その瞳に勝利を   作:カニ漁船

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最強達の共演 中

 12月の寒風すらも吹き飛ばす熱気で支配されている東京レース場。かじりつくようにターフへと視線を注ぎ、始まる瞬間を待ちわびていた。

 ミーティアによる真剣勝負。世界を股にかけて活躍した最強達の共演、一切予想のつかない勝負の結末を見届けようと、片時も目を離さない観客たち。ウォーミングアップの時すらも目を離そうとしなかった。

 体調を落としている子はいないか? いない。全員が超がつくほどの絶好調。

 バ場の状態はどうか? 天候に恵まれた結果の良バ場。ベストコンディションで走ることができる。

 

《東京2400m、というのが絶妙ですね。他と比べても実力勝負になりやすい舞台ですから》

《紛れが少ない、ということでしょうか?》

《はい。真に強いウマ娘が勝つ……東京の2400mはそう呼ばれることがあります。日本ダービーやオークス、ジャパンカップの舞台でもおなじみですね》

 

 走る舞台もまた文句なし。戦いのその時を待つ。

 

 ほどなくしてその時間がやってきた。東京レース場にファンファーレが響き渡り、出走するウマ娘がゲートへと入っていく。

 1人ゲートへと向かうたびに歓声は止んでいき……最後にホッコータルマエが入った頃には、完全に静まり返っていた。

 

《東京レース場芝2400m左回り、URA協賛ミーティア特別競走。天候は晴れ、バ場はこれ以上ないほどの良バ場。走るのに最高のコンディションと言ってもいいでしょう》

 

 興奮していた実況の声。それでも始まるこの瞬間には、公私の区別をつけるように落ち着いた声でアナウンスをしていた。淡々と、状況を説明している。

 

 静まり返った東京レース場。寒さの影響だけでは決してない、ヒリついた空気が支配している。

 

 緊張の一瞬。世紀の瞬間の幕開け。他人の心臓の鼓動が聞こえそうなほどの静寂の中で──ゲートが開くのが見えた。

 駆け出す。ゲートで蓋をされていたウマ娘達が、待ってましたとばかりに飛び出してきた。出遅れは、1人。問題はない。

 

《ミーティア特別競走が今、スタートしました! さぁ始まりました伝説の一戦! 果敢に飛び出してきたのはやはりこの2人サクラバクシンオーとキタサンブラック! 7人の中から我先にとばかりに飛び出すのはこの2人だぁ!》

《キタサンブラックは逃げ、サクラバクシンオーは逃げ寄りの位置で勝負をするウマ娘です。やはりこの2人が飛び出してくるでしょう》

《ただ1人で遅れたドゥラメンテ。しかしこれは予定調和と言わんばかりに焦っていない! 1人だけで遅れているが意に介さないドゥラメンテ! 序盤の位置取り争いはどうなるか!》

 

 先頭争いを繰り広げるサクラバクシンオーとキタサンブラック。序盤からガンガンペースを上げていき、後続を引き離す逃げを見せる。

 

「バクシンバクシンバクシーーーンッ!」

「ワッショイワッショーーーイ!」

 

 競り合い、逃げる。後ろを離すように、隣を競り落とすように。微塵も譲る気はないとばかりに走る。

 逃げで有利なのはサクラバクシンオーの方だ。内枠を活かして最内をキープ、キタサンブラックを内に入れさせないように立ち回る。

 対してキタサンブラックは内には入れないなら仕方ないと、出来る限り内をキープする。サクラバクシンオーの隣にびったりと張り付いていた。

 

 後続はドゥラメンテ1人。虎視眈々と狙う構えを見せている。それ以外は先行、前目で走ろうとしていた。

 ここで取りたいポジションは1つ。サクラバクシンオーの後ろだ。最内を活かして最短経路を進むことができ、風除けとして前を利用できる。後半の展開を考えても、サクラバクシンオーの後ろにつけるのがベストポジションだろう。

 全員がそう考えている。だからこそ、誰もがここだけは死守したいと考えていた。

 

 アグネスタキオンとて例外ではない。ベストポジションを奪うべく動き出していたが。

 

《第1コーナーめがけて進んでいくウマ娘達、先頭はサクラバクシンオーとキタサンブラック、3番手サクラバクシンオーの後ろはアーモンドアイだ! アーモンドアイが3番手でレースを進めます!》

《これは良いポジションにつけたな。今回のレースにおけるベストポジションは今のアーモンドアイの位置だ》

「貰ったわッ!」

「、っ」

 

