だけが響いていた。
アビドスには所々に砂に埋もれた廃墟があり、そのうちのいくつかは最低限砂塵や寒さをしのげるスポットがある。
パチパチと弾ける焚火を挟み、ホシノとサンドクローは砂のないコンクリートの床に座りながら対面していた。
「……さて、なぜユメを助けてそれを隠したかだったな?」
サンドクローの問いに小さく、ホシノは一つだけ頷いた。
「まぁいくつか理由はあるが……とりあえず、順番に話していこう」
そこから先のサンドクローの話は、半分ほどはホシノがユメから聞いていたものだった。
まず、かつてのサンドクローが遭難していたユメを発見したのは偶然だったらしい。
何らかの理由で単独で砂漠を横断していたユメだったが、よりにもよってコンパスと水を学校に忘れてきてしまったらしい。
それで道に迷った挙句に脱水症状を引き起こしてしまい、サンドクローが発見した時には虫の息だったらしい。
幸い近くにサンドクローが拠点としていた場所があったためにそこに運び込み、ひとまず応急処置をしてから彼のかかりつけらしいブラックマーケットの闇医者の下へと搬送。
相当高いらしい治療費をサンドクローが払ったこともあり、ユメは無事に命を取り留めた。
しばらくは寝込んでいたが、ちょうどシロコとノノミがアビドス高校に入学したころのタイミングで意識が覚醒。
最初はアビドスに帰ろうとしていたらしい。
しかしサンドクローが代わりに払った治療費の返済や彼の提案もあり、ユメは一旦死んだことにしつつ彼の下で働いていたらしい。
ちょうどそのころ、サンドクローは稼いだ資金を使って小さいながらも農場を作っていたらしい。
本人としてはいつか戦いから離れたときの隠居先程度のつもりで建てていたらしかったのだが、どういうわけかユメが来てからは大きく変わったらしい。
どうやらユメは農業……特に野菜や穀物などの農作の才があったらしい。
彼女の働きによってちょっとした規模の大きい園芸程度の生産量だったサンドクローの農場は生産能力が大きく向上し、今ではキヴォトス中の農家や畜産業者と提携して一大事業へとなりかけているらしい。
ちなみにだが、ユメは主に農作メインで音頭を取っていたらしいがサンドクロー自身は畜産の方を担当していたそうだった。
ホシノはユメに教えてもらって調べたのだが、どうやら彼が経営してる農場は農作と畜産の両方をやっているらしい。
表向きの経営責任者はまた別にいるようだが、影武者というわけではなく実際に営業などはその人物が担当しているらしい。
しかも他にもまだまだ彼が語っていない範囲で手広くやっているそうで、そのほとんどがサンドクローの投資した資金とそれなりの人脈……
そして、営業担当者の真摯かつ師匠らしき人物譲りの巧みな交渉術で成り立っているのだそうだ。
色々な意味で恐ろしいが、その農場の稼ぎで自分たちは助けられたのだと思うとホシノは何とも言えなかった。
そう……この農場こそがアビドスの借金返済を支えた資金源。
ホシノがサンドクローから巻き上げた金塊も、ユメがカイザー理事に一括で支払った返済金も、そのすべての資金源がここなのだ。
サンドクローの資金はあくまで農場の運営資金としてだけでしか使われておらず、総合的な農場の売り上げの一部がアビドスの返済に使われたのだ。
故にサンドクローが借金を肩代わりしたというよりは、その農場自体が肩代わりをしたというのが正しいらしい。
結果事実上の共同経営者であるユメが債権を丸ごと買い取るように返済したために、ホシノとしてもこの件に文句は付けられなかった。
そしてユメの生存について教えなかったのもこの農場が関わっていた。
「……つまり、ユメ先輩が生きて働いてることがカイザーにバレるとまずかったってこと?
アンタ、そんなにカイザーと関係ズブズブだったわけ?」
「いいや、逆だ。
ほとんど敵対状態だったからこそ、あの農場が俺の物であることとか梔子のことを知られると丸々潰されかねなかったのさ。
連中はちょっとでも隙を見せれば足を掴んでまで掬い上げに来る。
少なくとも今ぐらいに色々と軌道に乗ってなきゃ、あんな弱小農場なんぞ奴らの金と権力であっという間にぺしゃんこさ」
どうやらカイザーとサンドクローは本当に仲が悪かったらしい。
今までに何度も手を切りたかったみたいだが、アビドスのことも含めて色々と事情が重なっていたためにそう簡単に切れなかったらしい。
今はそれも全て解決して完全に縁切りしたみたいだが。
「……たしかに、そういうことなら仕方はなかったかもしれない。
でも……でも……!なんで、そういう大事なことを教えてくれなかったの……!
