コンストリブルとの模擬レースから数日。現在のアイは。
「今日も頑張ってトレーニングするわよトレーナー! 一秒の時間が惜しいんだから!」
「分かった、分かったから僕の部屋に突撃してこないで。練習の時間は毎日決まってるんだから、こんな朝早くから行っても練習場は開いてないからね?」
「練習場が開いてなくても、練習自体はできるじゃない。どうせ朝練用のメニューも組んでるんでしょ?」
「……エスパーか何かかな? 作ってあるけど」
こうして朝僕の部屋に突撃してくるくらいにはやる気に満ち溢れている。目は輝きっぱなしで、今すぐにでも走りだしていきそうな雰囲気さえもあった。
格上の相手との併走は、下手したら逆効果になる場合もある。強さを知ってしまい、自分が井の中の蛙であることを理解して、やる気をなくしてしまうこともある、らしい。実のところ、コンストリブルとの併走は本来諸刃の剣になるものだった。年明け間もなくで、クラシック級に上がりたてということを考慮すれば、だ。
とはいえ、ここにいるのはアーモンドアイ。極度の負けず嫌いが勝負事で落ち込むことがあるはずなく。120%だったやる気が150%になるくらいにはやる気だ。最初の時点で限界突破してたのに、さらに限界突破するなんてね。狙い通りとはいえ、ちょっと怖いものがある。
身支度を済ませて、部屋の前に押し出したアイの下へ。朝練の準備を済ませ、2人で外へと向かう。
「ちょっと広めの場所を見つけたから、そこでトレーニングしようか。でも、朝練だから内容は軽めのものだよ」
「分かっているわ。朝から全力を出したら身体が保たないもの」
「うん、それなら行こうか」
アイの調子は常に絶好調。この先が楽しみだね、うん。
朝練を終えて、朝ご飯も食べ終えた。今日もトレーニングの時間が始まる、前に。
「トレーナーさん、アイさんとコンストリブルさんの併走は、どういう狙いがあったのでしょうか?」
「イクイ?」
イクイがこの前の併走の狙いについて質問してきた。疑問を残した部分があるらしく、そのことを僕に聞きに来たようだ。
「強い相手との併走、という点は分かります。ですが、その相手はミーティアのみなさんでも事足りるのではないかと思いました。コンストリブルさんを貶める意図はありませんが、バクシンオーさん達の方が良い気がするのです」
「そうだね。バクシンオー達でも模擬レースはできる、それこそコンストリブル以上の相手になるかもしれない。イクイの疑問はもっともだ」
確かに、イクイの言うようにバクシンオー達でも模擬レースの相手は務まるだろう。アイが見据える先の強敵だし、特にタキオンやタルマエを相手にすれば、レースのデバフ戦術も教えてもらえることだろう。学びは多いし、身になるのも確かだ。
だけど、この先を見据えるなら。コンストリブルとの併走が最善だった。
「でもね、バクシンオー達はトゥインクル・シリーズをもう走ってない。ドリームトロフィーの選手だ……こっちにいるからドリームトロフィー走れないけど」
「それがなにか? 確かにそうですけども」
「対して、コンストリブルはトゥインクル・シリーズの選手。それも実力はトップ層の選手。つまりは、アイにとってバクシンオー達よりも身近な相手になる」
「……!」
イクイも気づいたようだ。どうしてコンストリブルとの併走だったのか、その理由に。
要は段階だ。今回の模擬レースは、この先の段階を刻むためのもの。
「バクシンオーよりも先に戦う機会がある、今後のレースで何度も当たる機会がある相手だ。そんな相手の強さを知っておいて損はないし、むしろ利益しかない。アイのやる気はさらに上がっているから、今回の併走は万々歳の結果に終わってる」
「確かに、欧州のレースでバクシンオーさん達とは当たりませんからね。その点コンストリブルさんは、凱旋門賞をはじめとしたいろんなレースで対戦する機会がある」
「そういうことだよ。相手の強み・弱みを知ることだってできる。より深く理解することができるんだ。そうなれば、レースになった時有利に働く」
最初から頂上に挑むのではなく、道中もしっかりしないといけない。至るまでの道にいる強敵たちを倒すために、足元を掬われないために。コンストリブルとの併走は、そういう狙いがあった。
後は単純に頻度の問題。
「それに、バクシンオー達は同じチーム。やろうと思えばすぐにでもできるからね。でも、コンストリブルは別のチームだから、こういう機会でもないと併走できない。凄く貴重なんだ」
同じチームなんだから、セッティングさえできれば毎日のようにできる。いや、実際にはやらないけど、それくらい簡単にできるんだ。
コンストリブルはそうはいかない。別のチームだし、向こうにも都合というものがある。僕達の都合と向こうの都合が上手くかみ合った日にしか、模擬レースをする機会は設けられない。
さらには対戦するかもしれない相手だ。本来であれば情報を明け渡すことはしたくないだろう。まだクラシック級とはいえ、対戦する機会はあるかもしれないのだから。
それでも、向こうは交換条件を飲んでくれた。本当に感謝しなければならない。アイのためにもなったし。
僕の考えを伝えると、イクイは納得したように頷いた。とても満足げだ。
「成程……分かりました。ありがとうございます、トレーナー。また1つ、良い知見を得ることができました」
「いいよ。質問や疑問があったら遠慮なく言って。僕なりの考えを伝えるから」
