その瞳に勝利を   作:カニ漁船

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SSR引換券どうすっぺ。


オーバーワークは厳禁!

 デューハーストステークスも終わり、ジュニア級のレースは全日程が終了。アイは忙しい日々から少しだけ解放される……なんてことは決してなく。

 

「まだまだトレーニングするわよトレーナー! わたしは全然大丈夫!」

「うん、オーバーワークだから止めようね」

「……はい」

「そんな頬をいっぱいに膨らませてもダメなものはダメ。今日はもう限界量に達したんだから、これ以上は体に毒だ」

 

 一日も休んでいる暇はない、なんてレベルで練習に明け暮れている。熱は衰えることを知らず、今も真っ赤に燃え続けているようだ。

 

 それも仕方ない。バクシンオー達に勝つってのもあるけど、油断して足元を掬われたら目も当てられないから。

 カルティエ賞の最優秀ジュニアクイーンになったとはいえ、勝利に直結するわけではない。むしろマークが激しくなって、今より辛いレース展開になることもあるはずだ。

 あくまで目標は勝つこと。そのためには休んでなんかいられない、もっと努力しなければならない。それがアイの考えなのだろう。

 

 とはいえ、休める時に休むのも大事。特にクラシック以降はレースが増えてくる。今の内に休むことの大切さを知っておいてもらわないと。無茶しがちな子だし。

 

「隠れてトレーニングなんてしないように。明日からまた頑張ろう」

「……」

「いつまで膨らませてるの。恨みがましい目で見ても僕は意見を変えないよ。君に万が一が起きないようにしないと」

 

 限界ギリギリを攻めたトレーニングに自主トレが加わると、さすがにアイの身体が悲鳴を上げてしまう。慣れる、なんてことがないようにしないといけない。

 隠れてトレーニングに関しては言葉だけじゃない。しっかりと、監視の目を光らせてもらっている。

 

「バクシンオー、キタサン。後はお願いね」

「お任せくださいッ! 模範的な学級委員長は監視だってお手の物ですッッ!!」

「あたしにお任せください! さぁアイちゃん、お風呂に入って身体の疲労を取り除こう!」

「お風呂!? 行く、行くわ!」

 

 お風呂、と聞いた瞬間、さっきまでの不機嫌そうな表情はどこへやら。目を輝かせ、キタサンと一緒にダッシュでお風呂場へと向かっていった……うん、監視なんてなくても大丈夫そうだけど、念のためにね。

 

「一応監視お願いね、バクシンオー」

「はいッ! 隠れてお仕事をするトレーナーさんもいますからね、問題ありませんともッ!」

 

 一体誰の事なんだろうね……僕だよね、うん。キラキラした目なのに凄い圧を感じる。

 

 その言葉を最後に、バクシンオーもキタサン達を追いかけて行った。保険に保険を重ねてはいるけど。

 

「大丈夫だろうな。アイだって休むことの大事さは分かっているし、トレーニングの量だって納得しているはずだ」

 

 問題はないだろう。オーバーワークになんてことにはならないはずだ。

 

 となると、考えるべきは……不機嫌そうな表情の理由、か。

 

(考えられる線としては、焦り。早く強くなりたいとか、そう考えている可能性も考慮して……)

「トレーニング、もっと改良するか」

 

 練習メニューを考えながら宿泊施設へ。もっともっと、よりよいものに改良していかないとだね。

 

 

 

 

 

 

 う~ん、トレーナーに迷惑をかけてしまったわね。そんなつもりはなかったのに。

 

「でも、もっともっとトレーニングした~い! この沸き上がる気持ちは、どうしたらいいの!?」

「うわぁ!? ど、どうしたのアイちゃん!」

「あ、ご、ごめんなさいキタサン。つい叫んじゃって」

 

 大声を出したら近くで寛いでたキタサンを驚かせてしまったわ。反省ね。

 

