その瞳に勝利を   作:カニ漁船

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おデビューですわ


鮮烈なメイクデビュー

 アイのトレーニングは順調に進んでいる。

 

「当たり負けしないために必要なのは体幹。力も当然必要ですが、そもそもの軸がブレていてはどうしようもありませんわよ?」

「わ、分かってるっ、わよっ!」

「分かっているのであれば、もっと頑張りなさいな。ほらほら、これでも手加減していますのよ!」

「手加減してもジェンティルのパワーは規格外だね~」

 

 バクシンオー達の特別指導を受けて、通常よりも早く高みへと至ることができている。他の子達、それこそ同世代のトップ層と比べても、アイの強さは群を抜いているだろう。

 これはアイの努力家な一面も大きく関係している。極度の負けず嫌いで、自分を磨くことに余念のない彼女は常に考える。自分の悪かったところを、自分に足りないところを。

 相手が誰でも同じことだ。バクシンオー達が相手だろうと、アイは全力で勝ちに行こうとする。よっぽど勝つことが好きなんだろう。どれだけの差があっても、アイは微塵も諦めようとしないんだから。

 

 結果として、アイは驚くほどの早さで成長していた。メイクデビューで相手になる子が可哀想になるくらいには。

 だから、僕自身も怠らない。常に彼女の限界値を見極めて、最適な量のトレーニングを模索し続けている。

 

「そろそろトレーニングも更新する頃合だね。アイも慣れつつあるし」

「相変わらずマメだね~。そういうとこが、トップになる秘訣かな」

「僕は自分自身がトップだなんて思ったことはないけどね。周りがそうだって言うなら、まぁそうなんじゃないかなとは思うけど」

「ふふ、高村トレーナーのマインドはやっぱ凄いや」

 

 フォーエバーヤングとの交流も随分と慣れた。メイクデビューまでの間、ずっと僕達に協力してくれていた彼女は、すでにミーティアの一員と認識されつつある。

 ま、彼女はあくまで仮入部。入るかどうかは彼女次第だ。入らないならそれでいいし、ミーティアで得た知識を別のチームで役立ててほしいと思うだけ。

 

「本当に、高村トレーナーはウマ娘のために全力って感じ。だから、彼女達も全力で応えたくなるんだろうね」

「そう、なのかな?」

「そうだよ。きっとね」

 

 個人的には仲良くやれている、と思う。笑顔で対応してくれるし、悪い感情は抱かれていないだろう。多分。

 

 

 それからアイはトレーニングを続け。ついにこの日を迎えた。

 

「わたしのメイクデビューね、トレーナー」

「そうだね。まずはここを勝って弾みをつけよう」

 

 メイクデビュー。アイの今後を左右する、とても大事な日だ。

 

 

 

 

 

 

 控室のアイはとても落ち着いている。いつものように自信に満ち溢れた目で、入念に身体をほぐしていた。

 

 そんな彼女に対して、レース前の最終確認をする。走るレース場の事とか、気を付けるべき相手の事とか。

 

「それでトレーナー、今回は気を付ける相手はいないのよね?」

「ステータス上は、アイが突出しているからね。とはいってもあくまでステータス、指標の1つでしかないから」

「細心の注意を払ってレースを進める、でしょ? ちゃんと分かっているわ」

 

 アイにも一応ステータスのことは教えてある。ステータスはあくまで指標の1つでしかないことも。そのことをしっかり理解しているようで、アイの方から先んじて僕の言いたいことを言ってきた。

 分かっているなら、僕から言うべきことはほとんどない。あるとすれば、緊張しないように走ることぐらいか。

 

「後は緊張に気を付けようか。メイクデビューは最初のレース、緊張していないと思っていても、どうしても緊張してしまう。今後のレース人生を左右するものだからね」

「……そうね。わたしも気づかないうちに飲まれないようにしなきゃ」

「大丈夫だよ、アイ。いつも通りの力を、いつものように発揮すればいい。それが難しいんだけど、君ならできる」

 

 僕の言葉に、アイはやっぱり自信たっぷりの表情を見せた。

 

