その瞳に勝利を   作:カニ漁船

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これが10話目か……もう10話か()


避けられない遠征事情

 アイの条件戦が終わって数日。僕は滞在場所の自室で、溜め込んでいたスクラップブックの作成に勤しんでいる。

 集めている記事は勿論アイの記事。条件戦を1回走ったきりなのに、たくさんの新聞社がアイの記事を作っていた。

 

【欧州に上陸したミーティアの若き女王、条件戦を完勝!】

【今後に期待が持てるウマ娘はこの子だ!日本からやってきた挑戦者アーモンドアイ】

【すでに溢れる素質の塊。アーモンドアイの目標は?】

 

 翻訳すると大体こんな感じの記事で埋め尽くされている。日本でいうオープンレースを走ったようなものなのに、これだけ話題にしてくれると感慨深いものがあるね。

 

 集めた新聞の中からアイの記事を丁寧に切り抜いて、傷つかないようにファイリングする。もう慣れたものだ。

 今回はどれくらいでたくさんになるだろうか? ファイルに収まりきらない日を想像して、少しだけ楽しみになる。この楽しさは何度味わっても変わらない。

 

「……さて、と。作業も終わったことだし、次はアイのトレーニングメニューの改善だね」

 

 最後の記事をファイリングし終わったら、いつもの仕事に戻る。また更新する必要が出てきたから、早いうちにやっておかないと。

 

 チラリと時刻を確認。20時を丁度回った頃だ。なら、大丈夫。絶対にバクシンオーは来ない。

 なんでバクシンオーが来るのかというと、理由は単純。僕が仕事をし過ぎないか見張るためだ。

 いつもは僕は家に帰っているし、バクシンオーも寮住まいだから手出しできない。怯える必要がないわけだ。

 だけど、今回の遠征では同じ滞在場所。つまりは介入してくる可能性が高いというかほぼ100%介入してくる。だってバクシンオーだから。

 

(タイムリミットは22時前。その時間になったら確実にバクシンオーが来る。その前に終わらせないと……っ!)

 

 いや、うん。僕が悪いのは分かっているんだ。監視でもしなきゃ仕事をし過ぎるし、バクシンオー達を心配させすぎるのもよくない。

 

 だけど、だけどだ。こう、いろんな作業をやっているうちに、コレもやりたいアレもやりたいと思ってしまうわけで。気づけば時間が過ぎ去っているのである。

 

「一日が30時間ぐらい欲しいな。そうすれば今よりもっと余裕が増えるのに」

 

 増えた時間で何をするか……僕のことだから普通に仕事してそうだ。そしてもっと時間が増えないかなとか思ってそうだ。我ながらどうかと思う、うん。想像つきやすいのがなんというか。

 

 

 変なこと考えてないで、早いうちに終わらせてしまおう。バクシンオーが来る前に。

 

「スピードのトレーニングはもう一段階上に……スタミナはまだ鍛えなくても大丈夫で、賢さをどうするか……」

 

 その後は結局、バクシンオーが部屋に来るまでずっと仕事をしていたらしい。バクシンオーの証言だ。

 

「お休みの時間ですよトレーナーさんッ! トレーナーさんをベッドにバクシンバクシーーンッッ!」

「自分で歩くから降ろしてくれないかな……というか室内だし」

「これはすいませんッ! ですが、トレーナーさんが寝るまではこの学級委員長が目を光らせておきましょうッ!」

「普通に寝るから安心して。PCも起動する気はないし、バクシンオーだって明日早いんだから」

「分かりましたッ!」

 

 22時ぐらいまで仕事をして、部屋にバクシンオーが突入してきたタイミングで仕事を切り上げる。バクシンオーが部屋を出たタイミングで仕事……なんてことはしない。

 

(それは心配する彼女達の裏切りだ。さすがにそこまではしたくない)

 

 今も大概、という気もするけど。とにかく寝支度を済ませる。1秒でも早く寝るために。

 

「こっちに来てからは毎日22時30分睡眠か……健康、なのか?」

 

 普段の生活に比べれば健康だ、うん。

 

 

 

 

 

 

 明けた次の日。練習場で早速アイに更新したメニューを渡す。

 

「それじゃあアイ、これが更新したメニュー……どうしたの? なんか眠そうだけど」

 

 つもりだったんだけど、どうもアイが眠そうに目を擦っていた。いったい何があったのか。前日特になにかあったとかはないはずだけど。

 

 時差ボケだろうか、なんて考えていると、アイは苦笑いを浮かべていた。

 

「その、日本にいるブラストと通話してて。その通話が少し長引いちゃったのよ」

「ブラスト、というと……ブラストワンピースのこと?」

 

 頷くアイ。どうも日本の友達と通話をして盛り上がっていたらしい。そのせいで少し寝不足気味だと。

 アイにしては珍しい理由だな、なんて思っていると。

 

「わたしの寮の同室の子なんだけど、凄く寂しがってるみたいで……わたしも遠征している手前、あまり強く言えないのよ」

 

 同室の子がいなくなって寂しがっている、との理由だった。あぁ、うん。それは確かに断り辛いね。仕方のない理由だ。

 

「遠征の時も引き止められたし、自分も着いていく! なんて言ってたぐらいの子よ。ララが引き受けてくれるって言ったんだけど……ララは栗東寮だから」

「美浦寮まではいけないね」

「そういうことよ」

 

 ララ、というのはラッキーライラックのこと。アイやブラストワンピースと一緒の世代で、向こうのティアラ路線を走るつもりらしい。ちなみにチームはオルフェーヴルのチームだ。向こうのトレーナーとは交流があるので、情報交換の機会が多い。可愛がられているとかなんとか。

