元凡人による悪への道のり~裏ボス枠になるために~ 作:悪なれず
15話を未読の方は先にそちらをお願いします。
ちょっとだけ主人公が悪いことをします。ちょっとね。
「おや、オトギリ君。前に会って以来だね」
「やあオトギリ君。優勝おめでとう」
「オトギリ君、君のポケモンバトルは見ていて楽しいね」
「二位おめでとう。なに、一位じゃなくてもキミは頑張っていたさ。誇りなさい」
「オトギリ君、サインをもらっても良いかね?」
オトギリ君。オトギリ君。オトギリ君……。
「……俺の運命の相手は、既婚者のおっさんだったのかもしれない」
「何言ってんの?」
班長と売人は未だ現場に復帰せず。
最近は、昔みたいに落ちてるアイテムを拾って売ったり、或いは、直近の大会に参加して生活費を稼いでいる。早い話が大会荒らしである。多少の遠出もする。ハナダとか、ニビとか。
五回くらい参加したけど、まだまだ知名度は低い。まあ、名前が売れるかどうかはどうでもいいし、ジムバッジなしの大会だからね。良くも悪くも低ランクな大会だ。二位とか三位になったりしたけど。
「まあ、聞いてよハッシー」
「いいけど」
「友達を自称する小娘の父親と必ず遭遇するんだけどどう思う?」
「偶然で片づけられないなら警察に相談かな」
少し前、はじめてエリカの父ことエリカパパに会ってから、妙に彼と出会う頻度が多い。
というか、俺が参加しようとする大会に必ず観客として紛れ込んでいる。で、終わるや否や話しかけてくる。
成人済みのおっさんが未成年をストーキングとか、ヤバすぎて草も生えない。
「何やらかしたの?」
「何もしてないんだよなぁ。あと警察に通報したら多分揉み消される」
ちなみに、今はハシバミの家でアイスをご馳走になっている。
木の実ジュースで作られたカップアイス美味しい。……これツボツボの体液で出来てんのかな。考えるのやめよう。
「いっそ聞いてみたら? 人の多い場所なら、別に何かしてくる事もないと思うよ」
気軽に言ってくれる。そんなんだからお前は相棒(仮)なんだぞ。
もっとまじめに考えてよ。アタシの事なんてどうでもいいの!? ひどい!
まあヒスっても仕方がない。
最悪、そう、本当に最悪、エリカにゴマすりして色々と口出しをして貰おう。家庭崩壊の危機にならない程度に。キミのお父さんさぁ……未成年をつけ回してるんだけど、どう? みたいな。
「……今度の大会で会ったら聞いて見るわ」
「会えるの?」
さぁ? 会えないなら別にそれはそれで。会えたら会えたで怖いけどさ。
アイス交換しない? 俺の一口あげるから、それ一口頂戴。
「――知りたくなったんだ、キミのことを」
少し遠出してセキチクシティの大会に出場する事に決めた。
前日に登録を済ませ、ポケセンの宿泊施設で一泊。
意気揚々と開催場所に足を運べば、やはり、当然の如くそこにいたのは、例のあの人である。
そこからストーキング行為の理由を尋ねれば、何やかんやあって喫茶店でただ飯を奢らせることになり、上記の理由が返ってきた。
「詳しく。詳細に。ちゃんと理由の説明を」
「ああ、うん。そうだね、どう話すべきか……最初の理由は、エリカからキミの話を聞いたことだよ。家柄が家柄だからね。申し訳ないけど、キミの近辺を調査する必要があったんだ。勿論、これは僕の独断だけど、ほら、あの子は才女と言えるほど優秀だから、悪い虫が引っ付くと困るだろ?