 アーモンドアイに奪われた。狙っていた場所へと果敢に向かおうとしたが、すんでのところでアーモンドアイが入り込んできたのである。

 

《あのポジションはサクラバクシンオーを風除けにしつつ、最短経路を進めるポジションだ。最後の直線でもまくりを決めやすい、最良の場所といってもいいだろう。さらには7人という少人数、囲まれる心配もない》

《成程、かなりの優位に立っていると?》

《そうなります。これはアーモンドアイにとって大きいですね》

 

 ジェンティルドンナではない、ホッコータルマエでもない。出走メンバーの中では一番新参の、アーモンドアイに奪われた。あのアグネスタキオンが、である。

 

 だが、焦りはない。

 

《アグネスタキオンはたまらず外へ、4番手でレースを進めます。まもなく第1コーナーのカーブ、第1コーナーからは緩く下っていきます。序盤の先行争いで有利を取ったのはアーモンドアイだ!》

 

 取れないなら別の作戦を取る。最良こそ取られたが、別に走るポジションはたくさんあるのだ。固執する理由もないとばかりに外につけた。アーモンドアイの隣を走っている。

 ある程度想定した反応なのか、気にした素振りを見せない。淡々と自分の走りに注力している。先頭を飛ばして走る2人を2バ身程後ろで眺めながら、先行勢は走っていた。

 最後方のドゥラメンテは先頭から7バ身程後ろの位置。人数が少ないため仕方ないが、追い込みというには微妙な位置だ。

 

 位置取り争いが終わる。優位に立っているのはアーモンドアイ──ではない。

 

《これはアーモンドアイ有利な展開か? 否! そうはさせないぞとばかりにホッコータルマエがマークしている! アーモンドアイの後ろにぴったりとつけて、息を潜めて狙いを定めている! 魔王が選んだのは新時代の女王だ!》

《初めからこう、と決めていたのでしょう。迷いなくアーモンドアイの後ろにつけました。こうなった彼女は怖いですよ》

 

 ポジションによる優位なんてあってないようなもの。そう主張するように、ホッコータルマエがアーモンドアイをマークしていた。1バ身後ろに張り付き、自由に走らせない。

 かつてダート界に君臨した魔王の戦術。一度決めた相手を決して逃がさないマンマーク。このマンマークから逃れられたウマ娘は限られており、大抵は逃げられずに沈んでいく。

 

 アーモンドアイは後ろへと視線を送る……誰もいない。前を向こうとしたほんの一瞬、視界の端に少しだけホッコータルマエの姿が映る。

 思わず舌打ちしそうになった。

 

(相変わらず嫌らしい位置取りだわ。わたしが向いた瞬間には映らないけど、外したその瞬間に少しだけ映る。これができるのが恐ろしい)

 

 姿をがっつりと見せるのではない。あえて少しだけ見せることによって不安感を煽る。

 今どこにいるのか? どこを走っているのか? 本当に走っているのか? 自分はマークされているのか? 気づかぬうちに外されているんじゃないか? そんな不安を煽るのだ。ホッコータルマエのマンマーク戦術は。

 じわりじわりと、毒を注入されていく。少しずつ削られ最後には……、とよく見た展開が待ち受けている。

 

 がっつりと後ろを見るわけにはいかない。そんなことをすれば瞬く間に有利展開をないものにされる。せっかくとったベストポジションが無に帰すのだ。

 

 ならば、アーモンドアイにできることは。

 

(前だけを見て集中よ。いるかもしれない、じゃない。確実にタルマエさんは背後にいる! わたしの後ろを、つけている!)

 

 自信を持って臨むこと。マークされていても自分を貫き通すこと。単純だがそれしかない。

 それしかないが、あいにくと得意分野だ。なにせ、いつも通りに走ればいいのだから。

 自信満々に、意気揚々と。自分が勝つと信じて突き進めばいい。いつも通りのことをいつも通りにすればいいだけの話だ。

 

 ……もっとも、それを許さないのがホッコータルマエ。砂のシンボリルドルフと呼ばれた所以。

 

