──その日、世界が揺れた。
震源地は日本。9月に入ったある日、URAが突然こんなことを言い始めた。
「12月の末、年内全てのレース日程が終わった後に、東京レース場でとあるレースを開催します」
年末にレースを1つ開催すると宣言。あまりにも唐突な宣言に、レースファンは訝しみの視線をURAに向けた。
内容もツッコミどころがある。本来であればメイクデビューや未勝利戦を加え、メインレースとなる重賞などを開催するのが一般的な中、URAが公表したのは……行われるのはその1レースのみということ。たった1レースを開催するために、東京レース場を貸し切ったに近しい発言をした。
しかも、そのレースを生配信するとも言っていた。大手のウマチューバーに多く声をかけているらしく、中にはU.A.F.の初代王者にしてアスリート系ウマチューバーのソノンエルフィーの名前もあった。U.A.F.は現在世界中で大人気を博している、ウマ娘スポーツの祭典。その代表者が呼ばれている事態に目を見開いた。
一体どんなレースなのか? たかが1レースのためにそこまでする価値があるのか? 足を運ぶだけの理由があるのか? ここまでされていると、さすがに興奮が抑えきれないファン。
URAから発表された、レースの内容は。
「東京レース場の芝2400mを舞台に、世界中で大活躍しているチーム・ミーティアメンバーによるレースを開催予定です」
それなら当然だ、と納得するだけのものだった。
現役で活動中のアーモンドアイを筆頭に、かつて世界のレースを総なめした怪物達がレースをする。それも公開練習ではない、本気の勝負だ。
「嘘だろ!? 短距離無敗のサクラバクシンオーに、アグネスタキオンが!?」
「ジェンティルドンナ様のレースが見れる! ウィンタードリームにも出ないみたいだから諦めかけてたのに……!」
「貴婦人と魔王のガチバトルがまた見れるのかよ!」
「史上最強のライバル、キタサンブラックとドゥラメンテもいるんだ! こ、こんなの、見たいに決まってる!」
ミーティアのメンバー全員が揃って走ったことは一度もない。ドリームトロフィーでもグランドマスターズでも、一堂に会したことは一回もなかった。談合でもしない限り無理だからである。
いくら強敵大歓迎のチームとはいえ、全員が狙いたい相手が被るわけではない。分かれることがある上に、距離が違えば当然走ることもない。
今まで一度もなかった勝負。あり得るはずがない妄想でしかない産物で、この先も観ることは叶わないと思われていた舞台。
そんな舞台が実現した。年末の、東京レース場で。芝2400mという、枠番に囚われない純粋な実力勝負になりやすい場所で。世界最強と呼ばれるチームが戦う。
心が躍る。是非現場で見たいと誰もが勇み足になる。なんなら今すぐにでも年末にならないかと思う観客すら現れる始末。それほどまでに魅力的なマッチアップだった。
日本だけではなく、海外でも注目を浴びているのが拍車をかけているだろう。
「アーモンドアイとそのチームのウマ娘の勝負だって!? こんなの現地で見る他ないだろう!」
「絶対に観戦するわ! 勿論現地で!」
すでに飛行機を取るファンすらいた。そのせいもあってか年末の日本行航空チケットは例年の3倍や4倍以上に膨れ上がっており、それでもなお売り切れが続出する事態になっている。旅行業界はウハウハしてることだろう。
ここで気になるのは、どれだけのファンが現地で見れるかだ。発表最初の段階で大盛況、前日入りどころか3日前入りを宣言するファンもいる中で、どのように規制するかが焦点に当たる。
URAが取ったのは無難なチケット制。それも全ての席、場所をチケット制にした。
「当日の東京レース場はチケットを持たない人の入場を禁止します。これは必要な処置だとご理解いただければ幸いです」
こればかりは仕方ないと口を揃えた。そうでもしなければ暴動でも起きかねない状況になりかねない。安易に想像できる最悪の未来を回避するため、チケット制にするのは英断だろう。
チケットに関しては抽選。最速先行に始まり計4回の抽選を予定しており、早く当たれば当たるほど良い席で見れると宣言していた。普通のライブのチケットと特に変わりはないだろう。
問題の倍率だが……まぁ凄いことになっている。世界中のレースファンが狙っているから当然なのだが、どれだけ少なく見積もっても5倍以上になることは確定している、らしい。東京レース場のキャパで、5倍以上である。最大19万人は入る場所で倍率5倍以上は正直言ってとんでもない。
ちなみにこの情報を聞いたミーティアのトレーナー、高村はいつもの死んだ目を驚きで見開きながら。
「……そんなに人集まるんですね。なんというか、予想外でした」
お前は何を言ってるんだと言いたくなるコメントを残していた。
またURAは見れなかった場合の保険もしっかりかけてある。配信もその1つであり、他にもいろいろなことを画策していた。