……で、キミのファンになった」
日本語が喋れるからって、日本語が通じる訳じゃないんだよね。
親馬鹿かと思ったら、話が飛躍しすぎて最終的によくわからない結論を告げられた。
「生まれてこの方、不自由をした事がない。飢餓とは程遠い食生活。寒さも暑さも感じない適度な気温。辛抱強く学ばせて貰えた学問。先祖代々が築き上げてきた資産。素晴らしい妻。才能あふれる娘。あの家にいるだけで、僕は素晴らしい日々を用意して貰える。僕がどれだけ才なしの無能だとしてもね」
自慢話にも思える境遇を、口にすればするほど、その声は、温度の一定な温室の空気のように、淀んで、どこまでも平坦になって行く。
けれども、それに比例して、こちらに向けられる瞳は、ポケモンバトルを楽しそうに語る時とはちがう、ぼうっとした熱を孕んでいるようにも見て取れた。
「そんな僕と違って、キミは真逆の生き方をして来ただろう? 調べて行く内に……そうだな、何もない状態から、よくもここまで這い上がったものだなと。ファンになったんだ。隣の芝は青い……いや、違うな。敬意を表しているというのか……ああ、申し訳ない。言葉が出てこない」
何かを考えるようにさ迷わせていた視線が、瞼を閉じる事によって消え去り、謝罪と共に深いため息が重々しく吐き出された。
場を支配していた熱が、徐々に冷めていく感覚を覚える。
――要するに俺が羨ましいのね、この人は。
自分が何もしなくても全部用意されてる、順風満帆すぎる人生に満足する振りをしてたけど、泥に塗れながら身一つでここまで這い上がってきた俺を見て『やべぇ! ぱねぇ! なのに俺は……』ってなってる訳だ。
まあ、わからんでもないよ。と言うか、結構好きなタイプ。変な意味じゃなくて。憑依する前の俺も似たようなもんだったから。
人間って、成長すると妥協を覚えていくんだよね。
子供のころの夢ってなんだった? それを叶えている人ってどれくらいいる? 常識とか世間体とかに馴染んで、結局、どっかに就職とかして満足するじゃない? それでエネルギーが尽きるんじゃない?
しかもこの人は生まれた頃からめっちゃいい環境にいたから、今更あれこれ言って何かをするのはなぁ……ってタイプじゃないかな。だからポケモンバトルに楽しみを見出してるのかと。知らんけど。
「エリカのお父さん、名前は?」
「え、ああ。エノキだよ」
どっちだ。キノコか。いや、ポケモン世界の法則に乗っ取ると、木の方か。
「エノキさん。今日の夜は空いてる?」
「うん? 大まかな仕事は終わらせてるから、夜なら空いているよ」
「じゃあ、タマムシデパートの噴水前で集合。俺ちょっと優勝して金貰ってくるから待ってて。詳しいことは大会が終わった後にでも」
「え、あの、ていうか口調変わって――」
さて、拗らせた厄介ファンのメンタルケアでもしてやるか。下心アリで。
え、口調? これくらいが丁度いいだろ、多分。
☆☆☆
「やあ、エノキさん。待った?」
「あ、ああ、オトギリ君。いや、大丈夫、待っていないよ」
殆どの店舗が営業時間外によって閉じられる時間帯。噴水広場のベンチに座り込んだ男に声を掛ければ、俯いていた顔を上げたのは、エリカパパことエノキさんだ。
グレーのオックスフォードシャツ。薄手のカーディガン。ベージュのチノパン。ハンチング帽。……ちょっと上品すぎる気もするけど、まあ、大丈夫だろう。
「家の人には?」
「使用人には伝えたよ。妻と娘には、仕事で立て込んでいると言う体にして貰ってる」
「じゃあ行こうか」
「え、ちょ」
セキチクシティで稼いだ分も足して、軍資金は十分にある。え、順位? 一位でした。当たり前だよなぁ? 嘘。結構苦戦した。ドガースが強すぎてびっくりした。なんだあの浮遊する生首。強すぎだろ。
そんな事はどうでもいい。
後ろから、おっかなびっくりついて来るエノキさんの様子を確認しつつ、目的地までの道順を思い出す。
ここであってんのかな。一回だけ下見に来たけどあんま覚えてねぇや。えー、あそこの裏路地を通って、ビルの間を抜けて――。
あ、着いたわ。
「ここは……?」
「雀荘」
