アイが凱旋門賞を勝った。中距離路線の王者と呼ばれていたコンストリブルを倒して、アイが新たな欧州レース界の頂点に立った。
でも、正直そこは興味がない。アイが、僕の担当ウマ娘が勝った。それも、模擬レースで負けた相手に。レースで勝つことができた。そのことが何よりも嬉しい。
嬉しくて仕方がない。
「熱いね~トレーナー。ガッツポーズしてんじゃん」
隣で笑うヤン子に指摘されて、自分が気づかないうちにガッツポーズしていたことに気づく。別に恥ずかしさはない。担当が勝って嬉しくないトレーナーなんていないんだから。
「まぁね。何時だってどこでだって、担当が勝ったら嬉しいものだよ」
「アハハ! それ分かる! アタシだって同じチームの子が勝ってハッピーだし、トレーナーも当然そうだよね!」
観客の声援に応えているアイを見る。向こうもこっちを見ていたようで、僕と視線が合った。
合うや否や、彼女はとびっきりの笑顔を僕らに見せ。
「勝ったわ、トレーナー!」
「うん、おめでとうアイ」
いつものように勝利報告。変わらない様子に、ミーティアのみんなが嬉しそうにしていた。
勝ったと言えば、これも忘れちゃいけない。インタビューの時間だ。
たくさんの記者に囲まれ、僕達にマイクを押し付けられている。大半は凱旋門賞勝利を祝福する言葉であり、口々におめでとうございますと言っている。
さらには前例のない勝利。セントレジャーステークスと凱旋門賞の同一年制覇、誰もが成し遂げられなかった快挙をアイは成し遂げた。欧州のウマ娘ではできなかったことを、日本のウマ娘が成し遂げたわけだ。
当然、普段よりも熱のこもったインタビューをされる。僕達に早くインタビューしたい記者がたくさんで、ぎゅうぎゅう詰めというかなんというか。凄く既視感があるというか。
(年末の福袋商戦みたいだね、これ)
テレビで見たことがある風景。たくさんの人でごった返している現状は、なんとなく年末商戦みたいだな、なんて思った。別名現実逃避ともいうけど。
インタビューで最も多かった質問はというと、次のレースについて。
「『名実ともに欧州最強となりましたが、次のレースはどこに出走する予定でしょうか! やはり、アメリカのブリーダーズカップでしょうか!』」
チャンピオンステークスは間隔が短いけど、チャンピオンステークスを逃すと欧州の主要なG1レースはほぼなくなる。そうなると、目を向けるのは欧州外のレースだ。
選択肢として入ってくるのはブリーダーズカップ。アメリカレースの祭典だったり、日本のジャパンカップとか、オーストラリアのメルボルンカップとかが視野。大体この辺のレースに向けて、調整を進めていくことになる。
この中でジャパンカップは除外。12月には香港のレースに出走したいし、11月の最終週に走るジャパンカップだとちょっと都合がつかない。今更な話だけどね。
なので、アイの次の目標は。
「『次の目標はBCスプリントです。その後は香港スプリントを走って、年内のレースはこれで全部ですね』」
「『香港スプリントですか! 短距離の世界最強戦と名高い、あの!』」
「『はい。前年度覇者が出走予定ですし、次はこの舞台を目指そうと思っています』」
ブリーダーズカップのスプリント部門。このレースの後、香港スプリントに出走する。
「『すでにシニア級以降のレースも決めているのでしょうか! やはり、ドバイワールドカップミーティングへの出走を検討していますか!』」
「……『そちらは、まだ。特には決まっていません。シニア級以降に関しては、その、まだ分からないとだけ。これ、といったレースはあるんですけど、まだ不透明ですね』」
「『いや~、どのレースに出走するか今から楽しみです!』」
香港スプリントが終わった後は……未定だ。というか、年明け以降はまだ決めてない。アイと追々相談する。