中には他のレース場を観戦の場所として提供する予定であることも明かされる。京都レース場や函館レース場でもターフビジョンに映して見せる予定だそうだ。気合いの入れようが半端じゃない。興行的にも絶対に成功することが約束されているレースだから当たり前かもしれないが。
全てにおいて万全の準備を整えている。歴史的名勝負になることが確定している、と銘打ち、大々的に宣伝していた。
ちなみに、今回の勝負はミーティアのメンバーだけなので、それ以外のウマ娘の出走は予定していない。
予定していない、のだが。
「おい、何故余が呼ばれておらぬ?」
「オルフェはミーティアじゃないから仕方ないでしょ! 諦めてったら諦めて!」
「ならぬ。おい朝霞、今からでもあのトレーナーに直談判してこい。余をレースに出せ、とな」
「ダメだよ!?」
それが気に食わない面々も中にはいた。【暴君】オルフェーヴルを始めとして、ドリームトロフィーを彩る最強格が自分達も出せ、と口を揃えていた。
「落ち着けブルボン! お前の気持ちも分かるが、さすがにアイツが許すはずがない!」
「離してくださいマスター。今からでも直訴しに行きます」
ミホノブルボンだったり。
「フジさん、ナベさん! 俺もこのレースに出てぇ! 今度こそタキオンの鼻を明かしてやらぁ!」
「落ち着かんかポッケ! このレースはミーティアのメンバーしか出れん! 出走資格なんかハナからないぞ!」
「なら今からでもミーティアに!」
「落ち着かんかぁ!」
ジャングルポケットだったり。いろいろなウマ娘が出ようと画策。それほどまでに魅力的なレースに映っていたのだろう。トレーナー達はウマ娘達を説得するのに躍起になっていた。
その中で一番苦労した陣営は……シンボリルドルフの陣営である。
「トレーナー君、生徒会長の権限で私もこのレースに出るよ」
「何言ってんのルドルフ。ダメに決まってるでしょ。聖君が許してくれるはずないって」
「いや、彼は優しい人だ。少しお願いすれば、きっと私の出走も」
「優しい子ではあるけど、それ以上に担当のために行動する。一度決めたことは曲げないし、絶対にダメだから本当に止めてね?」
冷静を装っているが、その目に確固たる意志を覗かせていた。なんとしてでも出走してやる、という鋼の意志を感じさせる。普段の生徒会長ではなく獅子の顔が表面化していた。
そしてこの陣営は、1人だけではない。
「そうだよカイチョー。ボクが出るんだから」
トウカイテイオーもだ。中距離だから自分が出て然るべきと宣っている。譲る気は一切なさそうだ。トレーナーも胃が痛くなる。
「テイオーも出られないだろ!」
「何言ってんの? 東京2400mってことは、中距離だよ? だったらボクが出ないとダメでしょ」
「だからミーティアじゃないから出られないって! あぁもう、カフェもダイヤも説得を手伝ってくれ!」
最終的に他のメンバーが拘束したことで事なきを得た。なお、次の日にはまた同じことを言ってるので、勘弁してくれと思うトレーナーである。
そんなこともあったので、ホッコータルマエのチャンネルにて、高村の方から声明が出た。
「今回のレースはミーティアメンバー内での真剣勝負になりますので、他の方々の出走はできません。どうかご了承いただけると幸いです」
こうなると梃子でも動かないのがこの男。公式側から声明が出たのでさすがに諦めた。
ついでに。
「よし、よし! 万が一にもゴルシちゃんに声がかかる可能性は消えた! ばんざーーい!」
「何を喜んでいますのあなたは! 億が一にもあり得ないことは分かっていたでしょうが!」
「うるせー! 兆が一でも可能性があるのがこえぇんだよアタシは! あの貴婦人と魔王なら言いかねねぇんだよ! 今でも覚えてんだからな! サマードリームで倒したらウィンタードリームで2人してボコボコにしてきたの!」
「地味にどんどん桁が増えてるね2人とも。次は京かな?」
ゴールドシップ陣営は喜んでいた。
こうして公表されたミーティアによるガチレース。人々は年末を心待ちにしていた。
◇
9月に入ってしばらく。愛チャンピオンステークスが迫っている今日のこと。
「……凄い反響だね。連日トレンド入りしてる」
「私達の勝負、ですよね?」
「そうだねタルマエ。今第一次先行のチケットの抽選らしいけど、申し込んでる人がとんでもないくらいに多いらしいよ」
つい先日情報が公開された、ミーティアによるレース。応募ページのサーバーがダウンしたりとか、なにがなんでも当たってほしいと願ってる声が多かったりとか、それはもう凄いことになっていた。
本当に、本当に人知れずやろうとしなくてよかった。多分だけど、凄い批判されたような気がするから。
「20万近く入る東京レース場のキャパで、倍率5倍以上が確定してるんですよね? 凄い人数です」
「らしいね。世界中から人が集まるから、まだまだ増えるって予想されてるし」
「これを機に、当日は苫小牧グッズを販売しましょう! URAに打診してください!」
「……一応意見としては出しておくよ」
それに、苫小牧の良い宣伝になるとタルマエが喜んでるし。そういう意味でも結果的に良かったのかもしれないね。
とんでもない人数が日本に押し寄せてくる。