「当然よ! だって、わたしはアーモンドアイだもの!」

「……大丈夫そうだね。なら、いっておいで。僕は観客席でみんなと観戦してるから」

「えぇ。貴方に勝利を届けるわ、トレーナー!」

 

 控室から出ていくアイを見送って、僕も観客席へと急ぐ。少しでも早く、1秒でも早く着くように。

 

(バクシンオー達が席を取ってるとはいえ、今日は結構客入りが多かったからね。急ぐに越したことはない)

 

 僕は観客席へと走って向かった。

 

 

 観客席でバクシンオー達と合流。お馴染みとなったフォーエバーヤングもいる。

 

「フォーエバーヤングも来たんだ」

「もち! なんせアイのデビュー戦だからね。こりゃ、見逃すわけにはいかないっしょ!」

「さぁアイさん! バクシンです、バクシンの気持ちでレースを制しましょうッ!」

「バクシンワッショーイ! バクシンワッショイですよアイちゃーん!」

「久しぶりに聞いたねぇそのフレーズ。懐かしさすら感じるよ」

 

 アイのデビュー戦に選んだ新潟レース場。まだメインレースではなくメイクデビューの時間だ。本来なら客入りはそこまででもない時間帯。

 にもかかわらず、結構な客入りを見せている。空いている席が傍目には見当たらないくらいには。

 

 その理由は1つだろう。

 

「今日はミーティアのアーモンドアイが出走するらしいぞ。どんなレースを見せてくれるんだろうな?」

「なんてったってあのミーティアだぜ? 絶対すげぇレースをしてくれるよ」

「しかも、噂段階でもやべーって話だろ? このメイクデビュー、絶対に伝説になるって」

「伝説って?」

「あぁ!」

 

 アイが出走するから。それに尽きる。事実会場のいたるところからアイの名前が聞こえているし、誰もがアイに注目していることがよく分かる。

 応えるようにダントツの1番人気。勝つのはアーモンドアイ以外ありえない、なんて雰囲気すら流れていた。

 

 けど、問題はない。

 

(普通なら、とんでもないプレッシャーがかかる場面なんだけどね)

「さて、あの子がどのように走るのか……見ものですわね」

「あんまりプレッシャーかけないでくださいよジェンティルさん。ただでさえ圧が凄いんですから」

「レース中の貴方に比べればマシですわ、タルマエさん」

「んな!? そ、そんなことありませんよ! ねぇトレーナーさん、イクイちゃん!」

「……ノーコメントで」

「同じく、コメントは控えさせていただきます、タルマエさん」

 

 アイはこの程度の圧に飲まれない。そもそも、彼女の目に映るのは勝利のみだ。周りからなんて言われようが関係ない。自分の実力を発揮して、勝利する。たったそれだけだ。

 

 ウマ娘が続々と登場し、発走が待たれる中実況の声が響き渡る。

 

《新潟レース場は好天に恵まれました。芝1800m、バ場の状態は良バ場の発表。メイクデビューながら会場の客入りは凄まじいことになっていますね。これはやはり、1番人気のアーモンドアイが起因しているのでしょうか?》

《間違いなく、でしょうね。世界最強チーム・ミーティアのウマ娘。その実力を疑うことは出来ません。果たしてどんなレースをしてくれるのか、今から楽しみです》

《アーモンドアイは6枠12番の発走。期待が高鳴る中、ウマ娘達が続々とゲートへと向かっていきます。まもなく始まろうとしているメイクデビュー、スターダムの階段を駆け上がるのはどのウマ娘か?》

 

 1人、また1人とゲートに入り、つられて会場も静かになっていく。友達と会話をしていた人も、他人と予想をしていた人達も少しずつ口を閉じたのか声が聞こえなくなってくる。

 

 完全に静まり返ったのは最後のウマ娘がゲートに入った時。無言でゲートに集中する緊張の瞬間。

 その時がきた。ゲートが開いて、閉じ込められていたウマ娘達が一斉に飛び出す。空気が震えるように錯覚し、力強い足音が観客席まで聞こえてきそうな時間が。

 

