元凡人による悪への道のり~裏ボス枠になるために~ 作:悪なれず
蒸し暑い日々が続いていますが、皆さま如何お過ごしでしょうか。
「お手」
てし。
「おかわり」
てしてし。
「ころーん」
ゴロン。
「反復横跳び」
しゅばばっ。
「タッチ」
イェーイ。
お手より少し高い位置にあるハシバミの掌を、ぽんと軽く叩いたイーブイの姿を見ながら、先人トレーナーとして後方腕組で頷いておく。女の子と小動物は絵になるね。
――特級呪物こと色違いイーブイがこの世に生を受けてから一週間以上が経過している。
孵化した当初は色々とあたふたしていたが、取りあえずハシバミ経由でママさんに助言を貰った。
・珍しいけどみんながみんな好きな訳じゃない。配色を気持ち悪がられることもある。
・欲しがる奴はコレクター、富裕層、研究職。欲しければ最初に交渉してくる。無理なら潔く諦める。
・少なくとも、ヤマブキでなら面倒な連中は表立って行動できない。程々に気をつけろ。
・生まれた瞬間に抗体は出来上がってるから、数日経っても何もないなら心配するな。
・でも念のため気が向いた時に検査して貰え。場合によってはこっちで口が堅い伝手を用意しておく。
・あとやっぱり自衛手段は用意しろ。
ざっくり纏めるとこんな感じ。
流石ママさん、頼れる女♂である。ポケモンに関しても詳しいのね。冗談抜きで経歴が気になるわ。
まあ、ハシバミのマンション周辺は、巡回の頻度が増えたりと、前にも増して治安維持に努めていると聞く。
ロケット団もここじゃ大っぴらに暴れられないらしいから、ある程度は安心できるだろう。
必要な自衛手段に関しては、イーブイを鍛えて本人に補って貰おう。自分の身は自分で守れ。飼い主のことも率先して守れ。役目でしょ。
要するに、目立つっちゃ目立つから気に掛ける必要はあるけど、執拗なまでに神経質になる必要はないということだ。
「昼どうするよ」
「今日の担当わたしだから何か作ってくるよ。リクエストある?」
「ない。任せる」
「わかった。イーブイ見てて」
「よしちゅぱ子、こっち来い」
「お願いだからその呼び方やめて」
切実な態度で要望してくるハシバミを余所に、俺に手招きされたイーブイがとてとてと駆け寄ってくる。
ソファーに座った俺の膝に飛び乗るや否や、そのまま中指に吸い付いてきた。ちゅぱちゅぱ。
なんだろうね、コレ。ハシバミに対してこのような行動はとらず、何故か俺の指にだけ反応を示すのだ。孵化したての時に俺の指をしゃぶった弊害だろうか? 乳首か何かと勘違いしてる?
こいつの餌ってミルクでふやかしたポケモンフードだから授乳はしてないんだよな。じゃあおしゃぶり感覚か?
なんにしろ、これが色違いイーブイをちゅぱ子と呼ぶ由縁である。ちなみにハシバミは普通にイーブイと呼ぶ。
どちらにも反応するし、その時の気分で呼び方を変えよう。
『ヴォ―……』
どちらかといえば、問題は俺の手持ちであるヒスイゾロアが死んだ目でこちらを見ている事だろうか。
テレビの陰からこちらを見つめるその瞳は、どこに置いてきたか疑問に思うほど光を失っており、何やらその背後からは『ズモモモ……』と言わんばかりに仄暗い影が揺らめいている。
ゴースト混じりなだけあって、漏れ出す嫉妬心がダイレクトに伝わってくる。もはや憎悪だ。
それでも俺の言いつけは破らず、俺とオコリザル以外には能力で見えないよう自身の姿を隠し、その存在を悟らせないように頑張っている。
そろそろ、ハシバミ辺りには教えてやってもいいのかもしれないが……万が一ポロっと何処かで溢されたら堪ったもんじゃないから、今もなお秘密のままだ。
情けない話だが、要するに俺はこいつの存在がばれる事をビビっている。
今よりもっと幻影が上手くなれば、適当なポケモンに化けさせて自由に動かせると思うんだが。ゾロアの色違いとして誤魔化せねぇかな。
珍しい物は好きだが、コレクターという訳でもないので、部屋の隅で埃を被っている状態のヒスイゾロアを勿体ないと感じてしまう。
早く使いたい。戦わせたい。大衆の目に晒されても問題ないようにしたい。
『ふぁっきゅぅ……』
いかん、ヒスイゾロアがこちらに向けて発する鳴き声が人語の罵倒に聞こえてきた。
ただちにオコリザルを派遣。あからさまにやるとハシバミたちに気付かれるので、上手い具合にこっそりと宥めてきて欲しい。
『きるゆぅ…』
赤子のように抱えられながらも、眼差しは得体のしれない何かを纏わせていて。なんとも言えない気持ちになる。
凄いなあいつ。オコリザルが気を遣って視界に入れないようにしてるのに、それを押し退けて無理やりガン見してきている。なんという執念だ。実は呪詛を飛ばしてるんじゃなかろうか。
なんなんだお前。なんでそんなイーブイに対して敵愾心マシマシなんだよ。嫉妬か? いいから早く目のハイライト拾って来い。