 わたし達はもうお風呂を上がって自室で休んでる。練習は終わったし、これ以上体を動かすことはない。やることといえば、お風呂上りの柔軟くらいかしら。

 休んでる間はみんな好きなことをしているわね。ジェンティルさんやドゥラさんは日課の鍛錬、タルマエさんは配信、タキオンさんは……なんか怪しい実験。こっちでも薬品を揃えて日本と同じ環境を整えるなんて、凄い執念ね。わたしも見習わないといけないわ。

 

 と、まぁみんな好きなように過ごしている。わたしとキタサンがこうして話しているのも、お互いに暇だったから。

 キタサンにとっては、わたしの監視って名目があるんでしょうけど。

 

(心配性ね、トレーナーは。わたしがトレーニングしないって分かってるくせに)

 

 監視がなくたって、わたしは自主トレなんてしない。毎日完璧な量に調整してあるトレーニングがあるんだもの、自主トレまでしたらオーバーワークになるわ。

 トレーナーはわたしのことを心配して監視をつけている。信用がないとかそういうものではなく、あくまで保険のようなもの。ないならないに越したことがない、その程度の認識でしかないと思うわ。

 

 ……でも、やっぱり。

 

(もっとトレーニングしたいわ!)

 

 練習したい欲に駆られてしまう。今で十分な量をやっているのに、まだまだやりたいって思ってしまう。

 

「うぅ~……!」

「あ、アイちゃん不完全燃焼? なの? トレーニング量、足りなかった?」

「いいえ、完全に燃焼しているわ。毎日完璧な量に調整してあるんだもの、足りないなんてことは絶対にない」

 

 キタサンが心配してくれるけど、不完全燃焼なんてことはない。満足のいく練習を毎日やれているし、特別指導なんてわたしが望んだ最高の練習。不完全燃焼はありえないわ。

 

 それでも練習したいのはきっと……アレもやりたいコレもやりたいと思ってしまうから。やりたいことが多すぎて、とにかく時間と体力が欲しいの。

 

「限界ギリギリだってのは分かっているわ。分かっているの。でも、やりたいことが多すぎるのよ!」

「や、やりたいことって?」

「決まってるでしょ、レースとかいろいろ! スタートだってまだまだ改善の余地があるし、判断だってまだ甘い。末脚のキレもまだまだだし、直すべきところはたくさんあるわ!」

 

 足りてる部分を探すのが難しいくらいには、わたしはまだまだだってことを思い知らされる。それはひとえに、頂点に立っている人達を見てきたから。

 

 目の前にいるキタサンだってそう。ミーティアのメンバーはみんな、それぞれの得意距離で頂点に立っているようなウマ娘。学ぶべきことは多いし、いくら勉強してもし足りないくらい。

 

「自分に足りないところがあるのが分かってて、最短で埋めていってるのは分かるの。でも、それでもまだまだ足りない。みんなを見る度に、もっと早く追いつきたいって思っちゃうのよ」

「焦ってる、って感じ?」

「簡単に言えばそうね。いろいろと分かってて、結果どうにもならなくてつい叫んじゃった、ってところよ」

 

 みんなに勝つためには追いつくことが最低条件。最短で追いついて、わたしが勝つための地盤を整える。トレーナーがその道を整備していることは分かっている。

 でもでも、うぅ~……全部理解できてるからこそ歯がゆい~!

 

(どうにもならないからこそ、現状を受け入れるしかないってことが!)

 

 歯がゆい、とても歯がゆい。

 だけど、無茶してケガでもしたら最悪。今までの苦労が全部台無しになってしまう。ミーティアのみんなの頑張りも、トレーナーの頑張りも、わたしが我慢できないって理由で全部ダメになる。

 それだけは絶対にダメ。やってはいけないことだわ。

 

 深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。精神を落ち着かせて、感情を一度凪に戻す。揺らぎのない水面をイメージして、爆発しそうになる心を静かに──

 

「……ダメね。また感情の昂りを抑えきれなくなるところだった」

「でも、前よりもっと早く抑えることができたよ。これも進歩、ワッショイだよ!」

「ありがとうキタサン。ワッショイはよく分からないけど、前の自分に打ち勝つことができたわ」

 

 ガッツポーズをしているキタサンにお礼を言いつつ、自分の感情を抑えることができた。前掛かっていた時間は3分。今回は2分43秒。勝ったわね!

