ここ最近、ウマッターやウマスタグラムではとあるキーワードが連日のようにトレンド入りしていた。
流星杯という言葉。いったい何のことだろう、なんて思っていたけれど、蓋を開けてみればとてもシンプルなものだった。
「確かに、レース名とか特に決めてなかったもんな。なんて呼べばいいのか分からないか」
年末に開催されるミーティアの勝負。それが流星杯、なんて呼ばれているらしい。レース名も決めていなかったし、URA側からも言われなかったから気にしなかった。そもそもがチームメンバー同士の戦い、注目されるとも思ってなかったし。
けれど、世界中から注目されることになって。見たいという人が大勢いて。なんか気づかないうちにとんでもない事態にまで発展していた。まさか東京レース場の限界ギリギリのキャパ、20万人の席が埋まるなんて思いもしなかったよ。チケット代だって高いのに。
URA側はなんとか対処したらしく、ダートコースまで開放するなんて聞いた時はびっくりした。後片付けとか大丈夫なんですか? と聞いたところ。
「別にこれくらい苦じゃありません。むしろ、もっと場所を確保すべきだと思います」
「これほどのお祭りですよ? むしろこれくらいするのが当然です! なんで当事者なのに分からないんですか!?」
なんていろいろとツッコまれた。これはアレだ、僕の見通しが完全に甘かったわけだね。本当に人知れずレースをやろうとしなくてよかった。URAの言う通りにして大正解だった。
そんなわけで流星杯だけど、語呂の良さからいろいろと使われてるみたいだ。どこで最初に言われたのかは分からないけれど、名称が決まったのはありがたいのかもしれない。非公式だけど。
(とはいっても、公式が流星杯って口にするのは違うな。これはファンコミュニティで取り上げてこそ、だ)
こういう時に公式が介入するわけにはいかない。なんか嫌な予感がするし。下手に介入して炎上するくらいなら、ファンの間でワイワイするのが吉だと思う。タルマエやヤン子なんかは積極的に引用しているけど。
かなりの注目を集めている流星杯。今の段階で有馬記念よりも注目されている。それはそれでどうなのか、なんて思うけど。
情報を追っていくと、大体の人達が勝利予想についてコメントしている。かなり白熱しているみたいで、なんなら動画にしている人もいる。普通のレースなんかでもよくあることだ。
一番優勢なのは──タキオン。東京2400m、というよりは中距離ならタキオンが勝つんじゃないか? って予想している人が多い。
(ドリームトロフィーの中距離でも、一番勝ち数が多いからね、タキオンは。猛者が集う舞台で、かなりの勝率を残している)
次点でジェンティル。続く形でバクシンオー、タルマエってなってる。とはいえ、ほとんど差なんてものはない。0.3とか、本当にそれくらい僅かな差しかない。予想はしているけど、誰が勝つか全く分からない、ってどこも締めくくってる。
実際、ステータス的にもほとんど差はない。バクシンオー達は勿論のこと、アイもステータス差を埋めてきた。僕の目から見ても、誰が勝つかなんて全く分からない。
分からないからこそ、ふつふつと湧き上がる気持ちがある。
「楽しみだ」
レースを観るのが楽しみだということだ。
◇
現在、ミーティアのメンバーはイクイノックスとフォーエバーヤングを除き、個人トレーニングの時間となっている。1人で黙々と、来るべき日に向けて己を鍛えていた。
手の内を晒さないため、ではない。むしろ情報を取る分には勝手にどうぞ、と言わんばかりに隠さない。普通に学園でトレーニングしているのがその証拠だ。まぁ誰も情報を取ろう、なんて気はないのだが。
取っている暇なんてものはない。そんなことをしている暇があるなら、自分を鍛えていた方が有意義だ。全員がそう理解しているからこその単独行動である。
サクラバクシンオーはひたすら走りこんでいた。
「バクシンバクシンバクシーーンッッ!!」
決めていることはない。これだけ走ろうとか、なにを意識して走ろうなんてものは考えていない。己の衝動のままに駆け抜けている。
胸中にあるのは、チームメンバーと戦うことへの歓喜。走っている影響だけではない、身体の内側から溢れる熱を冷ますように走っていた。
(なんと楽しみなレースでしょうか。チームのみなさんと、全力の勝負ができるとはッ!)