へばり付いた土埃で汚れた灰色の外壁と、今にも倒れそうな立て看板も相まって、非常にみすぼらしい外観をしている。
「オトギリ君、そろそろ教えてくれないかい? どうしてここに来たのか。この時間に外を歩くことは基本的にないから、僕もそろそろ怖くなってきた」
「ポケモンバトル好きなんでしょ? ここの地下で裏賭博やってるから見に行くんだよ」
俺個人としては港付近をおすすめしたいのだが、まだ忙しそうなのでやめておいた。で、どうせなら新規開拓にタマムシの裏賭博でも見て行こうかと思った次第である。選手として参加しないなら別に良いかなって。
お邪魔するわよ~。
カランカランと。入店を報せる安っぽいベルが鳴った。
ぐるりと見渡せば、席に着いて牌を打っていたお客さんの内何人かが、新たに入ってきた俺たちをじっと見つめている。
後から入ってきたエノキさんは、煙草と汗の入り混じったにおいに少し顔を顰めているようだ。温室暮らしのお坊ちゃんにはちときついか。ペッ、甘ちゃんがよ。
――で、合言葉やら受付やらの諸々を済ませ、うだうだ言い訳しながらも殆ど無抵抗のエノキさんを引き摺って地下に連れて行く。
格闘技大会みたいなの見た事ある? 動画でも画像でもいいけど。あんな感じ。
中央のリングをぐるっと円柱型のフェンスが張り巡らされていて、そこにスポットライトの明かりが向けられている。
フェンスの外は観客が取り囲んでいて、ビールやらチケットやらを手に、怒号かヤジを飛ばしていた。非常に治安が悪い。
見ろよ、富裕層のおっさんがドン引きしてる。……いや、ちげぇわ。このおっさん、リング中央でやり合ってるカイロスとエビワラーに興奮してたわ。生粋のオタクだな。
内容はと言えば……そうだな、俺が最近ちまちま足を運んでいる、ジムバッジなしの大会よりは、やや過激だ。
「エノキさん、どっち賭ける?」
「賭ける、と言うと……」
「ここお金を賭けられるんだよ。お金持って来てないなら、今日は俺が奢ってあげる」
新人に金を出すのは先輩の役割である。
こうやって裏社会は広がっていくんだなって。沈め沈め。
「それじゃあ、僕はあのエビワラーにするよ。知ってるかい、ヤマブキのジムにはいる空手大王の手持ちに――」
オタクモードになりそうなエノキさんをその場で待たせ、賭け事に使われるちゃちなチケットを買いに行く。俺はカイロスにしよ。
☆☆☆
「――はい、お茶」
「ああ、ありがとう……」
二時間後。近場のベンチでぐったりとするエノキさんに、自販機で購入した温かいお茶を手渡す。俺も同じ。
「で、どうだった?」
勿論、先程までいたタマムシ版裏賭博の場所である。おらっ、感想を述べよ!
「そうだね……酷い場所だった」
疲れた様子でちびりちびりとお茶を口に含みながら、エノキさんは話し始めた。
「審判は碌に機能してないし、ストップも遅すぎる。最初の試合だって、あのままやっていたらエビワラーの腕は二度と使いものにならなかった。その後出てきたゴローンだって――」
「エノキさん、ああいう違法な賭け試合のこと知ってたでしょ」
「……どうしてそう思うんだい?」
そりゃ自分の人生に満足してないオタクが、浅い部分で満足する訳がない。もっと深く入りたがるはずだ。
無言でじっと見つめていると、彼は観念したように溜息を吐いた。
「……ああ、キミの言う通り知っていたよ。どこにあるかまでは知らなかったけれど。踏ん切りがつかなかったんだ」
「で、実際に見た感想は?」
「……楽しかった」
だろうね。
自分の賭けたポケモンが勝った後は跳ねるくらい喜んでたし、賭け先が負けた時は崩れそうになってたから。あんなにハイテンションで賭けを一喜一憂する人は見た事ないよ、俺。
「色んな大会の試合を見たよ。微笑ましい初心者の戦いから、迫力のあるベテランの試合まで色々。その観点で見ると、最初に言った通り、酷い場所だった。今回のこれは……無法地帯にも思える場所には、それ相応のルールがあって……うん、楽しかった。ただ、雰囲気は良かったけれど、もう少し見やすければ文句は減ったかな」
ほーん。概ね満足だけど、不満な点はあるのね。