多かった次のレースについてはこれで終わり。その後は細々としたものにいつも通りに答えて、インタビューの時間は終了した。
「お疲れ様、アイ。リベンジを果たせたね」
「えぇ。でも、次戦う時はもっと強くなっていると思うわ」
控室で労いの言葉をかけ、彼女の身体を冷ます。熱が籠りやすいアイの体質を考慮して、出来る限り冷やしておかないと。
ハンドタイプの扇風機を当てたり、氷嚢を当てたりする中で、アイは笑った。
「次走る時が楽しみね! さらに強くなったコンストリブルさんと戦って、当然わたしが勝つ! そのためにも、もっともっと頑張らなきゃ!」
「なら、僕が調整するよ。君が勝ち続けられるように、万全の態勢で走れるようにね」
「信頼しているわ、トレーナー。これからもよろしくね!」
次も自分が勝つと。もっと強くなった相手と戦って、自分はさらに強くなって勝利すると宣言して、彼女は笑う。
うん、本当に。
(勝つのが好きなんだな、この子は)
なんとなく微笑ましくなった。
◇
凱旋門賞が終わった翌日。部屋でスクラップブックの作成に勤しんでいると。
「トレーナー! わたし達の今後について話し合うわよ!」
「……レースのこと?」
「そうね。レースについて話し合いに来たわ」
扉を勢いよく開けて、アイが入ってきた。どうも今後のレースについて打ち合わせに来たみたいだ。
とはいっても、インタビューで答えた通り、年内の予定は全部決まっている。となると、話し合うとしたら……来年度の予定、ってことか。
「そっか。じゃあ年内の予定を確認しつつ、年明けの事も話し合おうか」
「えぇ。よろしく頼むわ……トレーニングできなくて暇だもの」
「そんな恨みがましい目で見られても、ダメなものはダメだよ。レース明けなんだから」
「分かってるわよ! 子供じゃないんだから、休むことが必要なのも分かっているわ!」
だったらそんな頬を膨らませて抗議しないで欲しいかな。罪悪感が湧いてくるから。
なんてことがありつつも、まずはレースの確認。BCスプリントからの香港スプリント、これの理由についてだ。
「本当に日本に戻らなくてもいいんだね?」
「えぇ。まだ日本に戻るのは早いわ。少なくとも、戻るのはシニア級に上がってからにするつもり」
一応日本に戻る予定もあった。ジャパンカップかエリザベス女王杯に出走して、香港のレースを諦める、なんてプランもあったんだけど、アイがそれを拒否。今の短距離二連戦のプランに落ち着いている。
その理由が、日本に戻るのはまだ早いというアイの言葉。これはどういう意味か。
「世界は広いってことを思い知らされたわ。まだまだわたしの知らない強敵が眠っている。そう考えたら、ワクワクしてこない?」
「ワクワクかどうかは分からないけど、とりあえず自分の知らない強敵と戦える可能性がある、ってこと?」
「そういうことよ。ララやブラストと走るのも悪くないけど、まずはこっち優先! いろんな相手と走って勝つ、それが楽しみだから!」
世界にいる強敵を相手に走って勝つ。そのために、日本に戻るのではなく、海外を転戦し続けることを選んだ。それが、アイの考えらしい。
となると、BCスプリントからの香港スプリントのローテも頷ける。まだまだ知らない、未知の強敵と戦えるのだから。
これが年内は日本に戻らない理由。世界の強敵と走るためだ。
次は来年、ひいてはシニア級に上がってからの目標。これについてはほぼほぼ決まっている。
「決まってるんでしょ? トレーナー。わたしには分かるわ」
「次のレースについて、かな?」
「えぇ。インタビューでは答えなかったけど、貴方はすでに答えを持っている。その答えを、わたしに教えてちょうだい」
期待に満ちた目でこっちを見ているアイ。僕ならば素晴らしい計画を立てている、そう信じて疑わない、自信に満ち溢れた目。
なら、その期待に応えないとね。
「クイーンエリザベスステークスを最初のレースにするつもりだよ。オーストラリアのG1だね」
