その瞳に勝利を   作:カニ漁船

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始まるザマスよ。


リベンジ戦

 7月末のアスコットレース場。キングジョージが開催される今日は曇り空でありながら多くのファンが詰め寄っていた。収容ギリギリの人数が集まっており、かなりの注目度を誇っているのが分かる。

 

 注目されるのは当然、著名なウマ娘が出走するから。そしてその著名なウマ娘は、世界の全距離で頂点に輝いた最強の女王。アーモンドアイが出走するからこそ、人々はアスコットに集まっている。

 勝ち続ければ退屈を生み出すのが常であるが、アーモンドアイは違う。毎回予想のつかないことをしてくるレースは人々の心を掴み、飽きさせない。今日はどんなレースをしてくれるのか? どう楽しませてくれるのか? ファンはワクワクが止まらない。

 現在18連勝のG1を16連勝。ヴェガスクライが叩き出した記録に並ぶことが期待されている。また、かつてオーストラリアの名スプリンターの無敗記録すら超えるのではないか? そう期待させる。アーモンドアイに注目が集まっていた。

 

 対抗として挙げられているのはコンストリブル。かつての欧州最強の女王であり、凱旋門賞でアーモンドアイと激突した。敗れてしまったものの、強さは健在どころかあの時以上に強くなっている。

 直前のインタビューでは、アーモンドアイを特に意識している発言が多く見られた。負けたあの日を忘れたことは片時もない、今度のレースで絶対にリベンジを果たす。そう語る彼女の目には強い決意が籠っていた。思わず気圧されてしまうほどの。

 絶対に勝つ、というオーラを纏い、キングジョージに出走。アーモンドアイの連覇を阻止すべく、かつての欧州女王が牙を向く。一筋縄ではいかないことは、誰の目から見ても明らかだった。

 

 前評判ではアーモンドアイが1番人気、コンストリブルが続く2番人気。ただ、凱旋門賞の時以上に人気に差が開く結果となっていた。こればかりは仕方ないだろう。

 直接対決で下した方と、下された方。元々の人気も相まって、アーモンドアイに人気が集中している。応援する声はアーモンドアイの方が大きい。

 とはいっても、これはあくまで人気。実力やレースの結果を示すものではない。深く理解しているコンストリブルは、今回の人気については言及しなかった。

 

「私の使命は勝つことです。人気を取りに来たわけではありません」

 

 冷たさを感じながらも、執念にも似た勝利への渇望。なにか起こしてくれる……そう思わせるには十分すぎた。

 

 

 始まる前から熱くなる予感を感じさせていたキングジョージ。いざ始まると……予想以上の熱をぶつけられる。

 

《スウィンリーボトムを越え、オールドマイルコースに入る各ウマ娘。先頭を走るのは2番、その後ろを追走するのが8番です。アーモンドアイはその後ろ、アーモンドアイが3番手で追走、先頭との差は3バ身。その後ろ4番手にはコンストリブルだ、コンストリブルがアーモンドアイを徹底マーク!》

《狙い撃ちしてるね。アーモンドアイを自由にさせないってのもあるだろうけど、スタミナを削る意図もありそうだよ》

 

 競り合い、というよりは後ろで脚を削るようにマークするコンストリブル。表情に焦りを滲ませるアーモンドアイ。オールドマイルコースに入っても変わらず、徹底的にスタミナを削る方針で動いていた。

 合理的な手段だ。相手に万全な力を発揮させないためにも、集中的にマークする作戦は理に適っている。全力を発揮させずにレースを終わらせるのは勝負における常套手段なのだから。

 

 とはいえ、だ。他のウマ娘ではなく、自分の手で削りに行くというのはコンストリブルのプライドゆえか。真っ向から打ち破ることを信条しているためか。理由は分からないものの、自滅するリスクを孕んででも、自分の手で徹底マークすることを選択した。

 仕方ない、という線もある。アーモンドアイほどの実力者であれば、並のウマ娘ならば太刀打ちすらできない。削ることすらできず、下手なことをされてしまう可能性がある。一見良い判断ではないことも、もしかしたら最善の道なのかもしれない。

 懸念点はもう一つ。

 