ドリームトロフィーで何度か戦ったことはある。しかしそれは1人か2人での話だ。全員が集まってレースをする機会は一度もなく、疑問に思うこともなかった。
走りたい距離が全員被るなんてことはない。ドリームトロフィーは予選形式の都合上、予選で当たってどちらかが出れないなんてこともあり得る話。全員が同じレースに出走するなんて、どれだけの確率だろう? 他のチームにも強敵はいるため、かなり低い確率だった。
そんな折に、トレーナーが提案してきた。自分達が戦う舞台を用意した、と。URAにお願いをして、整えてくれた。
「これも全てトレーナーさんのおかげッ! やはりあなたは素晴らしく模範的で、誰よりも信頼する私のトレーナーさんですッッ!! 感謝のバクシーーンッ!」
嬉しくて仕方がない。喜びを全身で表現するように駆け回る。サクラバクシンオーのテンションは上がり続けていた。
アグネスタキオンは情報をまとめつつ、細かなデータを参照しながらトレーニングをしていた。
「ふぅむ……少しばかりタイムが落ちているか? その要因となるものは感情が起因している可能性が大いにある。ここは1つ、ポッケ君達にお願いするのがいいか? いや、まだ個人でのトレーニング時間にあてよう。これで変わらなければ」
走るごとにタイムを確認し、落ちていればその原因を探る。足りないと判断すれば原因を突き止め、原因の解消に努める。
(感情が肉体に与える影響は決して無視できるものではない。何を隠そう私自身が経験したことだからね)
「それにしても、本当に面白いことを考えてくれるものだトレーナー君。脚の疼きが止まらないよっ」
笑みが隠し切れず、怪しげな笑い声をあげる。周りのウマ娘が何事かと視線を向けるが意に介さない。自分のことに集中している。
楽しみで仕方がない。ミーティア全員との勝負など実現不可能だと思っていた。その不可能が今、目の前にぶら下がっている。
「全くどうしてくれるのやら。おかげで私は──こんなにも熱くなっているッ!」
各距離のスペシャリストというだけではない。どの距離だろうと最強格に入り込んでくる怪物達。彼女らを前にして、アグネスタキオンの衝動は止められない。先程計測したばかりなのに、少しの休憩も待たずにまた計測するほどには。
衝動のままに走るアグネスタキオン。タイムは……今日一番の時計を叩き出していた。
ジェンティルドンナは学園のトレーニングルームで調整をしている。普通のウマ娘の何倍もの負荷をかけ、玉のような汗を流していた。
「……っ」
言葉はない。ひたすらに、がむしゃらに自らを鍛え抜く。貴婦人という異名を感じさせない、いつもの余裕な態度を崩している姿は珍しく見たことがない。
それだけ、今回のレースを重く見ている。普段のドリームトロフィーでは味わえない、いつも以上に入念な準備をしなければ勝てない、そう踏んでいる。
(今回のレースを勝つのは容易ではない。ドリームトロフィー以上に厳しい勝負になる)
「うふふ……だからこそ、高鳴るというものですわ。勝負はこうでなければっ! とても面白いことを考えていたトレーナーには、感謝しなければなりませんわねっ!」
笑いながらバーベルを持ち上げ、興奮が収まらない様子。持ち上げている量も普通のウマ娘の十倍以上の重量なため、周りからすれば恐怖だ。まだご機嫌斜めでないことが救いか。
とはいえ、本人には関係ない。今も頭の中で何度もシミュレートし、勝ち筋を模索している。
「いつだろうと、どこだろうと変わらない。勝つのは私ですもの」
周りのことなどお構いなし。最低限倒れないように補給をしつつ、自らのパワーを鍛えていた。
ホッコータルマエはPCでレース映像を眺めていた。内容はミーティアのメンバーが出走した全レースであり、トゥインクル・シリーズやドリームトロフィーに限らず、文字通り全てのレースを網羅している。
「最優先で警戒すべきはやはりタキオンさん。中距離における実力は私やジェンティルさんよりも上だし、スピードもバクシンオーさんに比肩している。中距離でのタキオンさんの強さは圧倒的、ならば中心にしたうえで」
かじりつくように映像を眺め、弱点や苦手を徹底的に洗い出している。勝ちレースも負けレースも全て目を通し、どういった展開で負けたのか? そこに至るまでに何があったのか? を見つけようとしていた。
少しの妥協も許さない。勝つために、相手の弱いところを徹底的に虐め抜く。
(全員が一騎当千の猛者。ある程度絞ることができるドリームトロフィーと違って、今回は誰を警戒するかが意味をなさない)
