その瞳に勝利を   作:カニ漁船

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アイchang


妥協しないチーム

 さて、と。エクリプスステークスが少しずつ迫っているわね。

 

「ほら、また遅れていますわよ。ワン、ツー。ワン、ツー」

「ふぐぐぐ……っ!」

「ダンスはシンプルながらも奥深いトレーニング。ステップ1つとっても、その奥深さを味わうことができます。妥協は決して許されませんわよ」

 

 わたしはいつものように特別指導を受けている。ミーティアのメンバー、バクシンオーさん達のマンツーマンレッスンをね。

 

 この特別指導は、トレーナーがわたしのためにと考案したもの。他のみんなにはやらなかった、わたし独自のトレーニング。

 なんでわたし専用なのか? それは、わたしの目標でもある勝つことに繋がっている。ミーティアのメンバーに負けたくない、彼女達にも勝ちたいと願ったわたしに対して、トレーナーがこの練習を考案してくれた。

 それぞれが個別にわたしを鍛えて、より早い成長を促す。自分達の得意分野で、自分達の信念に基づいて考案したメニューをわたしに課す。内容は半端なくキツいけど、なんとかこなすことができているわ。

 結果については言うまでもない。メンバー全員が世界最強なんだもの。当然、わたしはグングン強くなっていったわ。

 

 でもね、まだ足りない。バクシンオーさん達に勝つには、わたしの強さはまだまだ。

 

(特別指導を受ける度に思い知らされる。この人たちは、本当に強いんだって)

「余計な雑念が混じっていますわ。私の顔に何かついていて?」

「い、い、いっえ! な、なに、もっ!」

「なら、ダンスに集中なさいな。ほら、またリズムが乱れていますわよ」

 

 目標はあまりにも遠すぎる。彼女達はレースだけじゃない、心とか、なにからなにまで強いんだということがよく分かるわ。

 その証拠が、妥協を許さないという言葉。わたしが少しでも違う動きをしたなら、みんなはすぐさまその動きを指摘してくる。今のジェンティルさんのようにね。

 妥協しないことは信頼できる。自分自身に嘘を吐かない、自分のことを信じられる人だけがやれること。高く見積もったり、低く見積もることもない。できるって信じているからこそ、彼女達は妥協を許さない。

 

 厳しいジェンティルさんだから、なんて思われるかもしれないけど。優しいキタサンだって特別指導なら妥協しない。わたしのためにと、厳しく接してくれる。

 

「アイちゃん! 前よりも潜水のタイム落ちてるよ! アイちゃんならまだまだいける、バクシンワッショイだよ!」

「ゼェ……ゼェ……ま、前のわたしに負けるなんて許せないわっ。もう一度測るわよ!」

「その意気だよアイちゃん! バクシンワッショーーイ!」

 

 応援はしつつも、タイムが落ちていたら容赦なく指摘するわ。普段からは想像もできないくらい、厳しい顔でね。

 

「アイちゃん、どんなタイミングでも仕掛けることを忘れないで! あたし達逃げウマ娘のペースを乱せなかったら終わりだよ!」

「分かってっ、いるわっ!」

 

 ダメなところはしっかりと指摘するし、意外にもトレーニングは厳しい。優しいだけじゃないのよ、キタサンは。

 

 後、特別指導でキツいといえば……バクシンオーさんね。バクシンオーさんに限れば、厳しいとかそんな次元じゃない。

 

「ひたすらにバクシンしましょうッ!」

「……はいっ?」

「バクシンすれば道は切り開けますッ! バクシンは万国共通、世界に伝わる共通言語ッ! いざ、バクシンバクシーーンッッ!!」

「ちょ、ちょっと待ってっ! そんないきなり、ってもういない!?」

 

 ひたすら走るだけ。バクシンという掛け声と一緒に、フランスの街並みを駆け抜ける。本当にただそれだけしかしないわ。

 

(芝やダートを走るわけじゃない。地面を走るだけ。なのにっ!)

