五条悟―神聖時間軸の剪定者―   作:ルルルだ。

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9話 羂索:オリジン編 2

「抵抗は無駄だ」

部隊のリーダーが短く告げた。

「対象を剪定しろ」

 

二人の兵士が、無言で踏み込んだ。

だが、

 

ブゥン……。

 

タイムスティックの先端が、羂索の顔面から数ミリの距離で、ピタリと停止した。

 

「……何?」

ヘルメットの奥で、兵士が怪訝な声を漏らす。

力任せに押し込もうとするが、スティックは微動だにしない。

 

『ほう。これは面白い』

 

五条悟の顔をした羂索は、瞬き一つせず、鼻先に迫るオレンジ色の光を観察していた。

「六眼」が、未知のエネルギーの構造を猛烈な勢いで解析していく。

 

『呪力ではないな。……対象の時間を局所的に加速、あるいは剥離させるエネルギーか。なるほど、触れれば私の存在そのものが「なかったこと」にされるわけだ』

 

「隊長! 剪定エネルギーが届きません! 空間そのものが……引き伸ばされている!?」

兵士が焦燥に満ちた声を上げた。

 

羂索は口角を吊り上げた。

『アキレスと亀、だよ。君たちのその棒が私に届くまでの距離を、無限に分割している。……さて、観察は済んだ』

 

羂索は、すっと右手を上げた。

彼が欲しているのは、この未知のテクノロジーを無傷で手に入れることだ。不用意に破壊しては意味がない。

 

『術式順転・「蒼」』

 

パチン、と彼が指を鳴らした瞬間。

二人の兵士の「首」の座標に、極小のブラックホールのような引力点が発生した。

 

メキィッ!!

 

「ガッ……!?」

装甲服の強度など関係ない。空間そのものが内側へ向かって圧縮され、二人の兵士の頸椎が飴細工のように捻じ切れた。

彼らは悲鳴を上げる間もなく、タイムスティックを取り落とし、崩れ落ちた。

 

「なっ……射撃しろ!タイム・カラーを使え!」

リーダーが後ずさりしながら叫び、残る兵士たちが一斉に奇妙な銃を構えた。

 

だが、羂索は既に彼らの懐に潜り込んでいた。

『遅いね』

 

ドゴォッ!

五条悟の圧倒的な身体能力と体術。羂索は一人の兵士の胸倉を掴むと、そのままもう一人の兵士へと叩きつけた。装甲がひしゃげ、血飛沫が上がる。

 

わずか数秒。

時間を管理する精鋭部隊は、異界の「最強」の手によって、ただの肉塊へと成り果てた。

 

『さて、と』

 

羂索は、虫の息となっているリーダーの男の首根っこを掴み、軽々と持ち上げた。

男の腰には、小さな端末――テンパッドが下げられている。

 

『君たち、ずいぶんと興味深いおもちゃを持っているね。これはどうやって使うんだい?』

「ふざ、けるな……変異体め……! 貴様は……歴史のバグだ……TVAが、必ず……」

 

リーダーが呪詛を吐くが、羂索は意に介さない。

彼は六眼をテンパッドに向けた。

 

『ふむ……。操作UIは三次元的だが、背後で動いているのは多次元の座標計算か。量子コンピュータ以上の演算を、このサイズでやっているとはね。……そして、このエネルギーの供給源は……』

 

普通であれば、一生かけても理解できない他次元の超技術。

だが、千年の呪術知識を持つ羂索の「脳」と、世界の真理を可視化する五条悟の「六眼」が組み合わさった今、彼にとってそれは「少し複雑な知恵の輪」程度のものでしかなかった。

 

『なるほど。この端末は、特定の周波数で「外側」の空間とリンクしている。君たちの言う「TVA」とやらが、この宇宙の外……時間の流れが束ねられた場所に存在しているわけだ』

 

「なぜ、それを……!」

リーダーの目が驚愕に見開かれる。

 

『全て視えるんだよ。今の私にはね』

 

羂索は男の腰からテンパッドをむしり取った。

そのまま画面を指でタップし、端末内に保存されたログデータを読み漁っていく。

 

『……なるほど、なるほど! アース-666? セクター・プライム? 我々の宇宙は「セクター・フリンジ」に過ぎないのか! ハハハ、これは愉快だ。天元がどうこうというレベルではない、世界は箱庭どころか、無数の泡の一つだったとは!』

 

羂索は狂喜に震えた。

そして、ログデータの中にある「一つの重大なエラー報告」に目を留める。

 

『【ワンダ・マキシモフの干渉による、セクター・フリンジの境界崩壊】……これか!』

 

彼は新宿の空を見上げた。

六眼を通して見れば、空の彼方に、極薄のガラスにヒビが入ったような「次元の亀裂」が無数に走っているのが見えた。

あそこから、未知の可能性が流れ込んでいるのだ。

 

『魔女が開けた穴。……そこから、私の死滅回遊を、マルチバース規模へと拡張できる!』

 

ピピピピ……!

