ジャック・ル・マロワ賞から数日が経ったインターナショナルステークス本番。ヨークレース場は大賑わいだ。
バ場は良バ場発表、天候は晴れで走るのには絶好のコンディションが整っている。アイの調子も絶好調であり、不安要素もない。
「周りのウマ娘は軽く絶望しているだろうねぇ。アイ君の調子は絶好調、バ場や天気のコンディションも最高ときたものだ。間違いなく、アイ君の全力が飛んでくる」
「アイちゃんは絶対に気が緩みませんもんね。最初から最後まで全力を貫き通しますから」
「それがあの子の良さですわ。本当、叩き甲斐のある子」
「漏れてますよジェンティルさん」
それが意味するところは、アイが100%の力を発揮してくること。どれだけ囲もうが、マークしようが、ペースを上げようが。最強はただ悠然と走るだけなのだから。
自分にとっての最適を、このレースにおける答えを知っているかのように走る。周りのウマ娘が飲まれてしまうほどに。
今の状況がまさにそれだ。破滅的なペースを作り出そうとしているけど、肝心のアイは。
《かなり早い時計が出ていますインターナショナルステークス。破滅的なペースで進んでいます、注目のアーモンドアイは現在6番手でレースを進める。脚をじっくりと溜めています、まだ控えている。最後の直線を駆け抜けるウマ娘達、どこで仕掛けるか注目が集まります。先頭3番は少し苦しいか?》
《序盤からハイペースで飛ばしてたからね。ただ、2番手の子が上手く風除けにしていた。こっちもしっかり脚を溜めている》
全くと言っていいほどつられていない。9バ身は離して逃げているけど、アイはスタミナを抑えて走っている。先行集団はアイのペースについていき、最後の瞬発力勝負に持ち込もうとしていた。
瞬発力勝負になるとアイに勝てるウマ娘は限られる。先行からの押し切りだったりが多いアイだけど、切れる脚も持っている。
残りで警戒すべきなのは、2番手に控えている8番。先頭を風除けにして消耗を抑え、最後の直線での逃げ切りを図ろうとしている。
アイとの差は8バ身はあるだろう。並のウマ娘相手ならば勝ち切れる差、セーフティーリードというやつだ。
もっとも、相手にしているウマ娘は普通ではない。
《最後の直線も残り500を切りました、がここでアーモンドアイが仕掛けた! アーモンドアイが動きます、アーモンドアイが猛然と襲い掛かる! その差をグングン詰めていく! 逃げ切りたい8番、3番はもう無理か!?》
《スタミナが切れてるね。8番は逃げ切りたいけどっ!》
《差が縮まる、グングン差が縮まる! アーモンドアイを筆頭にした先行集団が一気に詰めてきた! いよいよ大詰め残り400を切りました! 8バ身あった差がみるみるうちに縮まっていく!》
安全だったはずのリードがどんどん消えていく。対峙している側からしたら恐怖だろうな、アレ。
「いいですよアイさんッ! バクシンですバクシン! バクシンの心をもって走ればバクシンできますッ!」
「どういう意味だいそれは」
5バ身、4バ身と縮まっていき。残り200になる頃にはすでに追いつかれていた。
いくら余裕があったとはいえ、逃げのペースに付き合っていた子はスピードを発揮できず。
同じ位置で勝負していたはずの先行集団の子達は、アイのスピードについてくることができない。
結果、アイがただ一人抜け出して。最後の直線での勝負は独擅場となっていた。
《アーモンドアイが残り200mで捉えた捉えた! 先行集団が必死に追いつこうとしていますが無情にも差は開いていく! どんどん差が開いていく、どんどん差が開いていく! 速い速いアーモンドアイまさに独走状態!》
《まさしく最強の女王だ! 決まりだね》
《アーモンドアイだアーモンドアイだ! アーモンドアイがインターナショナルステークスを制したこれで20連勝のG1・18連勝! どこまでも記録を伸ばす世界最強の統一女王! 死角なしの強さを発揮してインターナショナルステークスを制したァァァ!》
無事にインターナショナルステークスも勝利。ホッと一安心だね。
「アイちゃんやったやったー! ワッショーーイ!」
「最終的に6バ身差つけて勝ったねぇ。私の予想では3バ身だったんだが……これは情報の修正が必要だね。アイ君の進化スピードをもっと正確に把握しなければ」
「……」
純粋に喜んでいるキタサンとバクシンオー、イクイとヤン子は微笑ましい。では、他の4人はというと。