「できたよ。……どうかした?」
「や、なんでもない。今日のお昼なに?」
「ラーメン茹でたよ」
瞬きすら忘れていそうな圧迫感を放っているヒスイゾロアから視線を外し、振り返って盆にのせられた昼食を確認する。
「トッピング付きじゃん。贅沢」
「こんな感じじゃない?」
そうかな。そうかも。
普段具材なんてしないからわからん。
イーブイを引っぺがして食卓に着くと、座るや否や、どんぶりが前に置かれる。
結構多くない? 無駄に本格的。
「毎回こんな手間かけてんの?」
「そんなことないよ。偶にしかやらない」
「ほーん……いただきます」
あ、美味い。ちょっといいやつだな、これ。
――汁まで飲み干したら思ったより苦しくなった。
大人の頃なら兎も角、子供の体でやると結構しんどい。
「大丈夫?」
ソファーで隣り合って座るハシバミは、ほぼ同じ量を食いきったというのにケロリとしている。
寧ろ食後のデザートにアイス食ってやがる。なんだこいつは。
なんかちまちま抓んでるイメージはあるけど、お前そんな露骨に大食いキャラじゃなかっただろ。
「ハッシーさぁ、もしかしたら手遅れなのかもしれないけど、太るよ」
「――は? 太ってないけど?」
「わざわざ見せようとしなくていいから」
やめなさい、年頃の女の子がはしたない。……パッと見、腹部に変化は見受けられない。本当に俺と同じ量を食べたのか疑わしい。
「ほら」
「いやだから……おお……?」
無理やり手を取られて触らされる。
引き剥がそうとした折、ふと、動きを止めた。
――カチカチではない。
しかし、確かに手のひらから伝わる、薄っすらと引き締まった筋肉の感触。年の割にはいい腹筋だ。
背丈が同じくらいある俺を抱えて全力疾走可能な、フィジカルの一端を垣間見ることができた。
個人的には健康的で程よく筋肉質なのは属性としてアリだと思ってる。ハシバミの年齢を考えると将来有望だな。是非健やかに育ってくれ。祈願しとこ。
というか、このスタイルを維持できている事に驚きを隠せない。どうなってんだこれ。
「……何か言ってよ」
「恥ずかしいならやるんじゃないよ」
「うるさい。わたしは太ってない」
「わかった、ごめんて。太ってないから」
「ちゃんと見て言ってる?」
なんだこいつ。照れたと思ったら急にメンヘラ化しやがって。
「見た見た。綺麗なお腹だね。筋肉もついてるし。結構がっつり揉んでるんだけど苦しくないの?」
「えっち。くすぐったい」
「今日テンションおかしくない? どしたん話し聞こうか? 言ってみ?」
「……何日もずっと誰かと一緒にいる時間ってないから、ちょっと楽しくなっちゃった」
照れた後にメンヘラ化したと思ったら、今度は急にぶっこんでくるじゃん。
親ナシ要素引き合いに出されたら笑えなくなっちゃうだろ。まあ俺もいないんですけどね。
何ならゴミ漁りしで生計を立てていた分、カントー地方においては俺の方が底辺まである。
「ママさんは?」
「偶に遊びに来てくれるけど、あっちも忙しいし。それに、ママってお泊りしたことないんだ」
意外だな。
あの人ハシバミにダダ甘だから、普通に一泊くらいしてキャッキャウフフの女子会開いてると思ってた。
「じゃあこれからはちゅぱ子と一緒なわけだ。よかったな、もう一人じゃないぞ」
「うーん……でも、あのイーブイはあくまでわたしに預けてるだけなんでしょ?」
「どうしても欲しいってんならあげるけど」
「……あげるとか、あげないとか。好きな表現じゃないな、わたし。それに、一緒に暮らしていく自信もあんまりないよ」
命に対して責任を持つのが怖い感じかな。わからんでもない。
けど、ポケモンなんて、人間が死んでも普通に生きて行ける存在だろうから、俺みたいに手段の一つとして割り切ればいいとも思ってしまう。
「ハッシー、餌やりもトイレの後始末も別に嫌って訳じゃないでしょ。こっちで躾けておくから、日常生活の面倒だけ見てくれればいいよ」
「なんでそんなにこの家に置きたがるの?」
「いれば何かあった時に役立つから」
ママさんの紹介だから本当に危ない仕事は弾かれているかもしれないが、表沙汰にしにくい物品を運搬する運び屋というのは、どうしても危険が付きまとう。
駄賃を貰って仕事について行ったとき、野良のポケモンに追いかけられることも何度かあった。まあ同伴してる時の大半は俺が原因なんだけど。泥落とすために蹴り付けた石の正体がイシツブテとは思わんやろ。
「……心配してくれるんだ?」
「そりゃそうでしょ」
「ふーん……へー……」
「カモンちゅぱ子」
ごろんごろんと一人遊びをしているイーブイを呼び寄せて引っ掴み、にまにまと生意気な表情を晒しているハシバミの顔面に押し付ける。
「……んへへ」
――かーっ! 卑しか女ばい!
