元凡人による悪への道のり~裏ボス枠になるために~ 作:悪なれず
ガチャ結果が悪いと萎える。
とても萎える。
でも課金はしたくない。
そんな私を許してくれ。めんまおいしい。やわらぎ。
拉致ったハシバミと共に、エリカの屋敷で一泊して以降のお話だ。
グレンタウン関連でロケット団がピリついているので、護衛も兼ねてヤマブキまでハシバミを送り届け、そのまま彼女の家でネット回線を借り、数日掛けて色々と調べ物をすることに。
エノキさんが纏めた、バトルテントを建てる際の土地の候補をリストアップして貰った紙と、実際にネットで調べた価格を比較した結果――。
――あかん、一千万程度じゃ足りんわ。
バトルテント計画に早くも暗雲が立ち込めている。
タマムシ都内で土地を購入する場合、最低限のちゃんとした見栄えを考えたら、どんだけ甘く見積もっても五千万くらいする。一千万じゃ維持費で消し飛ぶぞコレ。
解体されてない施設や物件も込みにするなら、まだ安く済みそうだ。それでも改装工事と増改築を繰り返す羽目になって、最終的には同じ程度の値段になりそうだ。
ロケット団にあることないこと言い触らして暴れさせて地価代を浮かせるか? バレたらめんどくさい事になりそうだからやめておこう。
改装工事なんかはポケモンがメインだから、建築コストは軽くなるはず。節制をはき違えてケチり過ぎると施設がボロボロになって、後々の修繕費で嵩む。
なんで都会ってのはこんなに金が掛かるんだ。
ただ、救済処置もある。都内じゃなくて郊外に作ることだ。
一例として挙げるなら、タマムシとヤマブキの間にある道路とかの脇道にデデンと。人が暮らしてる場所じゃないから若干安く済む。
行政や協会に話を持って行って、休憩所の兼任を発案すれば、国の方で公共施設として補助金を引き出せないだろうか。
都内のメリットは幅広い客層。デメリットはどう頑張っても嵩む莫大な費用。
郊外のメリットは費用の削減。デメリットは都内よりも顧客が定着しづらい事か。
どちらも諸々込みでメリット、デメリット共にあり。
……ポケモン界隈の重鎮に口利きをして貰うのはどうだろう。例えば――オーキド博士とか。
伝手と言うには少々か細いが、以前、手持ちのオコリザルが嘗てマンキーであった時代、色々と検査をして貰ったことがあるため、その縁で話を持ち掛けることは出来そうだ。
上手いことポケモンの研究に役立つことを売り込めば、邪険にされることはないだろう。
トレーナーの使用するポケモンのストレス傾向とか、個体差による行動の頻度みたいな。意味はあっちで考えてもらおう。
いや、素人に研究職の考えなんてわからんて。肉体年齢10歳なんだから。素材だけ出して調理は向こうに任せる。名前だけ貸してくれないかな。有名人ご用達とか、あの人が監修とか。それで客足を稼げそう。
……あれ、これ結構な妙案じゃないか。
裏から手を回す事ばかりに思考を割かれていたけど、よくよく考えてみたら、普通に表の権威を借りればよくないか? 別にやっちゃいけないなんてルールもないし。
悪役=正当な方法は駄目という公式が間違いだ。
今までの手段がグレー寄りだったり、最終目標が完全にアウトな所為で、真っ当な手段という選択肢が頭から抜け落ちていた。
やり方に好みはあるが、オーキド博士に話を持って行くことに対して忌避感はない。寧ろこの世界なら、大なり小なり、研究所を兼任した施設なんて幾らでもあるだろう。
何より、あのポケモン界隈の権威とも呼べる公式チートから正当性のある理由で協力を得られれば、目の上のタンコブ達も迂闊に手を出してこれないんじゃなかろうか。国や行政に袖の下をせずに済めば資金を他に回せるのだ。
