その瞳に勝利を   作:カニ漁船

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アイちゃんがんばえ~。


順調だからこそ慎重に

 アスコットゴールドカップが近づく中で、わたしはひたすらスタミナ強化に励んでいるわ。長距離最強のキタサンに教えてもらって、走り切れるだけのスタミナをつけないと。

 

「頑張ってアイちゃん! 後1セットだよ!」

「分かって、いるわっ! まだまだいけるっ、もう2セットでも問題ないわ!」

「それなら3セット行こう! バクシンワッショーーイッ!」

 

 ゴールドカップの距離は4014m。前に走ったことがあるセントレジャーステークスの2921mよりもさらに長い。

 当然、求められるスタミナも相応に増える。走り切るだけなら問題はないけど、そこから勝つなら今のスタミナだと不安が残るわ。

 

(相手は欧州ステイヤーの代表格、長距離最強のウマ娘。腕が鳴るわね!)

 

 万全を期する必要がある。コンストリブルさんやヴェガスクライさんを倒したかもしれないけど、油断はできない。今のまま安心なんてしちゃいけない。わたしは、もっともっと成長しないと!

 

 走っている間も、キタサンはわたしにアドバイスをくれる。ステイヤーとしての教えや、走る際の心構え。なにより、自分が培ってきた技術を。

 今もこうして、たまにこっちを見ながら。

 

「アイちゃん、長距離で大事なのは息を入れるタイミングだよ。例え相手よりスタミナが不足していたとしても、息の入れ方1つでグッと楽になるから!」

「息の、入れ方?」

 

 アドバイスをくれる。後で、なんて思っちゃうかもしれないけど、キタサンの場合我慢ができないのかもしれないわね。忘れないうちに、早く言いたいんだと思う。

 

「そう! あたしもバクシンオーさんに教えてもらったんだけど、ここで息を入れよう、っていうのが大事なんだって!」

「そう、なのねっ! で、その場所、っていうのはっ!?」

「え~っとぉ……残り777m地点! なんか縁起が良いからここが良いんだって!」

「随分細かくない!? でも、アイはやるわ!」

 

 たまに謎な教えもあるけど、こういうのもバカにはならない。一つ一つが大事な教え、全部吸収するつもりでやるわ!

 

 走り終わった後は、改めていろんなことを教えてもらったりする。その中でも印象に残ったのは。

 

「アイちゃんは強いよ。だから、あたしから教えられるのは心構えをしっかりしておこう、ってことぐらいかな」

「心構え、ね」

 

 心構えの問題。レースを走る上で大事になる、わたしの支柱。どんな時でも揺らがない精神力が必要だって、キタサンは教えてくれた。

 実際、今のキタサンが揺らいだことはないと言ってもいいわ。タルマエさんが何度も崩そうとしているけど、バクシンオーさん同様崩れたことがない。タルマエさんレベルでも、キタサンを崩すことは出来ないってこと。

 だからこそ、長距離最強の座に君臨しているのかもしれないわね。

 

「一生懸命走るだけだもの! 予想外も受け入れて、それでも自分の走りを貫く! ま~、あたしがアイちゃんに教えられるのはそれくらいしかないかな」

 

 たはは、と笑うキタサン。これくらいしかできなくて悪いと思っているのかもしれないけど、そんなことない。

 

「いいえ、とてもありがたい教えよキタサン。貴方のメンタルは、ミーティアでも随一だもの」

「え!? そ、そうかなぁ?」

「なんで変なところで気弱なのよ。キタサンの教えはとっても貴重、わたしの成長に繋がる大事な一ピースよ。ありがとうキタサン!」

 

 とてもありがたい教えを改めて教えられる。忘れがちなことだから余計にね。何時でも頭の中に入れておかないと。

 

「休憩はもうすぐ終わりね。次はプールトレーニングに行きましょう!」

「アイちゃんやる気だね! それじゃあ行きましょう! バクシンワッショーーイ!」

「ワッショーイ!」

 

 キタサンとの特別指導は順調そのものね。

 

 

 今回の特別指導ははキタサンだけじゃない。タキオンさんにも多く協力してもらっている。

 

「と、いうわけでだ。自分の策に嵌めるのも大事だが、そればかりではいけない。時には策を捨ててでも、周りに注意をしなければならない時がある」

「視野が狭まって、気づいたら自分が嵌められている、ってことがあるからでしょ?」

「その通り。1つの視野しか持たないのは危険な状態、常に広い視野を持って己を俯瞰するのが大事、というわけだね」

 

 主にレースを走る上でのプランニング。タルマエさんのようにいかに策に嵌めるかを重きに置くんじゃなくて、相手の策をどう看破するか? に力を入れてくれているわ。

 タキオンさんとタルマエさん。ミーティアの中でも特に頭を使ってレースをする2人だけど、そのスタイルは明確に違うって言えるわ。例えるなら、タルマエさんは相手に全力を出させないスタイル、タキオンさんは相手の全力を見た上で崩すスタイル、ってとこかしら。

 

「レースはその時の状況によって目まぐるしく動く。タルマエ君のように走ることができない時もあるだろう。事実、タルマエ君が負ける時というのは、往々にして自分のスタイルが通じなかった時だ」

 

 ま~彼女の場合負けてからが本領発揮だがね、と付け加える。確かに、負けた後の方が恐ろしいものね、タルマエさんは。復讐の魔王は伊達じゃないわ。

 

