異郷の箱庭   作:ももはね

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1話 はじまり

 

 月曜日、それは一週間で最も多く嫌われた日。憂鬱で気怠くて、何もかもが嫌になってしまう。そんな日。

 

 それは夏山(なつやま) 夏都(なつみ)という少年にとっても同じことであった。

 男子の高校2年生。

 特になんて事のない日々ばかりを送ってばかりで、甘酸っぱい青春や汗水垂らしてのスポーツ活動とは無縁の存在。誰とも深く親しむこともなければいがみ合うこともなく、テストや体育の成績も平均を前後している。

 

 そんな彼にも、クラスの中に3人ほど友人と呼べる者もいるし、ハブられてはいないが親友と呼べるほどの相手もいない。でも、性格に問題があることもなく、よくいる感じの雰囲気。ストーカーが居たとしても、通勤ラッシュに紛れ込めば一瞬で見失うだろう。

 

 化粧なんてしないし、流行だって追っていない。もちろん、偶然ハマった漫画が人気作品だったということは何度もあったが。

 もしもナツミが女子であったのならば、間違いなく凄惨な日々を送っていただろう陰気でやる気のないような……そんな奴だ。

 

 

 朝、教室に入ったナツミに一瞬だけ視線が向けられ、しかしサっと逸らされる。付かず離れずの対応で、もしもクラスの人気者であれば一瞬にして集られ挨拶の連打を要求されるだろう朝の登校時間。しかし彼にとっては入って座って、その間口をムッと閉じ続けるだけの時間。

 冷たくも見える彼らに反応を示す事なく自分の席に着いた彼に、前の席に座っていた友人──秋雲(あきぐも)が振り返って話しかけてくる。

 

「おはよ」

 

 それに合わせるように秋雲の横の席に座っているもう一人の友人、冬川(ふゆかわ)も振り返る。

 

「おはよー」

 

 それに、鞄を机の横に引っかけながらナツミも慣れた口ぶりで返した。

 

「ああ、おはよう」

 

 既に二人だけで会話していたところへ、自然と入れてもらったナツミへと秋雲がスマホの画面を見せつけた。そこに表示されていたのは、一昨日外国で起きたと言う事件の報道記事であった。

 

「これ、気になんねえ?」

「……怪事件、ミステリーサークル再び?」

 

 アメリカの片田舎で三人の一家族が長いこと姿を見せない、という通報がされたことがきっかけ。その真相を警察が追っていたところミステリーサークルへと辿り着き、三つの遺体がその下の地中から見つかった。遺体は酷く損傷していてまるで獣に食い荒らされた有様であった、と。

 更に、驚いたことにミステリーサークルの下で死体が見つかった、という事件が先週と先月にも起こっていたのだ。

 

 いずれも犯人は見つかっておらず、オカルト系の人もぞろぞろと口出しを始めて……連続殺人事件という話題性も相まって、アメリカ国外内問わず話題になっていたのだ。それが再び、三度目の発覚ということで、薪を焚べた炎の如く勢いを増したのだ。

 

「気にはなるけどさぁ……模倣犯じゃないの? ほら、1回目と3回目の現場、距離離れてるんだろ?」

 

 ナツミが呆れた顔で記事に載せられていた過去の現場が赤点で強調された地図を突いた。

 それに同調するように冬川も鼻を鳴らして会話に入り込む。

 

「何なら、2回目の現場も合わせればメチャクチャな位置関係になるぜ。何処も電車なんて通ってないような田舎だし、直線にもならんから移動してるって訳でもなさそう」

 

 そこで秋雲は「いやいや!」と興奮し、僅かに赤くなった顔でブックマークに入れていた別記事を見せる。

 

「ほら、中国で起きた晴天の洪水にイギリスで起きた移民の暴走と記憶喪失、エジプトの砂漠で起きた過去最大の豪雨といいっ、何かあんだよ! 絶対! 世界は今っ、何か変化が起きてるんだ!」

 

「「…………」」

 

 勢い良く席から立ち上がっての、大きく叫ぶような秋雲の台詞に、教室に居たクラスメイトたち全員の視線が彼へと向けられた。

 端的に言えば、目立っていたのだ。

 それも、大分オカルト方面に振り切ったイった目での厨二発言。嫌ぁな目立ち方である。ナツミも冬川も恥ずかしくなって、一緒に窓へと目を向けて他人顔していた。

 それにようやく気づいた彼は「ごほんっ」と頬を染めながら椅子に座った。

 

「で、でも……最近、変な事件増えてるだろ? お前らは……まぁ帰宅部だし帰りは早い方だけどよ、色々と気をつけといた方がいいんじゃねえかって……友人なりの心配だよこの野郎っ」

 

 秋雲はクラスメイトの視線から目を逸らす様に俯きながら呟いた。

 言い訳……とも言い難く、何処か本気の気持ちも感じられる彼の顔に、ナツミと冬川も微笑みながら頷いた。先程の彼は凄まじくキモかったが、心から心配をする今の彼はそれなりにカッコ良かった。

 

「まー確かにそうかも。防犯ブザーくらいは持ち歩いても良いかもな」

「小学生じゃないんだから俺は嫌だけどな。でも、妹には軽く言っとくわ」

「え、冬川妹居るの? 何歳?」

「小学生だよ殺すぞ!」

「うっわ秋雲お前ロリコンなの?」

「違ぇよ! 中学生くらいって思ったの!」

「……歳の差はあんま無いはずなのに、中学生に手を出す高校生って犯罪感すごくね?」

 