「――あ、もしもし? わたくしオトギリと申します。以前、そちらのオーキド博士に、マンキーの件でお世話になりまして……あ、はい、お手すきでしたら代わっていただけると幸いです。……あ、オーキド博士ですか? オトギリです、以前はお世話になりました。はい、お陰様で無事に進化してオコリザルになりました。ええ、はい、少々相談に乗っていただきたく……はい……え、進化したオコリザルが気になるから? どうせなら直接? 日付と時間帯は……はい、大丈夫です、ありがとうございます。そうしましたら、ご指定頂いた日に研究所へと伺わせていただきますので……」
――と、いう訳で、公衆電話から予定を取り付けた。思い立ったが吉日である。随分とスムーズに話が進んだな。本人と直接会話させて貰えるとは思わなかった。
一応、プレゼン用の資料だけでも作っておくか。最低限の理由付けくらいは必要だろうから、それっぽく纏めてみよう。移動時間もあるから、あんまり資料作成に時間を取られるわけにも行かないな。……やばい、緊張してきた。カントー地方にいる研究職の実質顔役に気軽に会えるってヤバいだろ。セキュリティどうなってんだ。
まあ昔は漫画家の住所が少年誌に晒されてたって言うし、これもその延長線上なのかもしれない。侵入者が来ても本人がどうにか出来そうだし。
初代の没データだと、オーキド博士の手持ちは80程度まであるらしい。強くね?
さて、資料作りに取り掛かろう。猶予はあれど、移動時間も含めればギリギリになってしまいそうだ。
まあ、駄目で元々だ。失敗したところで、然して問題もあるまい。一度繋いだ縁はそうそう切れやしないのだから。嫌われなければ大丈夫だ。……タブンね。
☆☆☆
――クソネミ。
図書館、デパートでの立ち読み、ハシバミ宅やママさんのBARでネット回線を使って情報収集。偶に表の掲示板でレスバをしつつ、数日掛けて資料作りを終えた。
素人なりに無い知恵を絞って作ったものだが、最低限の出来栄えになったんじゃなかろうか。あれこれ手を加えると予定の顔合わせに遅れが生じる可能性が出てくるため、それ以上は断念。考えても思いつかなかったし。
最近はバスという文明の利器に頼る知恵がついたので、手土産や食料等の必要な物をリュックに詰め込み、午前のバスでクチバまで乗り継いで『ディグダの穴』を経由して近道をする事に。こっちの方が安くて時短になる。
ハシバミの荷運びを手伝ったお陰で足腰が鍛えられたから、小休憩さえ挟めば半日くらいは歩けるようになった。……あっちは俺よりもっと歩けるけど。しかも、一つか二つ違うだけなのに、俺を抱えて全力疾走まで出来る。ポケモン世界の住民はおかしい。女の子に負けるの悔しいです。
ヒスイゾロアの能力で幻影を掛けて貰い、ステルス状態に。お陰でディグダたちからの襲撃は皆無に等しかった。バレそうになってもオコリザルで蹴散らせるけど。
研究所に行ったらヒスイゾロアはボールにINである。こんな激レア個体、万が一でも見つかったら被検体待ったなしだ。マサラタウンまでの道中でストレスを発散させておく。
最初から一緒にいるのに、未だに大手を振って場に出せないでいる。試合も護衛も、表の担当は、死にかけながら捕まえたマンキーに頼りっ放しだ。
立て掛けられた梯子を上って地上へと向かい、洞穴から出る。空が青い。空気が美味しい。
頭の中にある地図が確かなら、すぐ近くにはニビシティとトキワの森があるのだろうか。勿論、どちらにも用事はない。博物館は帰る時に見ればいいし。
念の為、ヒスイゾロアをボールに戻しておく。
原作知識が確かなら、洞穴から出てしばらく下に真っ直ぐ……俺から見て右手側に謎の家があって……真っすぐ……真っすぐ――いや結構距離あるな。