ここにきて露骨に好感度稼ぎ狙いにきやがって。このマセガキ。
顔と声が良いからって調子に乗るなよ。懲らしめてやる。
「現在カントー地方で主流となっているイーブイの進化先を三つ述べよ」
「え、急に……? えっと、三日目の内容だから……ブースター、シャワーズ、サンダース」
「ノーマルタイプに弱点を突けるタイプは」
「かくとう……?」
「ポッポ、ドガース、タマタマ。この中で一番弱点が多い複合タイプはタマタマだけどこの問題にはあんまり関係なくて、特性を加味した場合、地面タイプが弱点なのはどれ?」
「ん? え? えーっと……毒タイプのドガース」
掛かったなアホが。
ドガースは特性ふゆうだから地面タイプ無効だ。よって答えは沈黙である。
「ぺっ、雑魚がよ」
「何でそんな酷いこと言うの?」
これで俺の威厳は保たれたな。ヨシ!
☆☆☆
夜。
シャワーを浴びて夕食を済ませて。
それから、だらだらと程よい時間までリビングで過ごした後、宛がわれた部屋で布団を敷いた。
――んじゅるるるるっ!
おー激しい。
指に吸い付いて上書き行為を実行するヒスイゾロア。
鬼の形相と啜り込むような勢いも相まって、最早捕食行為やギガドレインと言っても差し支えないだろう。
唾液塗れになった指を、本人の体毛に擦りつけて拭い去る。ちなみにオコリザルは隅っこに座ってじっと見つめていた。育児に疲れたのかな。ご苦労。明日からもよろしく。縁切りしても逃がさないぞ。
ある程度拭き終えてから起動したノーパソで朝晩の業務を開始する。まあ、メールの確認だとか、クラファンもどきで募った寄付金の貯まり具合だとか、あとは表と裏の掲示板で情報収集だとか。その程度のことしかしないが。
『件名:主人がイーブイに心を奪われて一年が経ちました。
とても脳が震えています。
私は生まれて間もないコイキングです。
――以下略――
憎いイーブイを共闘して倒していただける親切な方は、下記のメールアドレスに返信をください』
このスパムメール面白いな。ツッコミどころが多くて。
なんかヒスイゾロアと状況が似通っている。非常にタイムリー。
実はお前が送ったんじゃないだろうな?
『うぇ?』
違うっぽい。
特に気になるメールもないので次に行く。
立ち上げたサイトのアクセス数と集金も確認も問題なし。少しだけ前より増えてるっぽい。
情報収集がてらネットサーフィン。
いつのまにか、巷ではバトルテント(仮)計画に似た話が流れてるようだ。出所は不明。
たぶんキクコさんの口伝が火種かな。それっぽいことやるって言ってたし。手柄を横取りされる前に改めて企画を持ち込まなきゃいかんね。あの時はキクコさん個人に見せてたもんだし。話し自体は広がってると思うけど。
あと、オーキド博士にも、改めて口添えのお願いをしておこう。メールと電話で念押しだ。
『んぇぁ』
他に目ぼしい情報も見当たらないので、鬱陶しいくらい定期的に体を擦りつけて甘えてくるヒスイゾロアを雑に撫でまわして構ってやる。
それにしても、いつになったらカリスマ溢れる悪役として活躍できるんだか。
俺はただビッグなネームド悪役になって主人公と対峙してこの世に自分を刻み付けて気持ち良くなりたいだけなのに。
世界征服とかそんな大それたことじゃなくて、ほんの些細な願い事なのに、どうしてここまで大変な思いをしなきゃいけないんだ。
このままじゃ気苦労が絶えなくて禿げちまうよ。
ヒスイゾロアを抱えて仰向けにさせ、両手でわしゃわしゃと顔を撫で回す。むにむに。みょいーん。
『むふー』
嬉しそうで何よりである。
なんだかんだペットって癒やしだわ。
年齢層の高いおっさんとジジババ達のヒロイン力があまりにも強すぎるため、一部キャラにテコ入れを施す事で上方修正しました。
どうか私を許しておくれ。
続きは土日の夕方か夜くらいに出せると思います。
読了、ありがとうございました。
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