 

突然、倒れていた兵士の一人が、死の間際に「リセットチャージ」のタイマーを起動した。

紫色の光が漏れ出し、新宿の街が端からジリジリと消滅し始める。

 

『おっと。長居は無用のようだね』

羂索は、用済みとなったリーダーの首をへし折って捨てた。

 

そして、奪ったテンパッドに、自身の濃密な呪力を流し込んだ。

オレンジ色だった端末のインターフェースが、バチバチと火花を散らし、赤黒い「呪いの色」へと書き換えられていく。

TVAのロックを呪力でハッキングし、彼自身の「術式」として無理やり馴染ませたのだ。

 

『開け。未知の世界へ』

 

羂索が座標を入力すると、彼の目の前に、オレンジ色ではなく、禍々しい紫色のタイムドアが出現した。

 

崩壊していく新宿の街を背に、最悪の知能犯は、その紫の光の中へと優雅な足取りで消えていった。

それが、彼がTVAの技術を簒奪し、多次元の脅威へと変貌を遂げた「起点」だった。

 

 

 

 

【現在:アース-JJK-091】

 

「……ッ!!」

 

五条悟は、激しい頭痛に襲われ、咄嗟に後方へ飛び退いた。

視界を埋め尽くしていた「他人の記憶の濁流」が、急速に引いていく。

呼吸が荒い。額に冷や汗が滲んでいた。

 

「悟!」

後方から、夏油の声が響く。

 

五条は、肩で息をしながら、目の前に立つ男、羂索・五条を睨みつけた。

奴もまた、先ほどの「情報の衝突」の反動で、薄く笑いながらこめかみを押さえていた。

 

「ハァ……ハァ……。見たのかい、私の記憶を」

羂索は、楽しげに口元を拭った。

「君の肉体は素晴らしい。だが、それ以上に……あの『魔女』が開けた扉の向こう側は、知的好奇心を刺激してやまない」

 

五条は、歯を食いしばった。

(こいつ……ただ僕の死体を乗っ取っただけじゃない。TVAの技術を奪って、マルチバースを渡り歩いてやがるのか)

 

「どうした、五条悟? 動きが止まっているぞ」

羂索は、黒い装飾が施されたテンパッドをポケットから取り出した。

「君が迷っている間に、この世界の崩壊エネルギーは十分に抽出できたようだ。……そろそろ、次の舞台へ行こうか」

 

羂索の背後に、紫色のタイムドアが出現する。

 

「逃がすかよ……!!」

五条が再び踏み込もうとした瞬間。

 

「『呪霊解放・極ノ番』」

 

羂索が印を結んだ。

彼が乗っ取っているのは五条悟だが、彼は千年の知識で「別の次元で集めた呪霊」を呼び出すことができる。

紫色のタイムドアから、巨大な、幾重もの顔を持つ異形の呪霊が這い出してきた。

呪霊が五条と、その後ろにいる夏油たちに向かって、咆哮と共に毒のブレスを吐き出す。

 

「チッ……!」

五条は追撃を諦め、背後の夏油たちを守るために無下限の防壁を最大出力で展開した。

ブレスが防壁に激突し、周囲の森がドロドロに溶け落ちる。

 

「ではぐッドラック、五条悟」

羂索はタイムドアの中に半身を入れながら、五条に向かって手を振った。

「君がこの世界と親友を道連れに死ぬか、泣きながら世界を消すか……楽しみにしているよ」

 

紫の光が収束し、羂索の姿が完全に消え去る。

 

残されたのは、崩壊のタイムリミットが迫るアース-JJK-091。

毒のブレスを吐き終えた巨大な異形呪霊と、状況が飲み込めず呆然とする乙骨や生徒たち。

そして、その前に立つ、夏油傑。

 

「……悟。あれは、一体何なんだ?」

夏油が、焦燥と混乱の入り混じった声で五条の背中に問うた。

 

五条は、防壁を維持したまま、ゆっくりと振り返った。

空の亀裂は限界に達し、世界がガラスのように砕け散る寸前だった。

 

彼には、時間がない。

説明する時間も、別れを惜しむ時間も。

 

「……傑」

五条は、黒い目隠しの奥で、親友の顔をしっかりと目に焼き付けた。

 

「君は、僕のたった一人の親友だ」

それは、正史で彼が夏油に引導を渡した時に言えなかった、心の底からの言葉だった。

 

「……何を言っている、悟?」

 

五条は、ポケットの中で、TVAの正規リセットチャージのボタンを強く押し込んだ。

 

カチッ。




※「アース-JJK-091」の五条悟を出すと、色々面倒くさいことになるので、登場させていません。
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