え、大丈夫か。トキワの森とかいう天然の迷宮を生身で攻略したくないんだけど――あ、あったわ、謎のゲート。関所にしては見張りがいないし、なんの意図があってあそこに設けたんだろうか。制作陣の遊び心かな。
やや長めのゲートを通り抜けると、ディグダの穴から出てきた時と同じ、木々を伐採して無理やり作ったような、平坦な道が広がっていた。
導かれるようにその道路を歩き、突き当りにある狭い木々の間を抜ける。――少し、雰囲気が変わった。人の通りを感じる。
右を向けばゲートがあって、『この先トキワの森。迷わないように』という注意書きがされた看板が立てられていた。
ちょうど虫取り少年がゲートを通り抜けようとしている。勿論、トキワの森に用事はない。彼とは逆方向の道を進む。
「うぉー」
しばらく無心で歩いて到着したのは、トキワシティだ。緑に包まれた町を揶揄されるだけあって、そこら辺に花や刈込された木が植えられている。
やたら目立つカラーリングのポケモンセンターと、フレンドリィショップ。それから、個人的に気になるのはポケモンジム。トキワシティのポケモンジムってこの時代からあったのかと、若干の驚きを隠せないでいる。
……ジムリーダーってサカキさんなのかね。名前呼びながらあーそーぼって叫んだら出てきてくれないかな。下手したら消されそうだからやらないけど。サプライズじゃ誤魔化しきれないわ。何より、原作同様、トキワジムは閉まっている。
阿呆な事を考えるのをやめて、町の隅っこにあるベンチで一服。割引されてた惣菜パンを買った。
山盛りのポケモンフーズで食事をするオコリザルをデコイに、こっそりベンチの陰に隠しながらヒスイゾロアにも餌やりをしておく。
オーキド博士と対談してるときに出している余裕はないだろう。研究所なんだから、監視カメラか何かがあるに違いない。我が家のヒスイゾロアは機械との相性がよろしくないのだ。早く打ち勝って欲しいものである。
☆☆☆
マサラは まっしろ はじまりのいろ――と。
看板横目に入った町の感想は、なんもねぇなこのど田舎であった。テント暮らしのシティーボーイには退屈そうな場所だ。……まあ、都会でテント暮らしするよりも、田舎で衣食住事足りる生活をしている方が、何倍も上等だとは思うが。悲しいなぁ。
人の通りはぽつぽつと。ゲームと違って無駄に広く感じる。限界集落とか過疎地域みたいだ。
近くで余所者の俺を物珍しそうに見つめていた少女に時間を聞くと「ちょっと待ってて」と言うや否や近くの家に駆け込み、戻ってきて時間を教えてくれた。態々確認しに行ってくれたようだ。
腕時計を買おうと思っているのだが、どういう訳か、毎回忘れてしまう。国の陰謀に違いない。きっと特殊な磁場を発して俺を洗脳しようとしているんだ。頭にアルミホイル巻かなきゃ。
冗談はさておき、少女から教えられた時刻は、もうそろ待ち合わせの時間帯になる頃合いのようだった。
ついでに研究所の場所も聞いてから、手を振る少女を後に、目的地へと向かう。さらばだ少女よ。
少女の言葉に従えば、オーキド博士の研究所はすぐに見つかった。というか『オーキド研究所』と描かれた看板がすぐ近くに立ててある。
大きな平屋といった印象だろうか。初代やリメイクのドット絵をそのまま現実世界に反映させた感じ。
いつかの未来、ここで主人公とライバルが、年老いた元プロからポケモンを託されて冒険を始めるのだなと思うと、なんだか感慨深いものがある。しかもチャンピオンになるって言うね。ぱねぇ。
「すいませーん。少し前に会う約束をしていただいたオトギリですけども―」