年明け最初のレースはドバイ、じゃない。オーストラリアのクイーンエリザベスステークス、芝の中距離レースだ。
どうしてドバイじゃないのか? 世界中の強豪が集う舞台を選ばなかったのか? そう考えてもおかしくないレース選択。ドバイを避けてまでこのレースに出走する理由が見当たらない、インタビューで答えていたら、そう突っ込まれていたかもしれない。
でも、明確な理由がある。ドバイを捨てて、オーストラリアのレースを選択した理由が。そのことを知っているアイは、ますます笑顔を深めていた。
「あの人がいるから、でしょう? 今最も世界を騒がせている相手が」
アイが語る相手とは。
「ヴェガスクライ。オーストラリアに所属している、世界最強の女王。コンストリブルさんが欧州最強に留まっている、その所以にもなっている人が出走する。だから、でしょう?」
「その通りだよ、アイ。まだ決まっているわけじゃないけど、多分オーストラリアのレースに出走する。その中で一番確率が高いとすれば……ここだ」
「言葉を濁していたのもこれが理由。相手がまだどこを走るか分からないから、だから曖昧な答えで濁した。でしょ?」
「そういうこと」
ヴェガスクライ。世界最強の女王として君臨する、オーストラリアのウマ娘。G1・21勝を含む、28連勝という記録を叩き出している子だ。
コンストリブルは確かに欧州最強と呼ばれている。欧州はレース界でもトップの場所、欧州最強は世界最強と呼んでも不思議ではない。
そうはならない原因が、今の時代にはある。それが、オーストラリアのヴェガスクライの存在だ。彼女の存在が、コンストリブルを欧州最強の座に押し留めている。
「僕はアイを彼女が走るレースにぶつける予定だ。もうそろそろ引退、なんて話も出てきてるし、出来る限り早めに戦いたい。とはいえ、彼女が出走を予定しているコックスプレートは、ね」
「間隔的に難しいものね。仕方ないわ」
苦笑いを浮かべるアイ。さすがに凱旋門賞からのコックスプレートは……うん、厳しい。できないことはないけど、積極的にはやりたくない。万全の状態で戦えるかも分からないし。ブリーダーズカップも大概だけど、コックスプレートよりはまぁ、って感じだ。
現状シニア級以降の予定はこれと、もう1つ。
「ヴェガスクライの後は、プライベートベーリングだ。ステイヤーズミリオンの完全制覇を初年度で達成した、長距離の怪物」
「……ふふ、いいじゃない」
プライベートベーリング。長距離路線最強と呼ばれる怪物との戦い。シニア級でもまた、アイは最強へと挑み続けることになる。
「……震えているのかな?」
「えぇ。今から楽しみで仕方ない、武者震いよ!」
それでも、アイはブレない。自分こそが勝つと信じて疑わない、いつもの自信に満ちた表情で宣言する。
「わたしがやることは変わらない、でしょ?」
「そうだね。レースを走って、勝つ。本当にただそれだけ。そして、その先にいる」
「ミーティアのみんなに勝つ。勿論、他の人達にだって勝つ! 全部のレースに出て、全部のレースを勝つ! アイはどこだって走るわ!」
勝つ。それだけだ。
なお、後日。
「ゔゔゔぅ゙ぅ゙ぅ゙~……っ!」
「ハーッハッハッハ! 良いバクシンでしたが、私のバクシンがさらに上をいったようですねッ! しかし、この結果にめげずバクシンすればさらによいバクシンを生みますッ! 更なるバクシンを目指しましょうッッ!!」
「なんで短距離のバクシンオーさんに挑んだんですかアイちゃん。私達ですら誰も勝ったことないのに」
「タルマエ君の言う通りだよ。というか、委員長君に短距離で勝ったウマ娘は存在しないね。挑戦と無謀は違うよアイ君」
バクシンオーに模擬レースを挑んで、コテンパンにやられていた。さすがにもうちょっと段階を刻もうか、アイ。
ヴェガスクライ……ダリナンダアンタイッタイ