ランドウィックレース場で、凄い歓声が上がっている。レース場が揺れてるんじゃないか、って錯覚するぐらいの大歓声。普通だったら耳を塞ぎたくなるほどの声量。なのに、気にならないくらいに熱中している人しかいない。
今、決着が着いた。チッピングノートンステークス。アーモンドアイとヴェガスクライ。2人の女王が激突した舞台の決着が、今終わったんだ。
どちらが勝ったのか? それは、僕の目の前の光景に答えがある。
右手を大きく掲げて、自らの勝利を確信している姿。ボクの担当ウマ娘──アーモンドアイの立ち姿が、目に焼き付く。
《ヴェガスクライを下して! 最強女王の座を奪いました! 日本から欧州女王へ、欧州女王から世界女王へ! 誰にも文句を言わせない真っ向勝負で! ヴェガスクライをねじ伏せました!》
《いや~ぁ……、これ、本当に凄いよ! いや、凄いとしか言えない! それだけ凄いレースだった!》
《気持ちは分かります。いかに凄いレースだったかは、ランドウィックが揺れるほどの歓声が証明していますから! 隣の人と笑い合い、手を叩き、歓喜の声を上げ、新たなる女王の誕生を祝福している! 新たなる世界女王、その名はアーモンドアイ! コンストリブル、ヴェガスクライを下して! 世界女王の座に着きました!》
堂々と、自分が勝ったことが誰にでも分かるように拳を上げている。そして、自信に満ちた表情で。
「わたしの、勝ちよ! アーモンドアイに負けはないわッ!!」
勝利宣言。レース場がさらに揺れた。
「『新たなる世界女王に祝福を! おめでとうアーモンドアイ!』」
「『素晴らしいレースだった! 君が文句なしの女王だ!』」
「『これからも頑張ってくれー!』」
中にはアイを応援していなかったファンもいるだろう。他の子を応援していたファンも当然いるはずだ。
レースが終わればノーサイド。勝ちウマ娘を祝福し、惜しみない賛辞の言葉を贈る。万国共通の、レース後の空気感だ。この空気感は、結構好きだ。
隣ではバクシンオーとキタサンが大声を上げて祝福している。ジェンティルやタキオンは無言のままに拍手を、タルマエやヤン子は手を振ったりしていた。各々の特徴がよく出ている。
歓声に包まれている中、ふとアイと目が合って。
「勝ったわ、トレーナー!」
そう言っているように見えた。ので。
「おめでとう、アイ」
彼女のピースサインに、僕も応えるようにピースサインを送って。彼女は満足そうに笑っていた。
……と、ここまでは微笑ましい話で終わる。問題は、その後だった。
ウィナーズサークルでインタビューをするために、レース場のターフへと降りた僕だが。
「『もう一度、もう一度勝負だアイ! 次は負けない!』」
「『構わないわ。何度だって勝負しましょう!』」
「『おちつ、落ち着けクライ! お前走ったばかりで死に体だろうが!』」
ヴェガスクライがとても悔しそうにアイに詰め寄って、ヴェガスクライのトレーナーが必死に止めに入っていた。僕は当然、アイの方を止めている。アイもやる気満々で迎え撃とうとしているし、こっちも止めなきゃまずい。
「ダメだよアイ。アイだって今回の疲労が凄いだろう? 走ろうとしないでね」
「確かに疲れているわ……でも、何度だって走りたいもの! 走って、わたしが勝つ!」
「ダメだからね」
当の本人もこの調子。でも、2人とも脚がプルプルと震えている。当たり前だけど。
今回のレースは激戦だった。特にこの2人は消耗も激しかったはず。なにせ、序盤から最後までずっと競り合い続けて走り抜けたのだから。
それでも負けた悔しさの方が勝っているのか、ヴェガスクライはアイに挑戦状を叩きつけていた。なんともまぁ負けん気の強い子だ。
(世界最強の女王と呼ばれていたのがなんとなく分かる。この負けん気の強さは凄い)
向こうのトレーナーも手を焼いてそうだ。現在進行形で手を焼かされてるけど。
彼女達に別れを告げ、インタビューも後回しにして。アイをシャワー室へと案内した。
今回は特に激戦だった。内容的にコンストリブル以上の消耗を強いられたから、アイの熱が凄いことになっていた。触っただけでも火傷しそうなくらいに。
「と、トレーナー。さすがに危ないから手を離した方が」
「これくらい平気だよ。それよりも、すぐにシャワーを浴びようか」
「……分かったわ」
アイの身体を冷やすことを最優先に。やることをやったら、次はインタビューか。
(アイの体調のこともあるし、ここは)
「ドゥラ、ジェンティル。後は頼めるかな?」
「構いませんわ。しっかりと、見張っておきます」
「あぁ。任された」
アイはインタビューに参加させず、後日に回す。今日のところは僕だけでインタビューに答えるつもりだ。理由は当然、アイの体調が絡むから。今はとにかく休めないといけない。
