ついに迎えたジャパンカップの日。国内海外問わず、レースファンが東京レース場へと集まっていた。
入場規制が設けられるほどのファンが押し寄せており、20万を超えそうな勢いである。それだけの人数がこのレースを心待ちにし、生で見たいと足を運んできた。
メインのジャパンカップ。パドックを終えたウマ娘達がターフに姿を現し、入って来る度に一喜一憂する。あのウマ娘はまだか、あの子はいつ登場するのか? ドキドキしながら待つ。
《出走するウマ娘が続々と登場しています。続いて出てきたのは凱旋門賞2勝のコンストリブル! 海外勢の総大将、欧州だけではなくアメリカのブリーダーズカップも勝利しています。久しぶりの海外勢勝利となるのか?》
《中距離を主戦場にしているウマ娘ですからね。BCターフの勝利があるのは大きいですよ》
《さらには豪州の女王ヴェガスクライ。こちらも総大将として支持されているウマ娘です。公式として残っている30連勝の記録は伊達ではありません! 唯一の記録コックスプレート4連覇を引っ提げての登場。こちらも中距離で強い海外ウマ娘です》
海外勢で特に歓声が大きかったのはこの2人。とある事情から2人のレースを目にすることがあったため、日本でも固定のファンが多かった。
会場が揺れんばかりの大歓声。まだ半分も入場していないのに、この日一番なんじゃないか? と思わせるほどの声が響いていた。
そんな歓声の中、臆することなく入場してくるのは。
《迎え撃つ日本総大将が姿を現します。日本の若き女王ラッキーライラックの登場だ! ここまでに刻まれた黒星はたったの1回のみ、クラシック級の頃から頭角を現していた日本総大将。海外勢に負けない大歓声を受けて堂々の登場です》
ラッキーライラックだ。会場から負けるなー、や応援してるわー、と声を受けての入場。優雅に、たおやかに現れる。
コンストリブルとヴェガスクライも視線を送った。間違いなくこのレースで警戒すべき相手の1人であり、総大将と呼ばれるだけの実力があると認知しているから。鋭い視線を送っている。渾身の圧を込めて。
それを受けたラッキーライラックは──微笑むだけだ。挑発的な、お前たちに負けるつもりはないと言わんばかりの笑み。
(……成程。心も強いようですね)
(いいじゃん。そうでなきゃ面白くない)
笑みを深める2人。このレースは中々に楽しめそうだ、と笑う。
少し遅れて登場したのはブラストワンピース。日本のクラシック三冠ウマ娘だ。
《さらにはブラストワンピースの登場です。いやはや、日本では見慣れた光景かもしれませんが、まさに壮観ですね! トリプルティアラウマ娘と三冠ウマ娘の激闘がこれほど見れるとは》
《中距離でも長い距離の方が得意な彼女。春秋グランプリ制覇もしていますからね。ジャパンカップでの好走に期待できます》
《こちらも負けず劣らずの戦績。果たしてどんなレースをしてくれるのか? 注目です。続いて登場したのは菊花賞ウマ娘のキセキ》
ブラストワンピースは一度くるりと辺りを見渡した後、嬉しくて堪らないとばかりに。
「よ~し、頑張るぞー!」
そう叫んだ。愛くるしい、思わず応援したくなるような姿。ファンも頑張ってー、と声を贈る。
続々と入場してくるウマ娘。何度も揺れるような大歓声が響いた。
しかし、最後。そのウマ娘が入場してきた時──今日一番の大歓声が起こる。
声にならない声を、お前が来るのを待っていたとばかりに張り上げて。威風堂々、誰もが釘付けになって登場する。
実況も興奮気味に声を上げた。待っていましたと言わんばかりに、ファンの声を代弁するように口を開く。
《最後に登場するのは本日の1番人気アーモンドアイ! 欧州を拠点に、22連勝という記録を打ち出した彼女。全ての距離、全てのバ場で勝利を収めてきた、現・世界最強のウマ娘の登場です!》
《コンストリブルやラッキーライラックもオーラが凄かったけど、アーモンドアイはさらに違うように感じますね。思わず圧倒されてしまいそうです》
《会場から沸き上がる今日一の大歓声。果たして今日はどんなレースをしてくれるのか? 誰もが注目しているところでしょう!》