アイに対して熱視線を送っていた。熱といっても、強い相手に向けるものだけど。捕食する側の目をしているような気がするけど気にしないことにした。タルマエなんか凄く怖い目つきしてるし。
「トレーナーさん、失礼なことを考えてませんか?」
「……タルマエの視線が怖いと思ってたよ」
「うぐぐ……っ、ひ、否定できないのが辛い……っ!」
自覚はあったんだね。
ウィナーズサークルでのインタビューでは、アイもいつも通りのドヤ顔を披露していた。
「『次走はどのようにお考えでしょうか!』」
「『次走はアイルランドのチャンピオンステークスへ。その後はカドラン賞に出走予定です』」
「『ほう、アイルランドチャンピオンステークスからのカドラン賞ですか! ……え? チャンピオンステークスからのカドラン賞?』」
「『はい、そうです』」
インタビューで次走について話したんだけど、信じられないものを見るような目で見られた。いや、それも当然なんだけど。
愛チャンピオンステークスから凱旋門賞へ行くウマ娘は多いし、なんならかなりポピュラーなローテだ。出走するとなれば当然、この2つのレースに出ると思うだろう。
けど、アイが選んだのはカドラン賞である。ロンシャンの4000m、ゴールドカップレベルの超長距離レースへの出走を決めた。
理由なんて1つしかない。プライベートベーリングの存在だ。
「『プライベートベーリングと二度目の対決を考えていました。なので、凱旋門賞よりもカドラン賞を優先するべきと判断し、こちらに出走を決めました』」
「『はい。プライベートベーリングさんはあれからさらに強くなっていると思いますから、わたしも全力で挑みに行こうと思っています!』」
「『なんでそんな挑戦者みたいなコメントを……勝ったのってアーモンドアイだったよな?』」
カドラン賞最大の障害となるのはプライベートベーリング。ゴールドカップで一度下したけれど、また挑みに行く。理由はアイが言ったように、さらに強くなっているだろうから。
実際彼女は強くなっている。ステイヤーズミリオンの第2戦であるグッドウッドカップは3バ身差で勝ったし、次の第3戦であるロンズデールカップも優勝最有力候補。強敵になることは間違いない。
「『強い相手との勝負は燃えますから! わたしも全力で勝利を勝ち取りに行きます!』」
「……『本当に良く分からないなこの子。記事にはしやすいけど』」
アイが理解不能という意見については、うん。気にしないことにしよう。事情を知っている僕は分かるけど、他の人達はそうじゃないし。
インタビューは次走以外は特に語られなかった。レースの勝因とか心掛けていることとか、いつも通りの質問にいつも通りで返すだけの作業。慣れてきたものだね。
終わった後は控室。ウイニングライブも控えているし、手短に済ませよう。
「それじゃあいつものマッサージね。後はアイシング、身体を冷やさないと後に響くから」
「助かるわ、トレーナー」
脚のケアを怠らず。ケガをしないために必要な処置だ。気づけばできるようになっていたけれど、これが結構、いやかなり役に立っている。他のメンバーからも好評だし、覚えた甲斐があったね。
「ライブが終わったら、ミーティングは後日に回そうか。そんなに急ぐこともないし、愛チャンピオンステークスの有力ウマ娘に関しても後日で構わない。今日はとにかく体を休めよう」
「あら、明日にでもトレーニングできるわよ? まだまだいけるんだから!」
「一応言っておくけど、ダメだからね。ランナーズハイの可能性も捨てきれないから」
「さすがにしないわよ」
クスクス笑うアイ。こんなやり取りができるくらいには親密になった、のかもしれない。分からないけど。
インターナショナルステークスを勝った。これで20連勝の大台に乗る。G1を18連勝は史上類を見ない記録だ。
とはいえ、僕もアイも記録に拘らない。こんなものは全力を出してきた結果に過ぎないから。別に記録が途切れようがどうなろうが、僕もアイも気にしないだろう。
気にするのは負けたことだけだ。敗北だけは、僕もアイも悔しがる。
「案外、僕と君は似た者同士なのかもしれないね」
「どうしたの? 急に。確かに、わたしとトレーナーは共通点が多いわね。他人に言われるまで無茶しちゃうところとか!」
「……その通りだけど、自分で言ってて悲しくならない?」
「別に? だって、無茶した時は貴方が止めてくれるでしょう?」
「まぁね」
だから、負けないために全力を尽くす。それが僕達の信条だ。
うーんこのストイック共。