元凡人による悪への道のり~裏ボス枠になるために~ 作:悪なれず
腰と膝が痛い。
ワン・ツー。
ワン・ツー。
アッパーカット。
とうに夏も終わりを迎え、秋の涼しさが運ばれてくる時期。
ヤマブキ都内の隅っこにあるおんぼろ施設。小銭を払って使用する小さなバトルコート。
寂れたこの場所で、俺とハシバミの見ている先には、オコリザルとイーブイが相対していた。
フェイント混じりでリズミカルに放たれるオコリザルの拳を、イーブイが反復横跳びの要領で左右に跳ね回って躱し続ける。
そうして、避け切れないと悟った攻撃は、自ら当たりに行くことで軌道を逸らし、ダメージを最小限に抑えつつ受け身で衝撃を逃した。
「……ねぇ」
「大丈夫大丈夫。まだいける」
おどおどした様子で服を抓んでくるハシバミへ雑に返す。
ここにきた初日から見学してるんだから、もう見慣れた光景だろ。
とても手加減をしている我が家のオコリザルとスパーリングさせて分かった事だが、どうもこのイーブイ、攻撃方面のセンスはあまりないようだ。
距離の測り方が下手で、攻撃を透かすことが度々。
ただ、吹き飛ばされてもすぐさま前線に復帰してくる粘り強さ。
自分より大きな相手の懐に潜り込めるずぶとさ。
そして、先述した攻撃をいなす術と受け身。
このように、耐久と防御に関しては目を見張るものがある。
役割としては受けポケになりそうだ。
もう自分で使う気はあんまりなくて、だいぶハシバミに譲渡する予定だし、ボディーガードとして期待しているので、ある意味では適任である。進化先が気になるところ。防御ステが高いやつになってくれたら頼もしい。
「――あ、そこまで」
イーブイの足が縺れて転んだ。
オコリザルが止めを刺す前に停止させる。受け身も取れずに食らったら危ない。
舌を出してぜぇぜぇしているイーブイとは対照的に、オコリザルの方は息一つ乱れていない。経験の差だな。
隅っこで能力を使って姿を隠しているヒスイゾロアが、あっかんべーとヤジを飛ばしている。嫌な奴に見えるからやめろ。
そういえば、普段幻影で姿を隠しているヒスイゾロアだが、イーブイに存在を知られた。
確信したのは、イーブイがヒスイゾロアの尻尾を前足でちょいちょいして遊んでいる決定的瞬間を見た時だ。
ヒスイゾロアが感情の抜け落ちた真顔で俺とイーブイを交互に見やっていたのが印象に残っている。俺も突然の出来事で真顔になった。
身バレしたヒスイゾロアが急いで隅っこに移動したら、イーブイはヒスイゾロアがいなくなった空間を只管べしべし叩いていた。
消えた手応えに首を傾げ、鼻をヒクつかせながらうろうろしいたので、恐らく十日以上一緒にいても姿が見えなかったヒスイゾロアの“におい”に違和感を持った可能性が高い。
本人的には『ちょい気になったから確認しとくか』みたいなノリだったのだろう。好奇心って怖い。
その後も、見えていないはずのヒスイゾロアに顔を向けたり、突拍子もなく駈け寄ったりしていたが、今日までの接触はなんとか避けられている。
何度も続くから偶然の一言では片付けれない。
風向き、体温、その日の調子。あるいは別の条件。
いつかじっくり腰を据えて調べてみよう。予定は未定。
ハシバミに対しては未だに隠し通せてるけど……もうばらしちゃおうかな。
色違いメス個体イーブイに加えて、俺以外知らない絶滅危惧種の存在を教えるのは酷かもしれないけど。……やめとくか。
「そろそろ帰るか」
「うん」
昼過ぎ。長くやっても支障が出る。無茶をさせ過ぎると壊れかねない。
ハシバミが水とおやつを与えて休ませる。
軽い小休憩を挟んだ後、満足げにニコォ……と微笑んでいるイーブイをボールへと収納。
まだ対して強くもない色違いを大っぴらに見せびらかすのはよろしくない。
ちなみに使っているボールだが、なんとオシャボと名高い『ムーンボール』である。
これに決めるのも一悶着あった。ハシバミが『どうせならお洒落なボールが良い』と駄々を捏ねたはじめたのだ。
電話でハシバミがママさんに相談したところ「貰ったけど使い道がないから上げるわ」と。
そんな軽いノリで、郵便物として送られてきたのがこれである。
ハシバミもイーブイも気に入ったらしく、それなら、折角だからこれにしようという理由で決まった。
羨ましい。俺の手持ちなんて落ちてるボールで捕まえたのに。これがホームレス孤児と保護者アリ孤児の違いか。
イーブイとヒスイゾロアをボールに戻し、護衛目的でオコリザルだけ場に出したまま、ハシバミ同伴で施設を後にする。
外に出て歩けば、都内は多忙な社会人達があくせく働いていた。
社会不適合者として肩身が狭いぜ。劣等感によって失われて行く自尊心を回復させなくてはいけない。
「昼めんどいからコンビニで何か買わない?」