アーモンドアイ。文句のつけようがない、世界最強の怪物。どの距離だろうと勝ち鞍をあげてきたウマ娘の登場。盛り上がらないはずがない。
ファンだけではない。入場したその瞬間、日本・海外のウマ娘問わずに視線が一点に集中する。入場してきたアーモンドアイへと注がれていた。
特に鋭い目をしているのはコンストリブルとヴェガスクライ。敗北の経験がある2人は、リベンジするためにこのジャパンカップにやってきたと言っても過言ではない。
ターフを歩き、アーモンドアイのもとへと歩いていく2人。睨みつけ、指を突きつける。
「『リベンジマッチだ、アーモンドアイ。私は絶対に負けない』」
「『二度も味合わされた屈辱、この場で晴らします。どこであろうと関係ない……貴方に勝つために、私はここに来ました』」
宣戦布告。何度も繰り返し言ってきたことを、レース本番でも言い放つ。2人の瞳は燃えており、何が何でも勝つという気概さえも感じさせていた。
だが、この2人だけではない。
「あらあら。お三方ばかりで盛り上がるのはよろしゅうないなぁ」
日本総大将ラッキーライラック。優雅な笑みを携えながらの登場だ。なお、なぜかアーモンドアイは日本のウマ娘としてカウントされていない。個人軍である。
視線が集中する。邪魔をするな、と言わんばかりの眼光を向けられても、ラッキーライラックの余裕は崩れない。
「うちを忘れてもろうたら困るわぁ。これでもうち、日本の総大将を務めさせてもろうてますので」
「……ラッキーライラック」
ヴェガスクライの呟きに反応せず、勝負服のスカートの裾をつまみ上げて頭を下げた。
「えらい遠いところからよう来てくださいました。大したおもてなしはできませんけども……うちはうちなりに精一杯やらせてもらいますので」
「……へぇ」
「『御冗談を』」
へりくだっているように見える。それはあくまで格好だけだ。目の奥にある熱が隠し切れていない。
油断すれば喉元を掻き切られる。アーモンドアイだけに集中していたら痛い目を見るぞ、という遠回しの警告。2人はしっかりと受け取った。
当のアーモンドアイはというと。
「ねぇ、ララ」
変わらない。いつもと同じ立ち姿で、自信満々にラッキーライラックを見据えている。
名前を呼ばれて怪訝な表情を浮かべる。一体何を言われるのか? 身構えている時に言われたのは。
「とても強いわね。見ただけで分かるわ、貴方の強さ」
掛け値なし、お世辞抜きの称賛。嘘を言っているようには見えない。
思わず照れそうになるラッキーライラック。その気持ちは、次の瞬間に吹き飛んだ。
「でもね」
視線を真っ直ぐに向けられる。アーモンドアイの瞳から読み取れる感情は──絶対の自信。それによって感じる、畏怖の感情。
「勝つのはわたしよ」
「っ、えらい、言いますやん。アイさん」
「えぇ、言うわ。今日の勝負を楽しみにしてたから。ララにも負けないし、ブラストにも負けない。コンストリブルさんも、ヴェガスクライさんにも負けない」
近くにいる2人も、下手をしたら出走するウマ娘全員が感じている。アーモンドアイが放つプレッシャーに、闘気にあてられて。気づけば一歩後ずさろうとしていた。
「勝つのはわたし、勝つのはアイ。今日のレース──世界最速で駆け抜けるわ」
放たれた言葉はレコード宣言。芝2400mのワールドレコードを塗り替える、そうとも取れる発言をターフで言い放った。
呆然とする周りのウマ娘。それとは対称的に盛り上がるファン。観戦している人の中にはミーティアのメンバーもいるのだが、これといった反応は示していない。担当ウマ娘達が興味深そうに、愉快そうに眺めているだけ。
誰も疑わない。アーモンドアイがレコードを出すことに、全くと言っていいほど疑問を抱かない。アーモンドアイならばやってのけるだろうと、心のどこかで思っている。
それはきっと、強さによって裏付けられた実績がなせる業。やりかねない、やってくれる。そう信じさせるほどの強さを発揮してきたからこそ、誰も疑問を口にしない。盛り上がることで宣言に応える。
(ホンマにっ、こういうこと平気で口にするんやこいつは~! それでやりかねんっちゅうのが質悪いねん!)