「相手の選択肢を狭めることは大事だ。そして、その方法は1つじゃない。例えば」

「……相手の選択肢を、誘導する時!」

「そう! そういうことだよアイ君! いや~、優秀な生徒を持てて嬉しい限りだよ私は!」

 

 相手に全力を出させない、ゲームでいうデバフが一般的な考え方。でも、それだけじゃないわ。相手を誘導することもまた、選択肢を狭めることに繋がる。

 

「普通の人にとっては、上手くいっている時ほど油断するものだ。自分の考えた策に嵌ってくれる、思い通りのレース展開を描けている……そういう時こそ、人は一番油断をする」

「……そうね。アイが負ける時が大体そうだものねっ」

「頬を膨らませるんじゃないよアイ君。君の場合は私が上手く誘導しているからに過ぎない。今の現役世代に限って言えば、よっぽどのことがない限り君は相手の作戦に引っかからないよ」

 

 なんで分かるかって? わたしがいつもタキオンさんに誘導され続けてきたからよ! 今思い返しても腹立たしいわ……数えきれないくらいに負けたもの!

 

 それはともかくとして、時には自分の作戦を捨ててでも、相手に乗っかかることが大事、ってことね。大体はタキオンさんの言った通りのことが起こるから。

 けど、そうなったら必要なものが出てくる。

 

「ま、これは基礎能力が、トレーナー君風に言うならステータスが大事になる。相手の作戦に乗ってやるわけだからね、相応に実力が求められる走りが必要だ」

「当たり前ね。相手の作戦に乗るわけだから、実力が伴ってないとどうしようもないわ」

 

 基礎的な部分。トレーナーがよく言ってる、ステータスね。この部分ができてないと、タキオンさんの教えは実践できない、机上の空論で終わってしまうわ。

 

 ま、わたしは心配していないけど。

 

「わたしなら当然、出来るわ。ミーティアのみんなができるんだもの。わたしに出来ない道理はないし、出来ないなら出来るまでやる! 当然よね」

「君ならそういうと思ったよ。なら、今からやることは簡単だ」

 

 ドスン、と。勢いよく資料の山をわたしの前に置くタキオンさん。1つ手に取って確認すると、レースの戦略について書かれていた。おそらく、この山全部がそうね。それぞれ違うパターンの戦略が書かれている。

 山を置いた張本人は、とっても嬉しそうに。

 

「では、今日はこの山を片付けようじゃあないか。ゴールドカップを始めとした長距離レースの戦略をしたためたものでねぇ。ついでに私が予想する次走のゴールドカップの展開もあるよ」

 

 全部片づけようか、と告げてきた。ふふ、いいじゃない!

 

「分かったわ。これを全部やればいいのね?」

「その通りだ。頑張りたまえよ? アイ君。君の頑張りに期待している」

 

 タキオンさんの講義は終わり、わたしは資料に集中する。タキオンさんが用意したこの資料、活かさない手はない。わたしは、負けるわけにはいかないもの!

 

 

 なにもかもが順調。だからこそ、油断しないように気を付けないと。足元を掬われないように、全力で勝負に挑むことが大事ね。

 

「それで、トレーナー。いまのわたしはどんな感じかしら?」

「はい、これ。今のアイのステータスね。ついでにこっちはプライベートベーリングのステータス」

 

 ホテルの部屋でトレーナーとミーティング。渡された紙に目を通して──嬉しくなる。

 

 

アーモンドアイ

 

適性:芝A ダートA

距離:短A マA 中S 長A

脚質:逃げG 先行A 差しA 追い込みD

 

スピード:UA1 1811

スタミナ:UD9 1593

パワー :UD2 1527

根性  :UD8 1584

賢さ  :UE7 1479

 

 

プライベートベーリング

 

適性:芝A ダートG

距離:短G マG 中C 長S

脚質:逃げG 先行A 差しA 追い込みD

 

スピード:UB2 1727

スタミナ:UB3 1732

パワー :UD7 1574

根性  :UC6 1667

賢さ  :UF8 1386

 

 

 よし、よし! しっかりと成長できているわね! 目に見えて数値化されると、なんだか嬉しくなるわ!

 

 気になることと言えば、プライベートベーリングさんとのステータス差。スピードはともかくとして、ってところね。

 

「長距離Sに加えて、向こうの方が圧倒的にスタミナが多い。追い比べなんてしようものなら、確実に潰される」

「えぇ。さすがは欧州最強のステイヤーね。やっぱり、一筋縄じゃいかないわ」

 

 身体が震える。相手は紛れもない現役最強の1人、どんな強さなのか、どれだけ迫れるのか未知数な部分が多い。

 でも。

 

「一筋縄じゃいかない、って言う割には嬉しそうだね、アイ」

 

 楽しみで仕方ないわ。わたしの全力をぶつけた上で、どんなレースになるのか。期待が膨らむ。

 

「当たり前じゃない。強い相手と戦って、その先にある勝利を想像するだけでも楽しいもの! きっと、素晴らしい景色に違いないわ!」

 

 その先にある勝利を考えたら、わたしはどこまでだって走れる!

 

 言葉を聞いたトレーナーは、一瞬呆けた後。

 

「変わらないね、アイは。アイの美徳だ」

「ふふん、そうでしょう? 相手が欧州最強のステイヤーでも勝つわよ、トレーナー!」

「うん。それが僕の仕事だからね」

 

 少しだけ微笑んだ。

 

 さぁ、次のレースも頑張るわよ。アイに負けはないんだから!




次回ゴールドカップ。
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