その日、世界に激震が走った。
「アーモンドアイの今後の展望について決まりましたことをここに報告します」
震源地はミーティア。チームトレーナーである高村が報道陣を前にして語る。
内容はアーモンドアイの今後について。キングジョージからのインターナショナルステークス以降は語られていなかったが、口ぶりから察するにその先の話をするのだろう。
色めき立つ記者達。果たしてどんなレースに出走するのか。ブリーダーズカップに出て、ダートの頂点も獲るのか。それとも凱旋門賞の二連覇を目指すのか。はたまた前人未踏の景色を、自分達も知らない選択肢を取るのか。子供のようにワクワクが抑えきれない。
緊張が走っている報道会見。高村の口から飛び出してきたのは。
「アーモンドアイは凱旋門賞ウィークエンドの後、日本へと帰国します。どのレースに出走するかは変わらず未定ですが、日本に戻ることを決めました」
日本へ帰る、というもの。構えていた記者達は大口を開けて固まった。
確かに予想できなかったことだ。まさか日本に戻るなど思いもしなかった。
何故、突然、どうして。困惑する中で、1人の記者が質問をする。
「どうして日本に? アーモンドアイさんは、メイクデビュー以来走っていないはずですが」
まさに自分達が聞きたかったこと。率先して聞いてくれた1人の記者に心の中で感謝しつつ、質問に対する答えを待つ。
高村は表情を変えない。淡々と、事務的に答える。
「アーモンドアイが戦いたいと望む相手ができたからです。いつも通りですね、はい」
「……えっと、それだけ、ですか?」
「はい。それだけです」
あまりにもあっさりとした回答。今までのレースが全部そうだったとはいえ、日本に戻る理由さえもそうなるとは誰が予想しただろうか。もはや安心感すら覚える。
さすがにこれだけでは引き下がれないのか、なおも質問する記者。
「そ、そのお相手とは!? アーモンドアイが勝負を望んだ相手とはどんなウマ娘なのでしょうか!」
アーモンドアイが戦いたい相手が日本にいる。ならばそれが誰なのか? 気になるのは当然だろう。
現役無敗の世界最強のウマ娘。どの距離どのバ場でも問答無用で出走し、勝利と話題をかっさらう新時代のプリンセス。世界中の猛者相手に大立ち回りをしている彼女の姿は、誰もが一回は見たことがあるだろう。
そんな相手が勝負を望むのだ。実力者であることは間違いなく、もしかしたらアーモンドアイに匹敵するかもしれない、なんて思う人もいる。ワクワクして仕方がないはずだ。
高村は、相変わらず変わらない。無表情かつ死んだ魚のような目をしながら、冷静に質問に答えるだけだ。
「ラッキーライラックとブラストワンピースです。日本にいる同期の子達ですね」
「日本の……三冠ウマ娘とトリプルティアラウマ娘ですか!?」
「はい。彼女達と戦うために、アーモンドアイは日本に戻ります。少なくとも、今年最後のレースは日本になりそうですね」
相手の名前はラッキーライラックとブラストワンピース。何度目か分からない驚きの中、明かされた名前にメモを取る。
ラッキーライラックは無敗のトリプルティアラウマ娘。つい先日開催された宝塚記念で初の敗戦を喫したものの、実力は日本でも上位だ。
ブラストワンピースはクラシック三冠ウマ娘。宝塚記念の勝者であり、G1を6勝している猛者。こちらもまた日本で上位レベルの実力者だ。
余談だが、アーモンドアイは欧州のティアラ三冠ウマ娘。現在も無敗記録を継続しており、18連勝のG1を16連勝中だ。怪物もいいところである。
接点はすぐに見つかった。この3人は元々同期。運命が違えばクラシックかティアラ、シニアの混合戦で鎬を削り合っていたかもしれない間柄なのである。
世界を股にかけて結果を残してきたアーモンドアイ。しかし、日本ではメイクデビュー以外走っていない。重賞はおろか、条件戦にすら出ていないのだ。
日本のことについてもあまり情報を仕入れていないのか、アーモンドアイの口から日本のレースについて出てきたことはない。目を向けてこなかったと予想できる。
日本のレースを観た。その結果、2人に興味を惹かれた。だから日本に戻ることを選択した。
(だとしてもまぁ、ねぇ。さすがに日本に戻るなんて)
「こりゃ、日本がとんでもないことになるな」
「違いねぇ。群雄割拠の時代が終わるぞ」