『――あ、少々お待ちください』
ドア付近の壁に備えられたインターホンを鳴らして名前を告げれば、ややくぐもった年若い男性の声で返事が来た。助手だろうか。
しばらくぼんやりと壁を見ながら手持ち無沙汰で待機していると、がちゃりとドアが開かれる。
「――いや、待たせてすまんかったな、オトギリ君。ささ、入りなさい。わしの後に付いてくるんじゃ」
「お邪魔します」
なんと、まさかのオーキド博士直々のお出迎えである。言われるがままに研究所に入ると、資料であろう書物が収められた木製棚が幾つか配置されている。白衣を着た如何にもな格好の野暮ったい研究員が何人かちらほらと。俺を見ると笑みを浮かべて声をかけてくるため、こちらも会釈を返しておく。
「さて、座るといい」
部屋の最奥にある机に案内され、キャスター付きの椅子を進められる。童心に戻ってレースでもしたくなるが、どこかにぶつけた挙句、貴重品が壊れて賠償金でも請求されたら堪ったもんじゃないので、今回は何もしないでおく。
「えー、まずはお時間をいただきまして、誠にありがとうございます」
「前にも思ったが、オトギリ君、キミは些か固すぎんか」
「お仕事モードですので」
「そうか……。まあ、お茶でも飲みなさい」
タイミングよく研究員からお茶を出された。ありがたく受け取っておく。……あー、染みるわぁ。
「それで、儂の力が借りたいとのことだったが」
「あぁ、はい。そうですね……少々お待ちを……」
えー……これじゃない、これでもない、これは違う。んー……あ、これ手土産だ。ついでに資料もあった。
「口下手なので資料を作ってきました。軽く目を通していただけますか? あ、これお土産です」
「おお、饅頭か。ありがとうよ。どれ、茶請けにしよう。資料も見せてみなさい」
言って、胸ポケットから……老眼鏡だろうか? 取り出した眼鏡を掛けつつ、受け取った資料を読み始めるオーキド博士。
暇なので周囲を見渡す。いや、無言の時間が続くと緊張するから、どっか別の場所でも眺めて気を紛らわしておきたい。
掲示板に張られた資料、壁の飾られた賞状、デスク周囲には乱雑に積まれた紙束とデスクトップパソコン。
……右にある長いテーブルみたいなのって、御三家のモンボが置かれるやつじゃね? おー、マジか。ちょっと感動。
反対側にある真空管みたいな大型の機械はなんだろうか。近未来的な要素から考えると、ワープ装置みたいなイメージが湧いてくる。
……資料読み終わるの遅くね?
眉間に皺を寄せたオーキド博士の表情を見ると、沸々と不安が湧いてくる。どこだ、どこを突いてくる? まだ粗探しは終わらないのか……?
「……これはキミが作ったのかな? 保護者の力は?」
「ひとりで作りました。そもそも保護者がいないので」
「ふぅむ……そうか……。この施設設立後に提供するデータ項目の部分。ちと気になるのぅ」
来た。やはり攻めてくるか。専門職からの『素人質問で申し訳ないが……』というやつだ。
やめてくれオーキド・ユキナリ。俺は素人なんだ。頼むから『ロジックが破綻しておる』とか『先行研究のデータから察するに矛盾する点が~』みたいな感じで攻撃して来ないでくれ。
「……何かありますか?」
「いんや、案自体は面白い。ただ、もう少し詰められると思うてな。全面的に飲んでくれとは言わんが、条件次第では共同研究出張所として、儂の名前を貸してやれんこともない」
「例えば?」
「そうじゃな……ここにない項目を足すとするなら『人とポケモンの精神的相互作用』なんてどうじゃ」
「あー……懐き進化ですか?」
「その通り。若いのに感心じゃな」