「さぁさぁ、バクシンはまだ始まったばかりッ! まだまだ行きますよ~ッ!」

「っ、くぅ!」

 

 それだけしかしないのに、キツいことこの上ない。いつ終わるかなんて言ってくれないし、目的地があるなんて言うわけがない。本当に走るだけのトレーニング。

 目標がない中走る。一見キツくないように思えるけど、実際に走れば分かる。

 

(どれだけ走ればいいのかなんて分からない、先の見えない暗闇を走っている気分だわっ!)

 

 目的のないまま無限に走らされるかもしれない、ってのは大分キツいってことに! 走るのが好きと言っても限度がある。いつかは限界を迎えてしまう。その限界ギリギリを、バクシンオーさんはいつも走らせる。

 走るのが終われば、バクシンオーさんは決まって同じことをわたしに言う。

 

「前回よりもさらにバクシンできましたッ! これもアイさんの努力の賜物、委員長が花丸をあげましょうッ!」

「ハァ……ゼェ……ヒィ、ヒィ」

「……委員長も大分キツいですねッ! スタミナがあると言っても、走り続けたら疲れるのも当然ッ! というわけで寝転がりましょうッ!」

 

 前回よりも良いバクシンができたって。よく分からないけど、前より成長できてるってことかしら? よく分からないわ、バクシンって。

 トレーナーはなんとなく感じ取ればいいって言ってたけど。

 

(キタサンもよく言ってるし、ミーティアの象徴的な言葉らしいけど。いまだによく分からないわね)

 

 そのうち理解できる日が来るのかしら。バクシンについて。

 

 バクシンオーさんやキタサン、ジェンティルさんに限った話じゃない。タキオンさんだってタルマエさんだってドゥラさんだって、特別指導では容赦なくわたしを指導してくる。少しの気の緩みも許さないレベルで練習させる。

 ひとえに、わたしを強くするため。そのために、あの人たちは特別指導で一切手を抜かない。

 

(えぇ、当然できるわ。わたしは、アーモンドアイだもの!)

 

 だからこそ、わたしも本気で取り組めるの! みんなはわたしのトレーニングに妥協しない。だからわたしも妥協しない。妥協したら失礼だし、なにより負けた気分になるから!

 

「まだまだいけるわ! もっと厳しくしても構わないわよ!」

「いや、これ以上は体に悪影響だ。常に限界値を見極めてトレーニングをしているからな。今日は終わりだ」

「アッハイ」

 

 これからもどんどん強くなるわよ。そして、いつかはミーティアのメンバーに勝ってみせるわ!

 

 

 そうそう、お世話になっている人と言えば。

 

「アイ、今日のトレーニングだよ。また更新したから、しっかり目を通しておいてね」

「ありがとう、トレーナー。早速内容を見させてもらうわ」

 

 トレーナーは絶対に外せないわ。わたしの体調管理にトレーニングメニューのチェック、ケガがないかをトレーニング後必ず確認するほどの徹底っぷり。今わたしが無事に走れているのは、トレーナーのおかげに他ならない。

 

 というか、トレーナーは本当に凄いわ。休んでいる時間があるの? なんて思っちゃうくらい、わたし達のために時間を使っている。

 

(誇張抜きに、全ての時間をわたし達のために使っている。バクシンオーさん達が信頼を置いているのもよく分かるわ)

 

 メニューに関してはわたしだけじゃない。デビュー前のイクイや、ヤングさんのメニューも組んでいる。恐ろしい作業量ね。

 加えて、トレーナーは対戦相手の情報やコース設計のこと、当日の天気やバ場の状態まで細かく調べている。わたしが知りたい情報を、トレーナーは先んじて集めているのよね。

 練習後のシャワーだってそう。気づいたら予約を取っているし、わたしが浴びやすい環境を整えてくれている。

 

 それはそれとして疑問なんだけど。

 

「大真面目にトレーナーっていつ休んでるのかしら? なんか、いつも仕事してない?」

「あ、アハハ……トレーナーさんは自分では休んでる、って言ってるんだけど」

「あまり信用がない。かつては睡眠時間を極限まで削っていたからな」

 

 キタサンやドゥラさんに思わず聞いたけど、2人ともトレーナーの言葉はあまり信用してないみたい。ううん、仕事に関することだけは、誰も信頼していないみたいね。

 

