五条悟―神聖時間軸の剪定者―   作:ルルルだ。

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21話 在り続ける者:オリジン編 3

TVA本部、セクター・フリンジ管理部門。

オフィスに、警報のサイレンが鳴り響いていた。

 

『異常事態発生! セクター・フリンジ担当夏油の制御カラーの信号が消失!』

『メインフレームへの不正アクセスを確認! 侵入者は――』

 

アルコットは、自身のオフィスで、モニターに映るエラー画面を凝視した。

「馬鹿な……制御カラーはインフィニティ・ストーンの力さえも抑え込む素材だぞ! 呪力というエネルギーだけで、どうやって物理的に破壊したというのだ!」

 

背後の扉が内側へひしゃげ、吹き飛んだ。

 

土埃と共に歩み入ってきたのは、TVAの制服を脱ぎ捨て、黒いシャツ姿になった夏油傑だった。

彼の首には、焼け焦げてちぎれた制御カラーがぶら下がっている。皮膚が赤黒く焼け爛れていたが、反転術式によって瞬時に修復されていく。

 

「……アルコット分析官。少し、人事異動の相談があってね」

 

「貴様……! 変異体の分際で、このTVAに逆らう気か!」

アルコットがデスクの下からタイムスティックを引き抜こうとした瞬間、彼の足元から巨大なムカデのような呪霊が這い出し、その体を天井まで吊り上げた。

 

「ぐぁっ……!?」

「逆らう? いや、違うよ」

夏油は、ゆっくりとアルコットのデスクに近づき、メイン端末に手を置いた。

「君たちの『管理』が杜撰だから、私が引き継ぐと言っているんだ。君たちのシステムは優秀だが、命の重さも、呪いの本質も理解していない」

 

「我々が管理しなければ……マルチバースは崩壊する! お前たちの世界もだ!」

 

「だから、私が管理する」

夏油は、冷酷な瞳で宙吊りのアルコットを見上げた。

「君たちに廃棄のスイッチを押される前に、私がセクター・フリンジを『神聖時間軸』という一本道に縛り付ける。二度と分岐の発生しない、安全で停滞した箱庭にな」

 

夏油の手から、濃密な呪力が端末へと流し込まれる。

パスワードも、ファイアウォールも関係ない。機械の基盤を呪力で直接ハッキングし、セクター・フリンジの管理権限を全て彼自身の生体認証へと書き換えていく。

 

「そのためには、君たちTVAの職員には、引き続き『清掃員』として働いてもらわなければならない。ただし……私の存在を知られては不都合だ」

 

夏油が指を鳴らすと、アルコットの頭部に脳を弄る小さな呪霊が張り付いた。

「な、何を……やめろ、私の記憶に……!」

 

「安心しろ。君たちが信奉する『マニュアル(タイムキーパー)』の指示に従って、淡々と分岐を剪定するだけの、立派な歯車にしてあげるよ。……私が『時の終わり』からシステムを完全に掌握するまで、君たちはただ、エラーを消し続ければいい」

 

アルコットの瞳から焦点が消え、抗う力が抜け落ちていく。

同時に、TVA本部内にいたセクター・フリンジ担当の職員全員に、夏油の放った精神操作の呪術が浸透し、彼らの記憶から「夏油傑」という個体のデータが完全に消去された。

 

『アクセス権限の移行完了。時間織り機の制御を、マスター・夏油に譲渡します』

 

端末の電子音が、反逆の成功を告げた。

 

夏油は、奪い取ったテンパッドに座標を打ち込んだ。

向かう先は、あらゆる時間の終着点。過去も未来も存在しない、虚無の果て。

 

「……行くよ。私の、最後の任務だ」

 

扉が開き、夏油傑は誰にも知られることなく、永遠の孤独へと足を踏み入れた。

 

 

 

時の終わり。

黒曜石の城の最深部で、巨大な「時間織り機」が稼働していた。

無数の黄金の糸(タイムライン)が、織り機に吸い込まれては吐き出されている。

 

夏油は、そのシステムの中心にあるデスクに座り、自らの呪力回路を時間織り機のメインフレームと直結させた。

その瞬間、彼の脳内に、セクター・フリンジの「過去・現在・未来」の全てが、無限のシミュレーションとなって流れ込んできた。

 

『さて……計算を始めよう』

 

呪いの飽和を防ぎ、TVAに廃棄されず、世界がギリギリで存続するための『たった一つの正解』。

夏油の脳内で、無数の可能性が演算されては、弾き出されていく。

 

(五条悟と夏油傑が共闘し、全ての呪霊を祓うルート)

→ エラー。呪術師の力が強まりすぎた結果、抑止力として人類そのものを滅ぼす規模の特級呪霊が誕生。世界は崩壊。

 

(虎杖悠仁が宿儺の指を飲み込まないルート)

