カドラン賞の決着がついた。勝ったのは……アイだ。
《抜け出した抜け出した! 残り50m完全に抜け出した! そのまま! 駆け抜けて! やはり勝ったアァァァモンドアァァァイ!》
実況の絶叫のような声に、大歓声が響き渡るパリロンシャン。第3コーナーから続いたデッドヒートの幕引きに大いに盛り上がっている。
「おやおや、トレーナー君も思わずガッツポーズのようだ。妬けてしまうねぇ」
「タキオンさんだってそうじゃないですか。ふふ、そういうとこあるんですね」
「まぁね。さすがに同門が勝って嬉しくないわけがない。アイ君が勝って一安心という気持ちはあるさ、タルマエ君」
かくいう僕も、気づけばガッツポーズをしていた。さすがに目立つようにはやってないけど、手が握り拳を作っている。
バクシンオー達もみんな、アイの勝利を喜んでいる。何度重ねても変わらない、どれだけの勝利を積み重ねようとも、チームみんなで誰かの勝利を祝う。そんな時間を共有できる僕は贅沢者なんだろうね。
「なんと素晴らしいバクシンでしょうかッ! さらにバクシンに磨きがかかりましたねアイさんッッ!!」
「これは良いバクシンだよアイちゃん! バクシンバクシンワッショーイ!」
「こちらもまた変わらず、ですわね。けれども……うふふ! なんて心滾るレースをしてくれるのかしら、あの子は!」
「あぁ。あの場にいないことが悔やまれる……っ!」
中にはジェンティルやドゥラのように、走りたくて仕方がない子達もいるみたいだけど。また後日発散させよう。なんかキングジョージでも似たようなことあった気がするけど。
渦中のアイはというと、プライベートベーリングとなにやら話し込んでいるようだった。感想戦、みたいなことかもしれない。ゴールドカップの時みたいに。
その様子をじっと眺めていると、アイが突然こちらに振り向いた。そして。
「『アーモンドアイがこっちにウインクしたぞ! 俺にしたんだ!』」
「『いいえわた……いや、よく見たら彼女のトレーナーがいるわ。じゃあ彼ね』」
「『あ、本当だ。じゃあトレーナーだな。』ヒュー!」
僕がいる方へと向かってウインクされた。誰かいたんだろうか? もしかして、後ろにフサイチパンドラでもいたりするのかな?
後ろを向く……別にフサイチパンドラはいなかった。観客しかいないし、特に面識のある相手もいない。
ということはアレか。ファンサというやつか。他のみんなもよくやっているし、アイもファンサをしたのだろう。
ターフに視線を向ける……なんでか膨れっ面のアイがいた。なんで?
「ねぇ、僕が目を離した一瞬の間に何かあったの? アイが膨れているように見えるんだけど」
みんなに向かって聞いたら呆れた顔をされた。なんで?
その後ウィナーズサークルにて。
「ちょっとトレーナー! ウインクしたのになんで無視するのよ!」
先程のウインクの件について、膨れっ面のアイに問い詰められた。アレ、僕にやっていたのか。ファンサとかじゃなかったんだ。
ひとまず謝ろう。結果的に無視をしてしまった僕が悪いわけだし。
「ごめん、まさか僕にしているとは思わなかったんだ。ファンサービスかと思って」
「わたしはトレーナーにしたの! 次からは気を付けてね!」
「気を付けるよ」
なにに気をつければいいのか分からないけど、次ウインクされたらとりあえず手だけ振っておこう。万が一勘違いしたとしてもダメージは少ないだろうし。
と、インタビュー前にこんな一幕があったけど、無事にインタビューが始まる。
「『前回は罠に嵌めての差し切り勝ち。今回は真っ向勝負でプライベートベーリングをねじ伏せました! 今のお気持ちは!』」
「『嬉しいです! やっぱり勝つのは凄く気持ちいいですから!』」
「『今回の真っ向勝負は予想していた展開でしょうか?』」
「『いいえ、プライベートベーリングさんに上手く仕掛けられました。真っ向勝負以外の選択肢を封じられた結果、あぁいう形のレースになりました。勝ち切ることができて良かったです!』」
いつも通りの流れでいつも通りに進んでいく
「『勝負の決め手になったのは何でしょうか? やはり、負けたくないという気持ちでしょうか?』」
「う~ん……『トレーナーのためにも負けられない! って気持ちですね!』」
「え?」
はずだった。この時までは。
(僕のために勝つ? そう考えてたんだ)
なんて軽い考えでいると、記者の人達の目の色が変わった。これは良い特ダネを見つけた、みたいな感じの目をしている。
うん、この先の展開が容易に想像がつくね。間違いなく面倒なことに
「『トレーナーのために! それはどのような!?』」
「『言葉通りの意味ですよ? とにかくトレーナーのためにも負けられない! って感じです!』」
「『とのことですが高村トレーナー! 今のお気持ちは!』」
「『アーモンドアイが無事に勝利できて嬉しいです』」
「『この塩! 鈍感! せめてもうちょっとなんか反応しろ!』」
なったね。もう手遅れだねコレ。というか最後の人はどういうことだろうか? 塩?