で、アイがいない状態でウィナーズサークルの方に来たんだけど。
「『レース勝利、おめでとうございます! ところで、アーモンドアイさんは?』」
「『アーモンドアイはレースの消耗が激しかったので、身体を休めさせていただいてます。申し訳ありませんが、レース後のインタビューに関しては後日の方に回させてください』」
「『おぉ、それだけの激闘だった、と?』」
「『そういうことになります。なので、今日のところは私だけで対応を』」
記者さん1人1人に説明して、理解を得てもらう。中には難色を示す人もいたけれど、レースの疲労が著しい、と聞いたら大人しく引き下がってくれた。別れ際に、しっかりとこの日にインタビューするという打ち合わせも交えて。
「やはりあなたは素晴らしいトレーナーです、高村トレーナーッ! ついに、ついにオーストラリアのG1も取りましたね!」
「この声は……乙名史さんですか。ありがとうございます」
「あぁ……ウマ娘のためならば世界を駆け回り、己が身を顧みずに支えるその姿! まさしく模範にして理想! 世界最高のトレーナーです!」
「褒め過ぎですよ。でも、ありがとうございます」
日本から乙名史さんも来ていた。どうも会社にお願いして、わざわざこっちに来たらしい。凄いな、この人。
なんとか理解してもらって、ひと段落したところで控室に戻る。アイはというと。
「い、痛い痛い!? も、もうちょっと加減してください!」
「我慢しなさい。疲労回復のツボを押しているんですから」
「ジェンティル。次のツボは……トレーナー、帰ってきたんだな」
マッサージをしているジェンティルと、痛そうに悲鳴を上げているアイの姿が目に飛び込んできた。シャワーは終わったらしい。
まぁ、何はともあれ。
「代わるよ、ジェンティル。ありがとう」
「えぇ。後は貴方がお願いします」
「た、助かったわ……」
ジェンティルとマッサージの役割を変わろう。というか、アイはアイで何をされたのだろうか? 疲労回復なのに疲労困憊しているように見えるし。
いつものようにマッサージをしつつ、今後の軽い予定を打ち合わせ。後日に回したインタビューについてとか、いろいろと言いたいことはある。
でも、一番最初に伝えるべきことはそれじゃない。最初に言うべきことはこれだ。
「おめでとう、アイ。勝ったね」
「ふふん、勝ったわトレーナー!」
勝ったアイを褒める。褒められたアイはご満悦そうにしていた。眩しい。
褒めた後は予定通り打ち合わせを。その中で、レースについての話題になり。気づけばヴェガスクライの話になる。
「やっぱり、真っ向勝負できたね。僕達の予想が、ぴたりと当たった」
「そう、わたし達の予想が当たった。当たったけど……それでも勝負は最後まで分からなかったわ」
「それだけ強かった、ってことだ。さすがはオーストラリアで30連勝の大記録を打ち立てた女王だね」
僕とアイは相手の手を読んでいた。読んだうえで、ここまでギリギリの勝負になった。相手もギリギリだったとはいえ、読み切ったうえだから恐ろしい。
強い相手だった。間違いなく言える。
「彼女の意地を感じたわ。オーストラリアで君臨していた女王としての強さ、余すことなく受け取った」
「……どうだった?」
聞くまでもないこと。アイは、とびっきりの笑顔を見せる。
「最高の勝負だったわ! また戦いたいわね!」
「向こうはクイーンエリザベスステークスで引退だけどね」
「……そうだったわ」
そんな彼女の笑顔を見つつ、マッサージを続ける。レースの激戦からは想像もつかないほど、ゆったりとした時間が流れていた。
◇
ところ変わってドバイ。とあるホテルにて、テレビを見ている2人のウマ娘。
「ね~ね~シュヴァち~。遊ぼうよ~」
「……遊んでる暇なんかないだろヴィブロス。僕達レースに来たんだぞ?」
「でもでも~、レースまでまだまだ時間あるじゃん。せっかくドバイに来たんだから観光とかしようよ~」
シュヴァルグランとヴィブロス。ヴィブロスがドバイワールドカップミーティングに出走するので、付き添いで着いてきたシュヴァルグラン。本来なら他のチームなのだが、経験があるからと着いてくることになった。
そんな2人だが、ヴィブロスは観光しようとシュヴァルグランに絡んでいる。トレーニングすべきと釘を刺しているが。
「トレーニングばかりじゃ息が詰まっちゃうよ? たまには息抜きしないと!」
「それは、まぁ、分かるけど」
「それに~、トレーニングだって今日もい~っぱい頑張ったもん! だから遊んでもいいでしょ~? おねが~いっ」
ヴィブロスのお願い攻撃に屈しそうになっていた。確かにトレーニングだけだと気が滅入るし、やる気を上げるために遊ぶのも良いかもしれない。そう考えてしまうほどに。
