異郷の箱庭 作:ももはね
『初めまして────』
「っ……!」
未知への期待に彼が頬を歪めていると、声は言葉を続けた。
ナツミは動きを止めて耳に意識を集中した。声を一瞬も聞き逃さんと。
<────これは貴方に委ねられた異郷の一端。
貴方に管理されなければ消えてしまう哀れな箱庭。
そこには異郷の精霊たちが救いを求めて訪れるでしょう。
もしも、貴方が楽園の
もしも、貴方が楽園を受け入れないのであれば……媒体から暫く離れてください>
スマホの画面が切り替わる。
白い背景に、中央付近に大きく黒地の四角い枠。枠内は木が五つ生え、端では小さな川が流れている草原という景色。
そして何より目を引いたのは、枠の頂点の位置にある小さな社。それは、道路脇にあるお地蔵様や町内にある小さなお稲荷様のように拝殿だけのこぢんまりとした様子だが、新しい木造の社であった。
これだ──ナツミは何となく、そんな確信を得た。
象徴と言うのだから最も目立つ物。数ある木でも、箱の端にある川でもなく、頂点にあるそれ。そんなことは少し考えれば直ぐにわかることだろうが、この時の彼は一目に感覚で察していた。
そして、受け入れるか否か。それについては……考えるまでもなかった。
「──っ……く、ぉ……?」
倦怠感。
画面に、いや社にというべきか。それに触れると同時に、彼の体を妙な倦怠感が襲った。かなり強力なそれに、ナツミは一瞬だけ世界が揺れたような心地を味わったが何とか気を取り直す。
今は座っていたからよかったが、立っていたのなら倒れるか膝くらいは着いていただろう。
まるで元気を吸い取られる様だった、と思いながら再び画面を押してみると
<ありがとうございます。それではささやかながら……貴方に、楽園における分身──分霊と、その為の魔力を授けましょう>
「分霊……魔力?」
ナツミが呟くと、それに応えるように画面の中で人型の何かが現れた。
その人型は、白い長袖の貫頭衣らしき格好に角髪の古風な格好で顔面は目と口の穴が空いただけの滑稽な仮面を付けている。身綺麗な案山子のような服装であった。
<以後、その分霊は貴方の手となり足となり、文字通りも一人の貴方となる。そして箱庭の内外で活動し、その発展を手助けするでしょう。やるべきこと、為すべきことは自然とお分かりになるはずです>
「いや全然何もわかんないんだけど……」
<ではまたいつの日か──────>
シーン、と部屋の中は静寂に包まれた。
「…………え、いや……どうしろと……?」
そんな困惑の声だけが小さく響いた。
※ ※ ※
何度か深呼吸を繰り返した後、ナツミは改めて画面を見た。
「箱庭、楽園、異郷の精霊……にしては、何も無さ過ぎる……よな」
スマホ画面に映っている綺麗な草原。いつの間にか分霊は姿を消しており、ただただ緑だけが見える。中では風が吹いているのか草木が揺れ、川は穏やかに流れているようだ。
広がる草原に社と木々。らしいと言えばらしい雰囲気かもしれないが、精霊とやらの姿は見えないし、狭いこの空間にそう何人も入れはしないだろう。先ほどの声によれば、『精霊たち』と言っていたのだから、一人二人ではないのだろうし。
「とりあえず……」
一本の木、それをポチっと押した。すると、その横に分霊が現れた。
何をするのだろうか? と、ナツミがそれを眺めていると、
ボコッ、と分霊が木を殴った。
唖然としている間にボコボゴと拳を振るい続けついには殴り倒してしまった。
そうして残ったのは、根本の少し上から強引に殴り倒された無惨な木の姿。
「あれ……やらかした?」
取り返しのつかないことをしてしまった。
そう思ったのも束の間、スマホの画面下部にて唐突に『施設』と書かれたアイコンが出現していた。
恐る恐るそれを押してみると、『建築』『製造』『施設管理』などと複数の選択肢が現れる。
少し迷いながらも、一番端にあったので『建築』を押した。すると、今度は小さな木の小屋らしき物の設計図が開かれたのだ。
まさか、と思いながらナツミはそれを選択した。
「おおっ」
すると、分霊が倒木を草原の一角に運んだかと思えば小さな魔法陣が現れた。そして、それが輝くと倒木を分解し、加工。瞬く間に小さな木の小屋──の、枠組みができた。
「半端……というか、材料不足?」
続けて、木を追加で二つ切り倒した。そして枠組みを押すと再び魔法陣が展開。今度こそ、ちゃんとした小屋が完成した。
だが、
「小さい」
横に立つ分霊の、およそ腰あたり。それが小屋の大きさだった。
「いや、分霊がデカいのか……?」
思い返してみれば、木の大きさも分霊と同じくらいだった。幹の太さも考えれば総合的に木の方が大きいが、高さだけなら同程度だったのだ。
