五条悟―神聖時間軸の剪定者―   作:ルルルだ。

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16話 虚無

「……っ」

 

五条はゆっくりと身を起こし、咳き込みながら周囲を見渡した。

「六眼」が再起動し、周囲の情報を読み取ろうとするが、脳にフィードバックされるデータはひどく歪んでいた。

空間の座標がでたらめで、時間の流れが一定ではない。過去と未来の因果が千切れ、そこかしこに放置されている。

 

鉛色の空を見上げると、時折、オレンジ色の稲妻が走り、空の裂け目から巨大な「ゴミ」が降ってきていた。

大正時代のレンガ造りの洋館、未来的な流線型のタワー、巨大な豪華客船、あるいはチェンソーマンの世界のどこかにあったであろう、禍々しい悪魔の巨大な死骸。

それらが空から無音で落下し、大地に激突しては土煙を上げ、やがて砂のように風化して消えていく。

 

「……ここが、アルコットの言っていた『虚無』か」

 

全ての剪定されたタイムライン、廃棄された可能性が最終的に行き着く、時間軸のゴミ捨て場。

見渡す限りの荒野には、無数の「選ばれなかった世界」の残骸が、巨大な墓標のように点在していた。

 

「いてて……なんだここ、すっげぇ土埃の匂いがするぞ」

 

すぐ近くの瓦礫の山から、デンジが這い出してきた。

デンジ彼は全身の土を払いながら、周囲の狂った景色を見て首をかしげた。

「宇宙の次は砂漠かよ。あのオレンジ色の光に吸い込まれたと思ったら……俺たち、地獄に戻っちまったのか?」

 

「地獄の方がまだ整理整頓されてると思うよ」

五条は立ち上がり、服の埃を払いながらデンジに歩み寄った。

「ここは時間の終着点だ。TVAが不要だと判断してゴミ箱に捨てたものが、全部ここに落ちてくる」

 

五条は、彼方へと視線を向けた。

荒野のずっと先、鉛色の雲を突き抜けるようにして、ぽつんと浮かぶ巨大な小惑星のような岩盤があった。

そして、その岩盤の頂上には、黒曜石を削り出したかのような、異様で荘厳な「城」がそびえ立っているのが見えた。

 

「……見つけた」

五条の蒼い瞳が、鋭く細められる。

「あそこが、このふざけた管理システムの『心臓』だ。TVAという組織を作り、裏から糸を引いている本当の黒幕……」

 

「黒幕? つまり、そいつをぶっ飛ばせば、今度こそパフェ食えるってことだな?」

デンジがスターターロープを握り直す。

 

「ああ、特大のやつを奢ってやるよ。……でも、少し歩くのが面倒そうだな」

 

五条が顎でしゃくった先。

城へと続く荒野の中間地点を、「それ」が完全に塞いでいた。

 

それは一見すると、空を覆い尽くすほど巨大な、紫と黒が混ざり合った「嵐」だった。

嵐の中には、何億、何兆という「顔」が蠢いている。TVAによって剪定され、この虚無に落とされた呪霊、悪魔、そして人間たちの怨念と負のエネルギーが、途方もない年月をかけて一つに癒着し、意思を持たない「巨大な捕食者」と化しているのだ。

 

嵐の端が、空から落ちてきた軍艦の残骸に触れる。

次の瞬間、鋼鉄の軍艦は一瞬にして腐食し、煙となって嵐の中に完全に「同化」してしまった。

 

「うわ……なんでも溶かすスライムのお化けじゃん」

デンジが一歩後ずさる。

 

「近づけば、魂ごと『無』に還されるね。物理攻撃も呪術も、あのデカさじゃ飲み込まれるだけだ」

五条は顎に手を当てた。

「あの『嵐』を越えなきゃ、城には辿り着けない。……困ったな、飛んで越えられるような高さじゃないし」

 

「なら、俺が案内しよう」

 

背後の瓦礫の陰から、静かな声が響いた。

五条が振り返ると、そこには右目を包帯で覆い、左腕を失った男――TVA本部で五条と対峙し、涙を流して改心した「変異体・五条悟」が立っていた。

 