だが、首をぶんぶん横に振って誘惑に耐える。
「ダメだろヴィブロス。ドバイターフの二連覇がかかっているんだから……っ?」
しっかりレースに勝てるように調整しよう。そう続けようとしたシュヴァルグランの目に飛び込んできたのは。
《き、緊急ニュースです! 今特報が舞い込んできました!》
ニュースアナウンサーの慌てた声。スタッフらしき人から渡された紙を手に取った瞬間、飛び上がるくらいに驚いていた。
思わず何事かとヴィブロスと目を見合わせる。一体どんな情報が飛び出るのか? 注目していると。
《引退を表明していたオーストラリアの女王ヴェガスクライ。なんと現役続行を発表されました! 引退を撤回して、現役を続行するようです!》
とんでもないニュースが舞い込んできた。日本を主戦場にしている2人でも知っているようなウマ娘の情報だからだ。
「ヴェガスクライさんって……あの30連勝中だったウマ娘さんだよね? 最近負けたって聞いたけど」
「しかもしかも~。負かした相手が何とアイさん! 凄いよね~」
「キタサンのチーム……やっぱり凄いや」
ある程度の情報を知っているウマ娘。クイーンエリザベスステークスで引退予定と聞いていたが、まさかその予定を撤回するとは思わなかった。キャスターの驚きが分かる2人。
だが、それだけじゃなかった。
《しかもなんと! ドバイワールドカップミーティングに出走するつもりの様です!》
「……え?」
ヴィブロスの目が点になる。シュヴァルグランと目を見合わせるが、その間にも情報は耳に入ってきて。
《生放送を繋ぎます。え~っと、現場の〇〇アナ! 今どのような状況に》
《ドバイワールドカップミーティングで勝負するぞアーモンドアイ! 今度は負けない!》
《バカなことを言うんじゃないクライ! できるわけが》
《いいじゃない! 尋常に勝負よ!》
《アイ、落ち着いてね? アイ、アイ?》
なんならご本人とついでのようにアーモンドアイがテレビの画面に映って。向こうの盛り上がりが伝わってくるような熱気を放っていた。
仕方ないだろう。レースで熱い勝負を繰り広げていた2人。その2人の勝負がまたすぐに実現するのだから。盛り上がるのが当然というもの、当たり前のことだ。
なお、そんなテレビの空気とは対称的に、冷え込んだものを感じるヴィブロス。まさか過ぎる伏兵がここにきて登場など、考えもしなかったからだ。
「……で、でもでも! ドバイシーマクラシックの方に出走するかもしれないし! それなら私とは当たらないし」
自分とは違うレースに出走するかもしれない、なんて淡い期待を抱くが。
《ドバイターフで勝負だ! 同じマイル戦で、もう一度勝負するぞ!》
《だからダメだって言ってる》
《望むところよ! アイはどんな勝負だって受けるわ! そして、わたしが勝つのよ!》
《いや、ダメだからね》
《ドバイターフでは勝ってやる!》
その期待はすぐさま打ち砕かれた。ドバイターフに出走すると宣言して、どう足搔いても戦う羽目になることを悟る。
生放送が消えた後も、テレビの画面を呆然とした表情でテレビを見つめるヴィブロス。その肩に、そっと手を置くシュヴァルグラン。
「……トレーニング、頑張るぞヴィブロス」
「……うわーん!」
とんでもない絶望が襲い掛かってきたヴィブロスであった。
なお、次の日。またも特報が舞い込んでくる。
《え、え~。昨日の生放送でドバイワールドカップミーティングに出走すると宣言していたヴェガスクライとアーモンドアイの両名ですが》
チラチラと機嫌を窺うようなニュースキャスター。その視線の先には、明らかにキレているヴェガスクライのトレーナーと無表情のアーモンドアイのトレーナー、高村が座っていた。
《出れるわけないだろうが! オーストラリアからドバイまでのフライト時間! 向こうに着いた後の調整! なによりもレース後の疲労! 全部最悪の状態で挑むことになる! そんな状態で出走させるわけがない!》
《そういうことです。2人はドバイワールドカップミーティングには出走しません。皆様の期待には添えない結果となりましたが、ご了承いただけると幸いです》
さらに、ついでのように頭にたんこぶを作っているヴェガスクライと怒られて涙目になっているアーモンドアイも添えて。2人がドバイターフに出走するという話は、速攻で訂正された。
「シュヴァち。私はこれ喜べばいいのかな?」
「……分からないよ。でもまぁ、冷静に考えたら出れるわけないよね」
「だよね」
出ないという情報に、複雑な感情を抱く2人だった。
史実だとこちらの方に出走していたのでやりたかった←
さすがに出走は出来んです。現実でも多分検疫の関係で出来なさそう。