《アーモンドアイはゴールドカップを走り切るスタミナがある。それも、周りのウマ娘を自滅させる形でのね。コンストリブルの判断がどんな末路を迎えるのかは、最後の直線で答えが出るよ!》

《スタミナ自慢のアーモンドアイを削ることは出来るのか? やはり最注目のアーモンドアイが周りのウマ娘から執拗にマークされている。マークの中心となっているのはコンストリブル、コンストリブルがアーモンドアイを徹底的にマーク!》

 

 アーモンドアイがゴールドカップの勝者である、ということだ。超長距離と言われるレースを制した経験がある。それも、当代の欧州最強ステイヤーを下して、だ。

 

 生半可な削りは効かない。それこそ、今のように自滅覚悟の徹底マークをしなければ意味をなさない。走っているウマ娘は全員、死力を尽くしてアーモンドアイを削ろうとしている。

 影響は大きい。アーモンドアイの苦しそうな表情が何よりの証拠。ほぼ全てのウマ娘からマークされているだけではなく、全員が潰れてもいい覚悟で迫っているのだ。精神的な疲労は計り知れない。

 

 並のウマ娘ならば圧し潰されるような状況。アーモンドアイは。

 

(いいじゃない! 全員が勝ちを狙いに来ているこの状況、楽しいわッ!)

 

 楽しんでいた。周りからマークされても変わらず、自分の勝利だけを頭に浮かべて走っている。影響はほとんどないと言っても過言ではない。

 プレッシャーがある環境に慣れているから。今までに同じような状況に立たされたことがあるから。それこそ、最強の一人であるヴェガスクライと競り合い続けた経験があるから。要因は様々あるかもしれない。

 その上で、何故普通に走れているのか? その答えは……アーモンドアイ自身が持つ、鋼のメンタルにある。

 

 アーモンドアイが望むのは勝利だ。誰が相手だろうと勝つ、どんなレースだろうと勝つ、どんなに不利だろうと勝つ。頭の中は常に勝利で埋め尽くされ、それ以外のことはほぼ排斥されている。

 そこに加えられた、ミーティアによる特別指導。基礎を鍛え、技術を磨き、全ての能力を底上げしてきた。ありとあらゆる状況を想定して動き、打破するための最善を最速で導き出すことができるように。

 強敵にも喜んで挑みに行く。凱旋門賞にコンストリブルが出走すると知れば凱旋門賞へ。ヴェガスクライに挑戦状を叩きつけられたらチッピングノートンステークスへ。プライベートベーリングに挑戦できると知ればゴールドカップへ。古今東西、あらゆるレースに出走する。距離を問わず、場所を問わず。ずっと走り続けてきた。

 

 その果てに生み出されたのが、現在のアーモンドアイ。

 

《オールドマイルコースを駆け上がる各ウマ娘。ペースはやや落ち着いているか? 逃げる2番はペースを抑え気味。後続も倣うように動きません。誰が最初に動くのか? 動き出しに注目が集まります》

 

 揺らがない、崩れない、そもそも元々が強すぎるウマ娘。各路線の最強に鍛え上げられた結果、どの距離であろうと十全の実力を発揮するウマ娘が誕生した*1

 

 アーモンドアイの強さに対して、トレーナーである高村はこう答える。

 

「ゲームで例えるなら、デバフで削ることは出来るけどその分別の能力に同じだけのバフが乗る、ってところかな? アイは」

「高村……お前ってゲームとかするんだな」

「僕をなんだと思ってるの? ゲームくらいするよ。片手間にだけど」

 

 消耗させられた分、他のステータスが上昇する能力持ちみたいなもの。じわりじわりと削った分だけ、他の分野で攻め立ててくる厄介極まりない相手と、そう答えた。

 

 ミーティアのメンバーもまた、アイ自身の厄介さを知っている。

 

「アイ君はとにかく相手にしたくない筆頭候補だ。場合によっては、委員長君より厄介だからね」

「なんていうか、バクシンオーさんみたいな進化をしましたよね。一番厄介な進化先に進化しましたよ」

「その上私達の経験を惜しみなく使ってくる……搦め手も当然のように利用してくるわ。ほほほ、潰し甲斐がある子」

「アイちゃん頑張れー! バクシンワッショーイ!」

「バクシンですよアイさーん! バクシーン!」

 

