年末にやることになったミーティア内での真剣勝負。アイの願いでもある勝利すること、その道中としてバクシンオー達に勝つことを提案した。これがレースを開催することになった動機。
これがなかなか難儀した。普段から模擬レース自体はやっているものの、やっぱり本物のレースとは言えない。あくまで練習でしかなく、どうしても手加減というものが出てしまう。コースの設計自体も、ほとんどが平坦なコースだから。
そこで考えた。どうにかしてどこかのレース場を借りてレースができないものかと、ドリームトロフィーに移籍することなく、戦いの場を用意することができないかって考えた。
思い立てば行動に。方々へとお願いして、どうにか実現することができた……いや、どうにかじゃないな。むしろこっちからお願いされるレベルだったな、アレは。
最初にお願いしたのは秋川理事長。理事長に関しては。
「感っ動ッッ! 君は本当にウマ娘思いのトレーナーだなっ! 承諾っ! わたしの方からもURAにかけあってみよう!」
「問題はないかと。確かに設備を利用するにあたっていろいろとあると思われますが……軽くクリアできますね。まず間違いなく、URAは首を縦に振ります」
「そうですかね?」
ビデオ通話越しに感動の涙を流し、URAに話を通してくれることを約束。たづなさんは間違いなく実現できると太鼓判を押していた。その理由についてはすぐに理解することになる。
で、それほど日が経ってないうちにURAの重役から連絡が来た。というよりは、佐岳さんを通していろいろと話をした。
真っ先に感じたのは、信じられないほどの熱量。
「ミーティアメンバーのレース、か。勿論、開催してOKだ!」
「……随分あっさりと決めますね。決め手は何でしょうか?」
「いや、君。世界最強のウマ娘達が一堂に会して勝負をするんだぞ? そんなレース、見たくないなんてレースファンはいないだろう?」
「それにだね高村君。アーモンドアイのレースは日本でも大人気なんだ。そんな彼女と、彼女を師事してきたウマ娘達の勝負……是が非でも見たいファンは多い」
いかにこのレースが貴重であるか。どれだけのレースファンがこの勝負を待ち望んでいるのか。そう力説された。画面越しに興奮が分かるくらいには重役さんはテンションが上がっていた。
URA側は大賛成。ぜひともお願いしたいと二つ返事で了承。なんならどんな手を使ってでもレース場を確保する、なんて言う始末。できれば合法かつ手続きを踏んで確保してほしい、とお願いして今日に至る。
結果、東京レース場を会場として使うことができた。決め手となったのは、収容人数。
「東京レース場は日本で一番多くのファンを収容できる。多くのファンに現地で見てもらえるだろう。それでも抽選にしなければならないが」
「……全部の席を、ですか? そこまでする必要があるのでしょうか? 言っては何ですが、チーム間でのレースですよ?」
「甘い、とても甘いぞ高村君! ミーティアメンバーの本気のレースはそれだけの価値があることを、君は理解する必要がある!」
「落ち着いて、落ち着いてください。すまんな高村トレーナー、この人はサクラバクシンオーの頃からのミーティアファンなんだ」
「はぁ」
できるだけ多くの人に観戦のチケットを。そういういきさつで決まった。それでも抽選になってしまうし、大多数のファンは配信での観戦になってしまう、と申し訳なさそうにしていた。そこまでかな?