 こうして、ナツミの日常は過ぎて行き────

 

 

 ※ ※ ※ 

 

 

────放課後。

 

 帰る準備をするナツミは友人たちへと声を掛けた。

 

「今日も一緒に帰る?」

「わり、俺今日は用事あるわ」

「俺も。ちっちゃい方の妹の迎え行かないとなんだよ」

「おっけー。じゃ、また明日な」

 

 そうして、ナツミはクラスメイトたちが騒がしく話す教室を独り出た。

 

 夕焼け、ナツミは赤ばんだ空の下を独り歩く。暫く歩いていたから、学校からは離れているので同じ学校の生徒の姿も気配も全く感じない。

 

 アスファルトの道路、周りにはコンクリートの建物。電柱には汚れが染みつき、道路では白線が掠れている。歩道の隅には雑草が生え、遠くには放置された犬の糞が見える。周囲に人影はなくて、でも遠くからは何か音が聞こえる。車の走音か、遠くには小さな野球場があるのでそれかもしれない。

 

 ここは神奈川県の田舎の地域。横浜以外の神奈川は殆ど似たり寄ったりかもしれないが、その中でも生活に不便は感じない程度に発展している。そんな町であった。

 

 そうして顔を茜色に染められながら歩いていると、ズボンのポケットが──スマホが、震えたのを感じた。

 

「……通知?」

 

 こんなタイミングで連絡を送ってくる相手に心当たりのないナツミは首を傾げながらその画面を点けた。そして、目を見開いた。

 

「──アプリが、インストールされました……?」

 

 知らないアプリ。知らない名前に知らないアイコン。

 慌てて通信量を確認するがしかし、数日前に見た時とあまり変わらない、というか自然な減少量で、むしろ余計にこのアプリがダウンロードされたという事実と背いているようで不信感が強まる。

 

「名前は……『異郷の箱庭』?」

 

 ナツミは、何かドッキリでも仕掛けられているのか、と周囲を見回すが何一つとして人影は見つからない。そも、親戚や友人に芸能人が居る訳でもない真正の一般人にそんなことする奴は居ないか、と頭を振る。

 そして彼は、震える指先でそれを押そうと──

 

「……家で、やろう」

 

 ビュウー、と彼のすぐ横を一台の自動車が通り抜けた。

 非日常に入り込んだ日常の騒音。それによって正気を取り戻した様に深い息を吐いて、彼は改めて帰路へと戻ったのだった。

 

 

 ※ ※ ※ 

 

 

 家に帰り自室で一人、椅子に座りながらナツミはスマホを開き、そのアプリを眺めた。

 見たことない。聞いたこともない。当然、ストアなどからダウンロードした記憶もない。ネットで名前を調べてみれば明らかに関係のなさそうなサイトがずらりと並んぶばかり。ネットでも情報は得られなさそうだ。

 

 アイコンは、手前に鳥居があって、そこから伸びた石畳の奥に小さな神社のような物が描かれているもの。

 名前は前に見た時と同じ『異郷の箱庭』。

 長押しでアプリの詳細を見てみると、何もかもが文字化けしていて触ってみても無反応。アプリの削除すらもできないようだ。アプリの位置を動かすこともできないようで、一切の干渉を無視しているらしい。

 

「……と、なれば…………」

 

 アプリを起動させるしかない。

 恐怖、疑念……勿論ある。起動と同時にウイルスが大量に入り込んだらどうしようとか。だが、それ以上に────

 

 ナツミの目は、ギラついていた。

 

「────気にはなるよな」

 

 好奇心。非日常への期待。

 彼とて男子高校生。こういったことに、ドキドキしない理由がなかった。

 とは言え念のために……と。ナツミはスマホを機内モードにしてオフライン状態へと変更。いつの間にか入り込んでいたアプリにこの行為が意味を為すのかはわからないが、やれることはやっておこうという気持ちだった。

 

「よし……」

 

 ピンと人差し指だけを伸ばして、アプリをぽちり。

 

 暗転。

 刹那、黒い画面が白に染まる。

 その直後────

 

「っ……?!」

────声が聞こえた。

 

 ナツミは慌てて周囲を見遣るが誰もいない。

 何故、彼がスマホではなく周りを見たのか。それは音の聞こえ方が異質だったからだ。普通、スマホから聞こえた音なら当然そこ(現在ならばナツミの手元)から聞こえてくる。だが、今の音はそうじゃなかった。自分の周りから、いや脳内に直接入ってくるような感覚だったのだ。

 何を言っているかもわからないキンとした音だった。だが、耳鳴りでもなく確かに聞こえたのだ。

 

『初めまして────』

「っ……!」

 

 突如として入り込んだ言葉に、ナツミは冷たい物を背筋に感じた。

 さっきと同じ音色。だが、今度はちゃんとした言葉のある声だった。

 それは聞いたことのない女性のような声で、優しく深みのある声音。まるで教会か神社かそれとも寺か。聖職者の説法のような神聖さすら感じさせた。

 

 

 何か、凄い事が起こる。

 ナツミは知らずうちに、笑みを浮かべていた。

 

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