《ここでホッコータルマエが併せに来る! 第2コーナーを前にして、ホッコータルマエがアーモンドアイに併せにいった!》

《策は1つだけではない。通じないと悟ればまた次の策を。矢次早に、予想外に繰り出すテンポ感。絶妙なタイミングで仕掛けている》

《少しばかり苦しそうにしているアーモンドアイ、先頭を走るサクラバクシンオーとキタサンブラックはいまだ2バ身のリードを保って逃げています。3番手アーモンドアイそしてホッコータルマエ。外にアグネスタキオンその後ろにジェンティルドンナ。ジェンティルドンナから3バ身程遅れてドゥラメンテの隊列で進んでいます》

 

 間髪入れずに次の策へと進める。背後で走るのを諦め、アーモンドアイの隣へと躍り出た。

 

 虚を突かれた。逃げようとしてもすでに並ばれている。いつも通りに走ろうとした矢先にこれである。

 

(本当にっ、嫌なタイミングで仕掛けてくるわッ!)

 

 これができるからこそ厄介なのだ。こういうことをしてくるからこそ、魔王と呼ばれるのだ。そう思わずにはいられない。

 隣から鋭く睨まれる。見る者すべてを凍てつかせるような冷たい目、ロコドルや配信で振舞っている時とは真逆の、魔王と呼ばれるに相応しい眼光。一瞬だが気圧される。

 

 その一瞬を見逃さない。アーモンドアイよりも前に出て、ポジションの優位を奪おうとする。

 慌てて追いかけようとするが。

 

(……ダメよ。落ち着いて、冷静になるのよ。正常な判断ができなくなったらタルマエさんの思う壺。ここは)

 

 堪える。堪えて、先に行くなら行けばいいとばかりに控える。

 

 ホッコータルマエの表情は、変わらない。変わらないが、ポジションを奪おうとするのを止めて、アーモンドアイの隣へと収まった。

 

《まもなく向こう正面。隊列は変わらず。ホッコータルマエが少し行く素振りを見せましたが、ここは無茶をするところではないと判断したか》

《アーモンドアイも見事だ。ホッコータルマエの戦略を1つ潰した。1つだが確かな優位を得た》

《最内をキープするサクラバクシンオー、そしてアーモンドアイ。勝負は向こう正面へ。ここから少し落ち着いた展開になるか? 早いペースで流れているレースだ》

 

 1つ策を潰された。その結果か、ホッコータルマエは前に出ることを止めた。

 隣を走りながら、心の中で称賛する。

 

(1つ、潰されましたか。ここで削っておきたかったんですが)

 

 目論見が外れた。無茶に前に出て、いたずらに体力を消耗させようとしていた。優位を奪うために。

 ただ、アーモンドアイは崩れなかった。ジッと堪え、逆に体力を奪おうとさえもしていた。

 策を弄する側にとって一番キツいのは、策が無意味な成果に終わること。なにも得られずに、自分の体力だけ消耗するのは精神的にもクる。

 

(とはいえ、まだ1つ。1つですが……周りも周りですね)

「ジェンティルさんが不気味ですね。ここまで息を潜めている、差しの位置に収まっている。一体、何を考えているんでしょうね?」

 

 だが、1つだ。1つ使えないなら別の策を使えばいい。何通りものパターンを用意しているのだ。これだけで崩れるほど柔ではない。

 囁く。隣を走る相手に対して、ここでは姿が見えない相手のことを呟く。あくまで独り言のように。

 隣は、崩れない。元より頭に入れてあるのか、それとも考えないようにしているのか。どちらにせよ、ささやき戦術が効いていないのは確かだ。

 

(なら、次の作戦を。とはいえ、ジェンティルさんが不気味なのは確か。あまりアイさんにばかり思考を割くのは良くありません、か)

 

 次々と策を出す。その引き出しは無限大だ。

 

 

 先頭2人、サクラバクシンオーとキタサンブラックによるハイペース。

 

「バクシンバクシーーンッ! まだまだバクシンしますよーッ!」

「バクシンワッショーーイ! お祭りはまだ始まったばかりです!」

 

 その後ろをついていく前目の先行、アーモンドアイとホッコータルマエの心理戦。

 

(次の策はなにかしら? なんだろうと、わたしには通じないわ!)

(タキオンさんの位置がわずかに上がりつつある。ここで私達に並ぶ可能性も考慮して、次の策は)

 

 そのさらに後ろ、不気味に息を潜めているアグネスタキオンとジェンティルドンナ。

 

「さて、情報は出揃いつつあるねぇ」

「その情報とやらで私の力を御しれるか、試してごらんなさい?」

 

 最後方でジッと構えるドゥラメンテ。

 

「……」

 

 レースは向こう正面へと入った。

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