五条悟―神聖時間軸の剪定者―   作:ルルルだ。

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15話 可能性の終わり、未来の始まり

五条悟は再びTVA本部のオフィスに帰還した。

 

そこは相変わらずの地獄絵図だった。

燃え上がる書類の束、ひしゃげたタイプライター、そして無下限呪術と斬撃の衝突によって生み出された空間の陥没。

二人の宿儺は、集まってきた変異体五条たちを相手に、狂ったような笑い声を上げながら殺戮を続けている。デンジは「肉! パフェ!」と叫びながら、見境なくチェーンソーを振り回し、もはや誰が味方かも分からない状態だった。

 

その狂騒の中心で、包帯で目を覆い、片腕を失った変異体五条は、肩で息をしながら虚空を睨みつけていた。

「……オリジナル。あの救いのない地獄で、絶望に押し潰されたか」

 

「残念。僕が帰ってきたくなかったのは、あっちが『最高にいい世界』だったからだよ」

 

包帯の五条が振り返る。

そこに立っていたのは、黒い目隠しを外した五条悟だった。

彼から放たれる呪力は、先ほどまでの「迷い」を一切含んでいない。まるで磨き抜かれた水晶のように澄み切り、圧倒的な静謐を伴って空間を支配し始めていた。

 

「……何を、見た」

包帯五条が、ギリッと歯を食いしばる。

「俺たちが欠けた世界だぞ。最悪の呪いだけが残り、弱き者たちが蹂躙される世界に決まっている! お前は、自分の無力さから目を背けたのか!」

 

「お前こそ、自分の生徒を舐めすぎなんだよ」

 

五条は一歩踏み出した。

包帯五条が『赫』を放つ。だが、迷いのないオリジナルの無下限呪術は、その反発の力を水面を撫でるように受け流し、完全に無効化した。

 

「なっ……!」

 

「僕らは最強だ。だから、全部一人で背負わなきゃいけないと思い込んでた。自分が死ねば、世界は終わるってね」

五条は瞬時に間合いを詰め、包帯五条の胸ぐらを片手で掴み上げた。

「でも、それは僕らのおごりだ。あいつらは、僕の傘がなくてもちゃんと育ってた。血を流して、泥をすすって、それでも自分たちの足で立ち上がって、笑ってたんだよ」

 

五条は、もう片方の手で操作したテンパッドを、包帯五条の目の前に突きつけた。

画面には、先ほど五条が視てきた『アース-JJK-001の未来』の映像が、ホログラムとして空中に投影された。

 

成長した虎杖、伏黒、釘崎、そして乙骨や真希。

彼らが、五条の墓前で、悲壮感など欠片もない明るい笑顔で言葉を交わしている光景。

 

『なんだ、僕がいなくても、みんな立派にやれるじゃーん! ……って、デカい声で笑うに決まってる』

ホログラムの虎杖が、太陽のような笑顔で言う。

 

包帯五条の動きが、ピタリと止まった。

 

「……悠仁?」

 

包帯に覆われた目の奥から、赤い血が滲むように涙が溢れ出した。

彼が失った生徒たち。彼が守れなかった未来。

だが、正史の未来では、彼らは確かに五条の遺志を継ぎ、最強という呪縛を超えて生きている。

 

「お前が執着している過去なんて、ただの幻想だ」

五条は、胸ぐらを掴んでいた手をそっと離した。

「僕らの役目は、過去をやり直すことじゃない。あいつらが笑って生きられる未来に、バトンを繋ぐことだったんだ」

 

包帯五条は、その場に崩れ落ちた。

残された右腕で顔を覆い、子供のように声を上げて咽び泣く。

「ああ……ああ……。そうか……俺は、ずっと……」

 

彼の放っていたどす黒い呪力が、嘘のように霧散していく。

過去の喪失に囚われ、TVAへの復讐だけを生きがいにしていた変異体は、自分がいなくても続く「美しい結果」を知り、長い長い呪縛からようやく解放されたのだ。

他の変異体五条たちも、そのホログラムの映像を見て、次第に攻撃の手を止めていった。彼らもまた、「最強」という孤独な十字架を下ろす場所を求めていたのだ。

 

五条は、泣き崩れる自分自身を見下ろし、優しく、しかし確かな響きで言った。

「お疲れ様。……もう、休んでいいよ」

 

 

 

狂乱が少しずつ収束に向かおうとした、その時だった。

 

「……五条悟」

 

瓦礫の下から、這い出してきた男がいた。

スーツは破れ、顔は煤と血にまみれている。アルコットだ。

彼は折れた右腕を引きずりながら、執念深く五条の前に歩み寄ってきた。

 

