年が明けて、アイも今年からクラシック級だ。ここからレースは本番になってくるといっても過言じゃないだろう。
ジュニア級では頭角を現すことのなかったウマ娘の存在、クラシックレースにかける思いから信じられない強さを発揮するウマ娘もいるし、なにより夏からはシニア級との対決も控えている。レースは激化すること間違いなしだ。
同世代の子の存在もそうだけど、アイにとって重要なのは──シニア級との対戦だ。
(今の欧州で特に注目を集めているのは……イギリスのコンストリブル。キングジョージと凱旋門賞をクラシック級で制した、イギリスの若き女王)
とりわけ気になるのはコンストリブルというウマ娘との対決。まだ出走するレースの詳細が明かされていないから何ともだけど、アイと戦う可能性が高い。なにより、アイがすでに目をつけている。
(今の欧州最強格の存在。アイも彼女とは絶対に戦いたい、と口にしていたね)
キングジョージも凱旋門賞も凄いレースだ。ウチのチームも何度か取ったことがあるけれど、欧州でも主要なレース。勝つことは容易ではない。
当然、コンストリブル以外にも対戦するかもしれない子はごまんといる。香港の子とか、欧州のマイル路線にもとより取り見取り。数えていたらきりがないほどに。
取捨選択をしなければならない。なにが、誰との対決が。アイにとって一番タメになるか。
(一体何人とぶつかることになるか……なんにせよ、今アイにとって必要なのは)
答えは1つだった。モンジューのトレーナーさんに貰った、僕のチームと合同トレーニングしたいという資料を使わせてもらう。
最初は──コンストリブルとのチームだ。
◇
いつものトレーニング場。ミーティアとモンジューのチーム以外にも、見慣れないウマ娘がいた。資料を活用してできた伝手で協力してくれた相手、欧州最強と呼ばれつつあるコンストリブルのチーム。
僕は老紳士のような方に頭を下げる。
「『本日はご足労いただきありがとうございます。我々と合同トレーニングを組んでくださり、本当に感謝しています』」
「『気にしないで欲しい。むしろ我々こそ感謝している。世界で最も話題を集め、最強として名高いチーム・ミーティア。かの英雄らと肩を並べてトレーニングできることが、なんと僥倖なことか』」
愉快そうに、というよりは楽しそうに笑う老紳士のトレーナー。なんか、ものすごく評価されている。そこまで嬉しいものなのか。いや、嬉しいか。僕も同じ立場だったら嬉しいなんて次元を通り越しそうな気がするし。
今回は彼のチームとトレーニングをする、訳なのだが。
「『それでは、今日の午後にでもお願いしていたことを』」
「『分かっている。こちらのお姫様も、君のところのお嬢さんに興味を持っている。新しい息吹を感じたいそうだ』」
「『嬉しい限りです。では、午後は──アーモンドアイとコンストリブルの模擬レースで』」
「『分かった』」
トレーニングをするついでに、1つお願いをしてみた。こっちのアイと相手のコンストリブル、2人の模擬レースをさせてくれないかと。向こうは二つ返事で了承してくれた。
模擬レースをする意図は簡単だ。本番で直接体感するよりも早く、今の欧州トップ層の強さを肌で感じるため。ひいてはアイの成長を促すためのものだ。
今回の模擬レースがきっといい感じに作用してくれる。強さを肌で感じることで、目先の目標を鮮明に形にできる。いずれは欧州最強として君臨するためにも、まずはコンストリブルとの対戦の場を用意した。
とはいっても、模擬レース自体は午後の一発目。午前中は他メンバーとの交流も兼ねて、合同トレーニングの時間だ。
「『あなたたちがミーティアのウマ娘ね? 今日の合同トレーニング楽しみにしてたんだ~!』」
「『練習であろうと容赦はしませんわ。着いてこれなければ容赦なく切り捨てる、お覚悟はよろしくて?』」
「なんでそう無駄に威嚇するんですかジェンティルさん。『こんなこと言ってますけど安心してください。そんなことはしないので』」
「アハハ! 『その心配はないよ。絶対に食らいつくから』」
闘志も漲っているようだし、良い効果が期待できそうだ。一番はアイのためだけど、知らないウマ娘とのトレーニングはバクシンオー達のためにもなる。新たな知見を広げてくれるはずだ。
みんなが張り切ってトレーニングに励む中、1人のウマ娘へと視線を向ける。
赤みがかった茶色の髪。ヤン子の髪色と同じで、ふわっと柔らかそうなロングヘアにしたウマ娘。気品と優雅さを兼ね備えた、今の欧州最強格。
「『コンストリブル。午前中は流しだ。午後からの勝負に備えるぞ』」
「──『お任せを、トレーナー。日本の若き女王に、
