五条悟―神聖時間軸の剪定者―   作:ルルルだ。

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13話 最悪の置き土産

五条悟とデンジが瓦礫の山を越え、かつての都庁跡地、巨大な骨の玉座が鎮座する広場へと足を踏み入れた時、そこには既に最悪の光景が完成していた。

 

「……なるほど。僕の六眼がバグったかと思ったけど、現実かよ」

 

五条は、黒い目隠しをゆっくりと引き下げ、首にかけた。

玉座の前に立つ、四つの目と四本の腕を持つ巨大な異形。完全なる肉体を得た、全盛期の両面宿儺。

そしてその隣には、五条自身と全く同じ顔を持ちながら、幾何学的な刺青を浮かび上がらせ、赤黒い瞳でこちらを見下ろしている男「宿儺受肉体・五条悟」。

 

「おいオッサン、どうなってんだ?」

デンジが、両腕のチェーンソーをアイドリングさせながら首を傾げた。

「腕が四本あるバケモノと、お前と同じ顔したバケモノがいるぞ。どっちが俺たちの標的だ?」

 

「……両方だよ。ついでに言うなら、僕の顔してるやつの中身も、横の腕四本のやつと同じだ」

 

五条の声には、もはやいつもの軽薄さは欠片もなかった。

羂索が乗っ取っていたはずの自分の肉体が、どういう経緯か両面宿儺という最悪の魂に上書きされている。

ただでさえ手のつけられない特級バグの世界に、さらにもう一つ、処理不可能なバグが融合してしまったのだ。

 

「ほう。あれが別の世界の俺か」

受肉体の五条が、自身の顔を撫でながら愉悦に満ちた笑みを浮かべた。

「悪くないツラだが、少し覇気が足りんな。……六眼と無下限呪術、そして俺の斬撃。これらが合わさればどうなるか、オリジナルである貴様自身で味わってみるか?」

 

宿儺・五条が一歩前に出ようとした、その時だった。

 

ピピピッ……!

 

彼が懐にしまっていた、羂索から奪ったTVAの端末が、突如として不気味な紫色の光を放ち、アラート音を鳴らし始めた。

 

「ん?」

宿儺・五条は足を止め、端末を取り出した。

画面には、彼が操作したわけでもないのに、無数のコードが滝のように流れ落ちている。

 

『……死してなお、盤面を回すか。忌々しいネズミめ』

 

全盛期の宿儺が、四つの目を細めて呟いた。

端末に仕込まれていたのは、羂索が「自分が死んだ時」のために用意していた、最悪の置き土産だった。

 

五条の六眼が、その端末から放たれる「情報」の波を捉えた。

それは、物理的な呪力攻撃ではない。

次元の壁を透過し、全マルチバースに点在する「特定の波長」――すなわち、別のタイムラインに生きる無数の『五条悟』の脳内へ直接送り込まれる、ウイルスのごとき通信データ。

 

「あいつ……何をバラ撒きやがった……!」

 

五条の脳裏にも、そのデータの一部が流れ込んできた。

【君たちの世界は、観測され、管理され、不要になれば剪定される箱庭だ】

【君たちの生徒の死も、親友の離反も、全てはTVAという組織が強要した「正史」に過ぎない】

【もし運命に抗うのなら、扉を開け。全ての元凶はここにある】

 

TVAの存在の暴露。

そして、TVA本部へのゲートを開くための「アクセス・コード」の全次元への一斉送信。

 

「ククッ……ハハハハハ!!」

宿儺・五条が、端末を握りしめたまま狂ったように笑い出した。

「面白い! あの羂索という男、最期の最期で極上の混沌を置き去っていきおったわ! 今頃、無数の次元で『最強』どもが、己の運命を弄んだ神(TVA)に牙を剥いていることだろう!」

 

宿儺・五条は、テンパッドの画面を指で弾いた。

「俺たちも行くぞ。神の玉座を、俺たちの血肉で染め上げてやる」

 

彼らの背後に、今まで見たこともないほど巨大な、赤黒いタイムドアが出現した。

 

「行かせるかよ!!」

五条が地面を蹴った。

宿儺たちをTVAに行かせれば、この世界の崩壊エネルギーごと持ち出され、被害は全次元に及ぶ。

 

「遅い!」

全盛期宿儺が迎え撃つ。

彼が放った巨大な『解』の網が、五条とデンジの行く手を阻んだ。

 

「邪魔だァァァッ!!」

デンジがチェーンソーの駆動音を唸らせ、不可視の斬撃を強引に削り落としながら突っ込む。

火花が散り、デンジの身体から血が噴き出すが、彼は止まらない。

 

「『赫』!」

五条が放った反発の力が、全盛期宿儺の巨体を僅かに押し下げる。

その隙を縫って、五条はタイムドアに半身を入れた宿儺・五条の胸ぐらを掴んだ。

 

