セントレジャーステークスも迫っているある日のこと。
「それじゃあまた。何というか……頑張ってね」
「あら、誰と電話をしていたの? トレーナー」
「日本にいるトレーナー、倉科君だよ」
宿泊施設の部屋で電話を終えた僕に、部屋へと入ってきたアイが電話先の相手を聞いてきた。不思議そうな表情をしながら。
別に隠すことでもないので教える。相手は日本のトレーナー仲間である倉科君だ。
「新しいウマ娘を担当することになったらしくてね。その相談を……受けて、いた、の、かな?」
「なんで疑問形なのよ。どんな子を担当したの?」
「グランアレグリアって子。タイキシャトルを担当していたトレーナーも目をかけてた、最強マイラーになれるかもしれない子なんだって」
相談というのはそのグランアレグリアという子についてだ。この子がまぁなんとも不思議な子だったらしい。出会いからして突拍子もないんだとか。
「で、まぁ。その子との出会いから説明されたんだけど……これが何というか、奇抜でね」
「どんな出会いをしたの? 少なくとも、普通じゃないのよね?」
「うん。なんでも、たまたま入ったレストランでおしぼりを蹄鉄型に折り畳み、メニュー表に指をなぞらせて、机を指で叩きながらとりあえずサラダを注文したら担当することになったみたい」
アイの表情は、凄い表情だ。今まで見たことがないような、なんてコメントしたらいいのか分からない、困惑した表情をしている。その気持ち、とてもよく分かるよ。僕も最初聞いた時、向こうの正気を疑ったからね。
「ごめんなさい、なんて?」
「たまたま入ったレストランでおしぼりを蹄鉄型に」
「いい、いいわ! わたしが悪かった! だから同じことを繰り返さないで頂戴!」
「アイの言いたいことは分かるよ。僕だって信じられないし、なんでそれでスカウトになるのか今でも理解できないからね」
グランアレグリアの方から逆スカウトをしてきたとのこと。やってることが召喚の儀式とかその類だ。召喚した結果、将来有望な子を召喚したわけだけど。
倉科君もそれはもう凄く困惑したらしい。いきなり逆スカウトされた上に、その理由も意味の分からないものだったから。それでも、凄く押しが強かったからそのまま担当することになった、と。
アイは頭を痛そうに抱えている。そりゃこんな契約の仕方を聞いたら、頭も痛くなるだろうね。
「グランちゃんもグランちゃんでなにやってるのよ……」
「知り合いなんだ」
「えぇ、凄く強い子よ。わたしも将来強敵になるって目をつけてたから」
アイが狙いをつけていた子、か。ということは、とんでもなく強い子なのは確かだね。アイの強者に対する嗅覚は恐ろしく鋭いから。
「それで本題なんだけど、相談って何の相談だったの?」
「その子の目標についての相談。後は、こっちでの伝手を紹介したりかな。もしかしたらこっちで走る可能性もあるかもしれないから」
「へぇ、グランちゃんもこっちで走るつもりなんだ?」
「予定、だけどね。倉科君にそのつもりはなかったみたいだけど、いつでも紹介はできるから。選択肢は多い方がいい」
肝心の相談内容は、グランアレグリアの目標についてだ。彼女が掲げる目標……三階級制覇を成し遂げて真のマイル王として名を残すこと。その目標を達成するためにはどうしたらいいか、何が足りないかを聞いてきた。
聞きたい内容はすぐに分かった。適性のことだろう。短距離・マイル・中距離。3つの距離の適性がどれほどのものか、倉科君は聞いてきた。
大分心配そうにしていたけど、心配するほどでもなかったというか。
「グランアレグリアの適性は三階級制覇をするには全く問題なかったよ。中距離だけCで不安だけど、ヴィルシーナとサトノクラウンもいるからすぐに上がるだろうしね」