「『相手はクラシック級上がりたて、本来であれば歯牙にもかけない相手だ。しかし、相手はミーティアのウマ娘、決して油断はするな』」
「『当然でございます。世界最強チームなのですから、シニア級のレース同然に臨みましょう』」
コンストリブル。準備運動を済ませながら、向こうのトレーナーと打ち合わせをしている。午後の模擬レースに関してどうするか、と。
会話を聞く感じ、本気で来てくれるようだ。
(凄くありがたい。その方が、アイの負けん気をさらに引き出せる)
今から早く午後にならないだろうか。待ちきれない思いを抱えつつ、午前中のトレーニングをモンジューのトレーナーさん達と一緒に眺めていた。
そして、午後のトレーニングがやってくる。トレーニング場のコースにはアイとコンストリブル。2人のウマ娘が向かい合っている。
アイは笑顔で手を差し出す。その手を、コンストリブルは握って、アイも同じように握り返した。
「『今日はよろしくお願いします、コンストリブルさん。貴方の実力は聞いていますから、今日の模擬レースを楽しみにしていました!』」
「『よろしくお願いいたします、アーモンドアイさん。それはこちらも同じですよ、日本の若き女王』」
ただ、握手を交わしているだけではない。お互いの出方を探っているような、少しだけ圧の感じるやり取りを繰り広げている。
先に口火を切ったのはコンストリブルだった。
「『私は手加減が苦手ですので、どうか折れてしまわぬよう。その程度の器ではないことを、私に証明してください。折れてしまっては……つまらないので』」
挑発するように笑うコンストリブル。強者故の自信か、というかお嬢様然とした雰囲気でもあぁいうこと言うんだね。
だけど、アイが折れるわけがない。
「『あら、手加減できないのは好都合ですね。貴方の強さがよく分かりますから!』」
ニッコリと、挑発が全く効いていない笑顔を見せるアイ。コンストリブルは一瞬驚いた表情を浮かべた後。
「『楽しめそうです。この模擬レース、楽しいものになりそうですね』」
今度は挑発の意図も何もない笑みを見せ、アイの手を解いた。
お互いにストレッチを済ませ、十分に身体をほぐした。スタート位置について、お互いに構える。
「『では、私がスタートの合図をしよう。位置について、よーい……ドンッ!!』」
ドゥラのスタートの合図で、2人とも一斉に駆け出した。スタート勝負は……アイの勝ちか。ゲートのスタートじゃないから比較はしづらいけど。
先頭を奪ったアイのペースで模擬レースは展開。コンストリブルは淡々とアイの後ろをついていってる。
(……さて、と)
ノートを開き、アイのページを開きながら、いま目に見える情報と照らし合わせていく。今のコンストリブルとの差を。
コンストリブル
適性:芝A ダートG
距離:短G マE 中S 長B
脚質:逃げB 先行A 差しA 追い込みG
スピード:UF5 1398
スタミナ:UG2 1246
パワー :SS+ 1192
根性 :SS+ 1176
賢さ :SS+ 1181
アーモンドアイ
適性:芝A ダートC
距離:短B マA 中A 長A
脚質:逃げG 先行A 差しA 追い込みD
スピード:S 1038
スタミナ:A 854
パワー :A+ 917
根性 :B+ 716
賢さ :S 1012
差が圧倒的だ。なにもかもが足りていない……何度か経験したことはあるけれど、やっぱりクるものがある。
序盤こそアイが優位に立っているように思えたレース展開だったけど、進んでいくほどに差が浮き彫りになっていく。
「アイさん、苦しそうですね」
「えぇ。プレッシャーのかけ方がお上手。今の欧州最強格は伊達ではない、ということね」
タルマエとジェンティルが冷静に分析しているように、アイの方が不利になっている。そもそもの地力の差、格上との戦いで分からされる。
走り方1つとっても違う。常にアイの視界に映るような位置で勝負を仕掛け、フェイントを巧みに使い、アイの集中力を削ぎ続けている。好意抜出、ここ一番のタイミングで抜け出すため、アイをずっと揺さぶり続けている。
ジュニア級の子達とは訳が違う。トップ層の圧のかけ方。生半可なものじゃない。
とはいえ、アイもミーティアのメンバーと何度も模擬レースをしたことがある。それこそ、世界で最も恐ろしい戦い方をするとまで言われたタルマエともしたことがあるんだ。コンストリブルのプレッシャーにも、わずかながら対応している。
「トレーナーさん、今失礼なこと考えませんでしたか?」
「……気のせいだよ」
「じゃあ私の目を見ていってくださいよ」
タルマエはエスパーか何かだろうか?