無論、ゲーム……かどうかはわからないが、非現実においてサイズ感を具体的に考えるのも馬鹿らしいことだ。だが、この小屋の大きさを見れば、もしかしたら分霊が人型なだけで巨人という設定が付与されている可能性も出てくる。
それだけじゃない。
「何か……疲れてる?」
感じたことのない奇妙な疲労感もあった。それは分霊ではなく、
気を取り直して、ふと画面を見れば下部と上部にそれぞれ表示が増えていた。
下部には『施設』の横に『道具』が増えている。開いて見ればあるのは……木材。木の種。考えるまでもなく、先ほどの殴打にて手に入れた物だろう。
上部には白色のゲージ、それも三割ほど減っている。
「……とりあえず、種は植えとくか」
元々は木が生えていた場所に種を植えさせていると、不意に社が輝き出す。
「っなんだ?」
女の声が出たときとは違って、今回は社が光だけ。それでも十分以上に興味を引く。ナツミは手を止めてそちらを凝視していた。
勝手に、分霊が姿を露わして輝く社の前で佇んでいた。
後光を浴びるその姿は妙に神々しくて、角髪に貫頭衣という格好も合わさり、神話の一節を切り取った宗教画にも見えた。
思わず呆然とそれを眺めていると、光が止んだかと思えば小さな社の戸が開かれ、中から小さな赤い光の玉が飛び出してきた。
そして、
<それは精霊です。楽園の主が守り、手を取り合わなくてはならない異郷からの迷い子。
どうやら、異郷の『鬼人』が迷い込んで来たようですね。受け入れますか?
受け入れるのなら、精霊をより内側へと招いてください
受け入れないのなら、精霊を外へと弾いてください>
声が止み、呆然と瞬きをするナツミが残された。
「え、あ……あぁ、俺が選ぶ感じなのね?」
戸惑いながらも、顎に手を遣って少し考え込む。
「鬼……鬼人? 鬼って言うと、ちょっと怖いと言うか怪しいと言うか……気にはなるんだけど、その辺って教えてくれたりしないの?」
宙へと、届くのならば
先ほどからの会話も、会話として成り立っている様で成り立っておらず、機械的な応答しかやっていない。肯定か否定かを問うばかりで、予め決められたアンケート用システムのようなやり取りだと感じていた。もしかしたら本当にそれに似たナニカかのかもしれない、とナツミは見当付けた。
「はぁ……質問は無駄か」
僅かに悩みながらも、悩んでも仕方ないか、と思考停止の結論を出す。そして精霊と呼ばれた赤い光玉を手前へと引いた。
好奇心でここまでやってきたナツミに、例え薮を突いて蛇が出ようが、鬼だろうが、拒絶という選択肢はあり得なかった。
赤い玉は大きくなった。拡大は分霊の膝辺りで止まり、今度は手足が生えてきた。そして余分な部分を削る様に光は縮み──大きな丸頭から生えた胴体、それから生えるちょこんとした手足。およそ三頭身くらいの可愛らしいマスコットサイズの、角を生やした女の子へと変化していた。
「お、おぉ……精霊、精霊か。らしいっちゃらしい、のか」
彼女は眉と口を歪め、膝を着くとわんわんと涙を流し始めた。
声は聞こえないが、口を大きく開けて空を見上げ涙を流すその姿は、誰がどう見ても号泣していた。
そんなことされても困るんだが、と思いながら精霊の頭を撫でる様に指を動かすと、分霊はそれに従う様に彼女の頭を優しく撫でる。
彼女も最初は怯えた様に硬直していたが、段々と慣れてきたようでされるがままになり、静かに泣き続けていた。
<精霊たちには種族があり、特徴があります。
例えば、人間族であれば多様な魔法への適正が。
森人族であれば、緑に関する高い魔法の適正が。
山人族であれば、大地への高い適正が。
獣人族であれば、高い身体能力が。
魔人族であれば、固有の能力が。
その中でも、魔人族は特殊な立場にあります。魔人族は他人種族と比べて高い能力を持つ代わりに、他者へ悪影響を与えかねない性質を持っている人系種族の総称なのです。ですので、もしも魔人族が箱庭に入ってきたのなら、よく観察し、警戒し、そしてできることならば優しく受け入れて上げてください>
再び聞こえた、
要は精霊と言う物の能力についてだが、ナツミにとっては聞き逃せない内容があった。
『魔人族は他人種族と比べて高い能力を持つ代わりに、他者へ悪影響を与えかねない性質を持っている人系種族の総称なのです』
「鬼人族なんて、言ってなかったよな……」
説明の中に無かった種族名。そして、魔人族は面倒な性質の種族の
だって、『鬼』であるもの。英訳すればデーモンとされ、日本の昔話でも厄介扱いされがちな乱暴者。
「……やっぱ厄ネタじゃねぇか」
受け入れを、さっそく後悔するのであった。