 

 とにかく、寝不足の理由は通話が理由らしい。その理由も納得のいくもので、どうしようもない部分がある。

 こうなると、トレーニングは少しばかり調整する必要があるな。

 

「ちょっと待ってねアイ。少しメニューを修正するから」

「え? わ、悪いわよトレーナー。寝不足なのはわたしが原因なんだから、トレーナーがそこまでしなくても」

「大丈夫。これくらいはわけないから……はい、出来た。今日はこのメニューで調整しようか」

「早っ!?」

 

 寝不足なのを考慮して、ちょっとだけ数を減らした。これくらいは手間も掛からないし、むしろアイが大事になる方が堪えられない。事故になりかねない要因は徹底して排除しないと。

 

 それにしても、日本との時差の問題か。

 

(解決しておく必要があるね。お互いの妥協点を見つけよう)

 

 これは後で向こうのトレーナーと相談だ。幸いにもブラストワンピースのトレーナーとは知り合い、問題はない。アイやブラストワンピースも交えて、お互いにとって良い落としどころを見つけてもらおう。

 

 

 いろいろとあったけどさっそくトレーニング。いつものように練習をする彼女達を見守る。当然、モンジューのチームと一緒に。

 

 向こうのチームはかなり人数が多いので壮観だ。ボクのチームの倍はいるし、メインとなるチーフトレーナーにサブトレーナーが目を光らせ、全体に指導をしている。

 そのチーフトレーナーが僕の方へ。

 

「『ミーティアとのトレーニングは相変わらず実になるね。できればずっとしてほしいぐらいだ』」

「……『どこまで本気なんですか?』」

「『最初から最後まで』」

 

 にっこりと、微笑みながら告げる彼から感じる圧。うん、かなり本気のようだ。どうも前回のは嘘でも何でもなかったらしい。丁重にお断りさせていただくけど。

 

 残念そうにしているモンジューのトレーナー。遠巻きに練習を眺めながら、今後のことを話してくれた。

 

「『ミーティアに興味があるチームは欧州中にいるんだ。だからこそ、我々のように一緒にトレーニングを、というチームが多い』」

「『ありがたいことです。トレーナーの先輩方からそのように言っていただけるのは』」

「『相変わらず謙虚? ってやつだね、聖トレーナーは。だからまぁものは相談なんだけど』」

 

 モンジューのトレーナーがタブレットを渡してくる。そこにはミーティアとの練習を希望したいチームのリストがずらりと並んでいた。

 

 驚く僕を見て、にやりと笑っている。

 

「『どうだい? たまには我々とだけではなく、他のチームともトレーニングしないかい? 必ず、君のお姫様の経験になると思うんだけど』」

「……『とてもありがたいお話です。お姫様、は多分アイの事なんでしょうけど、彼女のためになりますから』」

 

 いや、凄いなコレ。今欧州で話題になっているウマ娘のトレーナーや、それ以外にも名伯楽と呼ばれる人物の名前も載っている。ボクのチームにそれだけの評価をしてもらえるなんて、とても光栄なことだ。

 

(感謝してもし足りないな、これは)

 

 ただ、目移りしすぎて今すぐには決められないな。それだけ魅力的な名前が並んでいる。

 

「『こちら、少しの間預からせてもらっても大丈夫ですか? さすがに今この場で決めるには時間が足りなくて』」

「『構わないよ。長い間こっちにいるんだろ? ゆっくり考えてくれて構わないさ。決まったら教えてくれ』」

 

 重ねてお礼を言いながら頭を下げる。これだけの伝手が貰えるなんて、何度でも言いたくなるけどありがたい話だ。

 

(大事にしないといけない、この縁は)

 

 合同トレーニングしたいチームを選出……したいのはやまやまだけど、今はアイのトレーニング中だ。鞄に閉まって、アイの方に集中する。

 

「バランスが崩れていますわ。もっと辛抱強く、我慢することを覚えなさい」

「ふぐぎぎぎ……っ! は、はいぃ……っ!」

「まだまだ時間はあります。誰にも当たり負けしない体幹を得るためにも、これくらいは軽くこなしなさい? いずれは私に追いつくのでしょう?」

「当っ然、よっ! アイは、ぜっ、たいに……勝つ、んだからぁ……っ!」

 

 今はジェンティルの特別指導、体幹トレーニングだ。当たり負けしない身体を作るために、ジェンティルが一役買ってくれている。

 

 海外、とりわけアメリカでは競り合いが非常に激しい。日本の比じゃないレベルでタックルしてくるなんてこともある。

 いずれはアメリカで走る予定もある。その時になってから体幹を鍛え始めても遅い。

 それに、アメリカでなくても激しい競り合いになるケースはたくさんある。体幹を鍛えておいて損はない、ってわけだ。

 

(この分野においてはジェンティル以上の適任はいない。彼女のパワーはウマ娘の中でも随一なのだから)

 

 勝てる子は果たしているのか? なんて疑問が出てくるくらいにはパワーが凄いジェンティル。当たり負けしないパワーを得るためには、彼女以上に適任はいない。

 

「ほらほら、い~ち、に~ぃ」

「も、もっとゆっくり、でも、いいのよっ? アイは、負、けっ、ないんだ、からぁ!」

「随分と頑張りますのねぇ? ならお言葉に甘えましょうか。いぃぃぃち」

 

 ……なんか、ジェンティルがちょっと楽しそうにしているのは気のせいだろう。うん、多分気のせい。語尾に音符とかついてそうな声だけど。

 

 

 今日も元気にトレーニングを頑張っている。次のレースまでもうすぐだ。




多分ASMR的な声してたジェンティルの声。
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