ただ、圧倒的な不利を覆せるものではない。最後の直線でコンストリブルが仕掛け、アイを置き去りにしようと抜け出す。
このままいけば差が開いていくだろう。何バ身つけるか、心を折りにかかるか、全力を出すか。そんな考えが浮かんでいるはずだ。
コンストリブルもそのつもりで走っているのかもしれない。もはや後ろを振り返ることもせず、追いつくはずがないと高を括って逃げていた。
……だけど、それで終わるならアーモンドアイじゃない。
「アイは負けないんだからぁぁぁ!」
「っ、『なるほど、これは』……」
裂帛の気合。叫び、力をかき集めて、アイはスパートをかけた。コンストリブルに追いつくため、否、追い抜くために。
勝つための走り。誰が相手だろうと関係ない、どんな舞台だって関係ない。何時いかなる場所でも勝つことを追求し続ける、アイの走り。
「その意気ですよアイさんッッ!! 最後まで諦めずに行きましょうッ! バクシンバクシーーンッ!」
「ほほ~う、数値以上の力を出しつつある……これは領域かな? いや、まだ未覚醒かもしれない。だが、非常に興味深い!」
バクシンオーが檄を飛ばす。楽しそうにタキオンが笑う。僕も、気づけば応援の声を上げていた。
「頑張れ、アイ!」
「えぇ、頑張るわ!」
差は、思っている以上に広がっていない。100m、200m走ってようやく半バ身といった差。ステータス差を考えれば、これだけに抑えているのは凄いことだ。
……ただ、現実はここから勝てるほど甘くはない。
「『模擬レースの結果はコンストリブルの2バ身差勝ちだ』」
ドゥラの淡々とした結果発表。アイは悔しそうな表情を滲ませ、ターフの芝が抉れそうなほどに力を込めていた。
そもそもの地力の差が違う。経験も違うし、全てにおいて劣っていた。勝てる方が不思議というもの。負けても仕方ないことかもしれない。
でも、アイにとっては関係ない。負けたことだけが彼女の中に残る。どれだけの差があろうと、彼女はただ勝ちだけを目指しているのだから。
「うぅ~……! 『もう一回、もう一回よ! 次はさらに差を縮めるわ!』」
泣きの一回を入れようとしているアイ。そんなアイの頭に手を置いて、慰める。
「『ダメだよ、アイ。一回って約束なんだから。ありがとう、コンストリブル。こちらの要求を受けてくれて』」
今も悔しくて唸っているが、アイも納得しているのかそれ以上は何も言わなかった。本当は自分でも分かっているはずだ。今また挑んでもどうせ負けるだけ、差を縮めることも無理に近いと。
それでも、口にするほかなかった。悔しいから、負けたくなかったから。だから、アイは口にした。泣きの一回を。
(それでも、収穫はあった。今のコンストリブルの強さを測ることができた)
収穫が0だったわけじゃない。相手の強さを知ることができて、なによりアイの飛躍のためにもなった。この悔しさをバネに、アイはさらに強くなる。
コンストリブルは、呼吸を整えていた。
「……『驚きました。現時点でこれほどとは』」
信じられないものを見るような目で見ている。彼女にとっても驚きだったのかもしれない。アイの強さは。
ただ、彼女の表情が微笑みに変わる。
「『今度は本物のレースの場で決着を。貴方が私と同じ高みに至るその時を……楽しみにお待ちしています』」
凛と、優雅に佇んで。彼女は手を差し出す。その手をアイは取って、2人は握手を交わした。
こうして模擬レースは終わる。その後は午前と同じようにトレーニングをして合同トレーニングは終わった。
「『明日もよろしくお願いしますよ。数日間のトレーニングが楽しみだ』」
「『ありがとうございます。明日もよろしくお願いします』」
次は負けさせない。絶対に。
一体誰なんやろなぁコンストリブルって。