これで会場の確保は完了。良い感じにまとまった……どこで配信するか、という問題がまだ解決してないけど、まぁいいだろう。特に気にすることじゃない。
(まさか、ここまで望まれているとは)
話を聞いていた時はそこまででもなかったけど、よくよく考えたら向こうの言い分が正しいことにも気づいた。僕の反応がおかしいってことにも。
(うん、人知れずやろうとしなくて正解だったのかもしれない)
興行的にも凄い効果が見込めるらしい。その先は怖くて聞けなかったけど、盛況ならいいか。
と、こんな感じで決まった。本人達のやる気も十分といったところで、年末に真剣勝負を控えることに。
ただ、良いことばかりじゃない。悪いこともあるのが今回のレース。
まず、アイは出走するレースが制限される。12月開催のレースは出れないから、ジャパンカップが年内最後のレースになるだろう。有馬記念や東京大賞典に出走することは無理だ。万全な状態で走ることができなくなる。
バクシンオー達もそうだ。ドリームトロフィーの参戦ができない。これに関しては海外遠征が10月までだから元々ギリギリだけど、余計に無理になった、って感じだ。
いろいろと制限ができてしまったが、みんなの様子はというと。
「トレーナー君。我々はアイ君への特別指導を打ち切ることにするよ。みんなこのことには同意済みだ」
「……一応、理由を聞いておこうか。どうしてかな?」
「すでにアイ君は我々が手助けしなくても強くなった、というのが1つ。とはいえこれは些細な問題……一番の理由は、本気で勝ちに行くためだ」
凄くギラギラしている。全員本番が楽しみで仕方ないとばかりに疼いているみたいで、特別指導の打ち切りを直談判するほどだ。
「アイ君に限らず、メンバーに勝つためには入念な準備が必要。ドリームトロフィーでもそうだが、他のことに割いている時間はない。分かるだろう?」
「そうだね。予選の1ヶ月前とかはずっと集中していたね」
「そういうことだ。全力の勝負を望まれたのだから、我々は全力で勝ちに行く。アイ君にもそう伝えたまえ。さっきも言ったように、全員同じ気持ちだからね」
メンバー全員がやる気に満ち溢れている。今回のレースを凄く楽しみにしている。
ドリームトロフィーで戦う機会があるとはいえ、全員が一緒に走ることは少ない。みんな違う距離で走るのが当たり前だし、こうして同じ距離で走ることはない。今回のレースは、そんな貴重な機会なんだ。
そりゃ燃え上がるだろう。常日頃から模擬レースで全力で戦うみんななんだ。この機会を逃すわけにはいかない。全力で勝ちを狙いに行っている。
特別指導を打ち切るのも、自分のことに集中するため。ベストの状態に持っていくために、アイの練習に付き合っている時間はない。そう言いたいのだろう。
なら、答えは一つだ。みんなの提案を受け入れる。
「いいよ。アイの方には僕から伝えておく。みんなレースに集中したいから、アイも後は独学で頑張ろうって」
「頼むよ。いやはやそれにしても……随分愉快なことを考えたものだねぇ? トレーナー君。何時から考えていたのかな?」
「構想自体はずっと前から。それこそクラシック級の頃には考えていたよ。ドリームトロフィーだと、みんなで戦う機会なんてものはないからね。口裏でも合わせない限り」
さすがのみんなでもそんなことはしないだろう、多分。
僕自身はアイの方につきっきりになる。まだトゥインクルシリーズで走るレースが残っているからね。アイのメニューの調整もしないと。
さて、タキオンはこのことを伝えに来ただけだろう。他に用事はないはずだ。
「それじゃあ、用事はそれだけかな? それだけなら」
「いやいや、用事はまだあるよ。トレーナー君にはこの薬を飲んでもらおうと思ってねぇ! この試験薬“Υ”をね!」
「それあれじゃないか。例の」
用事が終わったと思えば、新薬というか改良薬の実験に付き合わされた。なんだかんだ実験に付き合わされているな、僕。
◇
諸々の発表が終わって、気づけばグランアレグリアのジャック・ル・マロワ賞の日が来る。倉科君はかなり緊張しているみたいで、忙しなく視線を動かしていた。
気持ちは分かる。海外の大舞台で、自分の担当ウマ娘が勝負の世界に来たんだ。落ち着くのが無理な話、倉科君の反応が普通。
それもジャック・ル・マロワ賞。欧州マイルG1の中でもかなりの権威を誇る、それこそマイル王を決める舞台。緊張しないはずがない。