 

 気持ちがどうしても昂りそうな時はいつもこうしている。深呼吸をして、一度なにもかもをリセット。爆発させないように、自分を抑える。

 制御するのはとっても大事なこと。無茶をしないために、自分の力を最大限発揮するためには必須の項目。覚えておかないといけないわ。レース? アレは別よ。感情を爆発させることが勝ちに繋がることもあるし、そうじゃないこともあるもの。時と場合によりけり、ね。

 

 気持ちを落ち着かせた後は、キタサンとの会話に戻る。話題になったのは、さっきわたしが言った焦ってる、ということに対して。

 

「アイちゃんはずっと先を見据えてるんだもんね。確かに、上を見過ぎて焦っちゃうかも」

「そうよ。分かってはいる、分かってはいるの。だけど、やっぱり近くにいるから」

「あ~……見ちゃうよね。あたしもそうだったな~。同じ世代にドゥラさんがいて、同じチームだから余計に」

 

 キタサンにも焦っていた時期があったことを話してもらった。自分にはなくてドゥラさんは持っているものが羨ましかったこと、皐月賞やダービーで負けて悔しかったこととかいろいろと。

 

「やっぱり、自分に持ってないものを持っている人が羨ましく感じちゃうことはあるよ。あたしだってそうだったんだから」

 

 自嘲気味に笑うキタサン。だけど、すぐに持ち直していつもの明るい笑顔を見せた。

 

「でもね、羨むことばかりじゃなかった。ないものねだりしても仕方ないって分かって、あたしにはあたしにしかない武器があるって気づけて。自分を貫くことの大事さが分かったんだ」

 

 語るとても大事なこと。レースに勝つことだけじゃなくて、生きていくのに必要な芯となる部分。自分を貫くことが大事だということ。

 

「簡単に言えるけど、とても難しいことよね。いかなる状況でも自分を貫くことが、どれだけ大変か」

「アイちゃんは大丈夫だと思うよ。だって、アイちゃんが自分を曲げたところ見たことないもん」

 

 ふふん、当然ね。私が見据えるのは勝つこと。その芯がブレることは決してないわ。

 

 キタサンと話してしばらくすると、イクイがやってきた。向こうもお風呂上りらしく、わずかにだけど赤くなっているわね。

 

「あ、キタさんにアイさん。お2人もお風呂上がりですか?」

「あたし達は上がってから結構経つけど、ここでお喋りしてたんだ。そうだ! イクイちゃんも一緒に話そうよ!」

「わ、私も、ですか?」

 

 キタサンの提案にイクイは分かりやすく困惑しているわね。そりゃ尊敬する人からのお誘いだもの、嬉しくないはずがないわ。

 ここはわたしが助け舟を出すわ!

 

「いいじゃない。わたしもイクイの話には興味があるの。貴方のこと、聞かせてちょうだい!」

「あ、アイさんまで……分かりました。なら、私のことを少しだけ。私も日本に友達、というかライバルの子がいるんですけど」

 

 わたしも提案して、イクイは話に加わることになった。楽しく、和気藹々と。みんなで話す。

 

 

 その後も楽しく過ごせたわ。時間も忘れちゃうくらいに。

 気づけば消灯時間になりつつあって。急いでみんなで部屋に戻って布団にもぐる。電気を消して、後は寝るだけ。

 

 布団の中で、わたしは決意を新たにする。

 

(明日は今日のわたしよりもっと強く! トレーナーのメニューをしっかりとこなして、クラシック級でもシニア級でも頑張るわよ!)

 

 勝ち続けることを、勝利を。




次回から本格的にクラシック級、かもしれない。
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