「見事だ。君のおかげで、変異体たちの暴走は止まりそうだ。……だが、あの二人の宿儺はまだ止まっていない」

アルコットは咳き込みながら、悲痛な声で訴えた。

「頼む、五条悟。我々と再び手を組んでくれ。TVAのシステムを再建し、あのイレギュラーどもを剪定しなければ、マルチバースの均衡は完全に崩壊する。君の生徒たちがいる正史も、無事では済まないぞ!」

 

五条は、ゆっくりとアルコットの方へ振り返った。

その顔には、先ほどまでの優しい表情は欠片もない。絶対零度の、見下すような瞳。

 

「……まだそんなこと言ってんの?」

 

五条が指先を軽く動かした瞬間。

見えない巨大な圧力がアルコットの体を襲い、彼を背後のコンクリートの壁に「貼り付け」にした。

 

「ぐぁっ……!? ご、五条……!」

アルコットは壁に磔にされたまま、もがくことすらできない。

 

「勘違いするなよ、お役人さん。僕は、あんたたちTVAのやり方を肯定したわけじゃない。むしろ、人の可能性を勝手に切り取ってゴミ箱に捨てるシステムなんて、反吐が出るほど嫌いだ」

 

五条は、壁に貼り付けられたアルコットの目の前まで歩み寄った。

 

「僕らの世界は、僕らで選ぶ。悲劇が起きようが、痛みを伴おうが、それはあいつら自身が乗り越えていくべき『現実』だ。……それを、安全な場所から数字の計算で剪定しようなんて、ふざけるのも大概にしろ」

 

「理解……してくれ……! 管理しなければ、全てが、虚無に……!」

アルコットが血を吐きながら訴える。

 

「なら、僕がその虚無とやらもぶっ飛ばしてやるよ」

五条は冷酷に宣告した。

「二度と、僕の生徒たちの運命に干渉するな」

 

 

 

五条がアルコットから踵を返した、その直後だった。

 

ウゥゥゥゥゥゥゥン……!!!

 

TVA本部全体を、これまでとは全く異質の重低音が揺るがした。

床が波打ち、天井のオレンジ色の照明が、危険を知らせる赤色へと一斉に切り替わる。

それは、戦闘による破壊の音ではない。もっと根源的な、施設の心臓部からの断末魔だった。

 

「……なんだ?」

暴れていたデンジがチェーンソーを止め、床の揺れにふらつく。

二人の宿儺も、不快そうに視線を足元へと向けた。

 

「け、警告……! コア出力、限界値を突破……!」

壁に貼り付けられたアルコットが、絶望的な顔でうわ言のように呟いた。

「時間織り機が……メルトダウンを起こしている……!」

 

「時間織り機?」

五条が振り返る。

 

「我々TVAが、セクター・フリンジ……君たちの世界の時間軸を単一に束ねていた、巨大な装置だ……! 宿儺や君たちの特級クラスの呪力が、この本部内で無制限に解放されたことで……システムがエネルギーのオーバーフローを起こしたんだ!」

 

アルコットの言葉を裏付けるように、TVA本部の床の中央が、巨大な円形に割れて開いていく。

その底なしの縦穴の奥から、目も眩むような黄金色の光と、ドス黒い呪力のオーラが混ざり合った、途方もないエネルギーの渦が突き上げてきた。

 

「時間軸を束ねる糸が、全て千切れる……! 過去も未来も、正史も分岐も、全てが混ざり合って崩壊する!」

アルコットが泣き叫ぶ。

「終わりだ! 我々は皆、時間の果て……『虚無』へと放り出される!」

 

「面白え!」

全盛期宿儺が、四本の腕を広げて笑い声を上げた。

「因果が崩れるか。ならば、その虚無とやらで全てを斬り刻んでやるまでよ!」

 

「オッサン! 床が抜けるぞ!」

デンジが叫ぶ。

 

五条の足元もまた、凄まじい引力に引っ張られ、崩壊し始めていた。

呪術で抵抗しようとするが、これは単なる重力ではなく、「時間の崩壊」そのものだ。空間という概念が溶け落ちていく中で、いかなる術式も意味を成さない。

 

(……上等だ)

 

五条は、吸い込まれていく闇の底を見据えた。

この狂った管理システムが崩壊し、全ての可能性が混ざり合うというのなら、その果てで真の黒幕を叩き潰すまで。

 

ゴオオオオオオオオオッ!!!!

 

時間織り機が臨界点を迎え、爆発した。

光と闇が入り混じる濁流が、TVA本部を完全に飲み込む。

 

五条悟、デンジ、二人の宿儺、そして生き残った変異体やTVAのエージェントたちは、抗う術を持たないまま、あらゆる時間が堆積し、腐敗していく究極の吹き溜まり――『虚無』へと真っ逆さまに堕ちていった。

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