「へ~。どれくらいの時間だったの?」

「3時間だそうだ」

「……ジョークだよね?」

「冗談じゃないよ。3時間でなくても、それに近しい時間ではあったんだって。まぁあたし達がもうやらないように言ったから、大丈夫だとは思うんだけど」

 

 いや、それは信頼もなくなるわよ。ヤングさんの信じられないような目をこの時初めて見たわよ。なによ睡眠時間3時間って。キタサン達の冗談だって思いたいわよ。

 

 それはともかくとして、トレーナーは仕事において妥協しない。常に完璧な仕事をわたしに提供してくれる。

 妥協しない人は信頼できる。他の仕事があったとしても、その1つ1つに手を抜かないトレーナーにわたしは全幅の信頼を寄せる。

 当然でしょう? それだけわたし達に一生懸命ってことなんだもの。疑う方がどうかしてるわ。

 

 だからわたしは少しも疑わない。トレーナーの努力を知っているから。強くなっていることを実感できるから。

 

「今日も一日頑張るわよトレーナー! 早速朝練よ!」

「分かったから引っ張らないでくれると嬉しいかな」

 

 いつも頑張ることができる。

 

 

 

 

 

 

 わたしはとても恵まれた環境にいるわ。強くなる、勝つための環境として、これ以上ないほどの場所にいる。

 

《最注目のアーモンドアイは先団でレースを進めている。それを窺うシニア級も猛者たち、後ろには2000ギニーの勝ちウマ娘とダービーウマ娘もいるぞ。二冠ウマ娘アーモンドアイにマークが集中している中、この2人のマークは薄いですね》

《それも仕方ないさ。アーモンドアイがそれだけ強いってことだよ》

(後ろはドバイシーマの勝ちウマ娘、隣にはクラシックで好走している子、ね。問題はないわ)

 

 どれだけ囲まれようが、慌てることのない精神を。相手のあらゆる動き出しに対応できる、後手の権利を。

 そして。

 

《そろそろ最後の直線。最後の直線だけどここでアーモンドアイが来たぁ! さぁアーモンドアイが動いたぞ、レースが加速する! エクリプスステークスもいよいよ大詰め! ここで動いたアーモンドアイ!》

《一瞬の出来事だね! さぁ、後続もしっかり着いていってるよ!》

 

 どんな状況でも抜け出せる切れ味鋭い末脚を。その末脚を持続させるためのスタミナと頑丈さを。最後の最後まで気を抜かないメンタルを。わたしは得ることができた。

 

 でも、これでもまだまだ発展途上。

 

(これを誰にでも決めてこそ、よ。まだまだ、全然物足りないわ!)

「やぁぁぁ!」

《アーモンドアイが抜け出した、アーモンドアイが完全に抜け出したぁ! 追いすがる後続のウマ娘達、シニア級の意地を見せるか先輩!? しかし、しかし! アーモンドアイが圧倒する!》

《はは、これが本当にクラシック級かい!?》

 

 全然足りない。わたしが目標に定めているバクシンオーさん達には、まるで届いていないわ。届いていないのに、満足なんてできるはずがない!

 

 それに、届いたところで満足はできない。もっと先へ、もっと前へ。わたしは、ひたすらに前を向き続ける!

 

(待っていなさい、バクシンオーさん達。その前に、コンストリブルさん達!)

 

 わたしは貴方たちに勝つ。絶対に負けない、リベンジを果たしてみせる!

 

 バクシンオーさん達だけじゃないわ。今走っている人達も、これから走るみんなも。

 

「わたしは勝つ! それがこのわたし──アーモンドアイよ!」

《アーモンドアイだアーモンドアイだ! アーモンドアイがエクリプスステークスを制したァァァ! 2バ身差の快勝、シニア級相手でも全く問題なし! 女王の躍進が止まらない、月末のキングジョージが楽しみにもほどがある! 日本から来た若き女王が、欧州の女王に君臨しようとしているぞ!》

《最高のレースだ! エクリプスステークスをクラシック級で制したウマ娘は躍進する。そのジンクスもあるんだ。彼女のこれからが楽しみで仕方ないよ!》

《今後も目が離せないウマ娘! 日本の女王アーモンドアイ! エクリプスステークスで、シニア級を軽く捻りました!》

 

 この先もわたしは、勝ち続ける!




いや普通にまだ続くよ。
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