大賢者は興奮していた。
クックルという現象は実に興味深いらしい。
音には法則があり、扉には理がある。
エリア55にも、きっと意味がある。
弟子たちは止めた。
衛兵も止めた。
やめてください先生、と何度も言った。
先生はやめなかった。
そして扉が出た。
今回は最初から開いていた。
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王都魔導院、最上階研究室。
黒板というより黒壁と呼ぶべき広さの板に、数式がびっしりと書かれている。
中央で、白髭の大賢者が目を輝かせていた。
「素晴らしい……実に素晴らしい……!」
弟子の一人が顔を引きつらせる。
「先生、何がですか」
「分からぬか! 未知だ! 未知だぞ!」
「未知は危険の同義語です!」
衛兵が壁際で槍を握る。
「我々は護衛任務であって研究補助ではないのですが」
大賢者はチョークを振り回す。
「まず“クックル”という音だ!」
黒板に大きく書く。
クックル
「発音ではない。あれは現象だ!」
「やめてください先生!!」
「音節は二つ……いや三つの振動構造を持つ……」
「数えないでください!!」
別の弟子が報告書を掲げる。
「勇者報告によれば、クックルの後に打撃が発生します!」
「そうだ! “ドゥ”だ!」
黒板に
ドゥ
と大書。
「この打撃音は物理ではない! 因果の前倒しだ!」
「前倒しするな!!」
衛兵が思わず叫ぶ。
「陛下は“対策”を命じられたのです!」
「対策とは理解だ!」
「違います!」
大賢者はさらに書き殴る。
クックル → 座標固定
ドゥ → 因果干渉
エリア55 → 回収領域?
「見えるぞ……見えるぞ……!」
弟子たちが一斉に叫ぶ。
「見なくていいです!!」
そのとき。
研究室の隅。
ガラララ。
木製の引戸が、静かに存在していた。
すでに、開いている。
弟子の一人が震える。
「先生……」
「分かっておる!」
「分かってるならやめてください!!」
大賢者は振り向かない。
「“クックル?”は疑問ではない。あれは観測確認……」
( ゚∋゚)「クックル」
背後から鳴き声。
全員が固まる。
「出たぁぁぁ!!」
衛兵が槍を構える。
「陛下に報告を!」
「今報告してる場合ですか!?」
大賢者、振り返る。
目が輝いている。
「よく来たな……実物……!」
「喜ぶな!!」
(#゚∋゚)「クックルクックル」
空気が震える。
「溜めです!!」
「報告書に“溜め”は記載がなかった!」
「追記ぃぃ!!」
ドゥ!(大賢者の帽子が吹き飛ぶ)
「なるほど……頭部優先……!」
ドゥ!(杖がへし折れる)
「物理干渉確認……!」
「検証するな!!」
ドゥ!(壁に叩きつけられる)
「座標……固定……いや違う……揺らぎ……!」
「最後まで言うなぁぁぁ!!」
弟子が泣きながら叫ぶ。
「先生! 言語内容に触れたら!」
大賢者は笑う。
「“クックル”とは――」
ガラララ。
背後の扉が完全に開く。
中は白い空間。
看板が見える。
『エリア55 解析区画』
「区画あるのかよ!!」
衛兵が絶叫する。
「部署分かれてる!?」
「人員足りてるのか!?」
( ゚∋゚)「クックル」
大賢者を軽々と持ち上げる。
「待て! まだ仮説が!」
ドゥ!(軽く腹を叩かれる)
「検証材料がぁぁ……!」
「材料扱いされてますよ先生!」
そのまま、扉の中へ。
ガラララ。
閉まる。
消える。
静寂。
研究室には、粉塵と破壊された黒板だけが残った。
黒板の一番上。
大きく書かれている。
クックル=
そこから先は、書かれていない。
チョークが床を転がる。
弟子が震えながら言う。
「……先生は」
衛兵が真顔で答える。
「解析区画送りだ」
「そんな区画あってたまるか!!」
遠くで。
どこかで。
ドゥ。
と、音がした気がした。