私だって、そんな簡単にあいつらに話したりはしないのになんで……!」
ホシノは感情を抑えきれずに、サンドクローに向けて怒りの混じった叫びをあげた。
まぁそれも当然だろう。
いくら迂闊に話せない事情があったとはいえ、説明も何もなしにまるで彼女がすでに死んでるかのようなふるまいをしながら今まで騙してきたことについてはやはり腹に据えかねるのだ。
「そりゃまぁ、お前があまりにも情けない戦い方をするんでな」
「………………はぁ?」
しかしこの男、悲壮な声をあげるホシノに対してあっけらかんとそんな言葉を宣った。
さすがのホシノも急に頭に氷水をぶっかけられたかのように先ほどまでの熱が冷め、一体どういうことかとサンドクローを見た。
「……お前と初めて戦ったあの日、お前は俺を殺す気で仕留めにかかってきた。
あの時は梔子の奴が途中で乱入したせいで結局そうはならなかったが、俺はあの時の感覚を忘れていない」
若干何を言ってるのか分からないような顔で呆けるホシノを他所に、サンドクローはただ語る。
「あの身の毛がよだつような純粋な殺意……
常に死が間近にある、あの緊張感……
そして、それを実行できると本能的に感じさせるあの身のこなし……
俺はなぁ、ホルス。
その圧倒的な"力"と純粋で強いあの"殺意"を持ったお前と再び戦いたい。
そして、今度こそはあの時のような無様は晒さんと思っていたんだ」
「…………は?」
あまりにも悍ましく、狂気に塗れた自身の欲望。
"本当の本気で殺しに来たホシノと殺し合いたい"という、歪みながらもどこか真っ直ぐなその感情を、なんの恥じらいもなくホシノ本人へと打ち明けたのだった。
「……だがあの日以来、お前と戦ってもあの時のような殺意も感じられない。
お前に負わされた傷を治し、また戦いたいと思えば梔子を拾って、アイツを気まぐれで治した直後に戦ってみれば……
お前は、死というのを恐れていた。
お前自身のものじゃない、他人の死をだ。
俺にはそれが我慢ならなかった」
「……………………」
ホシノはもう、何も言うことができなかった。
目の前の男は何を言っているのだろうか?
元々、どこかおかしなところは多かった。
初めて顔を合わせたあの日、なんの躊躇いもなく校舎を爆破して破壊しようとしたサンドクローと交戦した時、まるで命を捨てるかのような戦い方で自身へと襲いかかってきたあの時の目……
アレを例えるのならば、まるで飢えた野犬。
気を抜けば食い殺さんと攻めてくる、凶暴な獣の目だった。
命と金が同じぐらい大事な筈の傭兵でありながら、まるでそんなことは関係ないかのように無茶苦茶な動きで攻めてくる姿は人のそれではなかった。
しかしあの日、ユメのストップと共に改めて見てみればなんてことはないヘイロー無しのただの人間。
一歩間違えれば本当に殺してしまいかねない、脆い命だった。
なのにコイツは……サンドクローは、まるで命を何とも思っていないかのように戦っていた。
そのすぐあとに色々とあってユメと喧嘩別れをして死なせてしまったと思った直後、サンドクローが再び襲ってきた時に躊躇った。
これ以上、人の命を奪いたくはないと。
故に、最初戦った時よりも手加減をした。
多少時間はかかったが、なんとか怪我はさせずに無力化だけで済ませることができた。
……だが目の前の男にとってそれは、何物にも代えがたい屈辱であり許しがたい行いだったらしい。
「……そこで俺は思ったわけだ。
お前が死を恐れない……いや、恐れを超えるほどの殺意を抱かせれば、またあの時のお前が戻ってくるとな」
ホシノはその言葉で悟った。
サンドクローが何を考えて自身を執拗に狙っていたのか。
何故、わざわざユメをそこまで気にかけつつも自分には隠し通していたのか。
ただの死にたがりというわけでも、寧ろ死にたいと思って戦っていたわけではないのだと。
サンドクローが見ていたのはかつてのホシノ……
暁のホルスと恐れられ、アビドスの敵を尽く力でねじ伏せていた頃のあの自分だったのだ。
そしてそんな彼に対して、ホシノの中では二つの感情が大きく体の底からこみ上げるように来ていた。
一つは、サンドクローという男の狂気に対する恐怖。
彼は間違いなく自分を見ていたが、見ていた自分は過去の物。
それはつまり、かつての自分という幻影を常に今の自分と重ねて見ていたということだ。
それはあまりにも悍ましく、ふざけた身体の能力以外はただの人間と思っていたサンドクローが得体の知れない怪物であったと認識してしまったが故の感情だった。
そして、もう一つは………………
「……そっか。
じゃあ……今から殺される覚悟はできてる?」
「…………ッ!!!」ゾクリ
突然、ホシノから放たれた身の毛もよだつような気配。
それは、サンドクローが長く求めていた久しい感覚だった。
「あぁ………あぁ!そうだ、その感覚だ……!」
一陣の強風が鋭く廃墟の中を駆け抜けて、焚火に灯った微かな火をフッと吹き消した。
月明かりが隙間から漏れて薄明かりに照らされた廃墟の一室に、澄んだ青と黄色の目が猛り燃え盛るかのような光を宿して彼を見据えている。
サンドクローは久しく感じたその感覚に歓喜する間もなく、自身の獲物を積んだトリガーを呼び寄せTommy二丁を掴み取ると、すぐにそれをホシノへと向けた。
「さぁ……あの日の続きを、今日こそは始めようか!」
ホシノの強烈な殺意に怯むどころか、寧ろそれを受けて自身もまた狂気に満ちた笑みを浮かべたサンドクロー。
彼の言葉とともに、二人は同時に地面を蹴った。
「サンドクロォォォォォッ!!!!」
「ホルスゥゥゥッ!!!」
二人が激突し、しばらく廃墟の中でいくつも閃光が瞬いた直後……
かつては立派なビルだったのだろうそこは、盛大な爆発音を伴う轟音と共に跡形もなく崩れ去った。
いかがでしたか?
前書きで私は本作は暇つぶしに読む軽い読み物と言ったな?
アレは嘘ではありませんが、内容が重くならないとは言ってない()
まぁつまり、朝から食べるカロリーたっぷりのジャンクフードですね。
というより、二次創作は大概ジャンクフードみたいなものなんですけど……
とまぁそんなわけで1章は閉幕です。
このあとちょっとミニストーリー枠とイベントストーリー枠の話をやったら2章こと原作パヴァーヌ編をやります。
因みに話のカロリーは重めです。
というわけで、また次の話をお楽しみに