「どこに行くつもりだ、僕の偽物」

「俺はお前だ、五条悟。……いや、お前以上の『最強』だ!」

 

宿儺・五条が、至近距離で『捌』を放つ。

五条の無下限バリアが悲鳴を上げ、二人の周囲の空間がガラスのようにひび割れた。

 

「テメェら、俺を置いてくな!!」

デンジが、全盛期宿儺の腕を一本切り落としながら、五条たちの後ろから飛び込んできた。

 

四つの規格外の存在がもつれ合ったまま、強大な呪力の重力崩壊によって空間が歪む。

赤黒いタイムドアが彼らを飲み込み、直後、アース-JJK-1000の新宿は、その負荷に耐えきれず音もなく消滅した。

 

 

 

TVA本部のオフィス。

その平穏は、突如として空間を突き破って現れた「赤黒い光の爆発」によって粉砕された。

 

ドゴォォォォォォォォン!!!!

 

「うわあああっ!」

「結界が破られた! 侵入者だ!!」

 

デスクが吹き飛び、書類が吹雪のように舞い散る中、五条悟、デンジ、そして二人の宿儺がオフィスの中央に墜落した。

TVAの内部では呪力が使えないはずだった。

しかし、五条と宿儺、二つの「無下限」と、テンパッドの魔改造によって持ち込まれた圧倒的な「因果の質量」が、TVAのルールを局所的に上書き、あるいは破壊してしまっていた。

 

「ハァ……ハァ……!」

五条は床を滑りながら体勢を立て直し、すぐさま周囲を警戒した。

 

「警備部隊、応戦しろ! 対象を剪定しろ!」

上層部のバルコニーから、アルコットが顔面蒼白になりながら指示を飛ばす。

無数のミニットメンたちが、発光するタイムスティックを構えてなだれ込んでくる。

 

だが、宿儺・五条は悠然と立ち上がり、首を鳴らした。

「……ここが、運命の管理室か。実に不愉快なほど、無味乾燥な場所だ」

 

彼が指を振るうと、襲いかかってきた数十人のミニットメンの体が、一瞬にしてサイコロ状に両断され、血の雨となって降り注いだ。

TVA本部という神聖な空間が、かつてない血の匂いに染まる。

 

「ひゃーっ! ここ、オフィスじゃん! デスクワークの邪魔しちゃ怒られるぜ!」

デンジは全く状況を理解していないまま、襲い来る兵士のタイムスティックをチェーンソーで弾き飛ばしている。

 

五条は、宿儺たちを止めるために印を結ぼうとした。

だが、その時。

 

カチリ。カチリ。カチリ。カチリ。

 

TVA本部のドーム状の広間の、至る所の空間が切り取られ始めた。

一つや二つではない。十、五十、百――。

オレンジ色のタイムドアが、オフィスの空中に無数に展開されていく。

 

「……何が起きている!?」

アルコットがバルコニーの手すりから身を乗り出し、絶叫した。

「外部からの無許可のゲート展開!? 波長が……全て同じだと!?」

 

五条の六眼が、そのゲートの向こうから現れる者たちの「呪力波形」を捉え、息を呑んだ。

 

扉から歩み出てきたのは、全員が、白髪と蒼い瞳を持っていた。

 

ある者は、ボロボロのスーツを着て、血に濡れた刀を握りしめていた。

ある者は、目を布ではなく包帯で覆い、片腕を失っていた。

ある者は、冷たく暗い瞳で、腕の中に「変わり果てた生徒」の亡骸を抱きかかえていた。

 

羂索の放った暴露ウイルスによって、己の運命がTVAに仕組まれ、無残に剪定されていたことを知った、全マルチバースの「変異体・五条悟」たち。

彼らが、怒りと悲しみの果てに、この管理システムを破壊するために一斉に殴り込んできたのだ。

 

「嘘だろ……」

五条(正史)は、自分と同じ顔、同じ苦悩を抱えた無数の亡霊たちに取り囲まれ、呆然と立ち尽くした。

 

「神殺しの始まりだ。存分に呪え、五条悟ども」

宿儺・五条が、両手を広げて狂笑する。

 

「TVAを……僕たちの可能性を奪ったシステムを、破壊する……!」

腕を失った変異体・五条が、虚空に向かって叫んだ。

「『赫』!!」

 

無数の五条悟たちによる、一斉攻撃。

それを迎え撃つTVAの重武装部隊。

そして、その混沌の中で殺戮を楽しむ二人の宿儺。

 

かつて世界の調律を司っていたTVA本部は、今や全マルチバースで最も危険な特異点――五条悟という規格外が爆発する、最悪の地獄絵図と化した。

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