《今、スタートしました! 各ウマ娘揃って綺麗なスタートを切ります。ここから誰が抜け出すのか、誰がペースを握るのか? 我先にと駆け出しているぞ、抜け出したのは》

 

 メイクデビューが始まった、と同時。

 

「ふぅン」

「あらまぁ」

 

 タキオンとジェンティルの、少しだけ呆れたような声が聞こえてきた。まぁ、気づくか。その先を口にはしなかったけど。

 アイは先行集団に混じっていた。王道も王道の走り、先行策でレースを窺う。

 

「悪くない位置取りだね。良いポジションにつけた」

「ただ、あのポジションは激戦区。現に今も、熾烈な争いになっていますわね」

 

 ジェンティルの言うように、アイが選んだ場所は全員が欲しいポジションだ。奪い取ろうとみんなが躍起になっている。

 ただ、アイはそう簡単には譲らない。悠然と、揺らがない山のように他のウマ娘を弾き飛ばしている。

 それがずっと続いていた。コーナーに入ろうと変わらない、アイはポジションをキープしたままゆったりと、冷静に走っている。

 

 盤石の走り。そう呼ぶに相応しいだろう。

 

「さてさて、アイ君はベストポジションにつけたわけだ。後はこの先の展開を予測するとしよう。お勉強の時間だよイクイ君」

「はい。このレースでも学ばせていただきます」

 

 タブレットを用意して、レースの展開をタキオンから教えてもらうイクイ。これもいつも通りの光景だ。

 

 フォーエバーヤングは気づけば僕の隣に来ている。レースを見守りつつ、僕へと話しかけてきた。

 

「さて、アイの状況はぶっちゃけどう? 高村トレーナー的に」

 

 アイの状況、か。正直な話、言うまでもないしフォーエバーヤング自身も気づいているだろう。それでもあえて、僕に聞いている。後学のためか、改めて口にすることで自分の考えが合っていると安堵したいのか。

 なんにせよ、答えないとね。

 

「100点満点に近い位置取り、だね。前を窺いつつ、後ろにも牽制できる位置。4番手から5番手、先行集団からも抜け出しやすい位置だ。丁度隊列もまばらだしね」

「アイの末脚なら、問題なく抜け出せるね。しかも、超絶冷静ときた」

「うん。奪おうにも奪えない他の子達は焦りが見えるし、アイは淡々と迎え撃っている。最後の直線になる頃には、結果はほぼ決まるよ」

 

 新潟レース場の外回りコースを回るウマ娘達。逃げウマ娘は特にかかってないし、頑張れば逃げ切りも狙えるペース。

 そんなペースだからか、後続は割と余裕を持って追っている……アイをマークしている子達以外は。

 

 アイをマークしている子達は相応に消耗している。楽に走らせないためにポジションを奪い取ろうとしていたからだろう。

 でも、結局ポジションは奪えなかった。それどころか自身の体力をいたずらに消耗するだけになった。

 冷静になるだけの思考もないだろう。どうすればいいか分からなくなっているはずだ。リズムが乱れ、スタミナを余分に消耗しているのが見て取れる。

 

「周りの子達はパニックだろうね。アイを全然崩せないんだから」

「アイをマークするのが悪いとは言わないけど、マークした相手が悪かったね」

「1番人気をマークするのはテンプレート、でも実力差がね」

 

 フォーエバーヤングも感じ取っているらしい。アイと周りとの差を。

 いや、フォーエバーヤングだけじゃないだろう。会場中の誰もが思っているはずだ。それだけ、アイと周りの差は分かりやすい。

 

 集団が形成されてから、アイは周りからマークされ続けていた。自由な動きをさせないにしている子、マークして削ろうとしている子、競り合って闘争心を煽ろうとしている子。先行集団はみんなアイを警戒していた。

 それに対するアイのアクションは──何もない。ただ走っているだけだ。

 ただ走っているだけ、というのが問題。つまるところ、周りの事なんてなにも気にしていないわけだ。たった1人で走っていると錯覚するほどゆったりと、それでいて周りにプレッシャーを振りまくように圧倒する。