「ふ~ん……ちなみにわたしの適性は?」
「どこで張り合ってるのかは分からないけど、アイは短距離から長距離まで満遍なく走れるよ。ダートはあと少しだね」
「ふふ~ん!」
アイ渾身のドヤ顔を流しつつ、適性上げのことだったりを説明した。後は、倉科君がどれだけ成長させることができるかだろう。
電話の内容は以上。グランアレグリアの未来が明るいものになるよう、僕も祈っておく。
(いつかは対戦する時が来るのかな? その辺はまだ未確定、か)
もっとも、走る時になったら容赦はしない。僕は僕のできる限りのことをして、グランアレグリアに対抗する。それだけだ。
と、電話についてはこれくらいでいいだろう。
「じゃあ電話の件はここまでにしようか。今日呼ばれたのは、セントレジャーステークスについてだ」
「そうね。あと少しに迫ってきた……ここも勝つわよ!」
「当然。それじゃあコースのデータと対戦相手についておさらいしようか」
当初の目的である、三冠最後の戦いセントレジャーステークスの対策会議。ここまで圧倒的に勝っているとはいえ、元々は不安だった長距離の戦いだ。
「長距離適性はAになってる。なってるとはいえ、だ。負ける可能性は1%でもある。その1%を限りなく0に近づけるためにも」
「えぇ。絶対に油断はしないわ。わたしが勝つためですもの」
「そういうこと。いつも通りに走って、これまで通りに勝つ。シンプルだけど、これが君にとっての最適解だ」
一分の隙も作らない。勝つための手を決して緩めない。それが、僕達だ。
◇
対策に対策を重ね、迎えたセントレジャーステークス本番。ドンカスターレース場の14ハロン115ヤード、約2921mのコースを走る。
ドンカスター最大の特徴は、最後の直線の異常な長さだろう。距離にして1000m。ここだけで日本のアイビスサマーダッシュができる。レースによってはこの直線がさらに伸びるわけだから恐ろしい。
クラシック三冠、ティアラ三冠における最後の戦い。廃れ気味とはいえ、それでも集まるメンバーは一流のウマ娘ばかりだ。誰もが輝きを放っている。
その一流のウマ娘の中でも、さらにひときわ大きく輝くのが──アーモンドアイだ。
《最後の直線に入りました。最後の直線を先頭で入ったのは8番の──! アーモンドアイはまだ中団に控えている、アーモンドアイはまだ中団だがっ、ここで動いた動いた! 周りもつられるように動く、アーモンドアイを中心にした固まりが動いたぞ!》
《マークはキツいけど、他の子も良く動いたね! 急な動き出しに対応できるようになっているよ!》
出走したウマ娘は15人。その中で、アイをマークしているのは6人。ほぼ半分近いウマ娘がアイをマークしていた。レースの全てが敵に回っていると言っても過言じゃない。
でも、アイは全く意に介していない。自分のペースを貫いて、隙間が空く瞬間を決して見逃さない。マークされようが包囲されようが、アイは関係なしとばかりに歩みを進める。
「盤石も盤石だね。とはいえ、だ。囲まれるのはいただけないね」
「マークが集中しすぎてますよね。ま、それならそれでやりようはあるとアイちゃんには教えましたけど」
「あの程度のマーク、あの子ならなんの問題もありませんわ」
事実、周りが疲弊し始めているのに対し、アイはまだまだ余裕とばかりに走っている。一番キツいはずの、アイがだ。
崩したいからマークしているのに崩せない。かといって、自分の走りに集中しても、アイに勝つことは不可能に近い。限られた選択肢の中、せめてアイの力を少しでも削る方向にシフトしている……そんなところだろう。
悪いことじゃないし、勝負においては定石だ。相手に本気を出させないというのは、勝つために必要なことなんだから。マークさせてるという点で、アイも似たようなことをしている。