「いや、ぶっちゃけアーモンドアイが走るんだったらどこもそうじゃ」
「それは言うな」
予想外とはいえ、面白いレースが見れるかもしれない。アーモンドアイが標的に定めた相手はどちらも日本の猛者なのだから。
世界で実績を出したアーモンドアイが、日本でどんなレースをするのかも注目だ。久しぶりの日本の芝、どんなレースになるのか楽しみで仕方ない。
「日本のレースとなると、最有力候補はジャパンカップでしょうか!」
「おそらくそうなりますね。時期的にもちょうどいいですし、ジャパンカップになる可能性が高いです」
「ありがとうございます! では次の質問ですが」
日本に戻るその時を、心待ちにすることにした。
余談だが、インタビューが終わった後誰もが思い出した。
「そういえばアーモンドアイって日本のウマ娘だったよな? 戻る、って言われてちょっとおかしいと思った自分がいたんだけど」
「奇遇ね、私もよ。確かにメイクデビューは日本だったけど」
「基本世界中を駆け回っていたからなぁ。どうしても日本のウマ娘って印象が薄い」
そういやアーモンドアイって日本のウマ娘じゃん、と。海外で走りすぎて忘れていたが、アーモンドアイの出身地って日本だったわと、このインタビューでほとんどの人が思い出した。
なお、それを受けての欧州勢。
「いや、アーモンドアイは欧州を中心に走ってたし実質欧州のウマ娘」
「彼女は欧州の大スターよ。実績がそれを証明しているわ」
「むしろフランスのウマ娘まである。フランスが拠点だし」
実質欧州のウマ娘などとのたまっていた。なお、ほぼ全員から冗談かつ本人達も冗談で言っただけということを留意しておきたい。
◇
まだアーモンドアイが日本に戻ることが報道されていない頃の日本。トレセン学園の生徒達は夏合宿に励んでいた。
ラッキーライラックもその一人である。特に彼女は燃えに燃えていた。
(宝塚記念は負けてもうた。絶対に負けへんって挑んだのに……!)
「次は絶対に勝ったる……!」
「お、おぉ。ライラックさんが燃えてますな」
「気合いが凄いねぇ。倒れないように気を付けるんだよぉ」
宝塚記念の敗戦。無敗記録が途切れただけではなく、負けた相手が同期のブラストワンピースだった。
シニアの先輩方ではなく、同期。負けたのは自分の努力不足であると結論付け、ならばこの夏合宿でさらにパワーアップしてやろうと目論む。
「秋以降は絶対に負けへん! 全員いてこましたる!」
「ララさん、気合いを入れるのはよろしいことですが漏れていますよ」
ドリームジャーニーにやんわりと窘められつつも、成長の機会を逃すまいと気合いを入れていた。
そんな時である。
「なーなーララー! ビッグニュースだぞー!」
白い砂浜を爆走し、知り合いであるラッキーライラックのもとへ駆け寄るウマ娘が一人。クラシック三冠ウマ娘のブラストワンピースだ。丁度何が何でも勝ちたいと思っていた相手である。
気合いを入れていたところに水を差されたため、ジト目で睨みつける……なんて感情は表に出さず。にっこりとしていた。
「どないしたん? そんなに慌てて。砂をえらいまきあげて走ってきたけど」
「それはなー、超・超・超! ビッグニュースがあるからなんだー!」
(いやそれは分かっとるわ! 今しがたデカい声で叫んでたやろがい! その内容を言わんか!)
心でツッコミを入れつつ、笑顔のブラストワンピースの言葉を待っていると。
「実はな~……アイが日本に帰ってくるんだー!! 久しぶりにアイに会えるぞー!」
「……はい?」
とんでもないことを発表された。思わず目が点になる。
いや、そんなまさか。世界中を飛び回って、強敵を見つけては挑みに行く、どこぞの格闘家みたいなウマ娘が日本に戻ってくる? そんな話は聞いていない……なんて思っていたが。
ふと気になってスマホを見る。LANEの通知は一件、つい先ほど送られてきたようだ。
差出人はアーモンドアイ。その内容は。
【ララ、わたし日本に戻るわ!次はレースで会いましょう!】
可愛らしいキューまるのスタンプとは裏腹に、死刑宣告に近しいメッセージが飛んできていた。思わずがっくりと項垂れそうになるのを抑え、心の中で慟哭する。
(うちの決心返してー! なんでや、なんで頑張ろう思うた矢先にくんねんお前ー! しかもなんで今になってこっち戻ってくるんや! 嬉しいけども!)