 周りの子達は辛いはずだ。効かないプレッシャー、むしろ自分達がプレッシャーをかけられる始末。そして感じる、圧倒的なまでの実力差。

 

《最後の直線に入りました。最後の直線に入っておぉっと! ここで仕掛けたアーモンドアイ! 先行集団から一気に抜け出したアーモンドアイ先頭へと襲い掛かります! 凄まじい切れ味の末脚、周りを置き去りにするスピード! 4バ身はあった先頭との差を一気に詰めます!》

「そしてこの末脚。いや~、どうしろって話だよね」

「まだ甘い。もっと耐えても良かったはずだ」

「ドゥラ厳し~。ま、アイの目標考えたらそんくらい厳しくするのも当然か」

 

 闘争心が高いといっても限度がある。下手したら折られかねないほどの強さ。それだけの強さを今、アイは発揮している。

 

 観客席からも歓声に紛れて困惑する声が聞こえてくる。アイの強さに、畏怖の感情を抱く人たちもいるようだ。

 

「……いやいや、これ強すぎだろ。他の子と完成度が段違いじゃねーか」

「最後の直線に入った段階で勝ち確が見えるってどんだけやべーんだよ。アーモンドアイだけ強すぎるって」

「やっぱミーティアがやらかしたじゃねぇか」

 

 最後のはどういう意味だろうか……とにかく、アイは最初から最後まで盤石の走りを貫いた。

 

 まずまずのスタートから先行集団のベストポジションを勝ち取り。

 その後は周りに流されず自分のペースを貫きながら走って。

 周りのプレッシャーに負けるどころかむしろプレッシャーをかけ続け。

 最後の直線でばらけた隙を見逃さずに一瞬で抜け出し。

 最後は持ち前のスピードで差を広げて走っている。

 

 蓋を開ければアイの完勝と言ってもいいだろう。

 

《アーモンドアイ、アーモンドアイだ! アーモンドアイが圧倒的な強さを披露して今ゴールイン! 前評判通り、人気通りの実力を見せつけたアーモンドアイ大差勝ち! これは今後が楽しみなニュースターの誕生だ! この強さを目に焼き付けましょう! 間違いなく次世代の主役になるウマ娘だアーモンドアイィィィ!》

 

 他を全く寄せ付けない強さを発揮して、アイはメイクデビューを大差勝ちで制した。

 

(何度目だろうと、担当の子が勝つのはやっぱり嬉しいね)

「お、高村トレーナーガッツポーズしてる。分かる分かる、嬉しいよね~やっぱ」

 

 どうやらフォーエバーヤングに見られていたらしい。少し恥ずかしいな。からかうようにこっちをニマニマ見ているのも相まって、フォーエバーヤングから視線を外さざるを得ない。

 

「バクシンワッショーイッ! おめでとうございますアイちゃーん!」

「課題は山積みだが、今は素直に祝福しようじゃないか」

「喜ばしいことだ」

 

 無事にメイクデビューを勝ったアイ。ウイニングライブも見事にこなして、華々しいデビュー戦を飾った。

 

「……よし、決~めたっ」

 

 ライブ中に聞こえたフォーエバーヤングの呟きは、後日知ることになる。

 

 

 

 

 

 

 メイクデビューから数日後。みんな集まっている場での報告。

 

「え~っと、新しくミーティアに入る子を紹介するよ。とはいっても、みんな知ってるけど」

「は~い、フォーエバーヤングことヤン子で~す! 気軽にヤン子って呼んでね!」

「おぉっ! 正式入部ですねッ! 共にバクシンしましょうッ!」

 

 フォーエバーヤングが正式に入部することになった。なんでも、ここの空気が自分に合っていると感じたから、らしい。

 後は。

 

「キミならアタシと一緒にイノベーションを起こせるっしょ?」

「頑張るだけだよ」

「その頑張る、が凄い頼もしいね~。頼りにしてるよ、アタシのトレーナー」

 

 どうも気に入られたらしい。どういうわけかは分からないけど。




ヤン子加入。予想以上にミーティアの肌に合うなこの子……。
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