その後なんか変な追及されつつも、控室で。
「お疲れ様アイ。最後の勝負はこっちも手に汗握ったよ」
「えぇ。でも?」
「勝つのは君、だろ?」
満足げに頷くアイ。渾身のドヤ顔に微笑ましさを覚えつつ、最優先でやるべきことがある。
「はいこれ、冷えピタと氷嚢。すぐに冷やさないと」
「あ、ありがとう。実は結構ギリギリだったのよ」
「見てれば分かるよ。とにかく冷やして、ライブもダメそうなら休みの連絡を入れよう。君の体調が最優先だからね」
アイの身体はかなり火照っている。小雨であるにも関わらず、だ。元々熱が籠りやすい体質のアイ、今回の激戦は特に厳しかったはずだ。
すぐに冷やさないといけない。体に悪影響が出るのも困るし、なにより心配だから。
身体を冷やしている間は手持無沙汰。お互いに無言のまま過ごす、かと思ってたけど。
「ねぇ、トレーナー」
アイの方から話しかけてきた。氷嚢で体を冷やしながら、僕の方へと視線を向けている。
一体何を言われるのか。身構えていると。
「わたしね、最後の直線で勝ちたいって思ったの」
出てきたのは、最後の直線での出来事。アイがなにを考えていたのか、その気持ちを教えてくれた。
「いつも通りだったわ。勝ちたい、負けたくない、誰が相手でも勝つ。そんな気持ちで走ってた」
「……うん」
「でもね、最後の最後、あともう一歩踏み出す力をくれた時に考えていたのは……トレーナーのことだったわ」
最後の攻防で踏み出す力をくれたと。僕のことを考えていたらしい。それはなんともまぁ、嬉しくも恥ずかしい話だ。
「トレーナーのために、って思ったら凄く力が湧いてきた。わたしだけじゃない、トレーナーのためにも勝ちたいって思ったら、不思議なくらい力が湧いたの」
「あー、うん、そうなんだ」
「だからこの勝利はトレーナーのおかげよ。わたしと、トレーナーで掴み取った勝利。トレーナーがいたから、わたしは勝つことができたわ」
顔を上げる。アイは──笑っていた。
「これからもよろしくね、トレーナー! 勝ち続けるわよ!」
「うん。これからも勝ち続けよう、アイ」
カドラン賞を勝ったアイ。次の目標は……日本。ジャパンカップだ。
◇
次の日は凱旋門賞を観戦に。コンストリブルの応援に向かった。
結果はというと……圧巻の2バ身差勝利。見事に凱旋門賞2勝目を飾った。
っと、結果だけならまだ良かっただろう。問題は、ここからである。
彼女はウィナーズサークルにて、今後の予定を語った。その予定というものが、とても衝撃的な内容で。
「『本来であれば来年度に向けて休養を挟む予定でしたが、変更いたします。私、コンストリブルは日本のジャパンカップへと参戦することを、ここに宣言します』」
なんと、ジャパンカップへの参戦を検討している、と語っていた。これには全員びっくりである。
「『コンストリブルがジャパンカップにっ! これで凱旋門賞ウマ娘が2人参戦だ!』」
「『いや一人は日本の』」
「『世界最強女王へのリベンジは日本で! コイツは楽しみだぞ~!』」
寝耳に水。まさかジャパンカップに参戦するとは思わなかった。記者は大急ぎで記事を刷り、情報は瞬く間に世界中へと広がっていく。
で、これだけじゃない。
「『アーモンドアイはジャパンカップに出るんでしょ? だったら私も出る。リベンジしたいし』」
「『ヴェガスクライの次走はジャパンカップだ。日本のレースに狙いを定める』」
「『この放送を見てる? アーモンドアイ。私はあなたに挑みに行くよ。首を洗って待っていて』」
なんとヴェガスクライも出走予定であることを明かした。アイの次走、ジャパンカップにである。オーストラリアで順調に勝ち星を積み重ねている彼女が、ジャパンカップに参戦だ。
さらに沸き上がる報道陣。なんなら世界中のレースファンが期待に胸を膨らませているみたいで、ウマッターやウマスタグラムでは連日のように盛り上がっていた。
ちなみに、プライベートベーリングにも話は通っているみたいで。突撃した記者もいるみたいだけど。
「『いや、ぼくは出ないよ? だってぼく長距離専門だし。リベンジも何も、長距離以外走る気ないから』」
「『そ、そういうことですので~。ど、どうかお引き取りを~』」
「『あ~でも天皇賞春だったっけな? アレには興味あるな~。日本にも一度行ってみたいよね』」
当然のように出ないと言われていた。まぁプライベートベーリングは長距離専門のステータスをしているしね。今更中距離にまで出張っては来ないだろう。
で、この報道を受けてのアイはというと。
「いいじゃない、燃えてきたわ! ララやブラスト、日本のみんなの他にも強い相手が揃うなんて!」
「過去一とんでもないジャパンカップになりそうだね、これは」
「そもそも2人ほど天井を叩いてますからね。凱旋門賞2勝の元欧州女王に、30連勝の記録を叩き出した元世界最強の女王。この時点でもうおかしいです」
かなり燃え上がっていた。元々強敵ウェルカムの子だし、今更臆することなんてないだろう。タキオンとタルマエも呆れた表情だ。
ジャパンカップも凄いことになりそうだね。
日本のウマ娘「うわぁぁぁ!」