だけど、効果的に作用しなきゃ意味がない。それしか方法がないとはいえ、周りのウマ娘からしたら絶望だろう。相手は、あまりにも強大なんだから。
このまま走れば勝利はほぼ確実。もしもさえも起こさない走りに、僕達は勝利を確信しつつあった。
「それにしても、相変わらず」
「『やっぱりあの子はとんでもないね~! 戦えないことが残念でならないよ!』」
そんな中、タキオンの言葉を遮って現れたウマ娘が1人。彼女は。
「『やぁ、プライベートベーリング。観戦かな?』」
「『当然さ高村トレーナー。彼女はぼくのライバル足りえるウマ娘なんだから』」
プライベートベーリング。欧州の長距離路線をメインに活動し、シニア級に入ってから覚醒した、長距離路線の王者。今年のステイヤーズミリオン*1覇者だ。
「『今からでもカドラン賞の方に出ない? コンストリブルよりも満足させてあげるよ?』」
「『残念だけど、凱旋門賞の方に登録したから無理かな。君との戦いは次の年になる』」
「あ~、『残念だな~! きっと、素晴らしい勝負になるに違いないのにな~!』」
明るいお調子者といった雰囲気。それでも確かに感じるのは、強者としての絶対的な自負。
「『ま、それでも勝つのはぼくだけどね。長距離でぼくは負けないから』」
自分が負けるとは微塵も思っていない、強いウマ娘独特のオーラだ。ニコニコした笑顔の裏では、いったい何を思っているのか。
プライベートベーリングの言葉を流しつつ、レースはいよいよ大詰め。最終局面に入った。
《アーモンドアイだ、アーモンドアイだ! アーモンドアイが独走している! アーモンドアイが独走態勢に入っている! ドンカスターでも独走だアーモンドアイ! クラシック路線の猛者達を完封、ティアラ路線の強敵達を意に介さないほどの独走! 残り200を切ってその差はすでに9バ身になろうかという勢い! これがアーモンドアイの強さだ!》
《笑っちゃうくらい強いね本当!》
プライベートベーリングの口笛を吹く音が聞こえる。視線はアイに釘付けだ。
「『来年が楽しみだね~。ぼくが彼女を粉々に下す、その時が今から楽しみだよ』」
自分こそが頂点だという自信。負ける気は微塵もないという、宣戦布告だ。
なら、僕の言うべきことは決まっている。
「『僕達のやることは変わらないよ。レースを走って、勝つ。たったそれだけのことだ』」
「『単純な言葉だ! だからこそ、君達は面白い! 君達と戦うその時を、ぼくは楽しみに待っているよ──長距離の王として、ね』」
bye、と残して去っていくプライベートベーリング。勝敗はすでに決したと思っているのか、振り返ることなく後にした。
それと同時に、レースの決着が着く。
《アーモンドアイだアーモンドアイだ! オークスに続いての大差勝ちを収めたアーモンドアイ! 盤石の勝利を引っ提げ、ティアラ三冠に輝いたアーモンドアイ! 完全で完璧なティアラ三冠ウマ娘アーモンドアイ! ティアラ三冠を手土産に、彼女は凱旋門賞に挑みます!》
《凱旋門賞のジンクスに加えて、今年の凱旋門賞は前年度覇者のコンストリブルが出走するね。コンストリブルは中距離路線の王者、一筋縄どころかかなり勝利は厳しい戦いだよ。でも》
《えぇ! アーモンドアイならやってくれる、彼女ならジンクスを超える! そう思わせるだけの雰囲気があります! 次のレースが今から楽しみです!》
勝ったのはアイ。これでティアラ三冠を彼女は勝ち取った。ラッキーライラックやブラストワンピースよりも一足先に、三冠の栄誉を勝ち取ったわけだ。
とはいっても、ここはあくまで通過点。大事なのは──ここからだ。
何度聞いてもグランアレグリアの奴は邪神召喚の儀とかその類だと思ってる。
明日は仕事が忙しく投稿できないです。すみません。