……まあ、それくらいなら別に良いか。懐き進化って、野生産とトレーナー産だとどうなってるんだろうか。気になるっちゃ気になる。数値化できたら面白そう。
「分かりました。ただし、露骨にバトルそのものに干渉する内容は一旦保留とさせてください。それと、運営に関する事柄は要相談でどうでしょうか?」
「構わんとも。そこまでは口を出さん。ただし、このオーキド・ユキナリの名前を借りようとするなら、徹底的に話し合わせてもらうぞ。儂の名前は軽くないのでな。納得いかなかったら話はナシじゃ。若いからと言って容赦はせん。覚悟せい」
年月を重ねた外見と同様、瞳からは相応の重みを伴った意志が感じられた。これは強敵だ。
「ぉ、お手柔らかに……」
許容量にも限界がある。
どれだけ俺の要望を押し付けて、相手の要望を受け止めて捌き切れるか。
腕の見せ所だな。
☆☆☆
――クッソ疲れた。
老人と聞けば何かと被害者にされがちだけど、現役バリバリの年寄りとはなんとも厄介な存在である。
俺の前世を足しても届かないほどに人生経験が豊富だから、やたらと目ざとい。ディベートは終始攻められっぱなしだった。
なんだあの爺。全然手加減してくれないんだけど。書いたかどうか忘れた個所まで使って意見を通そうとしてきやがる。
『ここの文章を抜粋すると~』じゃないよ。重箱の隅を楊枝でほじくるな。俺の外見年齢が十歳である事を加味した上で発言しろ。
こっちの意見を通そうにも『考える』『考慮する』『配慮する』『それはそれとして』みたいな感じで、のらりくらりと躱されてしまった。
立場としてはあっちの方が上だから、こっちから必要以上に踏み込むことも出来ない。
そんな感じで、結局、最後まで確約は得られなかった。狸爺。
とは言え、こちらの熱意は伝わったはずだ。何せあの博士、他の研究員が『そろそろ時間が……』みたいな感じで止めに来るまでずっと俺とくっちゃべっていたのである。間違いなく好印象なはずだ。お陰様で夕方になっちまったぜ。
今から帰るのは危険だからと、今日は博士の家に泊めてもらうことになった。オコリザルは明日見せてくれと言われた。
これは……気に入られたか? どこで気に入れられた? 子供にしては無駄に饒舌だったこと? それともさらっと流した親ナシであることか?
もし仮にこれが事実なら、年寄りの良心に付け込む形になるが……まあ、これも生存戦略の一つである。ポケモン界隈の重鎮、顔役と言っても、所詮は人の子。年端も行かぬ少年少女には優しくなってしまうようだ。
ぺっ、甘ちゃんがよ。そんなんじゃタマムシで通用しねぇぞ。
オーキド博士の家は、研究所の後ろにある。ゲーム画面で言うと研究所の真上。原作での説明はライバルとその姉の家だ。
そんな原作ファン垂涎モノのお宅の中には、テレビ、キッチン、テーブル、そして椅子が四脚。その他家具が諸々。全体的に統一感があって、整然としていた。研究室のきったねぇデスクとは大違いだ。
「ちょうど子供夫婦と孫が旅行に行っていてな。寂しい思いをせずに済みそうだわい」
というようなことを家までの道中で聞かされた。ハブられてて草。
風呂を頂き、食事を馳走になり、寝床まで用意して貰えた。リュックに予備の着替えを詰め込んでおいてよかった。
「どれ、絵本を読んでやろうかの――『ポッポみたいなイワーク』」
え、なに? なんて?
ベッドの縁に腰掛けたオーキド博士が、サイドテーブルのランプを点けながら本の題名を口にした。
中身おっさんとしてのプライドと、単純にタイトルが気になるのとで、聞きたい気持ちと聞きたくない気持ちが拮抗している。
「――むかしむかし、あるところに、ポッポみたいなイワークがいました」
冒頭から既に意味がわからない。え、これこのまま続けるの?