→ エラー。羂索の死滅回游が別の形で進行し、天元との同化が完了。一億人の呪力生命体が誕生し、TVAによってセクターごと廃棄。

 

(五条悟、が呪力を持たないルート)

→ エラー。抑止力を失った現代は、宿儺と羂索によって蹂躙され、完全に呪いの地獄と化す。

 

『ダメだ。どれも破綻する……』

夏油は頭を抱え、血の涙を流した。

どんなに平和な可能性を模索しても、自由なマルチバースを許容すれば、呪力というシステムは必ず世界を自壊に導く。

 

『……五条悟の存在。これが、世界の均衡を保つ唯一の重石だ』

 

夏油は、一つの残酷な真実に辿り着いた。

世界を存続させるためには、五条悟という規格外を、肉体的にも精神的にも「絶対的な神」として完成させなければならない。

そのためには、彼に圧倒的な「喪失」を与え、人に寄り添う心を捨てさせ、孤独な最強として世界を支えさせる必要がある。

 

『……私、か』

 

夏油は、震える手で、演算結果の「決定」ボタンに触れた。

 

彼が見出した『唯一の正解』。

それは、夏油傑自身が、親友(五条悟)を裏切ること。

非術師を憎む狂信的なテロリストを演じ、百鬼夜行を引き起こし、そして――最愛の親友の手によって、自らの命を絶たれること。

 

自分が悪逆非道なテロリストになり、五条を「孤独な最強」に仕立て上げる。

五条はその痛みを抱えて後進を育て、やがて虎杖や伏黒、乙骨たちが成長し、五条が封印され、あるいは死んだ後も、彼ら自身の手で宿儺を打ち倒す。

血みどろで、数え切れないほどの犠牲を払うが、世界はギリギリのところで踏みとどまる。

 

『ハハ……。なんて悪趣味なシナリオだ』

夏油は、虚無の城で一人、力なく笑った。

 

だが、これしかないのだ。

自分が泥を被り、親友に地獄の苦しみを与えなければ、世界は終わる。

 

夏油は、自らの呪力で時間織り機を操作し、不要なタイムラインの糸を全て「剪定」のリストにぶち込んだ。

そして、自らが死に、五条が苦しむ歴史だけを、「神聖時間軸(正史)」として強固に織り上げていく。

 

『……許してくれ、悟。お前をたった一人の最強にして、孤独を背負わせて……』

 

夏油の目から、大粒の涙が零れ落ち、デスクを濡らした。

 

『だが……私が死に、お前が苦しむこの「一本道」だけが、悠仁や恵たちが生き残り、世界がギリギリで存続できる……唯一のシナリオだったんだ』

 

永遠の暗闇の中で、彼は自らの青春と命を犠牲にして、世界の設計図を書き終えた。

これより先、彼は「在り続ける者」として、この孤独な城で、親友が苦しむ歴史を永遠に監視し続けるのだ。

 

それが、この狂ったマルチバースの底に隠された、あまりにも不器用で、悲しすぎる愛の正体だった。

 

 

 

 

 

 

フラッシュバックが、不意に途切れた。

 

五条悟の意識は、強烈な目眩と共に、現在の「時の終わりの城」へと引き戻された。

ドーム状の空間。暴走しかけている時間織り機。そして、デスクの向こうで静かに微笑む、ひどく疲れ果てた夏油傑の姿。

 

「……ハァ、ハァ……」

五条は、額に滲んだ冷や汗を手の甲で拭い、息を荒らげた。

包帯五条も、デンジも、無言で立ち尽くしている。彼らの脳内にも、今の夏油の記憶が流れ込んでいたからだ。

 

「……嘘だろ」

五条は、絞り出すように呟いた。

 

TVAによる残酷な剪定。神聖時間軸の強要。

それは、悪意によるものではなかった。

親友である五条悟に最大の苦痛を与え、自らは最悪の呪詛師として泥を被ることでしか、世界を呪いの崩壊から救うことができないという、夏油傑なりの「極端すぎる自己犠牲」だったのだ。

 

「私の管理は、完璧だったはずだった」

夏油は、デスクから立ち上がり、五条に向かって静かに告げた。

「だが、10日前。君もよく知っているだろうけど、ワンダ・マキシモフという魔女が、外側からマルチバースの境界を破壊した。彼女の現実改変の余波で、私が築いたダム(時間織り機の防壁)が決壊し、無数の分岐が溢れ出した」

 

夏油は、暴れ狂う黄金の糸を見上げた。

「もはや、私一人ではこの織り機を抑えきれない。……だから、記憶を消したアルコットたちを操り、君を剪定人として呼んだんだ。悟」

 

夏油の漆黒の瞳が、五条の蒼い瞳を真っ直ぐに捉える。

 

「私の役目は終わる。……この世界の未来を、君に選んでほしかったんだ」

 

究極の選択が、最強の術師の前に突きつけられた。

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