カドラン賞が終わった1週間後。長い遠征を終えて、久しぶりに日本へと戻ってきた。本当に久しぶりだね、日本。
「帰ってきたわ、日本!」
「いやはや、とても久しぶりですねッ! 今すぐにでも走りたい気持ちに駆られていますよッ!」
「それ飛行機が長旅だったからでしょうバクシンオーさん」
空港に人はいない。元々学園とURAが提携しているプライベートジェットだし、空港自体も人払いしてある。僕のチームが帰ってくるってなったら、人で溢れ返るなんて分かっていることだから。先んじて対策を講じているわけだ。
この後はみんなで学園に戻る。その際も、学園側から用意してもらったバスを利用する予定だ。
「それじゃあみんな。バスが来るまで少し待とうか」
「私の実験室もどうなっているかね。カフェがいるから掃除の心配はないだろうが」
「本当に久しぶりです。私も、みんなに会うの楽しみだな」
イクイも久しぶりに友達に会えるから嬉しいみたいだ。
少し待ってやってきたバスにみんなで乗り込んで学園へ。明日からはまた仕事だし、今夜のうちに実家に連絡を入れておこう。
◇
バスに乗って、久しぶりに見る栗東寮。わたしに待っていたのは。
「……アァァァイィィィっっ!」
「この声はって!」
猛スピードで突進してくるブラスト。躱す、なんてことはしないで、突進してくるブラストを受け止める……ちょっとどころかかなり後退させられたわね。脚に力を込めてなかったら倒れてたわ、これ。ジェンティルさんのパワートレーニングに感謝しないと。
トレーニングの効果を実感している中、ブラストは嬉しそうにわたしに抱き着いている。万力の力で、もう二度と話さないとばかりに。
「アイー! すっごく、すっごく寂しかったぞー!」
「わ、悪かったわよブラスト。でも仕方ないでしょう? 遠征なんだから」
「そうだけど、それでも寂しいものは寂しいぞー!」
ブラストはわたしの同室。わたしが海外遠征に行っている間、ブラストはずっと1人だったわけで。かなり寂しい思いをさせてしまった。
通話もほぼ毎日、欠かさずやっていたとはいえ、寂しいと口にするブラストの気持ちも分かる。そりゃあ人肌も恋しくなるわね。
抱き着きながら持ち上げられて。笑顔のまま。
「今日は一緒に寝ような、アイ!」
「……構わないけど、加減してよ? 下手したらわたし潰れちゃうわ」
「うっ、だ、大丈夫だぞ多分」
「今小さい声で多分って言わなかったかしら?」
一緒に寝ようと言われた。わたしに断る選択肢はないのでオッケー。それでブラストの寂しさが紛れるのなら安いもの。今まで寂しがらせた分、キッチリと返さないと。
……まぁ。
「むにゃむにゃ。えへへ~、アイ~」
「ぐ、ぐるじい……っ! や、やっぱり、こうなるのね……っ!」
なんとなく予想していた通り、ブラストにものすごくがっしり掴まれて寝ることになった。お帰りのハグ以上にキツいわ、これっ。呼吸できるのだけは幸いね本当にっ。
なんとか寝ることができて翌日。教室に入ったわたしを待っていたのは。
「あ、久しぶりだねアイちゃん! おかえり~!」
「ただいまみんな! 遠征から帰ってきたわ!」
「本当に久しぶりだね~。なんだか懐かしく感じるよ」
「もう欧州のウマ娘としてもやっていけるんじゃない? うりうり~」
クラスメイトからの温かい祝福。ふふ、本当に久しぶりで懐かしいわこの空気感も。
授業もしっかり受けて、お昼ご飯はみんなと食べて。気づけばあっという間に放課後。
やることは1つ!
「自主トレをするわよ! トレーナー!」
自主トレよ! トレーニングが休みの日だろうと、1日も欠かさずやらないと。ジャパンカップがあるのもそうだし、年末にはミーティア内でのレース勝負が待ち受けている。休んでる暇なんて1日もないわ。
トレーナーは、わたしの突撃が意外だったのかよく分かってない顔をしているわね。微妙に呆れているように見えるのは気にしないようにしましょう。
「……わざわざトレーナー室まで来たんだね」
「当たり前じゃない。トレーナーとしても、わたしの自主トレを見ないといけないでしょ?」
「まぁいいけど。でも帰国してすぐだから、軽めのメニューで調整するよ。今メニュー表を取り出すから」
ふふ、なんだかんだメニュー表を用意している辺り、トレーナーもわたしのことを分かっているわね。準備が万端なようで何よりだわ。
でもそうね、おそらくだけどメニューを作ったのは昨日の今日。帰ってきた後、すぐに作った可能性がある。昨日の時点ではそんなものを作ってるなんて言ってなかったんだもの。隠すこともないだろうし、言わなかったってことは、前から作っていたものじゃないことは確か。
真偽は分からないけど、人のこと言えないんじゃないかしら? トレーナー。
(まぁでも、トレーナーはそういう人だものね。わたしも同じようなことしようとしてたし、一言ツッコむくらいで止めておきましょうか)
トレーナーはどんな反応をするかしら? 慌てる可能性は凄く高そ
「これでバクシンオーに続いて2人目だね。みんなも来るだろうし、今の内に用意しておかないと」
なんですって? わたしが、わたしが2番目? そんなの、許せないわ!