緊張が走る中、レースが始まる。グランアレグリアは後方待機の構え、自分自身のレースを貫くつもりだ。
「頑張れー! 頑張れグラーン!」
「落ち着いていきましょーう!」
倉科君とヴィルシーナ、サトノクラウン。同じチームの子達が必死に応援の声を飛ばし。
「バクシンですよバクシンッ! バクシンしましょうグランさんッ! バクシンすれば道は開けますッ!」
「バクシンワッショーイ!」
「もう定型化しているねコレ。ひとまずグラン君は不利な後方待機だが……どれだけ実力を発揮できるか、だねぇ」
僕達も応援する。タキオンやタルマエといったメンバーは冷静に分析、グランアレグリアの勝ち筋を探していた。
欧州では少しだけ不利な後方策。グランアレグリアは──苦しい戦いだった。
《日本のグランアレグリアが猛追してくる! グランアレグリアが上がってきた! しかし残り200しかないぞ! 残り200mで5バ身差を覆すことができるかグランアレグリア!》
前で脚を残していた他のメンバーを相手に、200mで5バ身差を覆さなければいけない状況になる。しかも固まった一団、バ群の合間を縫っていくのは厳しい。
ダメか、なんて思った、その時だった。
《グランアレグリアきた、グランアレグリアが来た! グランアレグリアが躱す躱す! 一気に躱して先頭に躍り出たグランアレグリアが駆け抜けたぁ! アーモンドアイに続いて、ジャック・ル・マロワ賞に日本の怪物が現れた! その名はグランアレグリア! 未来のマイル女王の名はグランアレグリアだぁぁぁ!》
「負けないよ、マイルならッッ!」
末脚を一気に解放。瞬く間に他のメンバーを躱して先頭に立ち、気づけばあっという間の逆転劇でジャック・ル・マロワ賞を制した。凄い末脚だね。ドゥラに勝るとも劣らない脚だ。
この末脚にファンは大興奮。そこら中から褒め称える言葉が聞こえてくる。
「これぞバクシン、紛うことなきバクシンですッ! 良いバクシンでしたよグランさーーんッ!」
「やったやったグランちゃーん! ワッショーーイ!」
「相変わらずですわね、あの2人は」
「だが、それが2人の良いところだ。誰であろうと素直に賞賛し、心からの喜びをすることができる」
僕らも拍手を送って、グランアレグリアの勝利を祝福した。
で、倉科君はというと。
「やったなグラーン!」
「やりましたよトレーナーさーーんっ!」
グランアレグリアと抱き合って喜んでいた。微笑ましいね。ヴィルシーナなんか涙ぐんでるし。
「良かった、良かったわねぇトレーナー君……っ! 私も我が事のように嬉しいわ……っ!」
「貴方は彼の母親か何かかしら?」
「あ~……言わないであげてジェンティルさん。普段から割と苦労してるのヴィルシーナさん」
苦労してるんだな、ヴィルシーナ。なんでかは知らないけど。ちなみに会場は温かい視線を2人に送っていた。
本番ではそんな一幕があったけど、ジャック・ル・マロワ賞が終われば倉科君達は帰国だ。一足先に日本に戻ることになる。
「本当にお世話になりました!」
「別にいいよ。困った時はお互い様でしょ?」
帰る倉科君達を空港まで見送った。僕達もそろそろ行くから、少しの別れだね。
見送った後、アイは。
「グランちゃんとても強いわ。わたしの時のタイムを上回っている」
「……そうだね」
「負けていられないわ! マイルチャンピオンシップからのジャパンカップに」
「ダメ」
めらめら燃え上がってとんでもないことを言い放った。当然のごとく却下。しょげていたけど許可を出す気は微塵もないよ。ただでさえスケジュールカツカツなんだから。
(オグリキャップとバンブーメモリーはやったらしいけどね。僕達もまぁ似たようなことしてるか)
「グランアレグリアとの対戦は持ち越し。戦うべき時に戦おう。今は……それよりも集中すべきことがあるだろう?」
「……それもそうね。プライベートベーリングさんとの勝負もそうだし、なによりもララとブラストとの勝負が控えているんだもの! 最後にはミーティアのみんなとの勝負! 燃えてきたわ!」
すぐさま取り直して走り出していくアイ。その後を追いかける。
(さて、と。こっちもこっちでいろいろとやらないとな)
インターナショナルステークスとか愛チャンピオンステークスとか。カドラン賞ではプライベートベーリングとの再戦、それが終わればラッキーライラックやブラストワンピースたちが相手になるジャパンカップだ。
当然、全部のレースを勝つ。アイがそれを望むのだから。
ヴィルシーナがママ化した。