「――じゃあ、作ろうよ。自分にとって都合のいい場所」
まさに、寝耳に水。目を真ん丸にした怪訝そうな表情に困惑が混じっている。
「今の賭博試合って、基本的に規模が小さいのよ。だからどうしてもああいう狭い場所になるの。クチバとかだと、趣味の悪い金持ちが偶に人を集めてデケェ船で試合させるらしいんだけどさ、本当に偶になんだよね」
「……聞いたことはあるよ」
知ってる奴は知ってるのか。
「でもほら、気軽に行ける場所じゃないし、そんなに早い頻度で開催できるイベントでもないと思うのね」
「……それで?」
「だから、作ればいいんだよ。エノキさんが」
「それは……無理だ。僕には守る家も、妻も、娘もいる。迂闊に手を出せる範疇じゃないよ。人の口に戸は閉じれないんだ」
よしきた。
「じゃあ、パトロンかスポンサーになりなよ。匿名で。そんで、代理を立てる。何なら立候補するよ、俺」
「……本気で言ってるのかい? 子供のキミを代理にって?」
「善意じゃないよ。……ここまで来たからぶっちゃけるんだけど、俺もねぇ、目的あるのよ。いつまでも燻ぶってられないんだ。エノキさんの願いのついでに、俺の手助けをして欲しいと思ってるんだよ」
「だけど……」
あー、揺れ動いてるな。
変に育った倫理観と道徳心、良家としての義務と、自分の意志で決められるかもしれない選択肢に揺れ動いてるのかな。
「誰でもやってるよ。
夜中に隠したおやつを食べるとか、へそくりを隠しておくとか、家族に内緒でビデオを見るとか……。その程度だよ。
目を付けた有望株に匿名で金を出して、後は知らんぷりすればいい。小遣い程度でもくれれば、あとはまあこっちで少しずつ詰めてくよ。名無しの権兵衛。足長おじさん。どう?」
「……家を……家族を裏切れない……」
「裏切るんじゃない。趣味にお金を使うんだ。そっちで言う、茶道とか生け花。嗜みだよ。
大丈夫、一人で好き勝手はしないよ。疑問があったらお互いにきっちり話し合おう。ばれそうになったらトカゲの尻尾切りをすればいい。偶に少しだけ俺の頼みを聞いてくれれば問題ない。無理そうなら断ってくれてもいい」
金持ちの口説き方知らないんだよなぁ。早く頷いてくれ。
「……検討させてくれ。すぐには応えられない」
「いいよ。大丈夫、悩む余地があるってことは、貴方はまだ完全な雁字搦めじゃないって言う事だから」
少し喋り疲れた。貰ったお茶で口内を潤してほっと一息つく。
それから、顔を俯かせているエノキさんを視界に収める。
「……でも早く決めてね。時間が経てば経つほど、家柄とか責任の重石って増えてくし、俺って言う選択肢がいつまでもそこにある訳じゃないから。勿論、俺以外を選ぶのも間違ってないよ。……少し、寂しいけどね」
「……僕は迎えを呼ぶから、オトギリ君、キミももう帰りなさい」
ぼそぼそと。彼は大人の責務を果たすための言葉を吐き出した。
重苦しくて、どこか堪えているようにも取れた。もうちょい突けそう。
「話を聞いてくれてありがとう、エノキさん。貴方の決断を尊重するよ。……若造の戯言だけど、もう少し、狂ってみた方がいいよ。退屈なまま死ぬより、そっちの方が楽しいと思うから」
最後にニコォっと笑い掛けて、軽く手を振り拠点への帰路に就く。これ以上はやめておくか。藪蛇になりそうだし。
……どうかな、無理かな。切って捨てられていない程度には、揺れ動いていると思うんだが。何話したか殆ど覚えてねぇや。
でも悪役っぽい事してない? どう? ノリと勢いでも結構やれてない? 場の空気って大事だわ。
まあ、気長に待とうか。こっちはこっちでやれることをやろう。駄目なら諦めて他のやり方を探すさ。
――後日、大会で顔を合わせた彼の言葉に、俺は笑みを浮かべて握手で応えた。
友達の親を誑かす年下。創作物としての字面だけ見るとちょっと興奮しますね。現実で見たら地獄だけど。
エリカパパことエノキさんにはこれだけのために出てもらいました。おっさんの比率が多いなこの小説。
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餌をください。よろしくお願いします。