「トレーナー! どういうことよ!?」
「うわびっくりした。なにが?」
なにが、じゃないわ! そんな何を言っているのか分からない、なんて表情をしている場合じゃないのよ!
「わたしが2番目? わたしは、2番目に来たってこと!?」
トレーナーの話を信じるなら、わたしはこのトレーナー室に2番目に入ってきたってこと。一番最初に来たと思っていたのに、先に来た人がいる。
信じられないわ! わたしだって授業が終わった後すぐにきた。誰にも負けないくらい早く来たつもりよ! なのに、一番最初じゃないって言うの!?
相変わらず表情は変わらないトレーナー。でも、言うことは変わらない。
「近いからとりあえず離れてね。アイの言う通り、一番最初に来たのはバクシンオーだったよ。授業が終わった後すぐ来たらしくてね。もう自主トレに行っちゃったからここにはいないけど」
「ぐ、ぐぬぬ……っ!」
アイが一番最初だと思っていたのに、そうじゃなかった。わたしよりも先に来た人がいて、その人はバクシンオーさんだってこと。
まさかバクシンオーさんの次だったなんて。悔しい、悔しいわ!
「……なんか凄く悔しがってるけど、誰が一番最初に来るかなんて授業が終わる差でしかないんだから、気にする必要は」
「次はわたしが一番最初に来るわ! アーモンドアイに、負けはないっ!」
「そんなところで競わないで、レースで競ってね。後近いから離れてね」
次こそは勝つわよ! 誰が相手でも負けないんだから!
なんて一幕があったけど、自主トレの時間。運動場にきたら、ってアレは。
「ふっっっざけんなや! なんっでこない地獄みたいなジャパンカップになるねん! 逃がしてー! ウチをエリザベス女王杯に逃がしてー!」
「だ、ダメだよララ! それに、エリ女に逃げたら絶対にみんなエリ女に殴りこんでくるよ! それでもいいの!?」
「間違いなくやりそうなのが、彼女達の怖いところですね。ララさんはもう逃げられませんよ?」
「こない嬉しくない逃がさない宣言あってええわけないやろぉぉぉ……」
ララね。なんか、凄く叫んでいるように見えるけど、なにかあったのかしら?
「トレーナー、ララったらなにかあったのかしら? ジャパンカップがどうの、って言ってるけど」
「……気合いでも入れてるんじゃない?」
「あら、そうなのね。ララも気合十分ってことね!」
ララったら、わたしと会った時は特に何も言わなかったのに。隠れて努力しつつ、気合いも十分だなんて。ふふ、中々可愛いところもあるのね。
でも、気合いが入るのも分かるわ。今度のジャパンカップ、歴代でも最高クラスのメンバー、なんて言われているものね。
(コンストリブルさんにヴェガスクライさん。2人の海外ウマ娘が来ることがすでに約束されている。他のメンバーも強者揃い、楽しみで仕方ないわ!)
出走するメンバーは全員G1ウィナーになりそう、なんて言われているわね。それに、三冠ウマ娘が3人も出走するレースだって。
わたし、ララ、ブラストの3人。同期だけど、こうして3人で走るのは初めてのこと。わたしが海外でしか走ってなかったから、仕方ないと言えば仕方ないんだけど。この時をずっと待っていたような気がするわ。
ジャパンカップのことを考えたら、さらにやる気が出てきたわね!
「トレーナー! わたし達もララに負けていられないわ! 早速トレーニングするわよ!」
「さっきも言ったように軽めの調整だからね。昨日の今日なんだから、少しは抑えないと」
「分かってるわよ! そこまで子供じゃないわ!」
「いや、大分子供っぽいと思うけどね」
誰が相手でも勝つわ。アーモンドアイに負けはないもの!
「次こそはバクシンオーさんよりも先に、トレーナー室に着くんだから! トレーナーもよろしくね!」
「いや、だからそれは授業の時間で変わるんだからどうしようもなくない?」
ジャパンカップが楽しみね。勝負よララ、ブラスト!
ラッキーライラック、魂の叫び。