1つお辞儀をした後、キタサンに呼ばれて彼女は足早に去っていった。今日はキタサンの特別指導だし、サポートとして呼ばれたんだろう。あの2人は仲も良い。メンバー間の仲が良いのはいいことだ。
さて、僕は僕で仕事をしないとな。
(コンストリブルとの併走は叶った。次は……どの子との模擬レースをセッティングするか)
やることは模擬レースの相手を選ぶこと。コンストリブルとだけじゃ終われない、もっといろんな相手と模擬レースをする。
これにも狙いはある。コンストリブルはあくまで中距離王道路線の王者、
(特に、長距離路線で期待されているプライベートベーリング……彼女との模擬レースはなんとしてもセッティングしたい。向こうからも色よい返事は聞いてるし、すぐにでもできるはずだ)
アイが1つの距離で満足するはずがない。この先も見据えるなら、いろんな距離に出張りたいという可能性は十分にあり得る。その時を見据えて、その距離の最強格と激突するのは悪くないはずだ。
それに、みんなが得意としている距離で勝ちたい! なんて言いかねないわけで。そう考えると、トゥインクル・シリーズでもいろんな距離を走りたいと口にする可能性はかなり高いわけだ。
(距離はともかくとして、ダートの適性はなぁ。欧州はダート主流じゃないし、どうしてもあげづらい。運動場のトラックでなんとか、って感じだし)
距離適性は後短距離が上がれば完璧、ダートの適性はもう少し時間が掛かるといった具合。なんにせよ、次の相手は長距離を主戦場とする最強格。問題はないだろう。
練習を眺めつつ、今後のプランを練っていると、突然肩に何かがのしかかってきた。
「やっほートレーナー。今日もいろいろと考えてる顔だね~」
「……ヤン子か。どうかしたの?」
「ん~、バクシンオーがクールタイムだから。アタシはこっちに来たってわけ」
ヤン子だ。僕の肩に手を置いて、マッサージするように揉んできた。ちょっと気持ちいい。
「うは、めちゃ凝ってる。トレーナーも整体とか行った方がいいよ~? 身体は資本だからね」
「う~ん、分かってはいるんだけど……他にもやりたいことがあるからね。どうしても後回しにしてしまう、というか」
「ダメダメ。こういうのはスピーディにやんないと。何だったら、アタシがマッサージしたげよか?」
「……悪いから遠慮しておくよ」
笑いながら肩を揉んでいるヤン子。他のトレーナー陣の微笑まし気な視線が痛い。
なんというか、ヤン子は距離が近い。僕との距離が、物理的にも心理的にも。というか、距離の詰め方がとんでもなく早い。
そして、この早さには覚えがある。アレだ、ダイタクヘリオスとかと似たような感じだ。
(ダイタクヘリオスもまぁ距離の詰め方が凄かったな。アレに通ずるものがあるね、ヤン子には)
聞いたところによると、ゴールドシチーやトーセンジョーダンといったメンツと仲が良いらしい。たまに通話しているとヤン子から報告がある。つまりは、ギャルウマ娘と仲が良いってことだ。
ヤン子もギャルっぽい雰囲気だし、まぁそういうことだろう。距離感を考えてほしいとは思うけど、本人的にはこれが普通なんだろうな。
「あ、そうだ。『モンジューのトレーナーさん。ちょいお耳に入れたいプランがあって~』」
「『なるほど? ふむふむ……悪くないけど、ここはこうした方がいいんじゃないかな?』」
「『ありがとうございま~す! あ、コンストリブルのトレーナーさんにも聞きたいことが』」
僕の肩もみが終わったら、すぐさま他のトレーナーのところに行っていろんなこと聞いてるし。フットワーク軽いね。羨ましい限りだ。
(ヤン子の強いところだ。誰に対しても臆することなく聞きに行く、そうできることじゃない)
目的のために一直線、か。
「僕も見習うべきか」
「『君はすでに一直線だろう。何だったら、フォーエバーヤングよりもよっぽど』」
見習おうと口にしたらモンジューのトレーナーさんに突っ込まれた。なんでだろうか。
それからトレーニングの時間はあっという間に過ぎていき。気づけば終わりの時間だ。
トレーニングの終わりだけじゃない。
「『短い間だったが、とても実りのある練習だった。コンストリブルもまた、さらに高みへと至ることができた』」
「『こちらこそ。また機会があれば、よろしくお願いします』」
コンストリブル達との練習もだ。期間が終わったので、彼女達とはお別れになる。
数日間とはいえ仲良くなったようで、バクシンオー達も少し名残惜しんでいるようだった。
「また今度バクシンしましょうッ! バクシンは世界共通、委員長魂もまた世界共通ッッ!! あなた方もまた、よき委員長魂を持った方々でしたッ!」
「毎度思うが委員長魂って何だい」
「こういうのはフィーリングっしょ? タキオン。ドントウォーリー!」
「君は馴染むのが随分と早いねぇ」
ブンブンと大きく手を振るバクシンオー。そんな彼女に手を振り返す彼女達。
「『こっちも良い経験になったよ! バクシンだね!』」
「BAKUSHI-N!」
……なんか向こうにバクシンが移ってる気がするけど多分気のせい。きっと気のせい。コンストリブルがなんともいえない表情を浮かべてるけど気のせいなんだ。
貴重な経験になった欧州トップ層との合同トレーニング。今後も良い付き合いをしたいのもそうだし。
(次の模擬レースの相手を決めないと、ね。特に長距離は今の内にやっておきたい。1000ギニーだって近いから、そっちにも取り掛からないといけないし)
新しい出会いも、期待していきたい。
あのステでクラシックレースに乗り込んでくるの無法が過ぎる。いつものことか……。