☆☆☆
「――今まで言わなかったけれど、あなたはわたしたちの子供では――」
ぴたりと。オーキドは文章を読む口を閉じた。
「すやぁ」
仄暗いランプの明かりに照らされた先には、布団の中で、すやすやと眠る少年がひとり。傍らには、いつの間にかボールから抜け出していたらしいオコリザルが、胡坐をかいて見守っている。
――オーキド・ユキナリがオトギリと顔を合わせるのは、今回で二回目のことだった。
一度目は古巣であるタマムシ大学で講義を頼まれた時。
諸事情によって頼まれた用事を済ませようとしていた折、偶然そこにいたのが出会いだ。
印象としては、特段珍しくもない、どこか存在感が希薄な、礼儀正しい少年。それ以上の感想はなく。
どちらかと言えば、紹介状に書かれた少し変わったマンキーの方が気になった。
年寄りから若者に対するお節介も兼ねて、検査の担当者として名乗り出た。
調べて、良いものも悪いものも含めた検査結果を全て伝えて。何か変化があったら教えてくれと口にして。
それで終わり。
悪くない結果に満足しながら、礼儀正しい少年を、記憶の片隅にそっと置き。
オーキドは研究に忙殺される毎日を過ごした。
――二回目。それが今回。
その他大勢と同じように、オーキドの中で、オトギリの存在が薄れつつある日々の最中の事だ。
研究も行き詰まり、さて、どうしたものかと頭を悩ませていると、助手の研究員から自分あてに電話が来たという。
マンキー、検査、進化、オコリザル……。
ああ……と。そこで件の少年を思い出した。
権威のある者達からの電話が多いため、普段から面倒な相手の対応は助手に任せているが、研究に次ぐ研究で凝り固まった頭を解きほぐすには丁度いいだろうと思った。
以前検査したマンキー、もとい、懸念されていた進化を無事に済ませたらしいオコリザルの経過が気になったこともあり、気がつけば馬鹿に丁寧な口調で話すその少年、オトギリと会って話す日取りが決まっていた。
実のところ、オーキドがこういった形で誰かと顔を合わせること自体は、別段珍しくもない。
冒険をしたいという少年少女のためにポケモンを譲渡するため、パトロンやスポンサーと出会うため、テレビ局での打ち合わせ、或いは、本人の突拍子もない思い付きだったり。
今回も同じだ。
若い世代に対するお節介は、老い先短い老人のちょっとした楽しみでもあり、特権でもあった。
――そして、当日。彼から手渡された資料には驚かされた。
目的。メリット。デメリット。着眼点。
ひとりの子供が立ち上げたプロジェクトとしてはあまりにも大掛かりで無謀だったが、妙に現実味があった。
タマムシ大学の時とは違い、真正面から相対し、言葉を交わしたからこそわかる。
……聡い子供だと思った。同時に、危うい子供だとも。
誰かがブレーキを踏んでやらねば、きっとそのまま奈落に落ちていってしまうだろうと思わせるような。
暗く、じっとりと澱んだ瞳を見返せば、あらゆるものを踏み潰してでもそれを成し遂げようとする熱意と、じめっとした執着心を感じた。
自壊しかねない危うさを持つ者の事情に干渉するようなことが、彼にはどうしてもできなかった。赤の他人の心に土足で踏み込むにしては、オーキドの手の中にはあまりにも守るモノが増えすぎていた。だから、きっとそれは、オーキド・ユキナリの役割ではない。
……最終的に、オトギリの提案は飲むことになるだろう。
トレーナーの技能水準引き上げや学会の振興、地域活性化……オトギリの案は、成立すれば、ポケモン界隈のあらゆる面で役に立つ。子供の夢物語として切り捨てるには、あまりにも惜しい。将来有望な若い才能は、しっかり伸ばしてやるべきだ。
しかし、見極めも肝心だ。
タイミングを間違えば、共に破滅へと引きずり込まれかねない。それだけは避ける必要がある。
歯痒い話だ。
孫娘と近しい年齢の子供を、実利に即した天秤にかけ、場合によっては切り捨てることまで視野に入れなければならないとは。
長く生きてきたからこそ、嫌な想像ばかりが先立ってしまう。
「……儘ならんのぉ」
サイドテーブルの明かりを消し、布団に潜り込んだ老人は、最後にぽつりと溢して瞼を閉じる。
――暗闇の中、オトギリの手持ちであるオコリザルは、能面のような無表情でじっとその様子を見つめていた。
読了ありがとうございました。
別視点のお話を書くと息抜きになりますね。ちなみにディベートはボロ負けです。そりゃそうじゃ。
アニメだと川柳読んで酷い目に合ってるオーキドだけど、あの耐久力って狂ってよなぁと。まあ人間が高速移動できる世界だし。
早く邪悪な覇道を歩ませて上げたいですねぇ。
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次回もよろしくおねがいします。