「いいよ」
適当な理由をつけ、途中にあるコンビニに寄って雑多に買う。
途中で忙しそうな通行人に対して、さり気なく見せびらかすようにホットスナックを食べながら帰路に就く。
ああ……回復していく、俺の自尊心。傍から見たら嫌なガキだな。
悠々と歩きつつハシバミの暮らすマンションへと無事帰宅。
部屋に入って各々順々に手洗いとうがいを済ませ、リビングのソファーに座って買ってきた物を袋から出して広げる。
大袈裟に出したイーブイを囮に、ヒスイゾロアはこっそりと召喚。適当にポケモン用のおやつを投げて食わせる。オコリザルにはアイスを上げた。欲しそうにしてたから。
「何喰うよ?」
「あんまんがいいな」
じゃあ俺はアメリカンドッグ。
ソファーに二人並んで買ってきた物をもそもそと食べる。
「……正直、初日から見ててもよくわからないんだけど、イーブイってどんな感じなの」
「あー……受けが得意。避けたり、防いだり。そっち方面を伸ばすのがいいんじゃねえかな。攻撃は苦手みたいだけど、追々なにか欲しいね。まあ、今はとにかく守る手段に集中させればいいよ」
数回の特訓とゲーム知識を交えた個人の見解である。現実の受けポケってどんな感じなんだろうか。大体みんな攻めてくるからわからんわ。
「そっか。……ねえ。いつまでいられる?」
「俺もやりたいことあるから、もうちょいしたら出て行くよ。それを踏まえて聞くけど、イーブイどうするよ?」
「……どうしたらいいかな?」
当初の目的では、こいつを護衛としてハシバミにつけるつもりだったが、色違いメス個体とかいうレア度の所為で、傍に置いておくより、良識のある権力者に預けつつ様子見をするのがいいのではと思っている。オーキド博士とか。
なのだが……。
「今更捨てられる? そいつ」
結局のところ、このミニ毛玉を置いておきたい尤もな理由は、ハシバミ自身による我儘なのだ。
可哀想だからわたしが保護するという、子供特有の無垢で無責任で無鉄砲な彼女の意見を尊重した。
もしも彼女がいらないと口にしたならば、その時はまた考える。
「それは……やだな。わたしもイーブイと離れたくないから」
自分を呼ばれたと思ったイーブイがハシバミの足元に近づく。
ほんの少し笑みを浮かべた彼女は、足元にいるイーブイを抱き上げて膝に乗せ、撫で始めた。
「じゃあもう、周りに手伝って貰ってでも、ハッシーが頑張るしかないわけよ」
「そっか」
納得したのか、あるいは別の何かを考えているのか。
イーブイを撫でる手を止めたハシバミは、低い声で返事をした。
「あんたは……オトギリは、さ」
黙りこくっていたハシバミが、再びその口を開こうとする。
しかし、何かを言い掛ける度に、躊躇ったり、俯いて言葉を取りやめていた。
特に急かすでもなく、買った物を飲み食いして続きを待ってやる。
「えっと、その……ずっと一緒にいてくれないの?」
撫でていたイーブイを抱きしめながら、おずおずと。ようやく彼女は言葉を口にした。
やや震えた声音と不安げな表情は、今まさに悪いことをしていると言わんばかりに俺の顔色を窺っているのが見て取れた。
「いや、ずっとは無理だよ」
間を空けることなく即答。
ある程度までは手助けをする。付き合える範囲でなら付き合う。
それ以上は無理だ。疲れる。めんどくさい。
嫌ってはいない。寧ろ好きだ。愛着がある。じゃなきゃここまで親身になって面倒を見ない。
とはいえ、俺の中でも優先順位の違いと言うモノがある。
ハシバミは俺の人生を彩ってくれる貴重な存在だが、だからといって、彼女の存在が必要不可欠という訳ではない。
いなくなったら本気で寂しくなるのは間違いない。逆に言えば、それで済んでしまう。
人としての感情と、勘定による損得は両立可能なのだ。
少なくとも、俺の中ではそうなっている。
「……ごめん、変なこと言って」
「いいよ、別に」
色々重なって情緒不安定になってるのかな。
前よりも距離が近いのは、きっと気のせいではないだろう。
ハシバミの中で、俺の存在がまた大きくなっているのかもしれない。
それはそれとして、いいよね、自分が必要とされる感覚って。
前まで路地裏で死んでても気にされない程度の存在だったから、誰かにとって重要な立ち位置にいると、なんとも言えない優越感を覚えてしまう。承認欲求が満たされる。
もしかしたら、今のハシバミなら、俺が死んだらいの一番に悲しんでくれる女候補№1くらいの感情を持っているかもしれない。
そう考えると興奮しちゃうよね。性格が終わってる。ゴミカス。
「まあ、ハッシーは子供だから、少しくらいの我儘なら付き合うよ」
俺が飽きるか、ハシバミが自分の判断で俺から離れるまで。
勿論、それは口にすることはないが。
「わたしより年下だよね?」