「ですが、関係ありません。トレーナーさんが用意してくれたこの舞台、勝つのは私ですから。ミーティアのみんなが相手だろうと……私は勝つ」
最低限の水分補給だけをする。周りにおいてある資料は山のように積み重なっており、どれだけの時間を費やしていたのか想像もつかないほどだ。
集中している。最強のメンバーに勝つために、一秒たりとも無駄にする時間はない。
「負けませんよ、絶対に」
砂のシンボリルドルフとまで称されたレースメイク能力を、いかんなく発揮しようと努力していた。
ドゥラメンテは柔軟をしている。他のウマ娘も利用しているコースで、凄まじい集中力を発揮していた。
考えているのは当然、ミーティア内でのレース。例外はない。
「おそらくだが、私の末脚は機能させてもらえないだろうな。最後の直線で届かないだけの差をつけられる……分かっていることだ」
口から出てきたのは、らしくない弱気な発言。自分の好きな展開にはならないという、悲観的な予測だった。
いいや、悲観的ではない。述べているのは事実であり、誰もが考えつくことだ。後方からレースを進めてきたからこそ、嫌というほど理解している。
(だが、それがどうした? 対策したからといって勝つわけではない。対策したところで無意味であることを分からせるだけだ)
「トレーナーが擁したこの舞台を私が勝つ。最強として君臨するために、妥協もなにもかも許さない。勝つのは……私だ」
ドゥラメンテは少しも弱気になっていない。むしろ燃え上がるほどの闘志を発揮しており、最強と呼ばれたメンバーを相手に、自身の対策は無意味であることを教えようとしている。
「さて、走るか」
柔軟を終えて、走る準備を整える。沸々と湧き上がる闘志を抑えることなく、射貫くような視線で走りだそうとしていた。
キタサンブラックはロードワークで学園外を走っている。どれだけ走っているのかは分からない。
「まだまだ~! 頑張って走りますよ~!」
見ている人を笑顔にさせるような、そんな勢いで走っている。微笑ましい視線を向けているが、ある事実に気づいた瞬間その表情は驚愕に染まった。
いつから走っていたのか? 気づけば走っている姿を見かけていたが、休憩している様子を見たことがない。走りながら水分補給をしているし、脚が止まっているところを見ていない。
(バクシンオーさん達は凄く強い。何度も何度も戦ってきたから、よく分かる)
「でも、負けません! あたしだって強くなってるから! それに、ミーティアの全員で走るなんて滅多にないことだもの。トレーナーさんに感謝しないと!」
驚く周りなんて関係ないとばかりに、頭の中で呼び起こされる併走の記憶。コテンパンにやられてきたこと、少しずつ差を縮めたこと、僅差まで迫ってきたこと、勝ち星を重ねるまでの日々を思い出していた。
憧れていた背中に追いついたこと。今度は自分が憧れられる側になったこと。背中を見せる役になったことを、イクイノックスのことを思い出しながら走る。
「よ~し、負けないぞー! ワッショイワッショーーイ!」
元気よく走り続ける。走り始めてから、すでに何時間も経過しようとしていた。
アーモンドアイは物思いに耽っていた。身体を動かさず、ジッとした状態で逡巡している。
「……ようやくここまで来たわ。舞台を整えてくれた」
思い返すのはここまでの日々。何度も挑んでは返り討ちにされ、その度に絶対に強くなると決意したこと。いつか先輩達を超えるくらいに強くなると努力し続けた日のことを思い出す。
ついにここまで来た。勝負の土俵に、戦うための舞台に上がってこれた。最初にそのことを喜ぶ。
(ここがわたしのスタートライン。この舞台で、わたしは!)
「わたしは勝つわ。みんなに勝って、これから先も勝って! 負けた分を取り返す!」
立ち上がり、拳を強く握りしめて宣言する。ドリームトロフィーで結果を残し続ける猛者だとしても関係ない。勝ちたい相手でしかなく、そこに差や実績なんてものはない。
勝ちたいから挑む。負けて悔しいから挑みに行く。それだけの単純なことで、誰でも理解できることだ。あまりにもメンタルが強すぎるので理解が及ばないが、アーモンドアイの根っこの分は凄くシンプルである。
勝ちたい。アーモンドアイにとっては、たったそれだけのことだ。
「見ててねトレーナー。アーモンドアイに、負けはないわッ!」
拳を高くつき上げる。絶対に負けないと意気込んでいた。
そして日は流れて──流星杯の日を迎える。
決戦の日。