(今まで感じたことがないっ、いえ。今まで以上に満ち溢れているやる気っ! 一体、何が彼女を)
(……関係ないね。アーモンドアイが世界最速で駆け抜けるなら、私も世界最速で駆け抜けるだけだし)
口にこそしないが、内心驚くラッキーライラック。何故ここまでやる気に満ち溢れているのか、疑問が尽きないコンストリブル。あまりにも脳筋過ぎる考えをしているヴェガスクライ。三者三葉の反応。
アーモンドアイは踵を返す。最後に一言だけ。
「良いレースにしましょうっ!」
爽やかに言って、ウォーミングアップを始めた。
「アイー! 今日はよろしくなー!」
「アイちゃん、ラスボスのきみはあたしが倒すよ!」
「ゔっ、ぶ、ブラストも今日はよろしくね。後キセキちゃん、ラスボスって何のことかしら?」
ついでにブラストワンピースとキセキに絡まれていた。さっきの威圧感のある雰囲気からは一転して微笑ましい空間が形成されている。なんだか毒気を抜かれた3人だった。
最後にアーモンドアイが登場してから少し経って。ウォーミングアップは終わり、ゲート入りの時間がやってくる。
《東京レース場は晴天となりました。芝2400m左回り、良バ場での開催となります。過去類を見ないほどに豪華なメンバーとなった今回のレース、注目のポイントはやはり?》
《アーモンドアイを筆頭とした上位人気のウマ娘達ですね。2番人気のラッキーライラックは勿論のこと、3番人気のコンストリブル、4番人気のブラストワンピースに続くヴェガスクライ。2から6番人気のウマ娘は接戦といった様子ですが、1番人気のアーモンドアイは断トツです》
《いまだに伝説を作り続けるアーモンドアイ。レース前からレコード宣言するなど、盛り上がりは最高潮に達しています! 順調に進む枠入り、どんな結末を迎えるのか!》
1人、また1人と入る。盛り上がっていた声は少しずつ静まっていき、最後のウマ娘が入る頃には風の音が聞こえるくらいに静かになっていた。
静まり返る東京レース場。ファンファーレが響いていたのが大分前に感じられるほど、長い時間が経っているような気さえも感じさせる。
まだか、まだか。観客が前のめりになって見守る中で──ゲートが一斉に開く。
《全ウマ娘がゲートに収まってっ、スタートしました! 始まりましたジャパンカップ、日本で開催される世界の頂上決戦の幕が上がります! 内枠からどんどん上がってくるのはキセキ、キセキが上がっていきます! アーモンドアイは好スタート、ヴェガスクライも絶好のスタートを切る! 序盤の位置取り争い、アーモンドアイは好スタートを切りました!》
一斉に駆け出すウマ娘。逃げウマ娘は前へ前へ、先行と差しで勝負するウマ娘は少しでも良い位置へ、後方から勝負する気のウマ娘は待機の構えを取る。中には普通に出遅れた子もいるが、それぞれが各々走りたい位置につけるように動いていた。
注目のアーモンドアイは逃げウマ娘の後ろに付けようとしている。風除けにして、最内のベストポジションに着こうとしていた。真ん中の枠番から最内へ、最小のロスで動く。
そうはさせまいと上がってくるのは内枠のウマ娘。ヴェガスクライを筆頭として、アーモンドアイを最内で走らせないように陣取る。
「『あの時の再現と行こうか、アーモンドアイッ!』」
競り合う気満々だ。チッピングノートンステークスより800mも長いというのに、後先考えないとばかりに競り合おうとしている。仮にも相手はゴールドカップやカドラン賞を制したウマ娘だというのに、だ。
自滅覚悟ではない。自信があるからこそ競り合う。このスタイルこそがアーモンドアイを負かすための最善策として選択した。迷いなんてものは存在しない。
外からはコンストリブルとラッキーライラックが上がる。普段は中団で勝負することが多いラッキーライラックだが、今回はアーモンドアイの後ろにつけようとしていた。
(アイさんとの切れ味勝負なんて勝てるわけあらへん。少しでも前へ……アイさんよりも前で勝負せなアカン!)
アーモンドアイの鋭い末脚を知っているから。映像越しにしか見たことはないが、最大限警戒すべきと判断して前での勝負を選ぶ。
コンストリブルも同じだ。二度苦汁を舐めさせられた。そう何度も舐めさせられてたまるかと、前での勝負を選択する。
キセキの逃げで展開されるジャパンカップ。アーモンドアイは早々に囲まれそうになっていた。
囲まれそうになっているのに。
(見ててね、トレーナー。貴方の信じるアーモンドアイが、世界最速で帰ってくるわッ!)
やる気に満ち溢れ、全く動じてないとばかりにレースを支配しようとしていた。
おい絶対レース前の控室で余計なこと言ったぞあのトレーナー。