 全員分の経験を蓄積した。自分達が使う技術を当然のように使ってくる。恐るべきスピードで進化した結果、シニア級1年目の前半で自分達が全力を出さねば勝てないウマ娘になるまで成長した。

 かつてミーティングで意見交換会という名の反省会をしていたのも昔。今ではほぼ隙が無く、ほとんどのレースで完璧に近い回答を叩き出す。アーモンドアイの改善点を指摘する場所は、すでに個人の考え発表会となっていた。

 基礎も鍛え上げられ、U.A.F.式トレーニングでも勝ち星が増え始める。比肩しうる実力を、すでに身につけている。

 

 ミーティアメンバーに匹敵する実力がある。それすなわち──現役世界最強を名乗っても許される、ということだ。

 

《オールドマイルコースを過ぎて最後の直線へ入ります。2番が必死に逃げていますがっ、ここで動いたアーモンドアイ! アーモンドアイが位置を押し上げ始めました! 追走するようにコンストリブルが並びかける、コンストリブルが並びかける!》

《レースが一気に動いたね。動かしたのは、やっぱりアーモンドアイだ!》

《3バ身の差を詰めにかかるアーモンドアイ! スタミナは大丈夫か? スタミナは大丈夫だ! アーモンドアイが外を回る! 最後の直線に向いた残りは約500mだ!》

 

 前との差を詰めに掛かる。コンストリブルが追走し、他のウマ娘も負けじと競りかけてきた。

 一団となって前へと襲い掛かる後続。逃げウマ娘の2人はなんとかして粘ろうとしているが、勢いに勝つことは出来ない。なす術もなくずるずると下がっていく。

 

「ラストスパートよ!」

「ぐっ、こ、のぉっ!」

 

 序盤こそ優位に立っていたように見えていたコンストリブル。しかし最後の直線を向いた段階での彼女は、同じように疲弊していた。アーモンドアイと同程度の疲れを感じている。決して無視できない疲労、走る気持ちを削ぐ痛みがウマ娘達を襲う。

 スタミナ勝負ではなく根性勝負。どちらの気持ちが強いかの勝負になった。勝利への渇望がより強い方がレースの勝者になる。

 

(負けられない……! 凱旋門賞の雪辱を果たすまで、私は負けられません!)

 

 負けたあの日が忘れられない。記憶に焼き付いて離れない。アーモンドアイを倒すその日まで、コンストリブルは今まで以上の努力を重ねてきた。

 また女王として返り咲くために。負けた悔しさを晴らすために。コンストリブルは意地を見せる。

 

 対するアイは。

 

(勝つのはアイ! アーモンドアイが勝つのよ!)

 

 ひたすらに勝利だけを追いかける。相手が誰であろうと関係ない。瞳に映るのは勝利のみ。飽くなき渇望だけが、アーモンドアイの原動力だ。

 称号も何もいらない。勝ちたいレースに全てを注ぎ、全力を出して勝ちに行く。ジンクスを壊したとか世界最強の女王として君臨したのは結果に過ぎない。アーモンドアイは何時だって、勝利だけを追い求めてきた。

 

《抜け出したのはこの2人! やはりこの2人だアーモンドアイとコンストリブル! アーモンドアイとコンストリブルが競り合う残り100を切った! どちらが勝つか、どちらが抜け出すか! 全く並んだままで駆け抜ける2人!》

 

 アーモンドアイにとっては、玉座を奪いに来た挑戦者を迎え撃つ、なんて心持ではない。挑戦者に対して女王が自ら撃ちに行く、なんなら勇んで戦いに行っている。

 女王ではない。他と変わらない挑戦者の精神。だから驕らないし慢心もない。どんな時でも最善を尽くして動くからこそ、アーモンドアイは強いのだから。

 

 そう。

 

「『な、ぜっ。こんなにも……っ、あなたはっ!』」

《アーモンドアイだアーモンドアイだ! やはり強かったアーモンドアイ! 最後の最後に抜け出してコンストリブルを下したァァァ! キングジョージ二連覇達成だアァモンドアァァァイィ!》

 

 アーモンドアイは強い。

*1
ミーティア全員がそうである




アイちゃんの怖いところっていつでも挑戦者の気持ちで向かってくるから、マジで油断とか慢心とか一切ないんですよね。
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