会えるのは嬉しいが、あくまでレース外の話である。レースで会うのであれば話は別、嬉しさよりも絶望の方が押し寄せて仕方がない。
負けると考えているのか? 否、違う。自分が負けるとは思っていない。思っていないが……冷静になって考えてほしい。
アーモンドアイは現在負けなしのウマ娘。その記録は18連勝のG1を16連勝中。これだけでもとんでもないことが分かる。
だが、これだけで済めばまだ有情だった。問題はここから先である。
(短距離から長距離まで満遍なくこなす上に、ダートまで走れるんやぞ!? どうなっとんねん! ホンマにおかしいとちゃうんかあのチーム!)
アーモンドアイは戦場を問わない。そこに強敵がいればじゃあ挑むわ! してくるのである。戦闘狂というかレース狂というか。
勝ってきた相手も猛者揃い。欧州最強に世界最強、長距離最強に挑み、その全てに勝ってきた。誰が言ったか世界統一女王。その名に相応しいだけの実績をあげている。
ラッキーライラックとて負ける気で挑むつもりは毛頭ない。やるからには勝つ気で挑むし、アーモンドアイとの戦いを楽しみにしていたのは事実。
それはそれとして、だ。
(なんっっっで! 何がそんなに琴線に触れたんやアイさん! なんでこのタイミングでくんねんホンマ! うちにもうちょい心構えさせろや! てかインタビューで言えやそんなもん! なんで個別のLANEで送ってくんねん!)
悪態を吐きたくなる。唐突に来られたらどうしようもない。期間はまだあるとはいえ、さすがのラッキーライラックも心の中でツッコみまくっていた。
ブラストワンピースはそんなことないのか、ずっと嬉しそうにしている。むしろ無言のラッキーライラックを心配そうにのぞき込んでいた。
「どうしたんだララ? もしかして、嬉しくないのか?」
「……いや、そんなことあらへんよ。うちも嬉しいわぁ」
「だよなー! アイが帰ってきたら、やっとブーも一人じゃなくなるぞ! 帰ってきたらアイと一緒の布団で寝るんだー!」
とりあえず当たり障りのない返事をして誤魔化す。嬉しそうなブラストワンピースをしり目に、ラッキーライラックは。
(……やったろうやないかい! どうせいつかは挑もうと思うとった相手や、その時期が今来たってだけの話やろ!? だったら関係あらへんわ!)
気合いを入れた。もうなるようになれと、逃げたところでどうしようもないんだから腹を括った。簡単に言えば諦めた。
微笑みを絶やさないままトレーナーである朝霞の方へと向く。ニコニコ笑顔に朝霞は引き攣った笑みを浮かべていた。
表情を固定したまま、トレーナーにお願いする。トレーニングの調整を。
「トレーナーさん。元のトレーニングからさらに倍近く調整、お願いできます?」
「え? い、いや~、今も結構な量」
「お・ね・が・い・で・き・ま・す・ね?」
「……ケガしない程度にね」
圧に屈して折れた。それでもケガしない程度、と言えたのはさすがトレーナーと言ったところか。
こうして、アーモンドアイとの対戦がほぼ確定になった。ブラストワンピースは楽しみに、ラッキーライラックはやけっぱちになりながらも夏合宿で頑張る。
「ホンマのホンマにアイさんはぁぁぁぁぁ! こっちの事情とか考えぇやぁぁぁ!!」
「トレーナーがトレーナーだから無理だろうよ」
「そ、そんなことないよオルフェ! 聖くんは良い人なんだから!」
「いいですか? トレーナーさん。いい人と事情を考えない人というのは両立しない時もあるんですよ?」
秋に向けて、レベルアップをしようとしていた。
なんで書き上げたのに投稿を忘れるのかコレガワカラナイ。