お前も大して変わらんやろがい。
肉体年齢は十歳程度でも、憑依転生した分、俺の方が人生経験豊富だぞ。マウントをとらせろ。
「……今日の晩御飯、どうしようか」
「食う事に対するこだわりなんなのよ」
「家にいる時って、テレビ見ている以外だと他にすることなかったから」
だから俺がアポなし訪問でこの家に上がり込むとき、毎回ソファーの上でテレビ見てる場面が多いのか。
「趣味に費やせば? 前にタマムシに付いてきた時、コスメ道具買ってたじゃん」
「仕事するときにスッピンだと甘く見られると思って気を遣ってるだけだもん。普段はそんなに……」
「その青いメッシュは」
「これは地毛」
「エリカに貰ったお手玉で遊んだりしないんか」
「遊ぶより飾っておいたのを見る方が楽しい」
薄化粧だからスッピンでも美人なのは変わらんよな、正直。地毛なのも初めて知ったし。
お手玉を飾って楽しいは……プラモみたいな? これは流石にわからん。
仕事して帰って飯食って休日はだらだら過ごす、か……。不思議だな、実際に見た訳じゃないのに情景がありありと浮かんでくる。
割引のお惣菜。ビール。テレビ。独り言。……うっ、頭が。アルコールなんていう余計なノイズが入り込んできやがった。
これに親から『あんたいい人いないの?』みたいな電話が掛かってきたら完璧だな。
やめてくれ母上、その言葉は俺に効く。知り合いの顔写真を送ってくるのもやめてくれ。そいつらが結婚した報告もいらないから。許して。
「……夜は餃子だな。ビール買いに行こう」
「二人揃って未成年なんだけど?」
そうだった。今の俺って子供だった。……仕方ない、炭酸飲料で我慢しよう。サイコソーダ買うか。
☆☆☆
両親がいなくなってから、基本的に、何をするにも一人になった。
保護者代わりになってくれたママは良い人だ。気にかけてくれる。何かあったら助けてくれる。BARに行けば喜んで出迎えてくれる。
けれど、いつもいる訳じゃない。わたしの家にはあまり来てくれなくて、来たとしても短い時間しか一緒にいられない。
そう言うモノなんだと思う。
それでも、いい人なのは知ってる。あまり我儘は言って迷惑を掛けたくなかった。
だから我慢する。
部屋を少し暗くして、テレビを点けて、適当なチャンネルを回す。それでどうにかなる。ずっとそうしてきた。
でも、私より年下の、弟みたいな、偶に年上みたいなことを言うあの子が……オトギリと会ってからは、ちょっと変わった気がする。
なんの連絡もないのが基本だし、いつの間にか持ってた合鍵を使って勝手に寛いでいる事もあるけど、一緒にいると寂しくならない。なる余裕がない。
他人だけど、他人の感じがしない。安心する。
今日もそうだった。
一緒に餃子の皮を包んで、沢山焼いて、大きなお皿に乗せて二人で食べて。
後片付けをしてる時も、洗い物をしてる時も。
それから、二人で同じソファーに座ってテレビを見るのも。
普通で当たり前のことが、楽しくて、嬉しい。
これからも続いたらいいなと。そう思っていた。
「……ずっと一緒にいてくれたらいいのに」
布団から顔を出す。
部屋の隅に置いたクッションじゃなくて、布団の上で丸まって寝ているイーブイを指先で軽く撫でる。
ペタンと垂れさがったイーブイの耳が、一度ピンと上に向いて、それからまたへにゃりと力が抜けて倒れた。
……ちょっと面白い。
話しかければ見上げてくれる。
撫でれば体を寄せて預けてくれる。
イーブイは応えてくれる。
こんな風に懐いてくれるポケモンは初めてだから、凄く嬉しい。
もう、ひとりじゃない。
――でも。
でも、やっぱり違う。
イーブイとオトギリは、違う。
ぽっかり空いてる訳じゃなくて。
じくじくする。
ちょっとずつ積もって行くみたいな。
多分これは、イーブイの温かさじゃ埋まらない、そんな寂しさだ。
……それに、いつかはわからないけど。
朝起きた時の「おはよう」も。
一緒にご飯を食べる時の「いただきます」も。
夜寝る前の「おやすみ」も。
言えば返ってきた挨拶が。きっと、もうすぐ。聞けなくなる。
……ズルい。
忘れてた事を思い出させたくせに。
急に離れようとするなんて。
そんなの酷い。
「やだなぁ……」
テコ入れ回はこれにて終了。
少年少女の微笑ましいやり取り。
これは透き通る世界観の青春物語と言っても差し支えないのでは?
ちょっと湿度が高いと言うか、じめっとしてるけど。誤差だよ誤差。
個性を出したいからと、お試しでハシバミ視点の際は若干書き方を変えてみました。
年頃の女の子難しい……難しくない?
次回の更新は未定です。
読了ありがとうございました。
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