「……お前も落ちてきてたのか」

五条は警戒を解き、少しだけ口元を緩めた。

 

「TVAが崩壊したんだ、他の連中も散り散りにこの虚無へ落ちたはずだ。……俺は運良く、お前たちの近くに落ちたらしい」

包帯の五条は、残された右腕で、空を覆う巨大な嵐を指差した。

「あれは『剪定の掃き溜め』だ。この虚無に落ちてきたあらゆる因果を喰らい、あの城へ近づく者を排除するための、究極の番犬。……俺たちの無下限呪術を最大出力でぶつけても、胃袋の足しになるだけだ」

 

「詳しいね。来たことがあるの?」

 

「いいや。だが、あの嵐から漏れ出す呪力の記憶が、俺の六眼に語りかけてくる」

包帯五条は、五条(正史)の目を真っ直ぐに見返した。

「オリジナル。お前が見せてくれた未来……俺たちがいなくても、生徒たちが笑って生きられる世界。あれを見て、俺は救われた。だから今度は、俺がお前の道を切り開く」

 

「どうやって?」

五条が尋ねる。

 

「囮になる」

包帯五条は淡々と言った。

「俺が全呪力を使って、あの嵐の注意を引く。その隙に、お前とチェンソーのガキが、嵐の薄い部分を強行突破するんだ」

 

「却下だ」

五条は即答した。

「お前を死なせるために、あんな未来の映像を見せたわけじゃない。それに、いくら特級呪術師の呪力でも、あのサイズの化け物の注意を引くには『餌』として小さすぎる」

 

包帯五条が反論しようとした、その時。

 

ズドォォォォォォォン!!!!

 

虚無の大地を揺るがす、桁違いの爆発音が嵐の向こう側から轟いた。

見れば、巨大な紫黒の嵐の左側面が、凄まじい「斬撃の嵐」と「熱核爆発のような炎」によって、内側からボコボコに抉り取られているではないか。

 

「……なんだありゃ?」

デンジが目を丸くする。

 

「……餌にするには、とびきりデカくて凶暴な『猛獣』が、もう暴れ始めてるみたいだね」

五条は、嵐の中で煌めく赤黒い呪力の閃光を見て、ニヤリと笑った。

 

TVA本部から共に落ちてきた、全盛期・両面宿儺と、宿儺受肉体・五条悟。

あの二人の最悪のバグが、城へ向かう道を塞ぐ嵐を不愉快に思い、暇つぶしとばかりに正面から力技で「解体」しようと暴れ狂っているのだ。

 

「あいつら、あの概念のバケモノ相手に力比べしてるのか……狂ってるな」

包帯五条が唖然とする。

 

「使えるものはなんでも使おう」

五条は、デンジと包帯五条の肩をポンと叩いた。

「宿儺たちが嵐の左側を食い破ってる。その反動で、右側の呪力の流れが薄くなっているはずだ。……そこを、僕とデンジくんでこじ開ける」

 

五条は包帯五条に向き直った。

「お前は囮なんかにならなくていい。僕の後ろについてこい。あの城にいる黒幕の顔、一緒に見に行こうぜ」

 

包帯五条の瞳が微かに揺れ、やがて彼は深く頷いた。

「……ああ。頼む、オリジナル」

 

「デンジくん、エンジン全開でいくよ」

五条が指を鳴らす。

 

「おうよ! 嵐だろうが何だろうが、切り開いてやるぜ!」

デンジがチェーンソーの回転数を限界まで引き上げる。

 

宿儺という最悪のイレギュラーを「露払い」として利用し、五条たちは巨大な嵐の右側面へと疾走を開始した。

 

彼らの頭上には、全てを喰らう嵐が咆哮を上げ、その奥には、全ての因果を束ねる「在り続ける者」の城が、不気味な沈黙を保ったまま彼らを待ち受けていた。

 

長きにわたるマルチバースの旅が、ついにその終着点へと歩を進めようとしていた。

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